何故か正妻になった男の僕。

selen

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#24

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1時間、僕は待合室のソファーに座ってルイスを待った。
その時間がやけに長く感じられて、僕はいても経っても居られなくなった。
城を抜け出して来たばかりだから、暇を潰せるようなものなんてもってなく、ただただ時間を持て余す。
新しい義眼の瞳の色は、内緒と言いルイスは教えてくれなかった。
だから僕はルイスの瞳の色を当てようと考える。
きっと、一番確率が高いのは右目と同じような黒色だと思う。それがシンプルで無難、だと勝手に思っている。
両目が黒色のルイスを想像してみた。
顔立ちが整っているから、きっとどんな瞳の色でも美しいんだろう。両目が黒色のルイスも素敵だと思った。
……そう考えると、ルイスは黒が似合うなあ。
国王だった頃に着ていたスーツやマントはほとんど黒が多かった。
ルイスやノアさんみたいな色気がある背の高い大人の男性が黒を身につけるとやっぱり雰囲気が出るなあ。
チクタクと時計の秒針が過ぎる音だけがしている。
僕はずっと手に握っていた、不動産屋さんに貰った新しい家の鍵を眺めた。
空の頂点に昇った太陽の光が大胆に窓から差し込み、金属製の鍵を照らす。
僕達が借りた家は木造の一軒家だ。
築4年ととても新しい物件で、二人で住むには広すぎるくらいの家らしく、しかも、5年間借り続けると買い取ることも出来るらしい。ルイスは部屋の窓り図を見てその家が気に入ったらしく、早く帰りたい、とワクワクした様子だった。
これからそこでルイスと2人での生活が始まると思うと、信じられないような幸せを感じた。
僕は椅子に深く腰掛け目をつむった。
今日は朝早くから目覚めてしまい、それに身体的にも精神的にもどっと疲れた。
僕は安心して眠気に身を任せ、あたたかい待合室の中で眠りについた。

・・・

「ウィル様。…… ……泣いておられるのですか?」
いつの間にか彼はそこに立っていた。
「……だって……ノアさんは、もうこの世には居ないから……。」
僕は子供みたいに泣きじゃくって、顔がぐちゃぐちゃになっている。
「そうですね。私はもう居ない人間です。しかし私は貴方方お二人の幸せを願い旅立ちましたよ。悔いは…… ……幸福に包まれるウィル様とルイスを、見届けられない事でしょうか。」
僕はもう、ノアさんの哀しそうな表情を見てられなくなって手で顔を覆う。
涙声で、嗚咽混じりの声で何度も何度も言う。
「本当に、本当にごめんなさい。」
僕の背中にそっと手を当て、優しい仕草と声でノアさんは僕に語りかける。
「謝らないでください、謝るのは私の方ですよ。」
「ノアさんは謝る事なんてひとつも無いです……。」
服の袖が涙やら鼻水やらでびしょびしょになったけど、もう意味なんてないのに構わずそれでまた目を擦った。
「私は貴方に嘘を着きました。」
言葉が上手く出ない僕の背中を絶えずさすりながら、申し訳ございません、反省しておりますと続けた。
「だって、あれは僕を結果的に助けるための嘘だった……!」
 我慢できなくなって、目の前にいるノアさんに抱きつく。
離したくなかった。
離してしまえば、すぐにどこかに消えてしまいそうだった。
「僕は貴方の未来を奪った!」
怒って欲しかった。
お前のせいで自分は死ぬ羽目になったって。まだ生きていたかったって。
そうしてくれれば、自分の中に渦巻くこの気持ちの収集が着くと思った。
「ウィル様、よくお聞きください。」
ノアさんと、正面から向き合う。
今までは涙で視界がぐにゃぐにゃに歪んで良く見えていなかったけど、今ははっきり見える。
ノアさんは、深紅に輝く眼を左目に持っていた。
「そんなこと、私はほんの少しも思っていませんよ。」
あったかい、日だまりの様な輝かしい笑顔。
「確かに私は死にました。
でも私は、貴方とルイスの幸せだけを願って死んだ身です。それなのに、貴方がどこにも向けようのない罪悪感を背負っているなんて可笑しな話でしょう?」
彼は冗談めかしく、クスリと笑った。
「ですから、貴方はこれから溢れるほど沢山幸福を味わい噛み締めて下さい。
それが死者である私の唯一無二の願いです。」
ノアさんの体は体温を残して、徐々に見えなくなっていく。
僕はただそれを呆然と眺めていた。

・・・

「フリードさん、起きてください。お連れ様の手術が無事終わりましたよ。」
「…… ……ん……。」
体揺すられ、閉ざされていた視界が明るくなっていく。
「んぁ!!す、すいません!!」
僕は自分がいつの間にか寝ていたことにやっと気が付き、一気に体を起こした。
席から立ち上がると、先生はこちらです、とルイスの居る部屋まで案内してくれた。
先生は僕を部屋に連れてくると、失礼します、と一礼をして出ていってしまった。
僕もありがとうございますと、礼をしてからぴったりと閉まったカーテンに向き合った。
「……あ、開けてもいいですか?」
「ウィルか。もちろんだ。」
意外と、明るいトーンの声だった。手術後だけど元気そうでよかったと思った。
「じゃあ、開けますよ?」
「ああ。」
思い切ってカーテンを開ける。
そこには病院独特のベッドの縁に腰をかけるルイスが居た。
左目の目頭と目尻は、手術をするために5ミリ程切っている様子で縫い付けられている部分に血が滲んでいてやっぱり痛々しいな、と思った。
「なんで…… ……」
そんなことよりも、僕は新しい左目の瞳の色に釘付けになる。
曇りのない黒色でもなければ、ましてや洗礼された赤色でもない。
アメジストのような細やかな輝きを持つ紫色だった。
「言っただろう。この左目は私の恩人の物だと。」
ルイスは満足げに微笑みながら、愛らしく左目に優しく触れる。
「それは絶対に、忘れてはならない。」
続けて言ったその言葉が痛いくらい重く感じたし、その想いは僕も共に背負いたいと思った。
「とっても綺麗で、素敵です……。」
自然と笑みが込み上げる。
僕はルイスを抱きしめた。
「……泣いていたのか?」
「え?」
抱きしめ合い、お互いの顔が近くなるとルイスは僕の涙袋を指で優しくなぞりそう言った。
そう言われて初めて僕も自分の涙袋や頬に泣いた跡があるという事に気がつく。
「……さっき、うたた寝しちゃってたみたいで、確かその時に見ていた夢が……。」
脳みその中の引き出しを頑張って開けようとするけど、無理に等しかった。
すごく大切で、哀しかった気もするし、幸せで温かかったようなイメージもある不思議な夢だった。
忘れちゃいけないような気がしたけど、どうにも思い出せやしないみたいだ。

「……なんだっけ、忘れちゃいました!」

僕がそう言うと、ルイスはきょとんとした顔で「なんだそれ。」と言って静かに笑った。
それから先生にもう一度、今度は2人で感謝の言葉を伝えてお金を払って病院を後にした。
ルイスはまだ術後の傷が目立つから、外では眼帯をするようにと言われ、真っ白い清潔な眼帯を左目につける。
僕達はまた手を繋いで、歩き出した。
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