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第1章~2人の奇妙な関係~

あたしを使えばいい

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「ま、待って!」


「なんだよ……そんなに俺に襲われたい?いま最強にイライラしてんの」



言葉の通り、上着をもつ学くんの手は固く握られていた。
上着がなかったら、手のひらに爪のあとがつきそう。



「あたし、なにかしたかな?」


「いや、なにも。感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」



にっこりと笑うその顔。
笑っているのに笑ってないようにしか感じられなくて。



「あたしはっ!学くんのことが好きだから!ほかの人なん……むぐっ「俺のこと好きなんて言うなよ!!!!」



〝ほかの人なんて好きにならない〟
そう言おうと口にした言葉は、学くんの手によって口が閉ざされた。

どうしてだろう。
好きな人のことを好きだと言えるチャンス。
もう会えないと思っていた人だから。



「ど……どうして」



学くんの手から解放された口を開いて、言葉を紡ぐ。



「俺なんて好きになってもいいことないから。やめとけよ」



そのまま壁によりかかるように座り込んだ。



「好きだから……後悔なんてしないもん」


「そう……。じゃあとりあえずこっちこいよ」



力ないままそう言って、あたしに手を伸ばす。



「学くん?」



彼の言葉に、同じ目線になるようにしゃがんでその手を取る。



「一旦俺、寝るわ」



手を取った瞬間に放たれた言葉。



「は?」



あまりに斜め上を行く言葉に唖然としてしまう。



「寝ないとイライラ取れなそうだから」



あたしの手を取って、立ち上がった彼はズボンのポケットから何かをだす。



「寝る」



そう呟いて、足はキッチンへ。



「待って、それなに?」



彼が手にしていたものは錠剤に見えた。
あれは、おそらく睡眠薬。



「みたらわかるだろ。これ飲まねーと寝れないんだよ」



あっさりと認めて、冷蔵庫からだしたミネラルウォーターをコップに入れてゴクリと錠剤を飲む。

多分、日常的に使ってるんだろう。



「そ、それ……1番強い眠剤!」



空になったものをみてすぐに気がついた。
これは、一般のよりも強いと言われてるものだって。



「さすが、保健師だね」



彼は気に留めることもなく、ゴミ箱にそれを捨てる。



「そんな常用してたら、本当に体おかしくなっちゃうよ!」


「もう手遅れだよ。これがないとイライラするし。イライラおさめるためにも飲んでるから」


「使い方が違うじゃん!やめてよ!ねぇ!」



このままだと彼の身が滅んでってしまう。
そう思ったあたしは、学くんの腕を掴む。



「じゃあどうしろってんだよ。この薬ないと俺、女抱きにいくけど?」


「……っ」



イライラのはけ口なのだろう。
女の子を抱くことが、精神安定剤になっていたのだろう。

でも、お父さんに言われて結婚したいま。
それを簡単にしてしまっては、将来が安泰じゃなくなるから。



「じゃああたしを使えばいいじゃない!」



でも、どうにかしたくて。
ただ、それだけで。

この先どうなるかなんてわかんない。
でも、あたしはこの人の妻だから。

あたしを精神安定剤にすればいいと、この時はそう思っていた。
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