猫耳のfind

とらねこ

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4. お喋りさんの探し物

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 と雨が降り続く季節になり、紫陽花あじさいがひらき、カタツムリはその殻から顔を出す。この季節になると、じめじめした空気と共に、店の奥、店主の部屋から、鬱々としたものが流れてくる。
「───はぁぁぁぁ……。」
 わざわざ大きく息を吸ってから、盛大にため息をつく。
「やっぱり、この季節は好きじゃないよぉ…。」
お客さん来ないし。じめじめしてるから髪も変にあとが着いて、一本、おかしな方向に跳ねているし…。と、可愛らしく頬を膨らませて、机に腕を乗せた。
「そろそろ開店の準備をしないと…。」
天気のせいか、気怠げにたちあがり部屋から出る。何か忘れているような…?まぁ、いいか。短くそう思考し、商品を補充してカウンターにつく。どうせ誰も来やしない…と、フィーナにしては珍しく、ブルーな思考に陥っていた。と、
─カラン─
「おう!久しぶりだなー。フィーナちゃん!」
「トランさん、お久しぶりです!」
そしてここで一瞬躊躇ためらうように固まったトランさん。
「…あー、ところで、なんだ。髪が変に跳ねてるぜ…?」
そうだ、トランさんに言われて思い出した。髪が跳ねてるの、忘れてた…。いそいそと髪を整える。うぅ……
「恥ずかしいです…」
「はっはっはっ、まぁしょうが無いだろう。今の時期はな。今朝も、かみさんの頭が酷いもんでなぁ。いつも文句を垂れているよ。いつもは随分と綺麗な髪でな、指で梳くとなんの抵抗もなくスルッと……」
あ、始まった。トランさんはお喋りで、一度話し出すと止まらないんです。まぁ、大体奥さんについてだから、聞いていてほっこりしますけどね~。でも実は、トランさんの奥さん…マリさんは、生まれつき体が弱い見たいで…。
「………それで、うちのかみさんは無駄に教養があるからよ─」
「あの、トランさん。」
「うん?なんだ?」
「あの、今日は何をお探しで?」
「あぁそうだそうだ。忘れちまう所だった。かみさんの為のくしを…。あと、この時期はかみさんの体調が良くなくてな。それで、せめて何か気分が良くなるものがあればと思ってな。ここに来たんだ。」
「成程…。あ、因みに、体調不良を抑えるもの。ですか?それとも」
「何か楽しくなるような。そういうものだ。」
「はい。了解です。」
「でもま、すぐには厳しいだろ?」
こくり。と、私は頷く。
「うん。だよな。だから、今日はかみさんの櫛を買って帰るとするよ。手ぶらもあれだしな。暫くしたら、また顔を出すよ。そん時は宜しくな!」
「はい!」
ニッとはにかみ、親指を立てて手を前に出すトランさん。
「少ししたらまた来るからな。」
と、帰って行きました。あ、最終的に香草を買っていきました。律儀なんですよね、トランさん。
「……何じゃ、騒がしい男じゃのぅ。」
「!?」
 い、いきなり後ろから声がしたらびっくりするよね!?ね、うん。大体察しはついているけど……そっと振り返る。と、口いっぱいにパンを含んだレーラズが……
「人の店…いや家で何してるんです…師匠……」
「見ての通り朝食じゃ。(もぐもぐ)」
「いや、勝手に人の家のパン食べないでくださいよ…」
「ん、あぁ(ゴクン)そうじゃの……。ご馳走様でしたっと。ところで、依頼どうするつもりなんじゃ?」
気にもとめてない風に食べた…。そのパン、リャノ婆から貰ったやつなのに!!って……ん?
「話、聞いてたんですか?」
「うむ。」
「盗み聞きですか?」
「あっ…」
「あら、随分と良いご趣味をお持ちで?(ニッコリ)」
「……。ええい、わかったわい。妾が悪かった。じゃが、妾はお主に話があって来たんじゃ。」
「と、言いますと?」
「んむ。実は今、隣町に行商が来とる様でな。珍しいものもあるそうじゃて、行ってみてはどうかの?」
おぉ!魅力的な話しだ!店に無いものもあるかもだし……よし。
「情報、ありがとうございます、師匠。あ、お店よろしくお願いしますね。」
「うむ。感謝せい………ん?お主今なんて」
─カラン─
「──え、これ妾が店番?」


 風邪を切り、隣町まで駆け抜ける。獣人の体力ならもうすぐ…あ、町が見えて来ました。村の、簡素な木の囲いとは違い、小さいながら町らしく、石造りの壁に囲まれている。でも門兵も検問も無いみたい。
 今の今まで雲がかっていた空も、この季節には珍しく、太陽が顔を覗かせた。
「いらっしゃーい、いらっしゃーい!旅の行商人、セリシアの露店はこっちだよー!」
町に入ると同時に、女性の元気な声も聞こえてきた。師匠の言っていた行商って、あれかな?
「あ、そこの獣人さん、獣人のお姉さーん!ウチはいいもの揃ってますよ~!」
 見つめていたら、目が合ってしまった。すかさず声をかけてくる。その旅の行商、セリシアと名乗るのは、肌が白く、長い耳を持つエルフの少女だった。美しい翡翠ひすいの瞳を持ち、遠目に見ても絹のような滑らかな灰色の髪は短く、前髪はピンで止めている。いや、少女と言うのは語弊があるかもしれない。エルフは長命だから、見た目は当てにならない。獣人もそうだけど、ね。
 セリシアの元へ行き、露店らしく布の上に並べられている商品を一つ一つ見ていく。と、気になる物を見つけた。これは、以前暁さんが持っていた様な…?それを手に取った私を、目敏くセリシアさんが気付く。
「おや、獣人さんお目が高いですねぇ~。それは、私が東国を旅した際に仕入れたものでね、質の良い木製の櫛に、東国特有の"ウルシ"を塗った高級品でしてね?えへへ、長命種のよしみでお安くしますよー、銀貨20枚は貰いたい所ですが、そうですねぇ…銀貨15枚でどうです?」
……あぁ、この人も話し聞かないタイプか…。
「おや?悩んでいらっしゃいますな?ふむふむそうでしょうそうでしょう?これだけの品ですもんねぇ。では、もう一声と言う言葉にお答えしまして、特別価格、銀貨10でどうです?」
いや、もう一声とか言ってないし、まず買うって言ってないし……。でもまぁ、確かに綺麗で質の良い櫛だし、半額になったし…買おうかな……
「うーん、じゃあこの櫛とブローチ、あと……あ、この沢山ある木の櫛、これあるだけ貰えます?」
「ありがとうございます!こんなに気前の良いお客様は初めてですよー。お店でもやってらっしゃるんですか?」
と、矢継ぎ早に質問を重ねながら、手早く荷を包んで行く。これは商売上手って言うのかな?いや、商売上手って言うより、売り付け上手って感じだなー。
「そう言えば、この町は小さい子が多いんですね。」
「あ、はい。そうみたいですね。でも、学校みたいな施設は無いみたいですから、店や畑を手伝ったりしてるみたいですよ。逞しいですねぇ…。あ、どうぞ。まいどあり。」
「あぁ、ありがとうございます。……えと、改めてお名前を聞いても…?」
「セリシア。ただのセリシアですよ。今後ともよしなに…。あ、獣人さん、貴女は?」
「私はフィーナ。フィーナ・フォレストです。また、縁があれば。」



─カラン─
 「ただいま戻りましたー。」
昼下がりには店に帰って来ることが出来た。新しく櫛も手に入ったし、旅の行商という知人も出来た。この先の商品が充実するかも…なんて考えていると
「おい、お主。」
そこには、カウンターに背が届かなかったのか、からの木箱に乗り、頬杖をついた不機嫌そうなレーラズの姿があった。
「妾に店番なんぞ任せおって…‥。よもやその事、忘れていたとは言わんな?」
あ……半分忘れてた……。って言うかめっちゃ怒ってる…?
「どうせ雨で客なんぞ来んとたかを括っておったら、たちまち晴れて子供やら何やら押し寄せ、仕方ないとカウンターに向かえば背が届かん。………妾魔女じゃから!数少ないが権威、尊厳のある魔女じゃから!?『お店よろしく』って軽く雑用任せる立場じゃないもん!」
「師匠、口調‥‥」
「う~~。う、うるさい!今のなし!じゃ!」
「ふふ‥。はいはいすみませんでした。」
「今笑ったな!?子供扱いしおって!」
「まぁまぁ、お土産いりますか?高くて質の良い櫛を買ってきたんですけど……。」
「ふふんっ。貰っとくわっ。」
さっきまで泣目で叫んでたのに──。案外ちょろいのかな。
「店番、本当にありがとうございました。今日はもうお店閉めます。─コーヒー、いりますか?」
「いる。」
 そうしているうちに、いつも間にか太陽はなりを潜め、月が代わって顔を出した。が、それもすぐに雲に隠れ、月明かりの無い暗い夜が訪れた。レーラズはいつも間にやら姿を消していて、フィーナは一人の夕食を済ませた。
「楽しませるもの……か…‥。」
私が知っていることでマリさんの事と言えば、体調が良い時は子供達と遊んでること。と、えっと、トランさんが言ってたかな…それを利用して……、それなら───。
 ───これを最後に、フィーナの意識は眠りに落ちた───。



 後日、トランさんが店にやって来た。案を伝えると
「お、いい考えじゃねえか!それなら家から出なくてもいいし、体調が悪い時は俺が……。うん、ありがとよ!流石はフィーナちゃんだな。」
「えへへ、ありがとうございます。いざ始めた時は、行きますのでっ!」
少し顔を赤くして答えた。褒められた~。
「おう。いつでも待ってるからよ。」
 と、言うことで。私がトランさん宅へ向かったのは、あれから一週間後の事。
 その日は、この季節に珍しく、朝から気持ちの良い快晴だった。お店を閉め、木陰からそっと覗いてみる。
「お、フィーナちゃんじゃねぇか。」
あ、バレた。
そして、そのトランさんの声をきっかけに
「あ、ふぃーなさんだー!」
「フィーナさーん!」
「あのひとだれ?」
なんて声も聞こえる。そう、私が提案したのは学校…の、ようなものだ。マリさんはある程度教養がある人だから、字の読み書きから貨幣の数え方…なんて基本から、少しの外国語、古語、大まかな歴史に至るまで、人に教えることが出来る。元々、いいとこのお嬢様らしい。
 擬似的ではあるが教育機関で、しかも格安。と言うこともあり、隣町から来ている子もいるようで、さっきの『あのひとだれ?』なんて声は、きっと隣町の子だろう。
「「フィーーナーー!」」
この声は…。そっと振り返る。
「手鞠ちゃん、つくもちゃん、二人も参加してたんだ?」
「うん。ばぁに、お前も少しはべんきょうしなさいってー。」
「私は、基本は出来てるんだけど……。もっと色んなことが知りたくて。」
「そうなんだ……。」
ってん?待てよ、手鞠ちゃんが話せるのは東国語、獣人語、そして今使っている大陸公用語…。え、もう充分ハイスペックじゃない?正直、種族の言語と公用語が出来れば充分だ。さらに学ぼうとする手鞠ちゃんの思想は、私も学ぶべきかもね。と、気付けば子供達が一箇所に集まり出した。つるつるした石に、石灰で字を書く様だ。すると、家からマリさんが出てきた。美しく長く、カールを描きながら落ちる指通りの良さそうなブロンドの髪に、金の瞳。人間のはずだが、エルフと見まごうほどの白い肌。
「どうだ。うちのかみさん、綺麗だろ?」
「それ、毎回言いますね…。でも、本当に綺麗です。」
「だろ?───なぁ、フィーナちゃん、ありがとうな。」
「え、なんですか急に。」
「これを始めてから、あいつは体調が良くてな。さらに機嫌も良いときた。俺と交代で、畑仕事と座学を教えてる。雨の時はやらんが、かみさん……マリが外に出れるようになって、本当に嬉しいんだ。笑顔も増えた。──本当に、本当にありがとう。」
「いえ、私はただ、トランさんの依頼を…いえ、探し物を見つけただけです。私の考えをここまで持っていったのは、トランさんですよ。……あと、トランさんがしめっぽいの、ちょっと気持ち悪いですよ。」
「なにおぅ。言いやがるな。」
 クスリ、と漏れた私の笑い声が、トランさんにも広がって。─上を見れば、晴れやかな空が広がっていました。

*トランさんの探し物─マリさんの笑顔─*
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