元勇者、悪役令嬢になる

白米サイコー

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最終章王立才華魔法学園 願いと絆と後悔と

閑話クロッカス2

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 ☆☆☆

 食堂が閉店し、後片付けをしてさあ帰ろうというタイミングで店長はクロッカスを呼び止める。
 一体何の用だろう?
 クロッカスは不思議そうに首を傾げる。
 すると、食堂の奥へと消え、戻ってくると、手には良くお裾分けしてくれる余った料理の入ったバスケット、とは別に小さな紙袋を持っていた。

 クロッカスは首を傾げる。

「何ですか?それ」

 その言葉に店長はにやりと笑う。

「流行病の特効薬だ。昔の仲間に薬師がいてな。この間漸く買い付けられたんだ」

 嫁さんに使ってやんな。
 店長はバスケットと一緒にずいっと薬をよこしてくる。

 ……品薄状態というだけでなく値段も高騰している。貴族も我が身可愛さに大枚はたいて買い占めている。
 決して安くは無かった筈だ。手に入れるのも簡単では無かったはずだ。
 それを無償で……

 クロッカスは胸が熱くなる。それと同時に口が開く。

「ありがとうございます。
 薬のお金はいずれ必ず返します!」

 深々と頭を下げるクロッカス。
 店長はそっぽを向きながら、頬を掻くと

「別に気にすんな。今まで魔法道具を安く売って貰ってたんだ。その分を返してるんだよ」

 さぁ早く帰ってやんな

 そう言う店長にお礼を言うと、クロッカスは家に向かって走りだした。


 ☆☆☆

 息を荒げ、滝のように汗を流しながら、扉を開ける。

「ただいま!」
「お帰りパパ!」

 サフランが父であるクロッカスに抱きつく。
 それにいつもなら笑顔で「ただいま」というクロッカスも今だけはそれが出来なかった。

「ごめんサフラン!ママの所に行ってくる!」
「え、うん……」

 いつもとは違うクロッカスの様子にサフランは戸惑ったように眉間に皺を寄せる。
 だが、その様子を気にすることもこの時のクロッカスには出来なかった。

「リィラ!薬を貰ったんだ!これで治るはずだ!」

 声を抑えることが出来ずに大きな声を出すクロッカス。いつもであれば何か反応が返ってくるのだが、今日はそれが無かった。
 それにクロッカスは首を傾げる。嫌な予感が沸々と湧き上がる。
 行くなと誰かが言ったような気がした。

「リィラ、疲れて寝ているのか?」

 また誰かが言った気がした。
 それ以上近づくなと

「取りあえず、寝る前に薬だけでも飲んでおこう?悪化するかもしれないからさ」

 クロッカスが言う。

「目を覚ましてくれよ。なぁリィラ……何で起きてくれないんだ。いつもみたいに大声で僕の名前を呼んでくれよ
 頼りない僕を鼓舞してくれよ。なぁリィラ」

 だけど、返事が返ってくることは無かった。リィラは目を閉じたまま微動だにしない。頬に触れても彼女の熱を感じることは出来なかった。
 リィラは既にこの世にはいなかった。
 彼女がいつ息を引き取ったかは分からない。
 店長がもっと早く薬をくれれば間に合ったのか、それともクロッカスが食堂に向かっていた頃には既に手遅れだったのか、それはクロッカスには分からないし、分からない方が良いことなのだろう。

 ☆☆☆

 あの後、店長に謝られた。
 自分がもう少し早く薬を渡していたら、嫁さんが助かったかもしれない、と。
 それにクロッカスはゆるゆると力なく首を横に振る。

「多分、ギリギリだったんだと思います。
 だから、薬を使っても助からなかったんじゃないですかね」

 クロッカス自身、もしかしたら……なんて思うこともあったが、それが現実的でないことなんて分かっている。分かっているから、そんな妄想まがいの狂言を職と薬をくれた恩人に吐くことは出来なかった。

 店長は暗い表情のまま
「その薬は持っておけ、もしかしたらいずれ使うこともあるかもしれん」
 そう言った。

 確かに流行病もまだまだ油断ならない。いつ自分やサフランが罹るか分からない。


 そう思い、クロッカスは店主の言うとおり薬を持ち続けた。

 それからは平穏な日々が過ぎていった。
 リィラが死んでしまったことは悲しかった。悲しくて数日は泣き続けた。
 けれども、クロッカスにはサフランがいた。リィラから託された自分たちの子供がいた。
 何時までも立ち止まっているわけにはいかなかった。

 そうして、一日一日を積み重ねていくと流行病も段々とその勢いを弱め、暫くすれば自然消滅するだろうと言われるまでになった。
 そんな中、1つの事件が起きた。

「おや、今日はお母さん一緒じゃ無いのかい?」

 クロッカスは常連の客が連れている子供が1人で店内に入ってきたことに首を傾げる。確かにあそこはシングルマザーで昼時などであれば母親の仕事中に子供1人で食事を摂りに来ることはあったが、今は既に太陽が落ちかかっている。

(何かあったのか?)

 あそこの親がこんな時間に子供を食堂に向かわせたりはしないだろう。

 その信頼があるから、クロッカスは目線を合わせて出来るだけ優しく子供に問いかけた。

「……まま、病気になっちゃったんだって。流行病で助からないかもなんだって……」

 その言葉にクロッカスは衝撃を受けた。
 只それはマイナスの感情によってではない。
 むしろ使命感を抱いたのだ。
 この子はサフランとは違い、守ってくれる親は母親1人だけ。
 母親がいなくなれば、慰めてくれる人も抱きしめてくれる人もいなくなってしまうだろう。
 あの時手に入れた薬はきっと今この時の為にあったのだ。
 クロッカスはそう思い、この子に薬を譲った。

 店長には「本当に良いのか?」と聞かれたが、迷う理由は無かった。

 もう流行病だって終息に向かっているのだ。
 無用の長物となるくらいなら目の前で親を亡くすかもしれない……そんな子供にこそ使ってあげるべきだ。

 だから、クロッカスは自分が救えなかったリィラの分……代わりに元気になってくれと祈りながら薬を渡した。

 結果、その子の母親は無事に快復し、クロッカスは2人からお礼を言われた。クロッカス自身親子が今生の別れにならなくて良かった、と思った。
 何だかクロッカスの方が救われた気分になれた。今まで胸の中で渦を巻いていたやるせない思いが「ありがとう」の言葉と共に流されていくようだった。



 けれど、それが間違いだということを暫くしたのちに気づかされた。運命というのは残酷でまるでお前が救われることなんてないと嘲笑うようにクロッカスに苦難の道を強いてきた。

「けほッけほ、パパ!私は大丈夫だから!寝れば治るよ!」

 リィラのようなことを言うサフラン。
 顔色は悪く、苦しそうに息をしているのに心配をかけまいと力こぶを作ってニカッと笑う。そんな姿が逆に痛ましかった。
 薬があれば、あの時、あの家族に薬を渡していなければ……。
 そう後悔しても、もう遅かった。残りだけでも返して貰えればと思い前に声をかけたこともあったのだが、全て使い切ってしまったと謝られた。

 流行病がまたクロッカスの家族を襲う。もう流行病は下火なのでは無かったのか!!噂という形なきものに文句を言いたかった。叫びたかった。
 それでも、八つ当たりをしている時間なんてない。
 この時のクロッカスはリィラを追いかけている時よりも追い立てられていた。

 0.1秒だって惜しかった。

 クロッカスは奔走する。リィラの時に断られたのだが、それでも一縷の希望に賭けて再度取引先の貴族に頭を下げ、薬を分けて貰えないか頼んだ。
 一応、勝算はあった。流行病が本当に収まってきているのなら薬だって無用の長物。特に彼らは最も流行病が勢いを持っていたときに使い切れないほどの薬を買っているのだ。
 1つくらい分けても痛くもかゆくもないだろう。
 クロッカスはそう思いたかった。こんな時くらい平民に慈悲を見せてくれと祈る。
 けれど、現実はクロッカスに優しくは無かった。

 いくつかあった筈の貴族との取引先、その全てから素気なく断られてしまった。

 けれど、希望が無かったわけではない。世の中には良き隣人というのもいるものだ。
 特に店長は今度こそとクロッカスの力になろうと薬師の友人に再度頭を下げてくれた。
 薬師も店長から事情を聞くと快く薬を分けると言ってくれたそうだ。

 だが、運命はそうはさせない、再度クロッカスの歯車を狂わせてきた。

 今度は薬師の家族が流行病に罹り、その治療に薬を使ってしまったのだ。
 それ自体は仕方が無い。他人の家族よりも自身の家族の方が大切なのはクロッカスとて同じだった。
 けれど、クロッカスは自身が止むことのない嵐の中を1人航海しているようなそんな気分になった。

 結局薬は手には入らなかったのだ。それだけではない。貴族はあろうことか、また薬を買い占めはじめた。下火だった流行病がまた世間を騒がせ始めたのだ。

 サフランは最後までクロッカスに笑顔を振りまいた。

「……ぱぱ、わたしがぱぱを守ってあげるから泣かないで?」

 その言葉は今でも耳に残っている。自分の方が辛いはずなのに、最後の力を振り絞ってクロッカスにそう告げたサフランの姿が今も頭から離れなかった。

 なんて優しい娘に育ったのだろう。きっと大きくなったら、とても優しい誰かと結婚して幸せになれただろう。
 色んな人に好かれる素敵な大人になったのだろう。
 何故娘だったのか?
 何故自分の手元には薬が無かったのか……
 はっきり言おう、クロッカスは全てに嫌気がさしていた。
 貴族も、自分自身も……そして薬師も店長も常連の家族も全てが嫌いになっていた。
 クロッカスは1人だけになった誰もいない家屋の中で全員を散々罵倒した

 その罵倒を知ってか知らずか、その後店長がドゲザをしてきたが、そんなことをされても意味なんて無かった。

「……どうすれば、サフランを救えたんだろう」

 リィラとサフランが眠る墓の前でクロッカスは1人呟いていた。

(……貴族か。
 あいつらさえいなければ薬はもっと手に入り安かった。それとたった1つの薬を他人に譲った無能……)

 人に情けを掛けて、本当に大切なものを救えなかった。
 妻より託された小さな命を守れなかった。自身への嫌悪感が胸を満たした。

 それと同時に貴族へも怒りを向けた。

 本当は貴族のことなんてもうどうでも良かったのかもしれない。
 けれど、何か目的が欲しかった。やり場の無い感情を向ける先が欲しかった。

 だから
「俺がもう貴族あいつらの身勝手で大切な人を失わなくていい世界を作ってやる」

 守る者を失った男は大義を掲げて立ち上がった。本当はそんなものどうだって良いのに、あたかも今の世を憂うるように手を掲げた。


 クロッカスは笑った。
 守る者が無い空っぽの人間が、誰かの為の世界を望んでいると嘯いている事実が何よりも可笑しかった。
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