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静寂の海
白紙と好転
「リビさん、ありがとうございます。あんなに怒ってくれるなんて感動しました」
深海の場から空に上がり、ボタンと私は黒羽鳥に乗って宿に戻る最中だ。
「なんというか、ヒサメ様が馬鹿だと思われてるみたいで腹が立ちました。そういう手を使うとしてももっと上手くやれる人ですよ、ヒサメ様は!」
そんなことを言えばボタンは困ったように耳をへにゃりと下げる。
「ヒサメ様はそんなことしないって言ってほしいんですが。まぁ、正直なところ、ザラ王側の兵を引き入れる時に色々黒に近いこともやっていたらしいので完全否定は難しいですね」
「国内を変えるためには綺麗事だけでは出来なかったということですね。でも、今ヒサメ様は国外との交流によって白銀の国がいかに変わったか示そうとしています。そんな中、仕事の交渉でそんな卑怯な手を使うのが悪手なのは誰だって分かることじゃないですか!…とはいえ、これはヒサメ様の近くにいるからこそ分かることです。相手を信用できないのはお互い様ですよね」
昔からの知り合いだったとしても、相手の考えていることを見通すのは難しい。
それが会ったばかりの者ならなおさらだ。
町が近付いてきたので手前で地面に下り立った。
空を飛ぶ魔獣はやはり珍しいらしく目立ってしまうからだ。
宿に到着しドアをノックすれば、いつもの低くて落ち着いた声が返ってきた。
「ヒサメ様、失礼致します」
ボタンがそう言って扉を開けると、上半身裸で濡れた髪を拭いているヒサメと目が合った。
「着替え中でしたか、出直します」
「いや、かまわん。二人共入れ」
いや、かまうが?
そう思ったがボタンが中に入るので私も仕方なく入る。
「入浴されてきたのですね、湯加減はいかがでしたか」
「城の湯より熱めだったが悪くない。それより、遅かったな」
ボタンは流れるようにシャツをヒサメに渡す。
そのシャツのボタンをとめながらヒサメはこちらを流し見る。
「少しだけ、話を」
「ほう、あの男は聞く耳を持ったか?」
「持ってないですね。私は一方的に思ったこと言ってきただけです」
そんなことを言えばボタンが拳を握る。
「とても熱いお言葉でしたよ!カッコよかったのでヒサメ様にも聞いて欲しいくらいです」
「ボタンさん、やめてください恥ずかしいので」
「それは惜しいことをした。先に帰らなければ良かったな」
ヒサメがそんな事を言うので私は考察の部分だけ話すことにした。
「なるほど、人魚であれば犯行は可能というわけか。リビ殿、やはりこれは静寂の海内部で起こっている問題なのかもしれんな。オレたちも、そしてあのザッフィロ殿も、今回の件は人為的に起こったものだと判断したわけだ」
ヒサメは窓から海を眺めて、腕を組んでいる。
私は思っていた疑問を投げかけた。
「ヒサメ様はいつから、この海熱病が人為的だと思われたのですか?」
「コラッロ殿が、陸に上がっている人魚が調べていると言った時だ。普段起こっている流行り病ならば、いちいち調べる必要などない。しかし、自然治癒で治ることは知っていた。それはつまり、普段とは何か違うことが起こっているということだ。まぁ、この恐れられている白銀の国を脅すくらいだ。切羽詰まっていることは伝わってきたが。誰も対応する術を知らない、というのが引っ掛かった。」
「普段は海月に刺された一人を隔離すれば問題ないという話でしたね。つまりは、その一人を隔離してなんとか自然治癒していた。もしくは、アサヒの花を使うしかなかった。コラッロさんを含め、上役の人たちもその治療法しか知らないくらい、おおごとになるような病だとは思っていなかったということですね」
今までたくさんの人魚に感染したことがない、ということだ。
それは、海月に刺された人魚を速やかに隔離して対処することができていたということ。
だが、今回その対処がなんらかの理由でされなかった。
「リビ殿の考察が正しければ、その人魚はよほど捨て身の覚悟で犯行を行ったということになる。リビ殿の存在を知らないのだから、自然治癒か、もしくはモンスターの危険を伴うアサヒの花で治療しようとしたはず。痕跡を残せないのであれば、やはり自然治癒か。それとも、昨日の患者の中にいたか」
「海月に刺された痕でもあれば分かりやすいんですけどね」
そう言えばヒサメは振り向いて耳をぴこんっと動かした。
「それだ。明日医療チームが到着する。シグレが来るから今の考察を伝えて患者の中に海月に刺された痕が無いか確認してもらおう。診察をするのだから体を調べても不自然にはならないだろう。」
てがかりが見つかるかもしれないと、ヒサメの声のトーンが明るく聞こえる。
「あの、医療チーム来るんですね。その、今回仕事の話は白紙になったんですよね」
「仕事と医療は別の話だろう。それに、リビ殿が下げた熱が再発したら、リビ殿のせいにされることもある。それは回避しておく必要がある」
当然のようにそう言われ、私はなんだかほっとした。
ヒサメ様のこういう優しいところを、あの融通の利かないザッフィロさんに見て欲しいな。
「昨日の患者の人数をシグレに伝えて、刺された痕跡を探す。これで何か分かれば、コラッロ殿も少しは安心できるはずだ。ただでさえ、板挟みになっていそうだからな、あの代表殿は。上役やら、反対勢力やら、それを抑え込むことが出来なければ潰れてしまう。もしかしたら、それをザッフィロ殿は支えているのかもしれん。」
国王であるヒサメもあらゆる圧力に耐えながら日々生きているのかもしれない。
決断を委ねられ、その判断を否定され、責任をすべて押し付けられているのかもしれない。
だからこそ、ヒサメにも支えてくれる存在が必要なのだろう。
ボタンやシグレのような騎士がその役目を果たしていると思うのだが違うのだろうか。
「リビ殿」
「はい?」
呼ばれて視線を上げれば、ヒサメはこちらをじっと見ている。
「今オレは白銀の国を変えようとしている。その誠意を示そうと行動し続けている。リビ殿にはそれが、どう映っている?」
ヒサメはアイルと交わした“信用に値する器を持った人物”という証明のために国の交流を広げている。そうしてそれが、白銀の国が変わりつつあるという噂へと繋がっている。
「白銀の国はいい方向へ向かっていると思います。今回、白紙にはなりそうだけど、コラッロさんが手紙を受け取ってくれたのが何よりの証拠じゃないでしょうか。恐ろしいだけの国のままだったら、交渉の機会を得ることもなかったと思います。それに医療技術が発達しているということも、情報を意図的に公開しているから分かることです。昔の白銀の国ならきっと、情報開示なんてありえないでしょう?」
「それは、そうだな。前王は内部の情報を漏らすことを酷く嫌っていた。だから、外交する兵士の家族を人質にして情報漏洩を防いだり、無茶な命令を遂行させていた。あの頃からすると、狼の獣人だからと恐れおののく人間も少し減ったか」
「そうですよ、昔ならきっとヒサメ様を見てもかっこいいと思いはしても、口には出来なかったことでしょう。今や、町を歩けば黄色い歓声が聞こえますよ。それだけ恐怖心が和らいでいるということです。その変化はヒサメ様含め、白銀の国の皆が変えようとしてるということではないでしょうか」
狼というだけで恐れられる、という時代に終止符をうつために外側の世界へと一歩踏み出している状態だ。
だからこそ、手放しで信用されるにはまだまだ時間が必要だ。
そして私も、闇魔法の人間だから避けられる、なんてことのない世界を目指したい。
「私の魔法がもっと強くなれば鉱石浄化の職人の人数は抑えられるはずです。とはいえ、やっぱりもう少し職人は欲しいですね」
強気と弱気の混じる私の発言にヒサメはフッと笑みを溢した。
「分かっている。また一から職人を探すしかあるまい。とりあえず、明日の診察が終わるまではこの町に滞在する。リビ殿は自由に過ごしてくれて構わない。ボタン、頼んだ」
「はい、畏まりました。それでは」
ボタンと私はヒサメの部屋を後にした。
宿の外へと出るとボタンが黒羽鳥にご飯を渡して振り返る。
「リビさん、せっかく時間があるので買い物に行きませんか」
私はボタンの言葉で化粧品が欲しかったことを思い出した。
「そうでした、化粧品のこと色々教えてください!」
「では、参りましょうか」
そうして私とボタンは町にある雑貨屋さんに来ていた。
今思えば、私は町に寄ってもご飯屋さんや宿屋にしか入ったことがなかった。
太陽の国では役所やアイルの診療所、それからお城にしか行かなかったし。
そう思うと私は住んでいる国ですらろくに探索したことがなかったということだ。
太陽の国は光の加護があるとはいえ、必要以上に私はあの国にいることを避けていたのかもしれない。
差別が禁止とはいえ、私が闇魔法を持っていることは知られている。
その奇異の視線が纏わりついているような気がしていた。
だから、それ以外の場所でソラがいない今。
私はただの人間として町中を歩いていられるような気がするのだ。
決してソラと一緒にいたくない訳ではない。
ただ、誰も私を知らない無関心な状態が私にとっての普通だったから心地がいい。
町の小さなお店とはいえ、私からすれば見るものがたくさんあるという印象だ。
日用品や文房具も置いてあり、こういう店は見ているだけでも楽しいと思う。
「リビさん、こっちですよ」
ボタンに案内されたのは石鹸や美容に関するコーナーで、化粧品の類も複数置いてあった。
そこには貝殻でできた入れ物に紅やらアイシャドウが入っていて、加工によってきっちりと閉まるようになっている。
「こんな入れ物初めて見ました。海の側なので貝の加工品が特産品なのかもしれません。コンパクトで見た目も可愛いですね」
ボタンは貝殻の入れ物を手に取って眺めている。
私もそれを手に取ってみるが、確かに貝殻という入れ物はオシャレに見えた。
貝殻に紅を入れているのは昔の日本もやっていたんじゃなかったかな。
そんな曖昧な知識を思い浮かべていると、ボタンが一つの貝殻を差し出した。
「この色、明るいオレンジで綺麗ですよ。リビさんは肌が白いですし、暖色が似合いそうな顔立ちだと思います!もちろん、好きな色があれば試してみませんか」
ボタンにそう言われて私は手の甲に色を試しつつ、ボタンにおすすめされたオレンジ色のアイメイクと、コーラル色の口紅を購入することにした。
「こっちは保湿クリームですね。海の近くも寒い山も乾燥に気を付けなければいけないので必須ですね。リビさんもどうですか」
それは丸い形で漆器のような入れ物に入っており高級そうに見えるが、値段は他の化粧品と変わらないようだ。
肌の手入れとは無縁の生活を送ってきた私にとってこれは変化の第一歩。
ということで保湿クリームも一緒に買った。
雑貨屋の後は洋服屋さんを見たり、ご飯を食べたり、なんだか友達とショッピングを楽しんでいるようで懐かしい。
会社を辞めて引きこもっていたあの時の私が見たら驚くことだろう。
また誰かとの買い物を楽しいと思える日が来るなんて、きっと想像していないから。
深海の場から空に上がり、ボタンと私は黒羽鳥に乗って宿に戻る最中だ。
「なんというか、ヒサメ様が馬鹿だと思われてるみたいで腹が立ちました。そういう手を使うとしてももっと上手くやれる人ですよ、ヒサメ様は!」
そんなことを言えばボタンは困ったように耳をへにゃりと下げる。
「ヒサメ様はそんなことしないって言ってほしいんですが。まぁ、正直なところ、ザラ王側の兵を引き入れる時に色々黒に近いこともやっていたらしいので完全否定は難しいですね」
「国内を変えるためには綺麗事だけでは出来なかったということですね。でも、今ヒサメ様は国外との交流によって白銀の国がいかに変わったか示そうとしています。そんな中、仕事の交渉でそんな卑怯な手を使うのが悪手なのは誰だって分かることじゃないですか!…とはいえ、これはヒサメ様の近くにいるからこそ分かることです。相手を信用できないのはお互い様ですよね」
昔からの知り合いだったとしても、相手の考えていることを見通すのは難しい。
それが会ったばかりの者ならなおさらだ。
町が近付いてきたので手前で地面に下り立った。
空を飛ぶ魔獣はやはり珍しいらしく目立ってしまうからだ。
宿に到着しドアをノックすれば、いつもの低くて落ち着いた声が返ってきた。
「ヒサメ様、失礼致します」
ボタンがそう言って扉を開けると、上半身裸で濡れた髪を拭いているヒサメと目が合った。
「着替え中でしたか、出直します」
「いや、かまわん。二人共入れ」
いや、かまうが?
そう思ったがボタンが中に入るので私も仕方なく入る。
「入浴されてきたのですね、湯加減はいかがでしたか」
「城の湯より熱めだったが悪くない。それより、遅かったな」
ボタンは流れるようにシャツをヒサメに渡す。
そのシャツのボタンをとめながらヒサメはこちらを流し見る。
「少しだけ、話を」
「ほう、あの男は聞く耳を持ったか?」
「持ってないですね。私は一方的に思ったこと言ってきただけです」
そんなことを言えばボタンが拳を握る。
「とても熱いお言葉でしたよ!カッコよかったのでヒサメ様にも聞いて欲しいくらいです」
「ボタンさん、やめてください恥ずかしいので」
「それは惜しいことをした。先に帰らなければ良かったな」
ヒサメがそんな事を言うので私は考察の部分だけ話すことにした。
「なるほど、人魚であれば犯行は可能というわけか。リビ殿、やはりこれは静寂の海内部で起こっている問題なのかもしれんな。オレたちも、そしてあのザッフィロ殿も、今回の件は人為的に起こったものだと判断したわけだ」
ヒサメは窓から海を眺めて、腕を組んでいる。
私は思っていた疑問を投げかけた。
「ヒサメ様はいつから、この海熱病が人為的だと思われたのですか?」
「コラッロ殿が、陸に上がっている人魚が調べていると言った時だ。普段起こっている流行り病ならば、いちいち調べる必要などない。しかし、自然治癒で治ることは知っていた。それはつまり、普段とは何か違うことが起こっているということだ。まぁ、この恐れられている白銀の国を脅すくらいだ。切羽詰まっていることは伝わってきたが。誰も対応する術を知らない、というのが引っ掛かった。」
「普段は海月に刺された一人を隔離すれば問題ないという話でしたね。つまりは、その一人を隔離してなんとか自然治癒していた。もしくは、アサヒの花を使うしかなかった。コラッロさんを含め、上役の人たちもその治療法しか知らないくらい、おおごとになるような病だとは思っていなかったということですね」
今までたくさんの人魚に感染したことがない、ということだ。
それは、海月に刺された人魚を速やかに隔離して対処することができていたということ。
だが、今回その対処がなんらかの理由でされなかった。
「リビ殿の考察が正しければ、その人魚はよほど捨て身の覚悟で犯行を行ったということになる。リビ殿の存在を知らないのだから、自然治癒か、もしくはモンスターの危険を伴うアサヒの花で治療しようとしたはず。痕跡を残せないのであれば、やはり自然治癒か。それとも、昨日の患者の中にいたか」
「海月に刺された痕でもあれば分かりやすいんですけどね」
そう言えばヒサメは振り向いて耳をぴこんっと動かした。
「それだ。明日医療チームが到着する。シグレが来るから今の考察を伝えて患者の中に海月に刺された痕が無いか確認してもらおう。診察をするのだから体を調べても不自然にはならないだろう。」
てがかりが見つかるかもしれないと、ヒサメの声のトーンが明るく聞こえる。
「あの、医療チーム来るんですね。その、今回仕事の話は白紙になったんですよね」
「仕事と医療は別の話だろう。それに、リビ殿が下げた熱が再発したら、リビ殿のせいにされることもある。それは回避しておく必要がある」
当然のようにそう言われ、私はなんだかほっとした。
ヒサメ様のこういう優しいところを、あの融通の利かないザッフィロさんに見て欲しいな。
「昨日の患者の人数をシグレに伝えて、刺された痕跡を探す。これで何か分かれば、コラッロ殿も少しは安心できるはずだ。ただでさえ、板挟みになっていそうだからな、あの代表殿は。上役やら、反対勢力やら、それを抑え込むことが出来なければ潰れてしまう。もしかしたら、それをザッフィロ殿は支えているのかもしれん。」
国王であるヒサメもあらゆる圧力に耐えながら日々生きているのかもしれない。
決断を委ねられ、その判断を否定され、責任をすべて押し付けられているのかもしれない。
だからこそ、ヒサメにも支えてくれる存在が必要なのだろう。
ボタンやシグレのような騎士がその役目を果たしていると思うのだが違うのだろうか。
「リビ殿」
「はい?」
呼ばれて視線を上げれば、ヒサメはこちらをじっと見ている。
「今オレは白銀の国を変えようとしている。その誠意を示そうと行動し続けている。リビ殿にはそれが、どう映っている?」
ヒサメはアイルと交わした“信用に値する器を持った人物”という証明のために国の交流を広げている。そうしてそれが、白銀の国が変わりつつあるという噂へと繋がっている。
「白銀の国はいい方向へ向かっていると思います。今回、白紙にはなりそうだけど、コラッロさんが手紙を受け取ってくれたのが何よりの証拠じゃないでしょうか。恐ろしいだけの国のままだったら、交渉の機会を得ることもなかったと思います。それに医療技術が発達しているということも、情報を意図的に公開しているから分かることです。昔の白銀の国ならきっと、情報開示なんてありえないでしょう?」
「それは、そうだな。前王は内部の情報を漏らすことを酷く嫌っていた。だから、外交する兵士の家族を人質にして情報漏洩を防いだり、無茶な命令を遂行させていた。あの頃からすると、狼の獣人だからと恐れおののく人間も少し減ったか」
「そうですよ、昔ならきっとヒサメ様を見てもかっこいいと思いはしても、口には出来なかったことでしょう。今や、町を歩けば黄色い歓声が聞こえますよ。それだけ恐怖心が和らいでいるということです。その変化はヒサメ様含め、白銀の国の皆が変えようとしてるということではないでしょうか」
狼というだけで恐れられる、という時代に終止符をうつために外側の世界へと一歩踏み出している状態だ。
だからこそ、手放しで信用されるにはまだまだ時間が必要だ。
そして私も、闇魔法の人間だから避けられる、なんてことのない世界を目指したい。
「私の魔法がもっと強くなれば鉱石浄化の職人の人数は抑えられるはずです。とはいえ、やっぱりもう少し職人は欲しいですね」
強気と弱気の混じる私の発言にヒサメはフッと笑みを溢した。
「分かっている。また一から職人を探すしかあるまい。とりあえず、明日の診察が終わるまではこの町に滞在する。リビ殿は自由に過ごしてくれて構わない。ボタン、頼んだ」
「はい、畏まりました。それでは」
ボタンと私はヒサメの部屋を後にした。
宿の外へと出るとボタンが黒羽鳥にご飯を渡して振り返る。
「リビさん、せっかく時間があるので買い物に行きませんか」
私はボタンの言葉で化粧品が欲しかったことを思い出した。
「そうでした、化粧品のこと色々教えてください!」
「では、参りましょうか」
そうして私とボタンは町にある雑貨屋さんに来ていた。
今思えば、私は町に寄ってもご飯屋さんや宿屋にしか入ったことがなかった。
太陽の国では役所やアイルの診療所、それからお城にしか行かなかったし。
そう思うと私は住んでいる国ですらろくに探索したことがなかったということだ。
太陽の国は光の加護があるとはいえ、必要以上に私はあの国にいることを避けていたのかもしれない。
差別が禁止とはいえ、私が闇魔法を持っていることは知られている。
その奇異の視線が纏わりついているような気がしていた。
だから、それ以外の場所でソラがいない今。
私はただの人間として町中を歩いていられるような気がするのだ。
決してソラと一緒にいたくない訳ではない。
ただ、誰も私を知らない無関心な状態が私にとっての普通だったから心地がいい。
町の小さなお店とはいえ、私からすれば見るものがたくさんあるという印象だ。
日用品や文房具も置いてあり、こういう店は見ているだけでも楽しいと思う。
「リビさん、こっちですよ」
ボタンに案内されたのは石鹸や美容に関するコーナーで、化粧品の類も複数置いてあった。
そこには貝殻でできた入れ物に紅やらアイシャドウが入っていて、加工によってきっちりと閉まるようになっている。
「こんな入れ物初めて見ました。海の側なので貝の加工品が特産品なのかもしれません。コンパクトで見た目も可愛いですね」
ボタンは貝殻の入れ物を手に取って眺めている。
私もそれを手に取ってみるが、確かに貝殻という入れ物はオシャレに見えた。
貝殻に紅を入れているのは昔の日本もやっていたんじゃなかったかな。
そんな曖昧な知識を思い浮かべていると、ボタンが一つの貝殻を差し出した。
「この色、明るいオレンジで綺麗ですよ。リビさんは肌が白いですし、暖色が似合いそうな顔立ちだと思います!もちろん、好きな色があれば試してみませんか」
ボタンにそう言われて私は手の甲に色を試しつつ、ボタンにおすすめされたオレンジ色のアイメイクと、コーラル色の口紅を購入することにした。
「こっちは保湿クリームですね。海の近くも寒い山も乾燥に気を付けなければいけないので必須ですね。リビさんもどうですか」
それは丸い形で漆器のような入れ物に入っており高級そうに見えるが、値段は他の化粧品と変わらないようだ。
肌の手入れとは無縁の生活を送ってきた私にとってこれは変化の第一歩。
ということで保湿クリームも一緒に買った。
雑貨屋の後は洋服屋さんを見たり、ご飯を食べたり、なんだか友達とショッピングを楽しんでいるようで懐かしい。
会社を辞めて引きこもっていたあの時の私が見たら驚くことだろう。
また誰かとの買い物を楽しいと思える日が来るなんて、きっと想像していないから。
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