元勇者、悪役令嬢になる

白米サイコー

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最終章王立才華魔法学園 願いと絆と後悔と

閑話クロッカス1

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☆☆☆
 小さい町にある小さい食堂。
 その扉が開くと中にいた男が大きな声で出迎える。

「いらっしゃいませ!1名様ですか?」

 人相の良い男は丁寧に接客する。
 すると、客の中年男が「おや」というように片眉を上げた。

「おいおい、クロッカスさんじゃないかい!お宅の魔法道具店はどうしたんだい?」
「はははっ、こんな不景気じゃ、誰も魔法道具なんて買ってくれませんよ」

 クロッカスは力なく笑うことしか出来ない。
 不景気になる前までは平民から貴族まで幅広く商売をしていたというのに、不景気になった途端客足は減り、活気を失った魔法道具店には閑古鳥が鳴いていた。
 流石にこのままでは不味いと思い、一度店を閉めたクロッカスはこうして元得意先であり、それなりに仲の良かった食堂の店主に頼み込み、働かせて貰っていた。

「いやぁ、人間なにがあるか分からないねぇ。この町で唯一の魔法道具職人で自分の店だって持っていたっていうのに今じゃこんな見窄らしい店のウェイトレスなんてな!」

 中年男は店にもクロッカスにも礼を失することを言いながら席に着く。
 とはいえ、客は客。特に今の不景気な時期に店に来る人間を追い出すことはクロッカスには出来なかった。
 怒りを心の内に隠すとクロッカスは注文を聞こうとする。

 しかし、それを手で制し客の前まで歩を進める者がいた。
 この店の店主だ。

 彼は元々傭兵をしていたらしく、丸太のように逞しい腕と足、そして至る所に古傷があった。そんな益荒男は客の前まで行くと勢い良く座った。
 まるで岩を落としたような音が店内に響く。
 何故椅子が無事なのか不思議な程の音量だった

「……おい、あんた客だからってあんま調子に乗るんじゃねえよ?
 特にクロッカスはてめぇの百倍は出来る奴さ」

 怒気を顔に滲ませるでも、殺意を込めて睨み付けるでもなく、ただ淡々とそれだけ言うと、もう用はないと店主は席を立った。

 だが、それが逆に客を怖がらせてしまったようで客は顔を青く染め、突き刺すように冷える冬の空気に当てられたようにブルリと体を震わせると出口の方へと歩いて行く。

「ふん、こんな店二度と来るか!」

 そんなありふれた嫌みと共に男は憤りを扉にぶつけるかの如く力一杯閉めていった。

(俺のせいで……)

「すいません店長」

 クロッカスは頭を下げる。
 そのクロッカスの様子を店長はジッと見つめる。
 そして、暫くすると店長が口を開けた。

 先ほどと同じように無愛想な言葉遣い。

「なにについて謝ってんだ?」

 だが、そこには先ほどと違い親しい者に向ける親愛と呆れの感情が入り交じっていた。
 それにクロッカスは顔を上げ、自分の考えを整理すると言葉を紡ぐ。

「えっと、この店の悪口を言われたことに、ですかね。
 多分あの人は俺に良い感情を持ってなかっただけなんじゃないですかね?だから、俺の働いているこの店のことも悪く言ったんじゃないかって……。

 実際、この町で俺、あんまり良く言われて無いですし……
 それが原因で客も1人減ってしまったかもしれないから……」

 実際にクロッカスは現在この町では『転がり落ちるクロッカス』と話のネタにされていた。
 そして、この町で最も有名だった魔法道具店の店主が普通の食堂で客に媚びへつらっている姿を一目見ようとするものが店に訪れることも珍しくなかった。
 ただ、大抵の人間は先ほどのように店主に追い払われていたが……。

「はぁ」

 店主は溜息を吐くと面倒くさそうに髪を掻きむしる。
 そして、店主も店主で慎重に言葉を選んでいく。
 この店主に関しては元々あまり人に物事を伝えるのが上手く無かったのだ。
 傭兵時代は拳で分かり合えていたからこその弊害だった。

「良いかクロッカス?
 自分たちの都合の良いときだけ人を持ち上げて、都合が悪くなった途端人を笑いの種にするような人間に一々振り回されんな!
 そもそも、今のお前に金が無いのは平民おれたちに安く……それこそ赤字価格で魔法道具を売っていたからだろう?
 ならむしろ、あの時は安くしてやったんだから今度はお前達が安く売れって言ってやればいいんだ!」

 それだけ言うと店主は料理の続きに戻る。
 ここの店主は確かに口が悪いが性格は悪くない。それに料理の腕はむしろ良い。
 だからこそ、哀れなクロッカスを酒のつまみにする人間以外にこの店を好いて通ってくれる常連客も多かった。
 不景気にもかかわらずありがたいことだった。
 だからこそ、この店もこの店で働くクロッカスも行き倒れることは無かった。

 だが、問題は別にあった。

 ☆☆☆

 クロッカスは仕事が終わると真っ直ぐ家に帰る。
 両手には店長がお裾分けしてくれた余った料理を詰めたバスケットを抱えている。

「ただいま~」
「お帰りパパ!」

 クロッカスが扉を開けるとこうしてクロッカスの娘であるサフランが出迎えてくれる。これがクロッカスの家の日常であり、クロッカスにとってささやかな幸せの1つだった。

 クロッカスは優しくサフランの頭を撫でる。

「ただいま、サフラン。今日は何をしてすごしたんだ?」
「えっとね!うんっとね!パパの悪口を言う奴をぶっ飛ばしたよ!」
「ぶっと……あまりそういう汚い言葉を使ってはいけないよ?」
「なんで!ママだって良く言うでしょ?」

 ぷっくりとフグのように頬を膨らませたサフランがクロッカスを見上げる。その姿も愛おしくはあるが、クロッカスは少々彼女の将来が心配になる。
 だからこそ、クロッカスは発育に支障を来さないように意識しながら何故駄目なのかをサフランに伝える。

「良いかい?先ず始めに誰かが言っていたから自分も言っていいという考えが良くないんだ。
 だって、その理屈だと誰かが弱い者いじめをしていたら自分もしていいことになってしまうだろ?
 それともう一つママがああいうことを言うのはママにはサフランっていう守らないといけない子供がいるからなんだ」
「私もパパを守らないとだもん!!」

 クロッカスの言葉にノータイムで返すサフラン。そのあまりにもあんまりな言葉にクロッカスは苦笑を浮かべる。

(俺、守られる側なのか……しかも娘に………………)

 まだ幼い、それこそ10歳に満たない娘にそう言われたことに膝を折ってしまいそうになる。
 確かにクロッカスは妻や娘のように喧嘩ッ早くはない。
 けれども、戦闘には一家言あるつもりだった。
 我が家に不審者が入ってきたなら率先して前に出ようとも思っていた。

(俺、これでも剣術も体術も魔法戦闘もそこそこ成績良かったんだけどなぁ)

 確かに店長のようにバリバリ戦場で戦っていた人には負けるけど、と心の中で付け加える。
 そんな風にクロッカスがショックのあまり自分の世界に引きこもっているとサフランはクロッカスが手に持っているバスケットに興味を示す。

「わぁ!今日のご飯?
 ママの所に持っていくね!」

 サフランはそれだけ言うとクロッカスからバスケットをぶんどり母の寝室まで持っていく。
 そこまでの動作はまるで小川の流れのように淀みなく、雷のように早かった。

「ちょ、ちょっと待って!」

 クロッカスが静止する間も無かった。
 そして、サフランが扉を開けると同時

「サフラン!勝手に入ってくんじゃねぇって言ってんだろ!!!!」

 クロッカスの嫁リィラの怒声が家中に響く。サフランだけでなく、クロッカスまでもが恐怖のあまり、背筋を伸ばす。
 すると、寝室から覗くように……否射殺すような視線をクロッカスへと向けてくるリィラ。
 そして、顎を少し動かす。リィラが良くする入れという合図だった。

 クロッカスはサフランに外で待っているように伝えると寝室へと入っていく。
 そして、寝室の扉が閉じると共にリィラは口を開く。

「おい、クロッカス。サフランを私の部屋に入れるなって行ったよな?病が伝染ったらどうするつもりだ?
 ああッ!!」

 胸倉を掴みながら睨み付けてくるリィラ。
 視線の向きと顔の向きはまるで上目遣いで非常に愛らしい筈なのだが、クロッカスは根源的な恐怖から胸をドキドキさせてしまう。

 クロッカスは誠心誠意謝る。

「ご、ごめんリィラ……。そ、それと体調はどうだい?」
「別に問題ねぇよ……。こんくらい寝てたら治る」

 リィラはぶっきらぼうにそう言うが、リィラが掛かっている病気はこのフローラ王国で蔓延している流行病でこの一年で万単位の人間を殺した、と言われている。
 そして、そのせいで薬はいつも品薄で価格も高いときたものだ。ただ、これには貴族が買い占めを行っているという理由もあるのだが……。
 兎にも角にもあまり楽観できる状況では無かった。

「取りあえず、ご飯置いておくよ?」
「ああ、アンタも早く出ていきな。
 アンタまで伝染ったらサフランを育てる奴がいなくなるからね。

 ……サフランのこと頼んだよ」

 クロッカスは敢えてリィラの言葉に返事をしなかった。
 まるで死期を悟ったような言葉に返事をしたくなかったのだ。


 ☆☆☆

 クロッカスは朝5時には目を覚ます。
 そして、衣服を洗い、物干し竿に衣服を干すと、次に朝ご飯を作る。

 始めにサフランの分と自分の分を机に置き、妻であるリィラへと食事を届けに行く。

「リィラ、入るよ」

 ノックをする。
 流行病に罹る前から朝起きるのが早かった妻は病に罹り、より起きるのが早くなった。
 曰く

『運動してないから体力が有り余ってんだ!!』

 口ではそう言いつつも顔色が悪かったのを覚えている。
 無理をしているのだろう。
 それなのに、いつもリィラはクロッカスや娘のサフランの前では気丈に振る舞った。

 今日もリィラは起きるのが早かった。
 扉を開けると、リィラがクロッカスに気づき、視線をよこしてくる。

 そして、
「なぁ、クロッカス。知ってるか?私、元々はお前のこと全然好きじゃ無かったんだ」
「……知ってるよ」
「だけど、今はお前のこと愛してるよ。それじゃあ問題だ。私はいつお前のことを好きになったと思う?」

 いつ好きになったか……。
 クロッカスは記憶を遡っていく。元々2人の馴れ初めは魔法才華学園で出会ったリィラにクロッカスが一目惚れしたことだった。
 リィラはクロッカスと同様平民の出ではあったが、誰よりも凜として美しかった。
 そして強かった。

 どれだけ名門の出でも魔法戦闘において彼女に勝てるものはいなかった。
 その姿がまるで貴族も平民も関係ないと訴えているようだった。

 貴族に目を付けられないように縮こまっていたクロッカスはその日初めて他人に憧れた。
 そして、クロッカスのアプローチが始まったのだ。

 最初は相手にされなかった。
 だから、クロッカスは彼女の目に止まれるように努力をした。
 それと並行してアプローチも続けた。

 彼女は見目も良かったため、貴族からも妾にならないかとアプローチを掛けられており、クロッカスは常に追い立てられていた。

 一秒だって惜しかった。

 そうしてリィラへのアプローチを続ける中でリィラはクロッカスに1つの提案をした。

『そこまで私を好きだって言うなら、私よりも強くなりな!私は自分より弱い相手と結婚なんてしないよ!』

 そう言うリィラにクロッカスは更に努力をした。
 実る努力になるように努力した。

 魔法戦闘において自分がリィラより劣っている点はどこか、どうすれば追いつける…いや追い抜けるかを必死に考えた。

 その結果が魔法道具作成だった。
 どうしても足りない自力を道具に補わせた。そうして、様々な作戦と道具を活用し、クロッカスはリィラを倒したいとめたのだ。

 ならば……

「えっと、リィラを倒した時?」

 クロッカスがそう聞くと、リィラはにんまりと笑った。してやったりという笑みだった。

「残念!違うよ!私がアンタを好きになったのはアンタが1人でずっと剣を振っているのを見たときさ!」

 クロッカスは一瞬無言になる。
 あの頃のクロッカスにとって剣を振るのは最早日課になっており、リィラがいつの話をしているか分からなかった。

「えっと、何時の話?」
「はぁ!?私よりも強くなりなっていう少し前だよ!自分のことしか考えていない貴族とうじうじした平民しかいない中アンタは輝いてたんだよ!」
「そ、そうなんだ」

 不機嫌になり睨んでくるリィラにクロッカスは内心で「そんな横暴な!」と思っていた。
 なんせ、どう考えても、それはリィラが一方的にクロッカスを見ていただけでクロッカスからすれば身に覚えが無くても仕方が無いのだ。

 そんなクロッカスの内心を悟ったのかリィラは舌打ちをすると、頬を赤らめる。
 そして、控えめに、普段の彼女からは想像出来ない程に小さな声で

「だから、その……あの頃からずっとクロッカスのこと愛してる、から」

 いつもとは違う本当に偶にしか見せないリィラのデレにクロッカスは少しだけニヤけると、サフランにやるように優しく頭を撫でて上げる。

「……そっか、俺もだよリィラ」

 そう言うと同時、外から「パパ!おはよう!」と元気よく挨拶をするサフランの声が聞こえてきた。
 それにリィラは「ほら行ってあげな」とクロッカスの背中を押す。

 その言葉にクロッカスも頷くとリィラの部屋を後にした。

 ……このときのクロッカスは気がつくことが出来なかった。
 普段ならクロッカスの身を心配して直ぐに部屋から追い出そうとするリィラの異変に
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