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9.めでたしのあと
しおりを挟む全員が呆然と佇んでいた、そのとき——
「あ゛あ゛~~! めっっっちゃよく寝ましたわ~!」
寝起きのおっさんのような声が響いた。
振り返ると、そこにいたのは——
「はっ!? 姫……!?」
白雪姫。
毒リンゴを食べ、眠りについたはずのあの子。
背伸びの勢いでガラスの棺を叩き割り、大あくびをしていた。
「二日酔いもすっきりしてて、最高の寝覚めですわ~~……
やっぱり、あのリンゴの効果ですわっ」
「は……? 二日酔い? あのリンゴ…?」
王子、というか姫以外のみんながまじまじと私を見つめる。
「女王さま……あの、これ、どういうことです??」
私は小さく息をつくと、物語のネタばらしをした。
「『白雪姫は目覚める』……これも、物語の筋書きどおりよ。
あのリンゴには、二日酔いの回復に効く薬草と……
"ウマスギ・テ・ブッタオレガエルの汁"を入れて煮込んだのよ」
どんな"毒"を使うか……指定はなかったから。
「え?」
「ウマスギって……あの、美味しすぎてぶっ倒れると評判のカエルの??」
「え、え、じゃあ……姫は二日酔いと、リンゴが美味しすぎて気絶してただけかァ!?」
………そのとおりだ。
「……姫。目を覚ましたのですね」
私が声をかけると、白雪姫がぱちりとまばたきをして、こっちを見た。
すると、弾かれたようにびゅわん! と私へ突進し――
「お、お義母さまッ!! ご無事ですか!? わたくしが寝てる間に何があったんですのっ!?
このアホどもから何かされてません??
少しでも何かしたやつがいたら、わたくしがひねり潰してやりますわ!」
言いながら、私の胸に顔をうずめはじめる姫。
……どさくさに紛れて私の尻を揉むな。
姫は手を離さず当たりを見渡す。
その視線が、ばらばらに砕けた鏡の破片に止まった。
「あら……? お義母さま、あの、破片は……」
「……ええ。あの子は、もう……」
言いかけて、言葉が喉に詰まる。
周囲の様子から事を鋭く察したらしき白雪姫は、しばし無言で破片を見つめていた。
すると、あっけらかんと言い放った。
「……そうでしたか。
でも、物語が終わったなら、わたくしたちでまた始めればいいのですわ。
『めでたしめでたし』の、つづきを」
「……つ、つづき……?」
「ええ! だってこの世界、まっさらですわ。ということは、わたくしたちの手でゼロから創っていけるということですわ!」
姫がくるりと回転する。
そばにいた王子が目を輝かせた。
「どうして……君はそう賢いんだ?
いつもはあんなに粗暴でバカなのに」
「あら、だってわたくし、一応『白雪姫』の主人公ですもの。
――って、ちぎられてぇかこの粗チン野郎!!」
「いたっ! だから見てもないのに粗チン認定しないでくれッ!
女王さまに誤解されるだろ、これからたくさん見せたり、xxxするかも知れないのにッ!」
「てめぇは顔からして粗チンだろうが!! そんなんで義母さまを満足させられっと思うなよ童貞野郎ッ!!!」
真っ白な世界で、姫と王子のつかみ合いが始まった。
……なんかシュールだ。
二人の怒声を聞きながら、私は鏡の破片をそっと手に取る。
「ねえ……あなたも、"つづき"に帰ってきて……お願いよ」
* * *
それから――
白紙の世界に、小人たちがぽつぽつと座り込んで地面を掘り、狩人が弓で地面に線を引いていた。
いつの間にか姫から解放された王子は、棒きれで「王城」と書いていた。
「ここまた、城を描こう。女王さまの玉座も、地下室も、ダンスホールも」
「女王さまがライブするためのステージとホールも作りましょうよ! ねえ女王さま!」
「え、ええ……(困惑)」
「いいですわね! 物語が終わったなら、次は始める番ですわ!
もう『白雪姫』じゃないんだから、無理に悪役を作る必要なんてありませんわ!」
白雪姫が、ぺろっと舌を出して笑う。
——終わった物語の、つづきを。
誰かに決められた、「台本」のない世界で。
そうだ。これは、"はじまり"だ。
私はゆっくりと、地面に膝をつく。
真っ白な“余白”に、指でなぞるように書いた。
『おとぎ話・平和になった"白雪姫"のその後』
すると、光が走る。
その文字に沿って、空が広がり、地平が生まれ、花が咲いた。
「……おぉぉ……!」
誰かが息をのむ。
まるで魔法みたいに、文字が"世界"を描いていく。
「さぁ、次は……」
私はその隣に、もうひとつ、文字を書く。
『みんなが安心して住める、心地よい世界』
また、光が走る。
今度は、暖かい光だった。
涙があふれた。
私は泣きながら、笑っていた。
「……魔法の鏡。あなたが砕けてまで守ったもの……"つづきの世界"。私、ちゃんと受け取ったわ」
私は立ち上がる。
色づきはじめた、世界の中で。
もう誰の言葉にも縛られず、今度こそ、私の意志で——
誰の台詞でもない、“私の言葉”を初めて口にする。
「さあ、みんな。"物語のつづき"が始まるわよ!」
「いえっさー!」
真っ白なページに、私たちだけの物語を描く。
"めでたしめでたし"の、
その先へ——
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