レプリカは、まだ見ぬ春に恋を知る。

朱宮あめ

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第2章・君がくれたきっかけと、後悔の意味

第8話

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 千鳥さんが僕を見る。
「君は?」
「え?」
「どうして俯いてるの?」
 視線を泳がせる僕を、彼女はまっすぐに見つめてくる。
「初めて会ったときから、君はなにかに怯えてるみたい」
「べつに……僕は」
 鬱陶しくて背中を向けるが、彼女は懲りもせず僕の正面に回り込んでくる。
「なんで隠すの? 怖いものがあるのは当然のことじゃない?」
「……当然?」
「うん。私も怖いものたくさんあるよ。たとえばー……注射とか! あと、目にライトを当てられるのもきらいだし。ピカーって。あれめちゃくちゃ眩しいんだよ!」
 言いかたがあまりに子供っぽくて、少しだけ笑いそうになる。なんとかこらえて「そうなんだ」と返した。
 千鳥さんはゆっくりと瞬きをしながら、もう一度訊ねた。
「君は、なにに怯えてるの? なにが怖いの?」
「…………僕は」
 怯えているのだろうか。
 なにに?
 そんなの、考えなくても分かりきったことだ。
 もし、僕がなにかに怯えているのだとしたら、それはきっと、
「……学校」
 ぽつりと呟くと、千鳥さんは不思議そうに首を傾げた。
「学校、楽しくないの?」
「……楽しくないよ。授業は退屈だし夢もないし……それに、僕にはいっしょに遊ぶ友だちもいないから」
「そんなの、今はでしょ? これから作ればいいじゃん! 君、いくつ?」
「……十五歳だけど」
「私と同じだ! えっ、どこの高校?」
「……さくらの森」
「近っ! でも、十五ってことは、まだ高一でしょ? 学校、始まったばっかりじゃん! まだまだこれからだよ!」
「……まだまだ、これから……?」
 曇りのない眼差しとその言葉に、僕はいよいよなにも言えずに黙り込む。
 千鳥さんは空へ手をかざす。
「私たちはまだ十五歳だよ! 挫けるには早すぎるって!」
 逆光になった彼女のシルエットは、まるでヒーローみたいだ。
 小さい頃好きだったアニメに出てきたかっこいいヒーロー。彼もいつも前を向いて、手を空へ掲げて、夢を見ていた。彼女のように。
「それにさ、友だちなら私がいるじゃん!」
 千鳥さんが振り返り、僕を見る。その眼差しはあまりに眩しくて、僕は目を細める。
「君が、友だち?」
「うん! 私たち、もう友だちでしょ?」
「…………」
 千鳥さんは、純粋な眼差しで僕を見つめる。彼女の瞳はまるで澄み切った泉の水のようで、今にも吸い込まれてしまいそうだ。
 僕は反射的にその視線から目を逸らした。
 違う。僕が望んでいるのは、こういうものじゃない。
「……君は、僕を知らないからそんなことを言えるんだ」
 絆されてはいけない。忘れてはいけない。僕は、ひとりでいるべき人間だ。
「じゃあ教えてよ。君のこと。君はどんなひとなの?」
 千鳥さんはストレートに訊いてくる。拒まれても、怖気付くことなく。
 その姿は鬱陶しくもあるけれど、少しだけ羨ましいと思った。こんなふうにまっすぐ思いを口にすることも、訊ねることも、僕にはできないから。
「……君には関係ないよ」
 僕はわざと不機嫌を露わにして言った。こうすればだいたい、だれもその先を聞いてこようとはしない。親でさえ、口を噤む。
「うん」
 しかし、彼女はさらに僕の予想に反して、
「関係ないから、聞いてるんだよ?」
「え……」
「関係ない人間だからこそ、先入観なくちゃんと話を聞けると思わない?」
 千鳥さんはどこまでもまっすぐに僕を見つめてくる。ぜったいに目を逸らそうとしない。まるで、にらめっこでもしてるみたいだ。
「…………」
 しばらくにらめっこをしてみたものの、結局僕はその眼差しに根負けして、話し始める。
「……昔、親友と喧嘩になって、怪我を負わせたことがあるんだ。そのあとも、何度かトラブルを起こして、その結果、友だちはいなくなった」
「…………」
 千鳥さんは、なにも言わない。
「……分かったでしょ。僕はそういう人間だよ。だからもうかかわらないほうがいいよ」
 ひんやりとした風が僕たちの間をすり抜けて、すぐそばにあった桜の梢を揺らす。
 気まずい沈黙が落ち、ちょっとした罪悪感に襲われる。
 ……どうしよう。少し言いすぎたかもしれない。彼女はただの同級生じゃなくて、病気を患っている子なのだ。もう少し配慮するべきだった。
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