悪役女王、役を全うしようとしてるのに溺愛されてます 〜鏡よ鏡、ちょっと黙ってくれないか?〜

うまうま

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7.『めでたしめでたし』

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* * *

 

——ギィィ……

 

扉を開け、地下室の階段をドタドタと降りてくる足音。



「うう~~……お義母さま~……」


酒の匂いをぷんぷんさせて、頭を押さえた白雪姫が顔を出す。

 

「二日酔いですわ~……頭が痛くてたまりませんの。頭痛薬、調合していただきたいのですわ~……」


しかし、すでに女王は地下室を去っていた。
魔法の鏡も今は光を失い、そこには誰の気配もない。



「あらー? お義母さま、いらっしゃらないのー……?」



ふらふらと部屋を見渡し、釜に目を留める。

そのまま、ふたを開け――

 

「……わあ! このリンゴ、超おいい香りですわあ~!!
二日酔いに効きそうだし、いただきますわッ!」

 

摘みたての香りを漂わせ、宝石のように輝く果実――

それは、昨夜煮詰めたばかりの毒リンゴだった。

 


――ぱくっ!


 

「……んん! あま~~い!
おいし――」

 

ドサッ。

 

朝のひざしが差し込む中、白雪姫はその場に倒れた。
机の上から、リンゴがころんと転がる。

 


"毒リンゴを食らう白雪姫"。



思わぬ形で、物語が動き出した――
 



* * *



大広間からざわめきが聞こえる。


――胸騒ぎがする。



「……何事?」



扉を開けた瞬間。
目に飛び込んだ光景に、私は息を呑んだ。


ガラスの棺。
その中に――

白雪姫が横たわっていた。



「っ、……まさかっ……」



かつて、鏡が映した"筋書き"。


私は駆け寄り、棺のそばに膝をついた。


眠っている。
あの子が。
おとぎ話の姫のように、安らかに。


胸には、かじられた赤いリンゴ。
雪のように白い肌には、苦しんだ痕ひとつなくて。



「……もう、……食べてしまったの……?」



声がふるえる。
言葉が喉で詰まる。


……いいえ。何をいうの、私。
この子に食べさせるために、あのリンゴを作ったのに。


"毒リンゴを食べた白雪姫が、最後は生き返る"ために――



背中に、視線を感じた。


振り返ると、小人たちが、狩人が、動物たちが――


みんなが、私を見ていた。

疑念と、「祈り」が入り交じる目で。



「女王さま……これ、あなたが作ったリンゴですか……?」

「嘘だろ、これじゃ台本通りじゃん……」

「そんなはずない。女王さまがそんなこと……」

「くそっ……やっぱ狩人の俺が、あのとき姫を森でどうにかしとけば……!」



ああ、まだ信じてるのね。
“悪役らしくない”女王だと。

でも。



「……いいえ」



私はできる限りの冷たい声を出す。



「そのリンゴ、私が作ったのよ。姫に、食べさせるために」




喉が焼ける。
心臓が痛い。


……けど、ここでそう言わなければ……
私は悪役として消えることが、できなくなってしまうから。



「私は悪の女王よ。わかっていたでしょう?」



ざわめきが広がる。



「嘘だろ……」
「俺らの女王さまが……」
「そんなわけ……」



その時。



「ヒルデ女王さまーッ!!」



馬のいななき。
駆け込んできたのは、隣国の王子だった。



「ご無事ですか!?  カンペが突然、書き換えられて……!
『女王が姫に毒リンゴを食べさせた』なんて……そんなの、嘘ですよね?」



息を切らし、私の隣に立つと——

ガラスの棺を見て、言葉を失った。



「……寝てるだけ、ですよね?」



その瞬間、棺に文字が浮かび上がる。


『王子が姫を迎えに来る』



王子がガラスのふたを開ける。
ふるえる声で、呼びかける。



「……なあ、起きてくれよ……
君が起きないと、女王さまが"悪役"になってしまう……
筋書き通りになってしまうぞ……!」



けれど姫は、目を開けない。



「なあ……女王さまを悪役にさせないんじゃなかったのか…!」



静寂が降りた。


やがて――



「女王は……」



誰かがぽつりとつぶやく。
それを皮切りにしたように、つぶやきが重なっていく。



「白雪姫を殺した……」

「筋書き通りに“修正”されたんだ……」

「悪役には……報いを」



――悪役……
――悪役……
――悪役……



皆の瞳が、赤く染まっていく。
まるで、何かに取り憑かれたみたいに。



……そう。

それでいいのよ。


悪役わたしが消えることで、この物語は「めでたし、めでたし」になるんだから。


足音が迫る。


ツルハシを握る小人たち。
弓を構えた狩人。
牙を剥く動物たち。


意思が消え、目だけを爛々と光らせた顔たち。
にじり、にじりと私を囲んでゆく。

……そう。これが、"修正"。
筋書きどおりの結末以外を許さない、意地悪な物語の"強制力"。



私は目を閉じた。


今までありがとう、みんな。
……どうか、元気でね。






「―――待て」

 


氷が砕けるような、鋭く澄んだ声。

私は振り返る。



そこには——

 


ひび割れた鏡の男が、実体を持って立っていた。



「女王さまは“悪役”などではない。この物語には、真の悪役がいる」


その身に無数の傷をまとい、
全身が砕けそうになりながら。




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