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第2章~逃げ出したい気持ち~
突きつけられたモノ
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「ねぇ」
朝。
身支度をしていたあたしを後ろから可愛い声が呼び止める。
「はい?」
学くんは、重役会議があるからと早くに出てしまい家には葉菜さんとふたりきり。
学くんが家を出るところにあたしも起きて、顔を合わせたのだけど彼は普通だった。
普通すぎるくらいに普通で。
あぁ、これ
──距離を置かれてる。
このことに気づくまでに時間はかからなかった。
本当なら、なぜあのまま部屋にこなかったのか。
あたしが隣にいないと寝れないのではないか。
本当に仕事をしていたのか。
聞きたいことは山ほどあった。
でも、何も聞くなと言われてるような瞳に逆らうことはできなかった。
昨日の夜、トイレにいったときに、学くんの書斎の前を通ったけど、そこには人の気配はなくて。
反対にあたしたちの隣の客間からは二人の笑い声が聞こえてきたんだ。
同じ家にいるのに1人を感じて、すぐに布団にはいって目を閉じた。
近づいたと思えばすぐに離れる。
手を伸ばしても心には触れることができない。
そんなもどかしさを感じていた。
「昨日、二人で何してたか聞かないの?」
ニヤリと葉菜さんが微笑む。
「聞きません。あたしは自分の目で見たものしか信じませんから」
「強気ねー。じゃああなたの目で見たものってなに?」
「婚姻届です」
「は?」
あたしの言葉に葉菜さんが怪訝な顔になる。
「学くんと結婚しているのはあたしだという事実です」
この事実があれば、あたしはこの人よりも立場上で勝っている自信があった。
学くんの妻が武器になる。
「へー。そうきたのねー」
面白そうに笑いながら〝ちょっと待ってて〟と学くんの書斎へと入っていく。
「そこは……」
「いいのよ。付き合ってた頃から変わらないんだもの」
慣れたように、なんの躊躇もなく学くんの机の引き出しに手を触れる。
葉菜さんと付き合ってた頃からここに住んでいるのはわかっていた。
だから、以前から葉菜さんがここに来ていたのは当然。
それでも、嫌だと思ってしまうのはどうしても欲張りになってしまうから。
あたしに気持ちも向けられてないくせに、何言ってんだって話だけど。
欲張りになる前に学くんに好きになってもらうのが先なのに。
でも、何もかも順序のおかしいこの恋愛だから。
何もかも先とか後とかどうでもいい。
葉菜さんだって、たまたまあたしの前に付き合っていただけだ。
「あなた、結婚している事実とか言ったわね?」
「そうですけど?」
「結婚してなかったらどうするの?」
「はい?」
この人は何か夢でも見てるのだろうか。
結婚したという事実を認められないのか?
「ふふ、妄想とかで言ってるわけじゃないわよ?」
あたしの考えをすべて読み取るような雰囲気で。
あたしに1歩ずつ近づいてくる。
「葉菜さん?」
その顔がなんだか怖くて、見つめることができない。
「ちゃんと見なさいよ」
それでも彼女はあたしの顎を持ち上げて、自分に向けさせる。
目の前の彼女は絵になるようなとても綺麗な顔をしていて。
そのまま呆然と立ちすくしてしまいそうになる。
「これ、見なさい」
葉菜さんの声にハッとして、彼女の手元に目をやる。
「これでも自信あるの?」
「……!?」
彼女が手に持っていたもの。
それは、あの日。
学くんと一緒に出したはずの婚姻届。
紛れもなくあたしと学くんの直筆だ。
社長と専務の証人のサインもある。
「あなた結婚なんてしてないわよ?」
「……っ」
言葉なんて発することができない。
「現実がみえた?彼はあなたのこと必要となんてしてないの」
葉菜さんがあたしの手に乱暴に婚姻届を押し付ける。
「……なんっ」
「復讐のひとつじゃないかしら?」
「復讐……?」
そういえば、うちの高校に教育実習生としてきた理由も復讐と言っていた。
「この先はあたしが言うことじゃないわ」
「なんで、こんなこと……」
「そんなの決まってるじゃない。学を返してもらうためよ。元々あたしのなんだから」
「……っ」
やっぱり、この人は学くんのことがまだ好きだったんだ。
学くんはどうなのだろう。
でも、学くんのことだから葉菜さんの気持ちに気づいてないわけがない。
それでも遠ざけないってことは……。
そう考えて涙が出そうになる。
でも、この人はの前で泣くのは絶対にいやで。
必死に涙を食い止める。
「あなたのものじゃないって思い知らせられたようだし、帰るわ」
近くにあった自分のカバンを手に取って、そのまま玄関へと向かっていく。
いったいこのひとはなんのためにここに来たのだろう。
あたしに結婚していない事実を突きつけるため?
何にせよ、学くんからあたしを遠ざけようとしてるのは変わらない。
「結婚……してなかったんだ」
張り詰めていたものが一気に流れていった気がして、その場にヘタっと座り込む。
朝。
身支度をしていたあたしを後ろから可愛い声が呼び止める。
「はい?」
学くんは、重役会議があるからと早くに出てしまい家には葉菜さんとふたりきり。
学くんが家を出るところにあたしも起きて、顔を合わせたのだけど彼は普通だった。
普通すぎるくらいに普通で。
あぁ、これ
──距離を置かれてる。
このことに気づくまでに時間はかからなかった。
本当なら、なぜあのまま部屋にこなかったのか。
あたしが隣にいないと寝れないのではないか。
本当に仕事をしていたのか。
聞きたいことは山ほどあった。
でも、何も聞くなと言われてるような瞳に逆らうことはできなかった。
昨日の夜、トイレにいったときに、学くんの書斎の前を通ったけど、そこには人の気配はなくて。
反対にあたしたちの隣の客間からは二人の笑い声が聞こえてきたんだ。
同じ家にいるのに1人を感じて、すぐに布団にはいって目を閉じた。
近づいたと思えばすぐに離れる。
手を伸ばしても心には触れることができない。
そんなもどかしさを感じていた。
「昨日、二人で何してたか聞かないの?」
ニヤリと葉菜さんが微笑む。
「聞きません。あたしは自分の目で見たものしか信じませんから」
「強気ねー。じゃああなたの目で見たものってなに?」
「婚姻届です」
「は?」
あたしの言葉に葉菜さんが怪訝な顔になる。
「学くんと結婚しているのはあたしだという事実です」
この事実があれば、あたしはこの人よりも立場上で勝っている自信があった。
学くんの妻が武器になる。
「へー。そうきたのねー」
面白そうに笑いながら〝ちょっと待ってて〟と学くんの書斎へと入っていく。
「そこは……」
「いいのよ。付き合ってた頃から変わらないんだもの」
慣れたように、なんの躊躇もなく学くんの机の引き出しに手を触れる。
葉菜さんと付き合ってた頃からここに住んでいるのはわかっていた。
だから、以前から葉菜さんがここに来ていたのは当然。
それでも、嫌だと思ってしまうのはどうしても欲張りになってしまうから。
あたしに気持ちも向けられてないくせに、何言ってんだって話だけど。
欲張りになる前に学くんに好きになってもらうのが先なのに。
でも、何もかも順序のおかしいこの恋愛だから。
何もかも先とか後とかどうでもいい。
葉菜さんだって、たまたまあたしの前に付き合っていただけだ。
「あなた、結婚している事実とか言ったわね?」
「そうですけど?」
「結婚してなかったらどうするの?」
「はい?」
この人は何か夢でも見てるのだろうか。
結婚したという事実を認められないのか?
「ふふ、妄想とかで言ってるわけじゃないわよ?」
あたしの考えをすべて読み取るような雰囲気で。
あたしに1歩ずつ近づいてくる。
「葉菜さん?」
その顔がなんだか怖くて、見つめることができない。
「ちゃんと見なさいよ」
それでも彼女はあたしの顎を持ち上げて、自分に向けさせる。
目の前の彼女は絵になるようなとても綺麗な顔をしていて。
そのまま呆然と立ちすくしてしまいそうになる。
「これ、見なさい」
葉菜さんの声にハッとして、彼女の手元に目をやる。
「これでも自信あるの?」
「……!?」
彼女が手に持っていたもの。
それは、あの日。
学くんと一緒に出したはずの婚姻届。
紛れもなくあたしと学くんの直筆だ。
社長と専務の証人のサインもある。
「あなた結婚なんてしてないわよ?」
「……っ」
言葉なんて発することができない。
「現実がみえた?彼はあなたのこと必要となんてしてないの」
葉菜さんがあたしの手に乱暴に婚姻届を押し付ける。
「……なんっ」
「復讐のひとつじゃないかしら?」
「復讐……?」
そういえば、うちの高校に教育実習生としてきた理由も復讐と言っていた。
「この先はあたしが言うことじゃないわ」
「なんで、こんなこと……」
「そんなの決まってるじゃない。学を返してもらうためよ。元々あたしのなんだから」
「……っ」
やっぱり、この人は学くんのことがまだ好きだったんだ。
学くんはどうなのだろう。
でも、学くんのことだから葉菜さんの気持ちに気づいてないわけがない。
それでも遠ざけないってことは……。
そう考えて涙が出そうになる。
でも、この人はの前で泣くのは絶対にいやで。
必死に涙を食い止める。
「あなたのものじゃないって思い知らせられたようだし、帰るわ」
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