10 / 85
第1章
9
しおりを挟む
その笑顔に、思わず言葉を失って見惚れる。
返す言葉も忘れて呆然としていると、綺瀬くんはかき氷のカップを傾け、溶けたそれを喉に流し込んだ。
「ひゃ~っこいっ!! 頭がぁっ!」
かき氷を食べたとき特有の頭痛に叫ぶ綺瀬くんを、呆れて見つめる。
「一気に飲むからだよ」
「んーっ、でもうまい!」
痛みが落ち着いたのか、綺瀬くんはからりと笑った。
「……まったく、子供みたい」
「ははっ。ねぇ、俺の舌どうなってる? 赤くなったでしょ?」
と、綺瀬くんは私に顔を近付け、舌を出した。
「ちょ、なに。いきなり近っ……」
咄嗟に身を後方へ避けると、バランスを崩した。
「わっ……!」
バランスを崩し、ベンチから落ちそうになる私を、綺瀬くんが掴み、抱き寄せる。
「……大丈夫?」
すぐ耳元で声がして、うわ、と思う。
私は、綺瀬くんに抱き締められていた。
「……だ、大丈夫。ありがと」
身体を離しながら、熱くなった頬を押さえた。
そんな私を見て、綺瀬くんはにっこりと微笑んでいる。
……不思議な人だ。
初対面なのに、私が死ぬのを力づくで止めて。
無理やり私の心に土足で踏み込んできて。励ましてくれて、食べ物まで与えてきて。
……でも、嫌じゃない。というか、初対面なのにこんなにも安心感があるのはなんでだろう……。
涼し気な藍色の浴衣と、赤いきつねのお面。いまどきの高校生らしくない、落ち着いた言動。話せば話すほど、不思議な人だと思う。
綺瀬くんは、しばらく日が暮れて落ち着いた色の街並みを眺めていた。
「……さっき、君に触れて、君が生きていることが実感できて、よかった」
綺瀬くんはそう、しみじみとした口調で言った。見ると、綺瀬くんは静かに涙を流していた。
「綺瀬くん……?」
驚き、私は息を詰める。
どうしてあなたが泣くの。どうしてそんなに、私のことを心配してくれるの。あなたは、なんなの。
綺瀬くんの涙は、私の心まで揺り動かした。
「……あのね、水波。心が死んでいくのは、目では見えないんだよ」
「え……?」
「だから、手遅れになる前にだれかに助けを求めなきゃダメなんだ」
助けを、求める。
まっすぐな視線から、目を逸らす。
「自殺というのは、心が死んだ人がする行為だから」
低い声にどきりとしてもう一度綺瀬くんを見ると、彼は少し責めるような眼差しで私を見ていた。
私は綺瀬くんから視線を外し、手元を見る。
「……自殺はいけないって言う綺瀬くんの気持ちは分かるよ。でも、私には、そんなことを考えてる余裕なんてなかった。とにかくこの状況から逃げたかったの。私だけまだ生きているのが辛かったから」
綺瀬くんが、寂しげな眼差しを私に向ける。
「でも、もし俺が来未ちゃんだったら、水波だけでも助かってよかったって思ってると……」
「やめてよ」
静かに綺瀬くんの言葉を遮る。
「そういうの、いらないから」
綺瀬くんが息を詰めるのが分かった。見ず知らずの私にこんなによくして、話まで聞いてくれている人に、私はなんてひどい言葉を投げているのだろう。
頭では分かっているのに、でも、止められない。
「なにを根拠にそんなこと言えるの? 死んだ人の気持ちなんてだれにも分からないじゃない! 勝手なことを言わないで」
心臓がどくどくと騒ぎ出す。一瞬にして全身から酸素が消失したように息苦しくなった。
「ごめん、水波……」
違う。謝ってほしいわけじゃない。
「私は……」
身体を折り曲げ、両手で自分を抱き締める。
私は、だれかにそんなことを言ってもらえるような人間じゃない。
「私は……私は」
苦しい。息ができない。まるで、水の中にいるみたいだ。
過呼吸のようになって、背中を丸めた。
「はぁっ……」
「水波、ごめん。大丈夫だから落ち着いて」
綺瀬くんが優しく私の背中をさすってくれる。
「大丈夫だから、ゆっくり息を吸って」
苦しい。息が、できない。
あのときの来未も、こんな感じだったのだろうか。こんなふうに、苦しんだのだろうか……。
どれくらいそうしていただろう。過呼吸が治まる頃には、空はすっかり藍色になっていた。
こめかみを汗がつたい落ちた。
「……毎日、あの日のことを夢に見るんだ」
「……うん」
綺瀬くんは控えめに相槌を打ってくれる。
「来未が流されていく夢。来未が必死に助けを求めてくるのに、私は一度だってその手を取れないんだ」
返す言葉も忘れて呆然としていると、綺瀬くんはかき氷のカップを傾け、溶けたそれを喉に流し込んだ。
「ひゃ~っこいっ!! 頭がぁっ!」
かき氷を食べたとき特有の頭痛に叫ぶ綺瀬くんを、呆れて見つめる。
「一気に飲むからだよ」
「んーっ、でもうまい!」
痛みが落ち着いたのか、綺瀬くんはからりと笑った。
「……まったく、子供みたい」
「ははっ。ねぇ、俺の舌どうなってる? 赤くなったでしょ?」
と、綺瀬くんは私に顔を近付け、舌を出した。
「ちょ、なに。いきなり近っ……」
咄嗟に身を後方へ避けると、バランスを崩した。
「わっ……!」
バランスを崩し、ベンチから落ちそうになる私を、綺瀬くんが掴み、抱き寄せる。
「……大丈夫?」
すぐ耳元で声がして、うわ、と思う。
私は、綺瀬くんに抱き締められていた。
「……だ、大丈夫。ありがと」
身体を離しながら、熱くなった頬を押さえた。
そんな私を見て、綺瀬くんはにっこりと微笑んでいる。
……不思議な人だ。
初対面なのに、私が死ぬのを力づくで止めて。
無理やり私の心に土足で踏み込んできて。励ましてくれて、食べ物まで与えてきて。
……でも、嫌じゃない。というか、初対面なのにこんなにも安心感があるのはなんでだろう……。
涼し気な藍色の浴衣と、赤いきつねのお面。いまどきの高校生らしくない、落ち着いた言動。話せば話すほど、不思議な人だと思う。
綺瀬くんは、しばらく日が暮れて落ち着いた色の街並みを眺めていた。
「……さっき、君に触れて、君が生きていることが実感できて、よかった」
綺瀬くんはそう、しみじみとした口調で言った。見ると、綺瀬くんは静かに涙を流していた。
「綺瀬くん……?」
驚き、私は息を詰める。
どうしてあなたが泣くの。どうしてそんなに、私のことを心配してくれるの。あなたは、なんなの。
綺瀬くんの涙は、私の心まで揺り動かした。
「……あのね、水波。心が死んでいくのは、目では見えないんだよ」
「え……?」
「だから、手遅れになる前にだれかに助けを求めなきゃダメなんだ」
助けを、求める。
まっすぐな視線から、目を逸らす。
「自殺というのは、心が死んだ人がする行為だから」
低い声にどきりとしてもう一度綺瀬くんを見ると、彼は少し責めるような眼差しで私を見ていた。
私は綺瀬くんから視線を外し、手元を見る。
「……自殺はいけないって言う綺瀬くんの気持ちは分かるよ。でも、私には、そんなことを考えてる余裕なんてなかった。とにかくこの状況から逃げたかったの。私だけまだ生きているのが辛かったから」
綺瀬くんが、寂しげな眼差しを私に向ける。
「でも、もし俺が来未ちゃんだったら、水波だけでも助かってよかったって思ってると……」
「やめてよ」
静かに綺瀬くんの言葉を遮る。
「そういうの、いらないから」
綺瀬くんが息を詰めるのが分かった。見ず知らずの私にこんなによくして、話まで聞いてくれている人に、私はなんてひどい言葉を投げているのだろう。
頭では分かっているのに、でも、止められない。
「なにを根拠にそんなこと言えるの? 死んだ人の気持ちなんてだれにも分からないじゃない! 勝手なことを言わないで」
心臓がどくどくと騒ぎ出す。一瞬にして全身から酸素が消失したように息苦しくなった。
「ごめん、水波……」
違う。謝ってほしいわけじゃない。
「私は……」
身体を折り曲げ、両手で自分を抱き締める。
私は、だれかにそんなことを言ってもらえるような人間じゃない。
「私は……私は」
苦しい。息ができない。まるで、水の中にいるみたいだ。
過呼吸のようになって、背中を丸めた。
「はぁっ……」
「水波、ごめん。大丈夫だから落ち着いて」
綺瀬くんが優しく私の背中をさすってくれる。
「大丈夫だから、ゆっくり息を吸って」
苦しい。息が、できない。
あのときの来未も、こんな感じだったのだろうか。こんなふうに、苦しんだのだろうか……。
どれくらいそうしていただろう。過呼吸が治まる頃には、空はすっかり藍色になっていた。
こめかみを汗がつたい落ちた。
「……毎日、あの日のことを夢に見るんだ」
「……うん」
綺瀬くんは控えめに相槌を打ってくれる。
「来未が流されていく夢。来未が必死に助けを求めてくるのに、私は一度だってその手を取れないんだ」
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる