千年の祈り、あるいは想い(うらみ)

うまうま

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【後編】千年の追想、あるいは追悼

第6話 手指をこぼれ落ちていく、想い 〜TrueEnd〜

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 王妃が崩御してから、わずか七日後のことだった。
 王が私室で自身の胸を押さえたまま、事切れていた。
 部屋から返事のない王を案じた側近が、冷たくなっている君主を朝方発見した。
 死因は、持病による心臓発作だった。

 立て続く崩御の知らせに、王宮内も街も、さらなる哀しみに浸かっていた。


 トルマーレの王子ダイモンドは、母の悲惨な死へ思いを馳せ切らぬうちに、父の死を迎えた。王宮内外の誰もが彼を気の毒に思い、かける言葉も見つからなかった。
 ただ、王が崩御したことにより、早急な戴冠式―――すなわち、哀しむ暇もなく王子は国王に即位せざるを得なかった。
 
 そして明日、異例の戴冠式が執り行われる運びとなっていた。


 *****

「ダイモンド様、ご立派ですわよ」

 生まれた時から王子を見てきた乳母が、母性的な笑顔で君主を見つめていた。そのまなざしには、多くの感情がせめぎ合っていた。

「ありがとう。ばあやがいてくれるなら心強いよ」

 王子ではなく、王としての衣装に身を包み、真新しい国王専用のきらびやかなマントをダイモンドはまとっていた。

「こんなに立派なマント、よくぞ短期間で仕立ててくれたね。大変だったろう」
「ダイモンド様の、しかもたった一度の戴冠式ですわ。このくらいできなくては家臣など名乗れませんわ」

 寝る間も惜しんで仕立てあげただろうに、乳母は疲れを感じさせなかった。

「さあ、ダイモンド様。もうじき大殿堂へ上がる時間です。いってらっしゃいませ」
「そうだね。じゃあ行ってくる。ばあや、しっかり見ててくれよ」
「もちろんでございますわ!」

 迎えに上がった近衛兵に連れられ、王子は、国王へ即位するべく、王宮の殿堂への階段を下りて行った。
 いつの間にやら逞しくなっていたその背中に、乳母は君主の前で堪えていた涙をこぼした。

「ダイモンド様……お辛いでしょうに、あんなに勇ましく振る舞って……うぅ……アレキサンドライト様、カリナン様。ご覧になっていますか……?」

 彼女はひたすらすすり泣く声が、王子の私室へ響いていた。


 「ただいまより、ダイモンド王子即位の儀、戴冠式を開式いたす―――」

 側近・モルガンの声が大殿堂に響いた。
 王族と王に仕える者をはじめ、たくさんの民がそこにひしめき合っていた。誰もが皆、王子の即位を見護っていた。

 ダイモンドは最奥の玉座に座していた。王族の傍らに控えるエスピリカは、忌中ながらも戴冠式のために白を基調とした正装をまとっていた。
 そして、側近たちの長い儀式の言葉が終わった後。
 エスピリカの族長が両手に王冠を掲げ、ゆっくりと王子の前へ馳せ参じた。
 ふたりの視線がぶつかりあった、ほんの一瞬。切ない火花が弾けたのを気づいた者はいないだろう。

 あの夜、ふたりは想いを通わせあった。長くて熱い、けれど瞬く間の夜だった。
 ダイモンドからの愛の告白に、ルビーラからの返事は明かされぬまま夜が明けた。言葉を交わさず、ふたりは我を忘れて互いを欲した。たった一夜を、冥土の土産にでもするかのように。
 あの夜ほど、このまま朝日が見逃してくれることを願う夜は生涯訪れないだろう。
 そこから幾日もなく、王妃の忌中と王の死が重なり、ふたりは言葉を交わすどころか、目を合わす暇さえ許されなかった。

 ルビーラが短い階段を昇り、ダイモンドの座する玉座の目の前までやってきた。両脇に控えるエスピリカに衣装の裾を引かれ跪くと、彼は再び立ち上がった。
 白い腕が伸ばされると、国王の王冠がふわりと王子の頭へ座った。

「ダイモンド国王ーーーー!!」

 大殿堂が割れんばかりの拍手と歓声が上がり、きらびやかな花と金の粉が舞い散った。
 哀しみの中、若き国王誕生の瞬間だった。


 *****

 ダイモンドが王になり、幾度か月と太陽が交互した頃。
 新たな王の誕生により、エスピリカ族長による予言のための謁見が開かれた。トルマーレでは、王子が王へ即位するたび行われる、定例の儀式となっていた。

 王宮本丸、王の玉座に座したダイモンドは、まだ初々しい王冠を被り、エスピリカたちを見下ろしていた。
 若き族長ルビーラが王の前に跪き、予知能力の行使をせんと意識を集中させていた。
 閉じられた瞼が、紅い瞳を覆い隠す。眠っているかのようなその表情に、ダイモンドは高鳴る胸を抑えた。
 ―――ずっと、この時間が続けばいいのに。
 心の声がうっかり口を飛び出て行かないよう、王は唇を引き結んだ。

 小さな砂時計が、砂を落とし切る頃。
 ルビーラは突然目を見開き、その美しい顔がこわばった。

「何です。如何されたか」

 王の傍らに控える近衛兵が訝しみ声を掛けた。
 王家に仕える他の家臣らも頭上に疑問符を浮かべていた。
 
 ルビーラは深く息を吸い込むと、なんとか平静を装った。
 
「失敬。今しがた、この国の未来を予知しました」
「そうか。では、どのようなものがえたか申してみよ」

 まだ板につかぬ、王たる口調でダイモンドは促した。
 しかし、ルビーラは話すのをためらっているようだった。

「どうした。躊躇することなく、申してみよ」

 ルビーラは瞬きひとつせず、王へと視線を合わせた。その瞳には、戸惑いと覚悟が相反して映っていた。

「未来の王国で、スピネル火山が噴火します」

 一斉にどよめきが起こった。家臣もエスピリカも、戸惑いと驚きの表情を浮かべている。
 ダイモンドは片手を上げて場を制し、ルビーラへ問うた。

「未来の王国で、我が父なるスピネル火山が噴火する、とな。未来とはいつの時だ」
「恐れながら、具体的には解りかねます」
「そうか。では、なぜ神の山スピネルは噴火するのだ?」

 ルビーラは一度唇引き結び、覚悟を決めたように口を開いた。

「……王国の罪によって、でございます」

 再び、どよめきが起こった。今度は怒りの感情が多分に含まれていた。ある者はルビーラを睨みつけ、ある者は控えるエスピリカを威圧するような目で見つめた。
 一方エスピリカは、全員が族長へ信頼のまなざしを向けていた。心配そうに対峙するふたりを見つめる顔はあるが、彼らの誰一人として、疑いのまなざしを向けている者はいなかった。
 エスピリカがこの謁見でいい加減を言うなど有り得ない。当然ルビーラが嘘を言っているとは微塵も思えなかった。
 殺気立ち、抜刀せんとする近衛兵を王は片手で制した。
 これ以上この場にルビーラとエスピリカを立たせるのは危険だと判断したダイモンドは、彼らへ下がるよう命じた。

 ―――明日、密かにルビーラと話せる場所と時間を、ばあやに工面してもらおう。そこで予言について改めて尋ねるとしよう。

 ダイモンドは心の中でつぶやき、此度の謁見の幕を下ろした。

 *****

 不穏な空気のまま終焉したかの謁見の翌日。
 いつものように、ダイモンドは王の執務室にて父が遺した書類や記録を読み込んでいた。立て続けの両親の死があり、引継ぎなどできるはずもなかった。
 慣れぬ公務に奮闘しながら、彼は今夜にでも来るかもしれない乳母の知らせを心待ちにしていた。

 と、考えていると、執務室の扉がノックと共に開いた。貫禄ある落ち着き払った乳母が、今は慌てた様子で部屋へ駆け込んできた。

「ダイモンド様ッ!」
「どうしたんだ、ばあや」

 その様子から、ルビーラとの内密謁見につての報告ではないことを嫌でも察する。ぞわぞわと胸騒ぎがした。

「ダイモンド様、大変です……! 昨日さくじつの謁見でのルビーラ殿の予言が、王宮内どころか街へ広がっております。それに反感を持った民らが、エスピリカを打倒せんとしているようです!」
「なんだと……!? エスピリカたちは無事か?」
「何名か捕縛されたようです。なんでも、エスピリカは火山神スピネルと王家を侮辱したとか、その力で火山を噴火させようとしているとか、妙な呪いでアレキサンドライト様とカリナン様を呪い殺したに違いないとまで思い込み、反エスピリカ運動を起こしている民もおるようです!」
「そんなのは言いがかりだ! 私がすぐにお触れを出す。ばあやはエスピリカにこれ以上の危害が与えられないようにしてくれ!」
「かしこまりましたわ陛下!」

 部屋を走り出ていこうとした乳母は扉の前ではっと振り向き言い放った。

「陛下、ルビーラ殿がどこを探してもいらっしゃらないのです。ほかのエスピリカも、今彼がどこにいるか存じ上げないようですわ」

 ダイモンドの背を、冷たい汗が流れ落ちていった。

 *****

「若き陛下を護れ! トルマーレを護れ!」
「エスピリカは国家転覆を狙っているらしい!」
「国王陛下も王妃様も、立て続けにお隠れになるなんて! どうりでおかしいと思ったんだ!」
「エスピリカが呪い殺したに違いない!」

 鮮やかな蒼が広がるトルマーレの空。その爽やかさと対照的に、地上では怒号や扇動の声が飛び交っていた。
 トルマーレの民は、良くも悪くも純粋で単純な性を持っていた。この島国では一度このような動きが出ると、鎮火は困難を極める。まだ若き王は、それを知らなかった。

「エスピリカを見つけたら生け捕りにしろ。まだ処刑はするなよ!」
「処刑が決まったら、一人一人じっくり処刑してやるからな!」

 怒れる民に囲まれた数人のエスピリカは、身を寄せ合って震えていた。

「どうした! 俺らが怖いなら、変な力で反撃してみろ!」
「長年王家に仕えてるんだし、本当にエスパーとやらが使えるんだろ?」

 民の一部が、エスピリカを煽る。
 年長のエスピリカが、年下のエスピリカたちを抱きしめて囁いた。

「争いのために力を使ってはなりません。この力は自然からの賜物。我らを受け入れてくださった王家のために、行使できる力なのです」

 若いエスピリカたちは、目に涙を浮かべながらうなずいた。


 *****

「おかしい……一体スピネル山に何が起こるのだ……建国の時以来、噴火などしたことはないはずなのに」

 ルビーラは一人、スピネル火山の噴火口近くに佇んでいた。
 昨日えた、噴火する火山。噴火口よりあふれ出る黒い煙のようなもの。脳裏へ浮かび上がった「王国の罪」とは一体何なのか。自身が成した予言とはいえ、謎は深まるばかりであった。
 あれから彼はいても立ってもいられず、夜中というのにひとり山を駆け上がっていた。
 その甲斐虚しく、何の手掛かりも掴めぬまま、気付くと朝日が顔をのぞかせていた。
 
 無駄足に終わったと諦めかけた瞬間―――。

「ぐっ、うっ!」

 突如背中に衝撃が走った。かと思うと、ルビーラは地面に押し倒されていた。
 背後から大柄な男が飛び掛かり、馬乗りになって彼を後ろ手に縛り上げていた。
 振り返ろうにも一つにまとめた髪を鷲掴みにされており、背後の確認も叶わなかった。

「うっ、なにを―――」
「族長とやらもこんなにあっさり捕まえちまえるもんなんだなあ。変な力で抵抗するかと思ったのによお」

 馬乗りになっている髭面の男が、連れの男二人へ語りかけた。髭面の人相は悪く、夜通し飲んでいたのかやたら酒臭い息を吐き散らしていた。 

「おい、さっさと済ませて帰るぞ。下手に誰かに目撃されると厄介だ」

 金髪の男が、髭面男を促す。隣では茶髪の男が周囲に目を光らせている。

「エスピリカだっけ? 予言だか寝言だか知らねえが、あんた、てめぇがこんな目に遭うのは予知できなかったのか? なあ?」

 髭面男がルビーラの髪を掴んで揺さぶる。苦痛に彼の顔が歪んだ。

「おい、早くやるぞ。脚を抑えとく。早くそいつから降りろ」 

 早く目的を果たそうとする二人の男を他所に、ぐへへ、と下卑た笑い声が上がる。乱暴に掴んだ長髪をぐいと持ち上げ、髭面男はルビーラの顔を覗き込んだ。

「なあ、なんかこいつ、やたら小綺麗な顔してねえか? こんな間近で見たのは初めてだなあ。こいつだろう、ポシーオでエロい格好して剣舞しやがるのは」
「いたっ……貴方、たちは―――」
「あんたには悪いが、ここで死んでもらう。昨日さくじつ、火山を噴火させると予言したらしいな。あんた達の得体のしれない力で、先代の陛下も王妃様も呪い殺したんだろう」

 金髪の男が淡々とルビーラへ告げた。その瞳は冷徹な光を放ち、異を唱えさせる気は一切ないという意志が窺えた。

「なっ、ちがう……! 私たちが呪い殺すなどあり得ない! 噴火をさせるなどと言ったことも―――」
「あんなにお元気であらせられ両陛下が、立て続けにお隠れになった。しかも都合良く転落事故と急病死だと? こんなことができるのはお前たち以外に誰がいる。お次はダイモンド陛下を殺す気だろう」
「そんな訳がない! ダイモンドは、ダイモンド陛下は―――」
「なあ、どうせ殺るならこいつやっていいだろ? なに、すぐに済ますからよお」

 髭面男が会話に割り込んだ。場違いすぎる発言に、金髪男と茶髪男が目を見合わせた。二人は露骨に眉間に皺を寄せる。

「お前、本気で言ってるのか?」
「時間がないと言ってるだろ。誰かに見られたら後が面倒だ」
「すぐ出すからよお。あんたらの汚れ役を買ってやったんだからよ、このくらい良いだろ」

 髭面男はいやらしい手つきでルビーラの身体を弄り始めた。

「やっ、やめ―――」
「あんたらも、俺みたく故郷を追われたお流れ者になりたくねぇだろ。俺たち仲良く、スネに傷持ち仲間になったんだぜ」

 欲に光る不気味な目で、髭面男は雇い主を見た。

「……金は十分にやったろ。どうしてもやるなら手短に頼む」

 金髪男は諦めたように捨て吐いた。侮蔑に満ちたまなざしでルビーラを見下ろすと、茶髪男とともに周囲を警戒し始めた。

「おい、族長様とやら。最後にちょいと楽しませてもらうぜえ。あんた、王妃様を身体で籠絡してたって本当か?」
「ちがう! 王妃様はそんなお方ではない! 私がそんなことをするはずもない!」
「そうか。じゃあ王子様の方だったか?」
「……籠絡などしていない。これ以上王家を侮辱するのはやめろ!」

 髭面男の芋虫のような指が、ルビーラの衣服の中へ入り込んだ。

「やめろ、手を離せ!」

 ルビーラは背後から覆いかぶさる男を睨みつけた。髭面男は意に介すことなく下卑た笑みを浮かべ続け、ルビーラを愚弄した。

「前も後ろも使って王家を籠絡するたぁ、あんたもやるねえ」
「……私の前で、王家を侮辱するなと言っている……!」

 自由を奪われた身体で、ルビーラはのしかかる男を睨めつけた。身体を弄られる嫌悪より、愛する友を侮辱された怒りがその瞳を燃やしていた。

 *****

 朝日が紅から黄色く光り始める刻。三人の男が足早にスピネル山を駆け下りていた。
 皆ずっと押し黙り、互いに目も合わせなかった。
 麓に差し掛かると、一人が口を開いた。

「……なあ、本当に良かったんだよな、俺達」  

 茶髪男は誰へとでもなく呟いた。

「……当たり前だ。不気味な力でトルマーレが狙われていたに違いないんだ。ダイモンド陛下はまだお若すぎる。俺達、民があいつらをどうにかするべきなんだ」
 
 金髪男は目を逸らしたまま返答する。返答というより、自分自身に言い聞かせているようだった。

「あの族長、なかなか使い込んでいやがった。あれは相当王子様を誑してたに違えねえ。おっと、今は国王陛下様々か」

 髭面男は二人に構わずやたらご機嫌だった。睨まれながら犯すのも興奮したな、などと、空気を読まないどころか品性の欠片もない発言を繰り返す彼に、二人はもう何も言わなかった。

「今日このことは、墓まで持っていく。俺たちは今日、山へは行っていないし族長なんて見ていない。いいな」

 三人は麓まで辿り着くと、挨拶もなく各々散っていった。

 *****

「ダイモンド様ッ!! ダイモンド様ッ!!」

 本丸を奔る若き王に、乳母がその巨体を激突させん勢いで駆け寄ってきた。

「今度はどうしたんだ、ばあや」
「ダイモンド様、どうか落ち着いてお聞きになってください……!」

 息を切らし、滝のようなの汗をしたたらせた彼女は、そのふくよかな身体を震わせるながら君主へ告げた。

「今朝方、騒ぎに紛れ、怪し気な男三人組がスピネル山へ向かってゆくのを見た侍女がおりまして。その者に、双眼鏡で三人を見張るよう申し付けておりました。三人は火山口まで行くと、そこへ佇んでいたルビーラ殿を、あろうことかいきなり縛り上げたというのです……」
「………ッ! なんだと! 一体どうしてだ!」
「民の多くが、前国王と王妃はエスピリカに呪い殺され、ついには火山まで噴火させるつもりだと思い込んでおります。なぜルビーラ殿が火山口へ一人いたのかわかりませんが、怪しんだその男らが、山を登る彼を尾けたのでしょう」
「ルビーラは無事か!?」

 乳母の目に大粒の涙が盛り上がり、こぼれ落ちた。

「ルビーラ殿は……ルビーラ殿は、その男たちに捕まった後……火山口の中へ、投げ捨てられたようです……」

 ダイモンドの目の前が、真っ白になった。 乳母のすすり泣きだけが、木々のざわめきのように鼓膜を通り抜けて行った。

 真っ白な視界のまま、彼は泣き崩れそうな乳母へ告げた。

「……ばあや。側近と近衛兵を、今すぐ本丸へ集めてくれ」

 *****

 トルマーレのあちこちで、民による反エスピリカ運動が起こっていた。街へ出ていたエスピリカは見つけ次第捕らえたほか、エスピリカの暮らす王宮の離れへまで乗り込んだ。
 民はエスピリカを、国家転覆を企てた反逆者と信じてやまず、今にも処刑せんとしていた。

 その最中、王による緊急のお触れが出された。
 反逆の疑いありとして、エスピリカを近衛兵らが捕らえる。今後は地下へ幽閉するので、絶対に民が処刑しないように、という内容であった。

 良くも悪くも純粋で単純すぎる民は、悲劇の若き王がエスピリカを地下へ追放すると解釈した。
 民は口々にトルマーレの勝利を叫んだ。捕らえていたエスピリカを、鬼の首を取ったように近衛兵へと引き渡した。

 後日、さらにお触れがなされた。
 民は今後一切、エスピリカ及びエスピリカの予言について言及、口外してはならない。話題にすらしてはいけないという内容であった。
 つまり、箝口令である。
 両親をエスピリカに殺された若き王が、彼らをトルマーレから抹消せんとしている。多くの民はそう思った。

 このお触れにより、トルマーレの民とエスピリカの衝突は終焉を迎えた。

 *****

 ダイモンドは、王宮の煌びやかな一室へ佇んでいた。隠し扉で封じられたそこは、王宮内でも限られた者しか存在を知らない。

「素晴らしい出来栄えだ。ありがとう、ばあや」
「侍女に、代々の彫り師がおりますもの。わたくしめは、少しばかりお手伝いしただけですわ」

 その秘密の空間に、彼は厚い信頼の乳母と二人、壁に掘られた絵画を見つめていた。 
 エスピリカが地下へ幽閉される場面や、族長が火山口へ投げ込まれる場面が、まるで神話のように壁へと綴られていた。
 此度の騒動は、早々に王宮内の至る壁に壁画として描かれていた。エスピリカは黒い翼を生やし、人間とは程遠い見た目に描かれている。これは後世で『火山神話』と呼ばれる、"悪魔の子孫"封印のストーリーとなっていた。
 荒れ狂う民を鎮めるには、エスピリカをどこかへ保護、もとい幽閉するしかなかった。地下への幽閉は、ダイモンドが出した苦肉の策であった。


 たとえ民が恨もうと、スピリカは悪魔の子孫などではない。王の希望で、隠し部屋に此度の真相を壁画として残すこととした。

 乳母が退室しても一人、ダイモンドは隠し部屋に留まっていた。

「ここは、トルマーレの真実が描かれた部屋だ。『真実の間』と名付けよう」

 彼は壁に描かれたエスピリカ族長へそっと触れた。その精霊のような姿は、ダイモンドの記憶の中で生き続ける"彼"の姿そのものだった。

「ルビーラ。また王家と共に、エスピリカはトルマーレを創っていくのだ。いつか必ず、きみたちを地上へ呼び戻す。たとえ百年、いや千年掛かろうとも、必ず……」

 壁画の"彼"はなにも答えない。壁画に閉じ込められてしまったかのようなそれを、孤独な王はいつまでも見つめ続けていた。





 ――千年の祈り、あるいは想い(うらみ)後編 むかしむかしの物語 END――
 
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