10 / 14
7.『めでたしめでたし』
しおりを挟む
* * *
——ギィィ……
扉を開け、地下室の階段をドタドタと降りてくる足音。
「うう~~……お義母さま~……」
酒の匂いをぷんぷんさせて、頭を押さえた白雪姫が顔を出す。
「二日酔いですわ~……頭が痛くてたまりませんの。頭痛薬、調合していただきたいのですわ~……」
しかし、すでに女王は地下室を去っていた。
魔法の鏡も今は光を失い、そこには誰の気配もない。
「あらー? お義母さま、いらっしゃらないのー……?」
ふらふらと部屋を見渡し、釜に目を留める。
そのまま、ふたを開け――
「……わあ! このリンゴ、超おいい香りですわあ~!!
二日酔いに効きそうだし、いただきますわッ!」
摘みたての香りを漂わせ、宝石のように輝く果実――
それは、昨夜煮詰めたばかりの毒リンゴだった。
――ぱくっ!
「……んん! あま~~い!
おいし――」
ドサッ。
朝のひざしが差し込む中、白雪姫はその場に倒れた。
机の上から、リンゴがころんと転がる。
"毒リンゴを食らう白雪姫"。
思わぬ形で、物語が動き出した――
* * *
大広間からざわめきが聞こえる。
――胸騒ぎがする。
「……何事?」
扉を開けた瞬間。
目に飛び込んだ光景に、私は息を呑んだ。
ガラスの棺。
その中に――
白雪姫が横たわっていた。
「っ、……まさかっ……」
かつて、鏡が映した"筋書き"。
私は駆け寄り、棺のそばに膝をついた。
眠っている。
あの子が。
おとぎ話の姫のように、安らかに。
胸には、かじられた赤いリンゴ。
雪のように白い肌には、苦しんだ痕ひとつなくて。
「……もう、……食べてしまったの……?」
声がふるえる。
言葉が喉で詰まる。
……いいえ。何をいうの、私。
この子に食べさせるために、あのリンゴを作ったのに。
"毒リンゴを食べた白雪姫が、最後は生き返る"ために――
背中に、視線を感じた。
振り返ると、小人たちが、狩人が、動物たちが――
みんなが、私を見ていた。
疑念と、「祈り」が入り交じる目で。
「女王さま……これ、あなたが作ったリンゴですか……?」
「嘘だろ、これじゃ台本通りじゃん……」
「そんなはずない。女王さまがそんなこと……」
「くそっ……やっぱ狩人の俺が、あのとき姫を森でどうにかしとけば……!」
ああ、まだ信じてるのね。
“悪役らしくない”女王だと。
でも。
「……いいえ」
私はできる限りの冷たい声を出す。
「そのリンゴ、私が作ったのよ。姫に、食べさせるために」
喉が焼ける。
心臓が痛い。
……けど、ここでそう言わなければ……
私は悪役として消えることが、できなくなってしまうから。
「私は悪の女王よ。わかっていたでしょう?」
ざわめきが広がる。
「嘘だろ……」
「俺らの女王さまが……」
「そんなわけ……」
その時。
「ヒルデ女王さまーッ!!」
馬のいななき。
駆け込んできたのは、隣国の王子だった。
「ご無事ですか!? カンペが突然、書き換えられて……!
『女王が姫に毒リンゴを食べさせた』なんて……そんなの、嘘ですよね?」
息を切らし、私の隣に立つと——
ガラスの棺を見て、言葉を失った。
「……寝てるだけ、ですよね?」
その瞬間、棺に文字が浮かび上がる。
『王子が姫を迎えに来る』
王子がガラスのふたを開ける。
ふるえる声で、呼びかける。
「……なあ、起きてくれよ……
君が起きないと、女王さまが"悪役"になってしまう……
筋書き通りになってしまうぞ……!」
けれど姫は、目を開けない。
「なあ……女王さまを悪役にさせないんじゃなかったのか…!」
静寂が降りた。
やがて――
「女王は……」
誰かがぽつりとつぶやく。
それを皮切りにしたように、つぶやきが重なっていく。
「白雪姫を殺した……」
「筋書き通りに“修正”されたんだ……」
「悪役には……報いを」
――悪役……
――悪役……
――悪役……
皆の瞳が、赤く染まっていく。
まるで、何かに取り憑かれたみたいに。
……そう。
それでいいのよ。
悪役が消えることで、この物語は「めでたし、めでたし」になるんだから。
足音が迫る。
ツルハシを握る小人たち。
弓を構えた狩人。
牙を剥く動物たち。
意思が消え、目だけを爛々と光らせた顔たち。
にじり、にじりと私を囲んでゆく。
……そう。これが、"修正"。
筋書きどおりの結末以外を許さない、意地悪な物語の"強制力"。
私は目を閉じた。
今までありがとう、みんな。
……どうか、元気でね。
「―――待て」
氷が砕けるような、鋭く澄んだ声。
私は振り返る。
そこには——
ひび割れた鏡の男が、実体を持って立っていた。
「女王さまは“悪役”などではない。この物語には、真の悪役がいる」
その身に無数の傷をまとい、
全身が砕けそうになりながら。
——ギィィ……
扉を開け、地下室の階段をドタドタと降りてくる足音。
「うう~~……お義母さま~……」
酒の匂いをぷんぷんさせて、頭を押さえた白雪姫が顔を出す。
「二日酔いですわ~……頭が痛くてたまりませんの。頭痛薬、調合していただきたいのですわ~……」
しかし、すでに女王は地下室を去っていた。
魔法の鏡も今は光を失い、そこには誰の気配もない。
「あらー? お義母さま、いらっしゃらないのー……?」
ふらふらと部屋を見渡し、釜に目を留める。
そのまま、ふたを開け――
「……わあ! このリンゴ、超おいい香りですわあ~!!
二日酔いに効きそうだし、いただきますわッ!」
摘みたての香りを漂わせ、宝石のように輝く果実――
それは、昨夜煮詰めたばかりの毒リンゴだった。
――ぱくっ!
「……んん! あま~~い!
おいし――」
ドサッ。
朝のひざしが差し込む中、白雪姫はその場に倒れた。
机の上から、リンゴがころんと転がる。
"毒リンゴを食らう白雪姫"。
思わぬ形で、物語が動き出した――
* * *
大広間からざわめきが聞こえる。
――胸騒ぎがする。
「……何事?」
扉を開けた瞬間。
目に飛び込んだ光景に、私は息を呑んだ。
ガラスの棺。
その中に――
白雪姫が横たわっていた。
「っ、……まさかっ……」
かつて、鏡が映した"筋書き"。
私は駆け寄り、棺のそばに膝をついた。
眠っている。
あの子が。
おとぎ話の姫のように、安らかに。
胸には、かじられた赤いリンゴ。
雪のように白い肌には、苦しんだ痕ひとつなくて。
「……もう、……食べてしまったの……?」
声がふるえる。
言葉が喉で詰まる。
……いいえ。何をいうの、私。
この子に食べさせるために、あのリンゴを作ったのに。
"毒リンゴを食べた白雪姫が、最後は生き返る"ために――
背中に、視線を感じた。
振り返ると、小人たちが、狩人が、動物たちが――
みんなが、私を見ていた。
疑念と、「祈り」が入り交じる目で。
「女王さま……これ、あなたが作ったリンゴですか……?」
「嘘だろ、これじゃ台本通りじゃん……」
「そんなはずない。女王さまがそんなこと……」
「くそっ……やっぱ狩人の俺が、あのとき姫を森でどうにかしとけば……!」
ああ、まだ信じてるのね。
“悪役らしくない”女王だと。
でも。
「……いいえ」
私はできる限りの冷たい声を出す。
「そのリンゴ、私が作ったのよ。姫に、食べさせるために」
喉が焼ける。
心臓が痛い。
……けど、ここでそう言わなければ……
私は悪役として消えることが、できなくなってしまうから。
「私は悪の女王よ。わかっていたでしょう?」
ざわめきが広がる。
「嘘だろ……」
「俺らの女王さまが……」
「そんなわけ……」
その時。
「ヒルデ女王さまーッ!!」
馬のいななき。
駆け込んできたのは、隣国の王子だった。
「ご無事ですか!? カンペが突然、書き換えられて……!
『女王が姫に毒リンゴを食べさせた』なんて……そんなの、嘘ですよね?」
息を切らし、私の隣に立つと——
ガラスの棺を見て、言葉を失った。
「……寝てるだけ、ですよね?」
その瞬間、棺に文字が浮かび上がる。
『王子が姫を迎えに来る』
王子がガラスのふたを開ける。
ふるえる声で、呼びかける。
「……なあ、起きてくれよ……
君が起きないと、女王さまが"悪役"になってしまう……
筋書き通りになってしまうぞ……!」
けれど姫は、目を開けない。
「なあ……女王さまを悪役にさせないんじゃなかったのか…!」
静寂が降りた。
やがて――
「女王は……」
誰かがぽつりとつぶやく。
それを皮切りにしたように、つぶやきが重なっていく。
「白雪姫を殺した……」
「筋書き通りに“修正”されたんだ……」
「悪役には……報いを」
――悪役……
――悪役……
――悪役……
皆の瞳が、赤く染まっていく。
まるで、何かに取り憑かれたみたいに。
……そう。
それでいいのよ。
悪役が消えることで、この物語は「めでたし、めでたし」になるんだから。
足音が迫る。
ツルハシを握る小人たち。
弓を構えた狩人。
牙を剥く動物たち。
意思が消え、目だけを爛々と光らせた顔たち。
にじり、にじりと私を囲んでゆく。
……そう。これが、"修正"。
筋書きどおりの結末以外を許さない、意地悪な物語の"強制力"。
私は目を閉じた。
今までありがとう、みんな。
……どうか、元気でね。
「―――待て」
氷が砕けるような、鋭く澄んだ声。
私は振り返る。
そこには——
ひび割れた鏡の男が、実体を持って立っていた。
「女王さまは“悪役”などではない。この物語には、真の悪役がいる」
その身に無数の傷をまとい、
全身が砕けそうになりながら。
10
あなたにおすすめの小説
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
転生したら巨乳美人だったので、悪女になってでも好きな人を誘惑します~名ばかり婚約者の第一王子の執着溺愛は望んでませんっ!~
水野恵無
恋愛
「君の婚約者が誰なのか、はっきりさせようか」
前世で友達と好きな人が結婚するという報告を聞いて失恋した直後に、私は事故で死んだ。
自分の気持ちを何も言えないまま後悔するのはもう嫌。
そんな強い決意を思い出して、私は悪女になってでも大好きな第二王子を身体で誘惑しようとした。
なのに今まで全然交流の無かった婚約者でもある第一王子に絡まれるようになってしまって。
突然キスマークを付けられたり、悪女を演じていたのがバレてしまったりと、振り回されてしまう。
第二王子の婚約者候補も現れる中、やっと第二王子と良い雰囲気になれたのに。
邪魔しにきた第一王子に私は押し倒されていた――。
前世を思い出した事で積極的に頑張ろうとする公爵令嬢と、そんな公爵令嬢に惹かれて攻めていく第一王子。
第一王子に翻弄されたり愛されたりしながら、公爵令嬢が幸せを掴み取っていくお話です。
第一王子は表面上は穏やか風ですが内面は執着系です。
性描写を含む話には*が付いています。
※ムーンライトノベルズ様でも掲載しています
【2/13にアルファポリス様より書籍化いたします】
男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~
花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。
だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。
エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。
そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。
「やっと、あなたに復讐できる」
歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。
彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。
過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。
※ムーンライトノベルにも掲載しております。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
日常的に罠にかかるうさぎが、とうとう逃げられない罠に絡め取られるお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレっていうほど病んでないけど、機を見て主人公を捕獲する彼。
そんな彼に見事に捕まる主人公。
そんなお話です。
ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる