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異変
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「起きてください! ノルシュタイン公爵が!」
国王の寝室だというのに、扉が激しく叩かれ大声がする。
普段は早起きのテオドールだけど、昨日の飲酒のせいで昼が近くなってもまだベッドにいた。
こめかみを押さえながら起き上がり、ローブを羽織って侍女に入室を許可する。
侍女の後ろにはノルシュタイン公爵。その顔は険しい。
「テオドール……セシルが倒れた……」
「なんだと!」
テオドールの顔に絶望が浮かぶ。
「すぐに向かう。準備を!」
王城は俄に慌しくなり、テオドールは髪も整えないまま馬車に乗り込んだ。
「セシル……頼む……」
手を合わせ、懸命に祈るテオドール。
私はその側で思考を巡らせていた。
──おかしい。セシルが病気になるなんて……。
テオドールを残して病に倒れた私。その複製たるセシルの身体には、あらゆる病魔に打ち勝つ仕掛けが施されている。今までだって、一度も寝込んだことはない筈だ。
テオドールを一人にしない。その目的の為に生まれたセシルなのに……また……。
本当に病気だろうか? やはりそれ以外の何かでは? セシルを恨む者、存在を疎ましく思う者がいたとしたら。それはどんな人物だろう……?
二人の幸せを妬む? そんな単純な話だろうか? それとも何かを狙って。例えば……王位継承権。
不意にパーティー会場見かけたある人達の顔が浮かんだ。王弟アードルフと妻のカミラ、そして息子のアドラー。
何処かつまらなそうにして、セシルとテオドールを遠巻きに見ていた。
このまま、セシルとテオドールの間に子供が出来なければ、王位継承権一位は王弟アードルフのままだ。そしていずれは長男のアドラーが王になる未来も……。
馬車は公爵家の屋敷に入り、テオドールは客室から飛び出す。待ち構えていた執事長が彼をセシルのところへ案内した。
「セシル……」
額に汗を浮かべ、ベッドの上で苦しそうにするセシル。テオドールが声を掛けても瞼は開かない。
「いつからだ?」
「朝食を召し上がった後に……」
テオドールの迫力に執事長が小さくなりながら答えた。
「毒ではないのか? 医者はなんと言っている?」
「毒の症状ではないそうです……。何処が悪いかも分からないと……」
それはそうでしょう。普通の人間にはセシルを覆っている黒い靄を見ることは出来ない。
これは禁呪の類ね。私にそっくりのセシルが私と同じく十七歳で倒れる。そして徐々に衰弱し、死へ……。そんな筋書きを立てた誰かがいるのでしょう。誰かが。
黒い靄から細い糸のようなものが伸びている。術者と繋がっているのだろう。私がテオドールと繋がっているのと同じように。
私は……覚悟を決めるべきなのかもしれない。
「セシル……目をさましてくれ……」
セシルの手を握り、懸命に声を掛け続けるテオドール。また辛い思いをさせてしまっている。
今、私がテオドールとの繋がりを切ってセシルを覆う黒い靄と同化すればどうなるだろう? 私はテオドールと繋がっていることで、意識だけの存在としてこの世に留まっている。
その繋がりが切れてしまえば、きっともうこの世にはいられない。意識が曖昧になり、そのまま天へ昇るだろう。もう、テオドールを見ていることは出来なくなる。
でも、いい。それでいい。テオドールの側にいるのはセシルの役目。私は、私にしか出来ないことをやろう。
──さよなら、テオドール。セシルをよろしくね。
私から伸びていた糸がプツリと切れ、ふわふわと天に昇りそうになる。必死に足掻いてセシルまで辿り着き、黒い靄を吸い込んだ。
透明だった私が黒く染る。何か力を得たようで、少し意識がはっきりしてきた。天に昇ってしまうまでには、まだ若干の猶予がありそうだ。
ならば、やることは一つ。
私はセシルに伸びていた糸を辿り始めた。術者を突き止める為に……。
国王の寝室だというのに、扉が激しく叩かれ大声がする。
普段は早起きのテオドールだけど、昨日の飲酒のせいで昼が近くなってもまだベッドにいた。
こめかみを押さえながら起き上がり、ローブを羽織って侍女に入室を許可する。
侍女の後ろにはノルシュタイン公爵。その顔は険しい。
「テオドール……セシルが倒れた……」
「なんだと!」
テオドールの顔に絶望が浮かぶ。
「すぐに向かう。準備を!」
王城は俄に慌しくなり、テオドールは髪も整えないまま馬車に乗り込んだ。
「セシル……頼む……」
手を合わせ、懸命に祈るテオドール。
私はその側で思考を巡らせていた。
──おかしい。セシルが病気になるなんて……。
テオドールを残して病に倒れた私。その複製たるセシルの身体には、あらゆる病魔に打ち勝つ仕掛けが施されている。今までだって、一度も寝込んだことはない筈だ。
テオドールを一人にしない。その目的の為に生まれたセシルなのに……また……。
本当に病気だろうか? やはりそれ以外の何かでは? セシルを恨む者、存在を疎ましく思う者がいたとしたら。それはどんな人物だろう……?
二人の幸せを妬む? そんな単純な話だろうか? それとも何かを狙って。例えば……王位継承権。
不意にパーティー会場見かけたある人達の顔が浮かんだ。王弟アードルフと妻のカミラ、そして息子のアドラー。
何処かつまらなそうにして、セシルとテオドールを遠巻きに見ていた。
このまま、セシルとテオドールの間に子供が出来なければ、王位継承権一位は王弟アードルフのままだ。そしていずれは長男のアドラーが王になる未来も……。
馬車は公爵家の屋敷に入り、テオドールは客室から飛び出す。待ち構えていた執事長が彼をセシルのところへ案内した。
「セシル……」
額に汗を浮かべ、ベッドの上で苦しそうにするセシル。テオドールが声を掛けても瞼は開かない。
「いつからだ?」
「朝食を召し上がった後に……」
テオドールの迫力に執事長が小さくなりながら答えた。
「毒ではないのか? 医者はなんと言っている?」
「毒の症状ではないそうです……。何処が悪いかも分からないと……」
それはそうでしょう。普通の人間にはセシルを覆っている黒い靄を見ることは出来ない。
これは禁呪の類ね。私にそっくりのセシルが私と同じく十七歳で倒れる。そして徐々に衰弱し、死へ……。そんな筋書きを立てた誰かがいるのでしょう。誰かが。
黒い靄から細い糸のようなものが伸びている。術者と繋がっているのだろう。私がテオドールと繋がっているのと同じように。
私は……覚悟を決めるべきなのかもしれない。
「セシル……目をさましてくれ……」
セシルの手を握り、懸命に声を掛け続けるテオドール。また辛い思いをさせてしまっている。
今、私がテオドールとの繋がりを切ってセシルを覆う黒い靄と同化すればどうなるだろう? 私はテオドールと繋がっていることで、意識だけの存在としてこの世に留まっている。
その繋がりが切れてしまえば、きっともうこの世にはいられない。意識が曖昧になり、そのまま天へ昇るだろう。もう、テオドールを見ていることは出来なくなる。
でも、いい。それでいい。テオドールの側にいるのはセシルの役目。私は、私にしか出来ないことをやろう。
──さよなら、テオドール。セシルをよろしくね。
私から伸びていた糸がプツリと切れ、ふわふわと天に昇りそうになる。必死に足掻いてセシルまで辿り着き、黒い靄を吸い込んだ。
透明だった私が黒く染る。何か力を得たようで、少し意識がはっきりしてきた。天に昇ってしまうまでには、まだ若干の猶予がありそうだ。
ならば、やることは一つ。
私はセシルに伸びていた糸を辿り始めた。術者を突き止める為に……。
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