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堕ちた悪魔
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ブルームーンドラゴンよりもはるかに小さいペガサスに3人乗るとぎりぎりだ。
アシャレラは実体がないとはいえ、ペガサスが可哀想に思える。
私の前にシュマが横座りをしていて、私の後ろにアシャレラがいる。
そして、前方のペガサスにはアヴィシャとルージ、エナが乗っている。
かなりの高さを飛んでいるこの空で逃げ場はない。
アシャレラは点滅する水晶を見続けていた。
各国の騎士が暴走する国民を抑えているはずだ。
それぞれの国でどの程度の被害が拡大しているのか分からない。
太陽の神を呼び出して、魂を取り返し、解除方法を教えるまでに果たして持ちこたえることができるのだろうか。
そもそも、解除方法など存在するのだろうか。
いや、人質として利用しなければならないのは確かだ。
だから、魂を取り返す前に暴走した国民がすべて力尽きてしまった場合、人質として使うことは出来ない。
さらにアヴィシャの話を全て信じるなら、暴走の発動さえ太陽の神次第だ。
そんな不確定要素が強いから、アヴィシャも人質が全滅する前に太陽の神に会いたいはずだ。
のんびりと話しているように思えたが、内心は焦っているのかもしれない。
前方を進むアヴィシャはこちらを振り向きもしない。
だから少しでも彼らについて聞き出せるかもしれないと思った。
「シュマは、どうしてアヴィシャに従ってるんですか。」
私が声を出せばシュマは顔をこちらに向けた。
「そんなの当然あたしのためだよ、リビは変なこと聞くんだね。」
「あなた達はアヴィシャの目的を達成するために協力してるでしょ。それがシュマのためにもなるってことですか?」
「アヴィシャの目的に興味はないの。それはアヴィシャの欲であってあたしの欲じゃないもん。あたしが自分を満たすには、あいつらと居るのが効率的だっただけ。」
シュマは足をゆらゆらとさせる。
「あたしの魔法知ってる?」
「何を今更。あなたのせいでどれだけの人が被害を被っていると思ってるんですか。負の魔力を入れられた魔獣たちがどれだけ苦しんでいるか、苦しかったか、考えもしないんでしょ。」
「そう、あたしの魔法ってちゃんと魔法だったの!」
両手を合わせて嬉しそうに笑うシュマに恐怖を覚える。
「あたしの魔法、っていうより堕ちた悪魔の魔法は上界にいる頃から変わらないんだ。つまり、あたしの魔法は自分の中にあるなけなしの糧を他者に分け与えることしか出来ないの。皆が飢えてて、当然あたしも飢えてるのに。それなのに、苦しんでるあたしは誰かに糧を与える魔法なんだよ。気持ち悪いよね。」
スッと無表情になるシュマは金色の髪を耳にかける。
「アヴィシャが言うには、上界にいる悪魔は罰を受けてるんだって。生前に誰かを殺してるらしいよ、あたしも誰かをちゃんと殺してるってこと。だから、神様は悪魔に罰を与えてこんな気持ち悪い魔法を与えるんだろうね。でもでも、そんなあたしの魔法も下界ではちゃんと使える魔法だったの!」
シュマは生前の記憶がない。
そんなシュマは純粋な悪魔として、他者に分け与えるということが理解できないでいた。
「自分の糧をすり減らして苦しみながら他者を癒すなんて、なんて残酷な魔法なんだろうって思ってた。でもそれは上界にいたせいなの。環境が違えばいくらでも可能性は広げられる。魔獣が苦しみ出すのを見て、とても、とても、嬉しかったの。」
噛みしめるようなその言葉に、私は鳥肌が立つ。
「ねぇリビ。例えばね、あたしが上界で糧を分け与えたらそれを貰い受けた悪魔は表面的では感謝するかも。でもでも、それが通常化すれば表面的な感謝すら忘れて搾取されるだけの悪魔になってたんじゃないかな。それで飢えに飢えてあたしは自殺したかも。でもあたしから糧を貰った悪魔はきっと絶対にあたしのこと忘れちゃうね。感謝ってよほどのことがないと消えちゃうの。」
シュマはそう言って私の手を掴む。
「でもでも、恨みは一生だよ!負の魔力を入れられた魔獣の家族や、その魔獣に襲われた人たちはその出来事を忘れることができない。白銀の国王が死んでるなら、リビはあたしのこと一生許さないでいてくれるよね?あたしのこと忘れられないでしょ、そうでしょ?」
ヒサメの生死は定かになっていない。
だから私は何も言えず、痛いくらいに握られたその手を放そうと力を入れる。
「シュマの欲は、自分の存在を周りに刻み込みたいということですか。」
「好きな人に忘れられたくないだけだよ。だからあたしはリビに魔法かけてないでしょ。」
そう言って笑うシュマはいつもよりも幼く見えた。
彼女が生前どのように生きていたのか知る由もない。
彼女が何のために誰を殺し悪魔になったのか。
そのことを知ることはできないが、悪魔の欲は彼女の人生を表しているのかもしれなかった。
好きな人に忘れられたくない。
それだけ聞くと彼女も普通の人に思えた。
ふいにアシャレラの手が私の肩を掴む。
「リビちゃん、分かってると思うけど飲まれないで。奴らがどれだけ殺してるのか分かってるでしょ。」
「分かってます。」
私は彼らを本気で殺したいと思わなければならない。
私の迷いが、私以外の大事な人を死なせることになるから。
闇の神に言われた言葉を何度も繰り返す。
そうしなければ、私は揺らいでしまう。
悪魔は誰かを殺してる。
ドウシュは妹を殺した奴らに復讐するため。
アシャレラは戦争で勝つため。
じゃあ、シュマたちは?
勿論、彼らに何か事情があったとしても記憶はない。
さらには、この世界で犯した殺しの理由なんかにはならないのだ。
どんなに不遇で、やむを得ない環境に置かれた人間だったとしても。
「エナやルージもあなたと同様に自分のためということですか。」
「知らなーい。でもそうなんじゃない?悪魔は自分のためにしか動けないんでしょ。そこにいるアシャレラだって自分のために契約という手段を持ちかけたってことなんじゃないの?あたしは契約のことはよく分かんないけど、自分の全てを相手に委ねても欲しいものがあるなんて、なんて深い欲なんだろうね。」
シュマはそう言いながら、アシャレラに手を伸ばす。
すると、シュマの手はアシャレラをすり抜ける。
「あれ?触れないんだっけ。でもでも、リビに触れてるよね。それに、水晶も触ってたよね?」
どこかに連絡したのがバレている。
だがその相手がヒサメだということは分からないはずだ。
「契約主のリビちゃんには当然触れられる。一心同体のこの契約で体が馴染んだのか、リビちゃんの物には触れられるらしい。」
アシャレラの口ぶりからしてその事実を知らなかったようだ。
シュマはアシャレラの胸に手を貫通させ、ゆっくりと引き抜く。
「へぇ、契約主と体が馴染むんだ、いいなぁ。あたしもリビと契約したかったかも。だって、死ぬまで離れられないし、リビに触り放題なんでしょ。」
「語弊がある。それに、リビちゃんがシュマを選ぶことはない。絶対に。」
シュマが私を好きだと言うのは魔獣を無慈悲に殺すさまを見たからだ。
シュマがそもそも堕ちてないのであれば、私はここまで冷酷になれたか分からない。
負の魔力を集めるための殺しも、魔獣の暴走による被害もシュマがいなければ成し得ないし必要がない。
結局は、対峙することしか出来ない存在ということになる。
「そっか。じゃあリビに会うためには堕ちるしか道は無かったんだ。これで良かったんだね。」
彼女の目的は、私がいることで成立する。
彼女を憎めば憎むほど、シュマにとって欲を満たすことになる。
だから、穴はそこにしかないと思った。
「アヴィシャは太陽の神を呼び出して欲しいんですよね。」
「そうみたいだね。特別な魂ってやつに執着してるんでしょ、ちょっと怖いくらいに。前世の記憶の維持ってそんなに大事なのかな?何度も死ぬ記憶があるのって気が狂いそうだよね。」
そう言って笑うシュマに私は耳打ちする。
「太陽の神はおそらく、記憶を消去、または改竄することができます。誓約に関することが知れ渡った今、神は一刻も早く誓約の記憶をこの世界から消したいはずです。太陽の神がこの下界に現れた場合、おそらく全員の記憶が操作されるはず。私はきっと、堕ちた悪魔のことを何もかも忘れるでしょうね。誓約に触れてしまうから。」
その瞬間シュマは私の服を掴んだ。
「なにそれ、聞いてない。記憶操作ってなに、どういうこと。リビはあたしのこと忘れちゃうの。」
「太陽の神は今まで何度も記憶操作をして堕ちた存在を隠していたみたいです。誓約絶対主義の太陽の神は、それがたとえ下界の人々を苦しめることになったとしてもお構いなしなんですよ。そんな神だからこそ今回も必ず、記憶を消すはずです。私もそれ以外の人も皆、堕ちた悪魔なんて微塵も思い出せなくなるでしょうね。」
私のわざとらしい煽りでも、シュマは動揺を見せた。
「嫌、嫌だ、そんなの。なんのために何十年もかけたと思ってるの。あたしは、覚えててほしいだけなのに、それだけなのに、どうして邪魔するの?」
私の服を掴む震える手を私は上から握る。
「私は多くを知りすぎた、誰よりも記憶を消されるはずです。きっと何もかも忘れて、恨みも悲しみも忘れて、死ぬまで思い出すこともないでしょう。」
「リビがあたしを忘れたら意味がないの!!」
「私も、記憶を消されるのは困ります。太陽の神と上手く交渉すれば、記憶を少しでも残してもらえるかもしれません。でも、私、あまり交渉は得意ではなくて。なので、アシャレラと話し合う時間が欲しいんです。」
シュマは瞳を揺らす。迷っている目だ。
「ほんの少し二人きりにして欲しいだけです、10分程度で構いません。どうせ逃げることも、何かできるわけでもないって分かるでしょ?各国の国民が人質にされてる今、私にできることなんてないんですから。」
シュマは目を泳がせた後、決意したように私の目を見た。
「本当にその間に太陽の神を説得するための交渉内容なんて考えられるの?それとも、あたしを唆すための嘘なの?」
「私の記憶は私だけのものです。太陽の神に好き勝手されたくありません。それに、シュマ。あなたのやってきた非道な行いを忘れるつもりは決してない。」
シュマはその返答に満足したのか、前方を飛ぶアヴィシャたちに声をかけた。
「ねぇ、アヴィシャ。リビの包帯かなり血が滲んでるの。巻き直してあげたいから少し待っててくれない?」
シュマの声掛けにエナが嫌な顔をする。
「神々の頂に到着してからすればいいだろ。」
「まだまだかかるじゃん。血で汚れて不衛生でしょ、リビは人間なんだから簡単に死ぬよ。神と交渉する前に死ぬかもしれないじゃん。困るよね、アヴィシャ。」
アヴィシャは一瞬迷いを見せたが、すぐに頷いた。
「分かった、それなら私たちも一緒に地上に降りるから。」
「何言ってるの、リビの包帯は胸にもお腹にも、際どいとこにも巻いてあるんだけど。男子はここで待ってて、覗いたら許さない。」
シュマにそう言われた3人は、その場に止まることにしたようだ。
「アヴィシャって、男なんですか?」
私はつい気になって聞いてしまった。
今はそれどころではないというのに。
「知らなーい。でもでも、ついてこなかったってことは男子の自覚があるんじゃない?それとも、前世の記憶が全部あるから戸惑ったとか?」
ペガサスが地上に降り立つとそこは木々が生い茂る森の中だった。
「二人きりになりたいんでしょ、あたしここにいるから。10分以内だからね、それ以上は待てない。」
思いのほか、先ほどの方便を信じてくれたらしくアシャレラと少し離れた茂みに入る。
小声ならギリギリ聞こえないはずだ。
このわずかな時間で、何か突破口を見つけ出さなければ。
水晶の信号が途絶えるその前に。
アシャレラは実体がないとはいえ、ペガサスが可哀想に思える。
私の前にシュマが横座りをしていて、私の後ろにアシャレラがいる。
そして、前方のペガサスにはアヴィシャとルージ、エナが乗っている。
かなりの高さを飛んでいるこの空で逃げ場はない。
アシャレラは点滅する水晶を見続けていた。
各国の騎士が暴走する国民を抑えているはずだ。
それぞれの国でどの程度の被害が拡大しているのか分からない。
太陽の神を呼び出して、魂を取り返し、解除方法を教えるまでに果たして持ちこたえることができるのだろうか。
そもそも、解除方法など存在するのだろうか。
いや、人質として利用しなければならないのは確かだ。
だから、魂を取り返す前に暴走した国民がすべて力尽きてしまった場合、人質として使うことは出来ない。
さらにアヴィシャの話を全て信じるなら、暴走の発動さえ太陽の神次第だ。
そんな不確定要素が強いから、アヴィシャも人質が全滅する前に太陽の神に会いたいはずだ。
のんびりと話しているように思えたが、内心は焦っているのかもしれない。
前方を進むアヴィシャはこちらを振り向きもしない。
だから少しでも彼らについて聞き出せるかもしれないと思った。
「シュマは、どうしてアヴィシャに従ってるんですか。」
私が声を出せばシュマは顔をこちらに向けた。
「そんなの当然あたしのためだよ、リビは変なこと聞くんだね。」
「あなた達はアヴィシャの目的を達成するために協力してるでしょ。それがシュマのためにもなるってことですか?」
「アヴィシャの目的に興味はないの。それはアヴィシャの欲であってあたしの欲じゃないもん。あたしが自分を満たすには、あいつらと居るのが効率的だっただけ。」
シュマは足をゆらゆらとさせる。
「あたしの魔法知ってる?」
「何を今更。あなたのせいでどれだけの人が被害を被っていると思ってるんですか。負の魔力を入れられた魔獣たちがどれだけ苦しんでいるか、苦しかったか、考えもしないんでしょ。」
「そう、あたしの魔法ってちゃんと魔法だったの!」
両手を合わせて嬉しそうに笑うシュマに恐怖を覚える。
「あたしの魔法、っていうより堕ちた悪魔の魔法は上界にいる頃から変わらないんだ。つまり、あたしの魔法は自分の中にあるなけなしの糧を他者に分け与えることしか出来ないの。皆が飢えてて、当然あたしも飢えてるのに。それなのに、苦しんでるあたしは誰かに糧を与える魔法なんだよ。気持ち悪いよね。」
スッと無表情になるシュマは金色の髪を耳にかける。
「アヴィシャが言うには、上界にいる悪魔は罰を受けてるんだって。生前に誰かを殺してるらしいよ、あたしも誰かをちゃんと殺してるってこと。だから、神様は悪魔に罰を与えてこんな気持ち悪い魔法を与えるんだろうね。でもでも、そんなあたしの魔法も下界ではちゃんと使える魔法だったの!」
シュマは生前の記憶がない。
そんなシュマは純粋な悪魔として、他者に分け与えるということが理解できないでいた。
「自分の糧をすり減らして苦しみながら他者を癒すなんて、なんて残酷な魔法なんだろうって思ってた。でもそれは上界にいたせいなの。環境が違えばいくらでも可能性は広げられる。魔獣が苦しみ出すのを見て、とても、とても、嬉しかったの。」
噛みしめるようなその言葉に、私は鳥肌が立つ。
「ねぇリビ。例えばね、あたしが上界で糧を分け与えたらそれを貰い受けた悪魔は表面的では感謝するかも。でもでも、それが通常化すれば表面的な感謝すら忘れて搾取されるだけの悪魔になってたんじゃないかな。それで飢えに飢えてあたしは自殺したかも。でもあたしから糧を貰った悪魔はきっと絶対にあたしのこと忘れちゃうね。感謝ってよほどのことがないと消えちゃうの。」
シュマはそう言って私の手を掴む。
「でもでも、恨みは一生だよ!負の魔力を入れられた魔獣の家族や、その魔獣に襲われた人たちはその出来事を忘れることができない。白銀の国王が死んでるなら、リビはあたしのこと一生許さないでいてくれるよね?あたしのこと忘れられないでしょ、そうでしょ?」
ヒサメの生死は定かになっていない。
だから私は何も言えず、痛いくらいに握られたその手を放そうと力を入れる。
「シュマの欲は、自分の存在を周りに刻み込みたいということですか。」
「好きな人に忘れられたくないだけだよ。だからあたしはリビに魔法かけてないでしょ。」
そう言って笑うシュマはいつもよりも幼く見えた。
彼女が生前どのように生きていたのか知る由もない。
彼女が何のために誰を殺し悪魔になったのか。
そのことを知ることはできないが、悪魔の欲は彼女の人生を表しているのかもしれなかった。
好きな人に忘れられたくない。
それだけ聞くと彼女も普通の人に思えた。
ふいにアシャレラの手が私の肩を掴む。
「リビちゃん、分かってると思うけど飲まれないで。奴らがどれだけ殺してるのか分かってるでしょ。」
「分かってます。」
私は彼らを本気で殺したいと思わなければならない。
私の迷いが、私以外の大事な人を死なせることになるから。
闇の神に言われた言葉を何度も繰り返す。
そうしなければ、私は揺らいでしまう。
悪魔は誰かを殺してる。
ドウシュは妹を殺した奴らに復讐するため。
アシャレラは戦争で勝つため。
じゃあ、シュマたちは?
勿論、彼らに何か事情があったとしても記憶はない。
さらには、この世界で犯した殺しの理由なんかにはならないのだ。
どんなに不遇で、やむを得ない環境に置かれた人間だったとしても。
「エナやルージもあなたと同様に自分のためということですか。」
「知らなーい。でもそうなんじゃない?悪魔は自分のためにしか動けないんでしょ。そこにいるアシャレラだって自分のために契約という手段を持ちかけたってことなんじゃないの?あたしは契約のことはよく分かんないけど、自分の全てを相手に委ねても欲しいものがあるなんて、なんて深い欲なんだろうね。」
シュマはそう言いながら、アシャレラに手を伸ばす。
すると、シュマの手はアシャレラをすり抜ける。
「あれ?触れないんだっけ。でもでも、リビに触れてるよね。それに、水晶も触ってたよね?」
どこかに連絡したのがバレている。
だがその相手がヒサメだということは分からないはずだ。
「契約主のリビちゃんには当然触れられる。一心同体のこの契約で体が馴染んだのか、リビちゃんの物には触れられるらしい。」
アシャレラの口ぶりからしてその事実を知らなかったようだ。
シュマはアシャレラの胸に手を貫通させ、ゆっくりと引き抜く。
「へぇ、契約主と体が馴染むんだ、いいなぁ。あたしもリビと契約したかったかも。だって、死ぬまで離れられないし、リビに触り放題なんでしょ。」
「語弊がある。それに、リビちゃんがシュマを選ぶことはない。絶対に。」
シュマが私を好きだと言うのは魔獣を無慈悲に殺すさまを見たからだ。
シュマがそもそも堕ちてないのであれば、私はここまで冷酷になれたか分からない。
負の魔力を集めるための殺しも、魔獣の暴走による被害もシュマがいなければ成し得ないし必要がない。
結局は、対峙することしか出来ない存在ということになる。
「そっか。じゃあリビに会うためには堕ちるしか道は無かったんだ。これで良かったんだね。」
彼女の目的は、私がいることで成立する。
彼女を憎めば憎むほど、シュマにとって欲を満たすことになる。
だから、穴はそこにしかないと思った。
「アヴィシャは太陽の神を呼び出して欲しいんですよね。」
「そうみたいだね。特別な魂ってやつに執着してるんでしょ、ちょっと怖いくらいに。前世の記憶の維持ってそんなに大事なのかな?何度も死ぬ記憶があるのって気が狂いそうだよね。」
そう言って笑うシュマに私は耳打ちする。
「太陽の神はおそらく、記憶を消去、または改竄することができます。誓約に関することが知れ渡った今、神は一刻も早く誓約の記憶をこの世界から消したいはずです。太陽の神がこの下界に現れた場合、おそらく全員の記憶が操作されるはず。私はきっと、堕ちた悪魔のことを何もかも忘れるでしょうね。誓約に触れてしまうから。」
その瞬間シュマは私の服を掴んだ。
「なにそれ、聞いてない。記憶操作ってなに、どういうこと。リビはあたしのこと忘れちゃうの。」
「太陽の神は今まで何度も記憶操作をして堕ちた存在を隠していたみたいです。誓約絶対主義の太陽の神は、それがたとえ下界の人々を苦しめることになったとしてもお構いなしなんですよ。そんな神だからこそ今回も必ず、記憶を消すはずです。私もそれ以外の人も皆、堕ちた悪魔なんて微塵も思い出せなくなるでしょうね。」
私のわざとらしい煽りでも、シュマは動揺を見せた。
「嫌、嫌だ、そんなの。なんのために何十年もかけたと思ってるの。あたしは、覚えててほしいだけなのに、それだけなのに、どうして邪魔するの?」
私の服を掴む震える手を私は上から握る。
「私は多くを知りすぎた、誰よりも記憶を消されるはずです。きっと何もかも忘れて、恨みも悲しみも忘れて、死ぬまで思い出すこともないでしょう。」
「リビがあたしを忘れたら意味がないの!!」
「私も、記憶を消されるのは困ります。太陽の神と上手く交渉すれば、記憶を少しでも残してもらえるかもしれません。でも、私、あまり交渉は得意ではなくて。なので、アシャレラと話し合う時間が欲しいんです。」
シュマは瞳を揺らす。迷っている目だ。
「ほんの少し二人きりにして欲しいだけです、10分程度で構いません。どうせ逃げることも、何かできるわけでもないって分かるでしょ?各国の国民が人質にされてる今、私にできることなんてないんですから。」
シュマは目を泳がせた後、決意したように私の目を見た。
「本当にその間に太陽の神を説得するための交渉内容なんて考えられるの?それとも、あたしを唆すための嘘なの?」
「私の記憶は私だけのものです。太陽の神に好き勝手されたくありません。それに、シュマ。あなたのやってきた非道な行いを忘れるつもりは決してない。」
シュマはその返答に満足したのか、前方を飛ぶアヴィシャたちに声をかけた。
「ねぇ、アヴィシャ。リビの包帯かなり血が滲んでるの。巻き直してあげたいから少し待っててくれない?」
シュマの声掛けにエナが嫌な顔をする。
「神々の頂に到着してからすればいいだろ。」
「まだまだかかるじゃん。血で汚れて不衛生でしょ、リビは人間なんだから簡単に死ぬよ。神と交渉する前に死ぬかもしれないじゃん。困るよね、アヴィシャ。」
アヴィシャは一瞬迷いを見せたが、すぐに頷いた。
「分かった、それなら私たちも一緒に地上に降りるから。」
「何言ってるの、リビの包帯は胸にもお腹にも、際どいとこにも巻いてあるんだけど。男子はここで待ってて、覗いたら許さない。」
シュマにそう言われた3人は、その場に止まることにしたようだ。
「アヴィシャって、男なんですか?」
私はつい気になって聞いてしまった。
今はそれどころではないというのに。
「知らなーい。でもでも、ついてこなかったってことは男子の自覚があるんじゃない?それとも、前世の記憶が全部あるから戸惑ったとか?」
ペガサスが地上に降り立つとそこは木々が生い茂る森の中だった。
「二人きりになりたいんでしょ、あたしここにいるから。10分以内だからね、それ以上は待てない。」
思いのほか、先ほどの方便を信じてくれたらしくアシャレラと少し離れた茂みに入る。
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