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8.新たな"真実"
しおりを挟む鏡の男が、すうっと姿を変える。
一枚の大きな鏡が、そこに現れた。
「女王さまは――"魔法の鏡に操られて、毒リンゴを作った"。」
銀色の光が、鏡面を走る。
そこに映ったのは私だった。
恍惚とした目で鏡に語りかけ、その"洗脳"のままに動く私。
粛清を重ね、恐怖で国を縛りつけ、
そして――
毒リンゴを完成させる私の手元。
"鏡の言うとおりに"。
「……な……にを、言って……」
私は息をのんだ。
………まさか。
鏡は、私の代わりに"悪役"になるつもり…?
「鏡よ、やめなさい! それは真実ではありません……!」
声がふるえる。
「女王――私という悪役が消えてこそ……この物語は『めでたし』を迎えるのです!」
鏡の中の彼が、ふっと微笑む。
昨日と同じ、あのやさしい目で。
「女王さま。私は真実を映す鏡。
真実を歪めることはできません。
……しかし」
ピシッ。
銀の鏡面に、黒い線が走る。
彼に、大きなヒビが入っていた。
「"物語の余白"に、新たな真実を映すことは……できるのです」
ピキ……パキ……
音を立てて、鏡面に裂け目が広がっていく。
心が割れていく音のように。
「あれ……俺たち、なにして……?」
ひとりの小人が、夢から醒めたように声を漏らした。
「なんか、夢でも見てたような……女王さまが姫を殺す? そんなはずないだろうよ」
「嘘だろ……たとえ夢でも、俺が、尊い推しである女王さまに弓矢を向けたなんて…!
何かに身体を乗っ取られたみたいだった!!」
狩人が弓を床に叩きつける。
動物たちはしゅんとうなだれ、そろそろと後退した。
王子は信じられないというように鏡と私を交互に見つめ――
「やっぱり、女王さまは悪役なんかじゃなかったんだ!
……けど、誰かが悪役にならないと…この物語は終らないってことか?」
「……そうよ。"悪役"が生きてる限り、この物語は終わらないわ」
けど……
だからって、こんなの……!
「お願い、やめて……!」
叫ぶ私を制するように、彼は言い放った。
「"女王を操っていたのは、魔法の鏡"。つまり、真の悪役は私……
悪役が消えることで、この物語は『めでたし』を迎えるのです」
「――だめよっ! そんな結末、いらないわ……!」
私は鏡へ駆け出した。
「だめよッ! 私の身代わりにならないでッ!!」
夢中で、手を伸ばす。
鏡の中から、彼も私に向かって手を差し出して――
「……もしまたあなたに会えるなら……
次は、あなただけを映す鏡になりたい」
バリィン――!!!
指先が触れ合った、その瞬間。
鏡が砕けた。
銀の破片が宙に舞う。
黒く濁ったそれは、何も映さなくなっていた。
そして――世界が、剥がれ落ちた。
壁も、天井も、床も。
城にあったもの全てが、
紙のようにペリペリとめくれて、消えていく。
「うわっ……なんだよ、これ……!?」
「文字が消えてる……! カンペも……!」
あわてて床を叩く小人。
狩人や王子は、ただその場に立ち尽くしていた。
剥がれた先には、ただ――白。
まるで、本の最後の一ページ。
文も絵もない。
私たちは、そこに立っていた。
そして、その空白に――新しい文字が浮かびあがる。
『悪役が消えた。めでたしめでたし』
セリフもない。
物もない。音もない。
……鏡の、声も。
もう、聞こえなかった。
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