見世物になった聖女が掴んだもの

フーツラ

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翌朝

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 翌朝、私はまたあの長身の男がいる屋台へと足を向けていた。まだ屋台は準備中だったけれど、大きな鍋からはとてもよい香りがしている。

「よう! お嬢さん! 今日は大分マシな顔をしているな」

 そう言われてハッとし、慌ててドレスの袖のまだ綺麗なところで顔を拭う。

「違う違う! 表情の話だよ!」

「……そうでしたか」

「それに、顔が気になるなら、ほらよ!」

 昨日と同じように手拭いが渡される。これで顔を拭えということだろうか?

「なんだ? また拭いて貰いたいのか? 甘えん坊だな」

「いえ、違います! 自分で出来ます!」

 手拭いで顔を拭うと、スッと晴れたような気分になる。そして急に空腹を思い出してお腹が鳴ってしまった……。恥ずかしい……。

「はははっ! お嬢さん、味見してくれないか?」

 長身の男は黄金色のスープが入った器を私の方に差し出した。

「……いいんですか?」

「もちろんよ! 実はさっき味見した時に舌を火傷しちまってね。さて仕上げだって時によく味がわかんねーんだわ。だははは」

 器を受け取りよく冷ましてから口に入れる。昨日と同じで刺激的だけど旨味があって身体全体が温まる。

「美味しいです」

「そりゃ良かった。安心したよ」

「あっ、あの!」

 急に大きな声を出してしまった。男がびっくりして眉をピクリと動かす。

「なんだい?」

「ちょっと、かがんでくださいませんか? 顔が私の手に届くぐらいまで」

「うん? 頬っぺたにキスでもしてくれるのか?」

「違います!」

 ふざけながらも男は腰を折り、顔が私の目の前にある。私はそっと男の頬に触れ──。

『癒しの光を!』

 ──これで大丈夫。舌の火傷は治った筈。

「……こりゃ、驚いた。お嬢さん、癒しの魔法が使えるのかい?」

「はい。少しだけ」

「少しだけって、折れてなくなっていた奥歯まで元通りになっているぞ? 普通の癒しの魔法じゃこんなこと──」

「スープのお礼です!」

 私が押し通すと、男は呆れたような顔になる。

「全く、とんでもないお嬢さんだな。俺の名前はバーラル。お嬢さんは?」

「ルクアです」

「ルクアか。もし良かったらなんだが、明日から屋台の開店準備を手伝ってくれないか? 実はスープだけじゃなくて串焼きもやりたいんだが、人手が足りなくてな」

「あ、あの……。私にあまり関わると……良くないことが起きてしまうので……」

「はははっ! なんだそりゃ! 周りが不幸になる呪いでも受けているのか? ルクア。そんなことは気にしなくていいんだよ! 俺はよそ者だからな。都合が悪くなりゃ、さっと逃げちまうよ! だから大丈夫だ! なっ?」

「……はい。よろしくお願いします」

 バーラルさんの強引な誘いを断り切れず、私は屋台の手伝いをすることになってしまった。大丈夫かな……。
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