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異変

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 最近、ユリウス様の様子がおかしい。寝ている時間が長くなり、うなされていることがよくある。

 そんな時は私がベッドに忍び込み、ユリウス様のお腹の上に乗ることにしている。そうすると安心するらしい。何度か私の体を撫でたあと、落ち着いて寝息を立て始める。

 猫の体になった甲斐があったというものだ。

「……もう朝か……」

「ミー」

 寝具から出て顔のところまで行くと、ユリウス様と目が合った。

「ミーシャは一人で生きていけるか?」

 えっ……。無理ですけど! 私、猫のまま一人で生き抜く自信ないですけど!! なんでそんなこと言うんですか!?

「シャーッ!!」

「ははは。冗談だよ。さて、起きるとしよう」

 ユリウス様は上体を起こし、ベッドの端に座った。そして立ちあがろうと──。

「ミーッ!!」

 ──そのまま床に倒れてしまった。


#


 あの日以来、ユリウス様はずっと寝込んでいる。何人もの医者がやってきて何の成果もなく帰っていった。

「ミーシャ……」

 呼ばれてベッドに這い上がり、ユリウス様のお腹の上に乗る。いつものように背中を撫でられた。でも、何かが違う。

「ミー?」

「すまない。もう手が上手く動かせないんだ」

 えっ……。それって……。

「俺も人石病にかかったみたいだ」

「ミー!?」

 そんな!?

「元々、その可能性はあったんだ。人石病を発症する者の多くは身内に人石病の患者がいる……。体質を受け継いだからなのか、単純に伝染しただけなのかは分からないが……」

 だから、ユリウス様は寝る間を惜しんで実験を続けていたのか。

「ミーシャは人間の言葉が分かるだろ? 魔法も使えるし、明らかに普通の猫じゃない」

 そもそも、人間ですしね。

「俺の机の引き出しに人石病について纏めたノートが入ってある。ミーシャに託したい。俺が人石病だと分かると、この部屋に入って来る者はいないだろうから……」

 そんな……。死ぬみたいに言わないでください。

「誰か研究を引き継いでくれる人に渡して欲しい」

「ミー!」

 私がやります。私が、なんとかします!


#


 ユリウス様が倒れた日から、私は人石病について勉強を始めた。

 ノートによると、人石病には魔力が関係しているらしい。というのも、石化の症状は身体の魔力の多いところから出始めるらしいのだ。

 普通、人間は利き腕に一番魔力が集まる。だから、ユリウス様も右腕から石化が始まったのだ。

 ユリウス様が行っていた実験──石に様々な液体をかけていたのは、魔力を変質させる試み。人間の身体を石に変えてしまう魔力の質を変えれば、石化も解けるだろうという仮説だ。

 ちなみにあの石はアマンダ様の身体の一部。

 ユリウス様は石になった母親の身体を元に戻そうとしていたのだ。勿論、自分が将来、人石病にかかることも想定していたのだろう。だから、必死だった。

 ノートには人石病にかかったアマンダ様の様子も書かれていた。

 アマンダ様は徐々に動かなくなる身体に怯えながら、一人で亡くなったらしい。周りに人石病をうつさないようにと……。

 ユリウス様が私を拾ったのは、アマンダ様の最後が脳裏にあったからかもしれない。猫ならば人石病をうつす恐れがない。猫ならば、一緒にいられる。


 ノートから目を離し、ベッドに横たわるユリウス様を見る。
右腕はもうすっかりかたくなり、黒く変色していた。

 食欲はなく、廊下のワゴンに置かれている食事のほとんどを残している。

 時間がない。

 どうすれば石化を解除できるの? ノートを見る限り、ありとあらゆるものが既に試されていた。何か、特別なもの。何か……。

「ミー!!」

 そうだ! 私の血を試してみよう。かつて邪神に捧げられそうになったのだ。もしかすると特別なのかもしれない。

 ベッドに飛び乗ると、ユリウス様が薄目を開けた。

「……どうしたミーシャ? そんなに慌てて」

「ミーミーミーミー!」

 右腕の側に座り、自分の前脚を噛む。

「ミーシャ、何をしている? 馬鹿なことはやめるんだ」

「ミーミーミー!!」

 やってみないと分からないでしょ! 

 血が滴り、白い毛が赤く染まる。それをユリウス様の右腕に──。

「ミー!」
「色が変わった……」

 私、凄い!!

 血のついたところが黒から白へと変色した。

「今まで、何を試しても駄目だったのに……」

 ユリウス様は呆然としている。

 よし! 出血大サービスよ! 私はガシガシと更に前脚を噛み、ユリウス様の右腕にかける。だんだんと元の肌色に戻ってきた。このままいける!

「ミーシャ……。そんなに血を流したら……」

 ユリウス様は心配性ね! まだまだ大丈夫な──。

「ミィィ……」

 ──急に目の前が暗くなった。
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