凍った花は春の陽気に照らされて

ふて寝こ

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涼香と雫

1. 教育担当

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「本日の連絡事項は以上です。それでは最後に、今日から我が課に配属された社員を紹介します」

 営業兼庶務課の課長である秋谷美咲あきたにみさきが、ブロンドのロングヘアを揺らしながら社員たちの前で言葉を紡ぐ。そしてすぐに、隣で体を固くしている主役へ視線を移した。美咲の話を聞いていた社員たちの視線もそちらへ。
 そこには、ダークブラウンの髪にあどけなさの残る可愛らしい顔立ちをした一人の女性社員が立っていた。彼女は美咲に促され一歩前に出て、緊張で強張った顔で挨拶をする。

「ほ、本日よりお世話になります。時瀬雫ときせしずくと申します。ど、どうぞ、よろしくお願いいたしましゅっ……!」
「ぐふっ……!ふっ、くっ……こほん。んっ、えー、時瀬さんっ……です。皆さんサポートの方よろしくお願いします。っふ……」

 盛大に噛んだ雫に若干……いや、かなりツボりながら、美咲がその場をまとめると『よろしく~』『初々しくて可愛いねー』『何でも聞いてね』『課長ツボ浅すぎですよ』なんて声が社員たちから上がる。アットホームな職場であることに安心した雫は、まだ赤みの抜けない顔を緩ませ、『よろしくお願いします!』と元気よくお辞儀をした。
 そして拍手とともに暖かく迎え入れられた雫は、社員たちが各々の仕事に取り掛かったオフィスにて、美咲に連れられある人物の元へと向かう。

「時瀬さん。こちら今日から時瀬さんの教育係になる佐伯涼香さえきりょうか主任よ」
「と、時瀬です!よろしくお願いいたします!」
「……ああ、よろしく」

 深くお辞儀をする雫に対し、素っ気なく言葉を返す涼香。そんな涼香をジトッと見つめた美咲は『はぁ……』と小さく溜め息を吐く。

「ったく、もう少し柔らかい表情しなさいよ。時瀬さん怖がっちゃうじゃない」
「……そんな事言われましても。生まれつきなので」
「時瀬さん安心してね。こんなゴルゴみたいな目付きしてても、それなりに優しい人だから」
「……ご、ごるごですか?」
「え。待って。ゴルゴ知らない?ゴルゴ13。……じぇ、ジェネレーションギャップってやつ?」
「あっ!い、いえ!知ってます!ごるごですよね!」
「そうそう!ゴルゴ!」
「ポケモンですよね!か、可愛いやつですよね!」

 美咲を傷つけまいと一生懸命頭を捻って出した雫の言葉を聞き、背後で『ブフォッ……!』とコーヒを吹き出した社員が何名か。一方で美咲も現実を受け入れたようで『そう……これがジェネレーションギャップなのね』と落ち込んでいる。
 自分の発言が間違っていた事に気づいた雫が、慌てて『す、すいません!ちゃんと調べてきます!』なんて言っているカオス空間に取り残された涼香は、小さく溜め息を吐くと『時瀬』と雫に声をかけた。

「時瀬のデスクはそこだ。初仕事をやる。席につけ」
「あ、は、はい!!」

 最後まで美咲を気にしつつも涼香に言われた席についた雫は、緊張した面持ちで涼香の指示を待つ。そんな雫の後ろに立った涼香は、 腕を組みながら無表情で雫に問いかける。

「エクセルで表作成などはできるか?」
「はい!できます!」
「なら、このファイルの……」

 前かがみになり、雫と一緒にパソコンを見ながら淡々と指示を出す涼香。雫も涼香の指示通りにパソコンを操作し作業内容を覚える。

「……と、その要領でそのリストの会社全ての電話番号を調べてくれ」
「はい!分かりました!」

 元気に返事をした雫は、張り切った表情で黙々と作業をしていく。
 そんな雫の作業を後ろから数分見ていた涼香は、問題ないと判断したのだろう。すぐに自分のデスクに戻り、自分の仕事に取り掛かる。
 そうして、特に問題なくお互いの仕事をこなす二人は、そのまま昼休憩のチャイムが鳴るまで一言も会話をせず過ごした。

「時瀬。昼休憩だ。13時まで1時間休憩してこい。昼食もこの時間に取るように」
「あ、了解いたしました。佐伯主任はどうされますか?もしよかったら……」
「私はまだやることがある」
「あ……分かりました。では、休憩してきます!失礼します!」

 気まずい空気を断ち切るように明るく挨拶した雫は、財布を持ってオフィスを出て行った。それを待っていたかのように、ツカツカと涼香のデスクに近づいてきたのは課長の美咲。

「ちょっとぉ、もうちょっと優しく接せないの?辞めちゃったらどうするのよ」
「……だったら何故私を担当にしたんですか」
「他に手が空いている人が居なかったのよ」
「詩織……工藤もいますよね。あいつなら嬉々としてやるでしょう」
「詩織はダメよ。時瀬さんみたいな純真無垢で可愛い子、絶対手ぇ出すわ」
「…………まぁ、それは否定できませんけど」
「ともかく、仲良くしろなんてことあんたに求めないけど、ある程度は仕事だと思って頑張ってよね。間違ってもパワハラなんて問題にならないように!」

 そう言ってポンと涼香の肩を叩いた美咲は、言いたいことは言ったというように軽やかに自分のデスクに戻って行った。
 そんな美咲の背中を目で見送った涼香は、『はぁ……』と深く溜め息を吐き、自分のパソコン画面に目を移す。そこには黒と赤の文字のみで作られた飾り気のない業務マニュアルが表示されていた。
 どうやら、普通なら口頭でする指示をひとつにまとめて会話数を減らす作戦らしい。
 課長である美咲に注意された直後ということもあり少し迷いを見せた涼香だが、すぐにマウスに手を伸ばし、そのマニュアルを雫のパソコンへ送信した。

(これでいい。コミュニケーションなど最低限だ。仕事に問題はない)

 自分に言い聞かせるように心の中でそう呟いた涼香は、パソコンをスリープモードにさせると、デスクに常備してある携帯食で昼食を取り始めるのだった。
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