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東京

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 普段、大井町集落は寝静まるのが早い。電気のない世界で夜に行動するのはコスパが悪いからな。しかし、今日は違うらしい。

 かつてパドックがあったところをぐるりと篝火かがりびが囲い、煌々と明るい。その中では普段は寡黙な集落の人々が、酒を飲みながら陽気に語り合っていた。

「お前達、ルーメンが来たぞ!!」

 ぉぉぉおおおおおおぉぉぉー!! 歓声と拍手が鳴り響く。

 一条院に連れられて、皆の前に立たされる。その脇にはハイオークの生首が槍に突き刺されて置かれていた。野蛮と言うなかれ。これがきっと人間と魔物の関係なのだ。やるか、やられるか。恨み、恨まれる。

「大井町集落の客人が偉業を成し遂げた! ルーメンが宿敵のハイオークを討ち取ったのだ!!」

 一条院がどら声を響かせると、それを掻き消すほどの声が住人達から返された。

「先のオーク討伐で、大井町集落は甚大な被害を被った。もし、ルーメンがこのハイオークを倒してくれなければ、また同じことが起きただろう。集落を代表して礼を言う。ルーメン、心から感謝する!!」

 住人達からも次々に感謝の言葉が届く。啜り泣く声は先の討伐遠征で亡くなった人のことを思ってか。

「ささやかながら、今日は宴の席を設けさせてもらった。ルーメン、大いに飲んでくれ! そして、お前の武勇伝を我々に聞かせてはくれないか!!」

 武勇伝ねぇ。あまり聞かせられるような話ではないのだけれど……。

 どうしたものかと悩んでいると、世奈が木のジョッキを持ってやってきた。酒だろう。

「それではルーメンの勝利を祝して、乾杯!!」

 かんぱーい!! の声が集落にこだました。

 夜空に掲げた酒を下ろし、一口。ふむ。ドブロクだろうが、悪くない。久しぶりの酒に、にわかに鼓動が速くなる。

 用意された椅子に座ると、誰かが太鼓を叩き始めた。それに合わせて歌も始まる。林間学校に来た気分だ。

「おい! ルーメン!! このクソ豚野郎をどうやって倒したんだ!! こいつ、めちゃくちゃ強かっただろ!?」

 酒を入れた一条院が隣に来てがなり立てる。いつの間にか、男達が車座になって俺を囲んでいた。ちゃっかり世奈も混じっている。

「まず、そうだな。俺の能力のことを話そう。俺は魔物を食べることによって一時的に様々な【力】を得ることが出来る」

「なんだそりゃ? そんな能力聞いたことないぞ!」

「そう言われてもな。俺はこの時代の能力ってやつのことを知らない。お前達の言う能力が俺のものと同じかも怪しい。ただ、俺はそれを駆使して戦っているんだ」

 酒を飲み干すと、すぐさま世奈がやって来て、お代わりをジョッキに注いだ。世話役に任命されているらしい。

「……だから魔物化した虫ばかりを食ってたのか……」

「まぁ、そう言うことだ。あと、視聴者が厳しくてな」

「また、視聴者か。お前も大変だな。それで、このハイオークも魔物だが……」

「もちろん食うぞ! ゲテモノだからな!!」

 周囲に戦慄が走った。

「……お、おう。そうか。明日にでも一人で食べれば──」

「今食うぞ! 今、この状況で食べるのが映えるんだ!!」

 酒が回ったせいか、妙に楽しい気分だ。

「世奈! 何人か男達を連れて捌いたハイオークを持って来い! 後、バーベキューセットもだ!」

 はいっ! と世奈と二人の男が立ち上がり、準備していたハイオークのバーベキューセットが俺の前に並べられる。魔物とはいえ、久しぶりの肉だ。思わず唾をのんだ。

「一条院も食うか?」

「食うわけないだろ! 魔物なんて食ったら能力者の俺でも魔素で腹が下っちまうよ! 普通の奴等なんて口に入れた途端に吐き出すぞ! お前が異常なんだよ、ルーメン」

 前もそんなことを言っていたな。俺以外の人間はどうやら魔素を含んだものを食べると体調を崩すらしい。

 ドン引きする周囲を無視してハイオークのロースを網に乗せて焼く。脂が滴り、薪から香ばしい煙が上がった。これは美味そうだ。ってコメント欄大丈夫か?

 
 コメント:おいおいルーメンさんよう……
 コメント:えっ、普通にバーベキュー?
 コメント:ルーメンさんが普通の食事?
 コメント:私、悲しい……
 コメント:あっチャンネル登録解除しよ
 コメント:解除すぺ


「ちょっと待て! こいつはハイオークの肉なんだ!!」

 俺は慌ててカメラにハイオークの生首を映した。俺が食っているのは! こいつなんだよ!! 普通の食事じゃないんだ!!


 コメント:オークのボス食ってるのか。
 コメント:いいよいいよ! オークなら
 コメント:ルーメンが裏切ったのかと
 コメント:ビビらせるぜ!ルーメンさん
 コメント:生首見ながら肉食べるって……
 コメント:ルーメンは鬼畜だからなっ!


 ふう。なんとか理解して貰えたようだ。全く、こいつらすぐにチャンネル登録解除をチラつかせるからな。寿命が縮むぜ。

「……ルーメン大丈夫か?」

「大丈夫だ。誤解は解けた。おっ、そろそろ焼けたな!」

 俺は瓶の底に残ったヒロセのスパイスを惜しげなくオーク肉に振りかける。……これは間違いなく美味いだろ!

「いただきます!!」

 噛み締めたハイオークのロース肉からはジュッと甘味のある脂が染み出す。……美味い。今まで食べたどんな豚肉よりも上だ。肉を取る箸が止まらない。

 気が付くともう網の上に肉はなくなっていた。俺は取り憑かれたようにハイオークの肉を網に並べる。

「そんなに美味いのか?」

 一条院が喉を鳴らす。

「下痢になるだけだろ? これを食わないなんて、人生の楽しみの八割をドブに捨てているようなものだぞ? 食ってみろ」

「……一切れだけ」

 一条院が網の上の肉に箸を伸ばす。そして、恐る恐る口に入れて咀嚼した。

「どうだ?」

「……美味い。クソったれの神に感謝するぐらいに」

 神に感謝する。その言葉がこの時代の人間にとってどれだけ重みのある言葉なのか、俺は知らない。しかし、一条院は目を閉じて無言でハイオークの肉を味わっている。俺と同じ感動に包まれている筈だ。

「ルーメンさん! 私もいいですか?」

「美味いぞ。食ってみろ」

 世奈が駆け寄ってきて、ハイオークの肉を口に入れる。

 ──ゲホッ!

 盛大に吹き出されたオーク肉を世奈は涙目で見つめる。やはり、駄目だったか……。

「もう! ルーメンさんの意地悪っ!!」

 そう言い残して世奈は篝火の届かない所へ行ってしまった。まぁ、子供は寝る時間だしちょうどいい。

「ルーメン。大変だな」

 一条院が肉に箸を伸ばしながら、ニヤついている。

「そうだな……」

 宴は続く。結局、空が白んできた頃になってやっと俺は解放されるのだった。
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