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泉の谷
弱さゆえ
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日が昇り人々が起きだして仕事を始める頃。
宿屋を出てみれば表に待っているシグレがいる。
二日目、三日目と訓練をしていくと生傷がどんどん増えていく。
鋭い爪で体は切り刻まれていくというのに、口調だけはずっと優しくてそれが余計に怖い。
「その調子です、まずは動きを捉えてみましょうね」
「集中できていて偉いですよ、首が飛ばないように頑張りましょう」
「今のは惜しかったですね、魔法に一定の魔力を込められるようになれば可能性が上がりますよ」
そうして日が傾くと、涼しい顔をするシグレが終わりを告げる。
足がガクガクとしていて、傷も痛い。
その場に座り込むとシグレが包帯や傷薬を取り出した。
「これからも傷は増えるので、きちんと処置しておきましょうか」
シグレが包帯を巻いてくれるなか、その沈黙が耐えきれないので話題を振ってみることにした。
「シグレさんは褒めて伸ばすタイプなんですか」
「いえ、そういう訳ではありません。ヒサメ様にリビさんは丁重に扱うように言われております。なにせ、あの馬鹿の命の恩人ということなので」
この状況が丁重かどうかはさておき、ヒサメ様はぶれないな。
「あの、どうしてフブキさんのこと、そんな呼び方なんですか」
私の質問にシグレの手が止まる。
聞いてはいけないことだっただろうかと不安に思いながら返答を待つ。
俯いた顔は苦々しい顔をしていたが、また表情を戻して包帯を巻き続ける。
「馬鹿は馬鹿ですよ。大馬鹿野郎なんです、あいつ」
それ以上聞くこともできずに、シグレは私とソラを宿屋に送ると帰ってしまった。
シグレさんはヒサメ様の部下だけど、昔からフブキさんのことを知っているんだろう。
幼馴染というものなのかな。
あの暗い表情の意味は今は分からないけれど、シグレさんはフブキさんを嫌ってはいない気がする。
そう思うと、少しだけシグレへの怖さが和らいだ気がした。
訓練が始まって1週間。
私の魔法は一向にシグレに当たらない。
シグレの動きも見えないし、切り傷もいつも通りだ。
ただ、少し切られる瞬間が分かるような気になっている。
それが進歩なのかも分からないくらい微々たることだ。
「あの、シグレさん。私このままの特訓で大丈夫でしょうか」
そんなことを聞けばシグレは首を横に振った。
「目的をお忘れではないですか?」
私は思考が一瞬止まって、それから口を開く。
「・・・特殊言語で精霊と話すこと、です」
「よくできました。貴女が私に魔法を当てられずとも何も問題はないのです。この特訓の中で魔力を上げて、それを保持できるようにコントロールすることができればいいです」
「それは、そうでしたけど。魔力上がってるんですか?」
「気づいていないようですが、ちゃんと日々上がっていますよ。しかし、初日はもう少し上がると思っていたんですが予想が外れましたね。もしかして、命の危険が今までにもあったということでしょうか」
そのとき、私は迷いの森で二人の男に矢を向けられたことを思い出した。
「どうしました、顔色が悪いようですが」
「いえ、なんでもありません。特訓の続き、お願いします」
あの出来事を思い出したくない私は、特訓することで余計なことを考えないようにした。
「やみくもに魔法をしても駄目ですよ。それでは魔力だけが減っていき、無駄な体力を消耗するだけですからね」
「すみません」
考えないように考えないようにと、考えてしまい集中力が切れていく。
シグレは攻撃の構えを解いて、いつの間にか足音もなくスッと私の目の前にいる。
「リビさん、その状態では私の爪が深くまで入り込み、肉を断ち、骨まで到達して、そのまま手足が千切れてしまうかもしれませんよ」
そんなことを耳元で言われてゾッとした。
「す、すみません」
「何か懸念点があれば仰ってください。集中しないと、殺してしまうことになりますよ」
「あの、シグレさんは・・・」
「はい」
私がこんなことを聞けば何かを悟られるかもしれない。
そう思ったのに、私は言葉を止められない。
「誰かを殺したことがありますか」
「私は白銀の国の護衛騎士であり、ヒサメ様の側近ですよ?命を狙われるヒサメ様を守るため、ヒサメ様の命令を遂行するため、今まで数えきれないほど殺しています。それが懸念点、ということでしょうか?私が怖くて、集中できないと?」
「いえ、怖くない訳じゃないけどそうではなくて。それならば、もっと気を引き締めないと首が飛びますよね。もう、大丈夫です。やりましょう」
私は、安心したかっただけなのだ。
私はシグレが、そう答えてくれるのを期待していた。
他の人にはこんなことを聞くことはできないだろう。
でも、白銀の国の騎士である彼ならば、肯定してくれると思っていたのだ。
人を殺したことがある、ということを。
最低だ、こんな確認で自分の行動を肯定しようだなんて。
それでも私は、忘れようとしたり、行動を正当化していないと立っていられなかったのだ。
私はまだまだ弱いな。
いつものように落ちていく血を拭いながら思った。
宿屋を出てみれば表に待っているシグレがいる。
二日目、三日目と訓練をしていくと生傷がどんどん増えていく。
鋭い爪で体は切り刻まれていくというのに、口調だけはずっと優しくてそれが余計に怖い。
「その調子です、まずは動きを捉えてみましょうね」
「集中できていて偉いですよ、首が飛ばないように頑張りましょう」
「今のは惜しかったですね、魔法に一定の魔力を込められるようになれば可能性が上がりますよ」
そうして日が傾くと、涼しい顔をするシグレが終わりを告げる。
足がガクガクとしていて、傷も痛い。
その場に座り込むとシグレが包帯や傷薬を取り出した。
「これからも傷は増えるので、きちんと処置しておきましょうか」
シグレが包帯を巻いてくれるなか、その沈黙が耐えきれないので話題を振ってみることにした。
「シグレさんは褒めて伸ばすタイプなんですか」
「いえ、そういう訳ではありません。ヒサメ様にリビさんは丁重に扱うように言われております。なにせ、あの馬鹿の命の恩人ということなので」
この状況が丁重かどうかはさておき、ヒサメ様はぶれないな。
「あの、どうしてフブキさんのこと、そんな呼び方なんですか」
私の質問にシグレの手が止まる。
聞いてはいけないことだっただろうかと不安に思いながら返答を待つ。
俯いた顔は苦々しい顔をしていたが、また表情を戻して包帯を巻き続ける。
「馬鹿は馬鹿ですよ。大馬鹿野郎なんです、あいつ」
それ以上聞くこともできずに、シグレは私とソラを宿屋に送ると帰ってしまった。
シグレさんはヒサメ様の部下だけど、昔からフブキさんのことを知っているんだろう。
幼馴染というものなのかな。
あの暗い表情の意味は今は分からないけれど、シグレさんはフブキさんを嫌ってはいない気がする。
そう思うと、少しだけシグレへの怖さが和らいだ気がした。
訓練が始まって1週間。
私の魔法は一向にシグレに当たらない。
シグレの動きも見えないし、切り傷もいつも通りだ。
ただ、少し切られる瞬間が分かるような気になっている。
それが進歩なのかも分からないくらい微々たることだ。
「あの、シグレさん。私このままの特訓で大丈夫でしょうか」
そんなことを聞けばシグレは首を横に振った。
「目的をお忘れではないですか?」
私は思考が一瞬止まって、それから口を開く。
「・・・特殊言語で精霊と話すこと、です」
「よくできました。貴女が私に魔法を当てられずとも何も問題はないのです。この特訓の中で魔力を上げて、それを保持できるようにコントロールすることができればいいです」
「それは、そうでしたけど。魔力上がってるんですか?」
「気づいていないようですが、ちゃんと日々上がっていますよ。しかし、初日はもう少し上がると思っていたんですが予想が外れましたね。もしかして、命の危険が今までにもあったということでしょうか」
そのとき、私は迷いの森で二人の男に矢を向けられたことを思い出した。
「どうしました、顔色が悪いようですが」
「いえ、なんでもありません。特訓の続き、お願いします」
あの出来事を思い出したくない私は、特訓することで余計なことを考えないようにした。
「やみくもに魔法をしても駄目ですよ。それでは魔力だけが減っていき、無駄な体力を消耗するだけですからね」
「すみません」
考えないように考えないようにと、考えてしまい集中力が切れていく。
シグレは攻撃の構えを解いて、いつの間にか足音もなくスッと私の目の前にいる。
「リビさん、その状態では私の爪が深くまで入り込み、肉を断ち、骨まで到達して、そのまま手足が千切れてしまうかもしれませんよ」
そんなことを耳元で言われてゾッとした。
「す、すみません」
「何か懸念点があれば仰ってください。集中しないと、殺してしまうことになりますよ」
「あの、シグレさんは・・・」
「はい」
私がこんなことを聞けば何かを悟られるかもしれない。
そう思ったのに、私は言葉を止められない。
「誰かを殺したことがありますか」
「私は白銀の国の護衛騎士であり、ヒサメ様の側近ですよ?命を狙われるヒサメ様を守るため、ヒサメ様の命令を遂行するため、今まで数えきれないほど殺しています。それが懸念点、ということでしょうか?私が怖くて、集中できないと?」
「いえ、怖くない訳じゃないけどそうではなくて。それならば、もっと気を引き締めないと首が飛びますよね。もう、大丈夫です。やりましょう」
私は、安心したかっただけなのだ。
私はシグレが、そう答えてくれるのを期待していた。
他の人にはこんなことを聞くことはできないだろう。
でも、白銀の国の騎士である彼ならば、肯定してくれると思っていたのだ。
人を殺したことがある、ということを。
最低だ、こんな確認で自分の行動を肯定しようだなんて。
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私はまだまだ弱いな。
いつものように落ちていく血を拭いながら思った。
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