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逃亡編 一章:帝国領脱出

文字の勉強

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 エリクが老人と食事を交えた次の日。

 復活して起きたアリアは、エリクが持ち帰った弁当食を頬張りつつ食べた。
 弁当の中身はサンドイッチであり、燻製肉と野菜にピクルスが挟まれたものは、アリアを満足させるに足る朝食となった。

 そして部屋の中で用意した幾つかの羊皮紙と、備え付けられた黒インクと羽ペンを持ちながら、エリクに文字を教えていた。
 この北港町に来る前に告げた通り、アリアがエリクに文字を覚えさせる為だ。

「はい、まずは文字の一つ一つから覚えましょ。しばらくは帝国領内と、帝国の共通用語を使う植民地や他国に滞在するんだから、帝国語を覚えもらおうわよ」

「あ、ああ」

「まず、自分の名前を書けるようにするわよ」

「エリク、か」

「本名の『エリク』もそうだけど、偽名の『エリオ』もね。私と貴方は親子って設定でしばらく進むから、何か書面で名前を書く時には、『エリオ』って書くの」

「本名と、偽名の、二つか」

「まず、私が御手本として書くから。貴方は渡した羊皮紙に、真似て書いて。……はい、右が『エリク』。左が『エリオ』。書いてみて」

 そうしてエリクの本名と偽名を書くアリアは、すらすらと名前を書いた後に羊皮紙をエリクに渡した。
 エリクは椅子に座って机に向き合い、その文字を真似ながら書いてみた。
 少し時間を掛けつつも、エリクは書き終えてアリアに文字を見せた。

「これでいいか?」

「……うん。まあ、初めて文字を書いたにしては、上出来かな?」

「そうか」

「これを何度も、紙に書けるだけ練習ね。宿に泊まった時は、その文字を見て練習するの。まずは自分の名前だけでも書けるようにね」

「ああ、分かった」

「……ちなみに、数字の計算とかできる?」

「計算?」

「ああダメね、分かったわ。それも覚えていきましょう。難しい計算は私がやるけど、せめて物を買う時の釣銭の計算くらいはしてもらわないと」

「それは、君の護衛に必要なのか?」

「私は私で、各国で顔が広いのよ。自分の国や他国のパーティとか、色々と出席させられたから。馬鹿皇子と並ばされて婚約者だと披露しちゃってるし。髪と瞳の色を誤魔化してるだけじゃ、私の事を知ってる人にバレるかもしれない。そういう危険がある国では、エリクに買い物を頼む時もあるでしょうからね」

「そうか。分かった」

「それじゃあ、何度か自分の名前を書いて。お手本を見ずに、私の文字みたいに綺麗に書けるまで完全に覚えたと思ったら、私に教えてね」

「ああ」

 そうしてエリクは大柄な机に向かい、顔を机に突っ伏させながら羊皮紙と向き合い、自分の名前を書き続けた。
 その間にアリアは荷物を確認し、旅に必要な物で何が少ないかを確認している。
 こうして二十分の時間が経つと、エリクは顔を上げてアリアに体を向けた。

「覚えた」

「え? ああ、もう覚えた?」

「ああ。君の文字に似せて書けるようになった」

「そうなの、ちょっと見せて。……本当だ、字が綺麗になってる。私の書いた名前の文字と、遜色ないわね」

「右が『エリク』で、左が『エリオ』だったな。これで、名前は大丈夫か?」

「……うん。まあ、大丈夫かな。これで名前を書く場合があったら、『エリオ』の名前で書いてね。『エリク』は、帝国領と植民国から抜け出したらね」

「分かった。しばらくは『エリオ』と名乗り、名前も『エリオ』と書く」

 意外と早く文字を綺麗に書けたエリクに、アリアは微妙な違和感を覚えつつも、名前を書くという最低限の課題をクリアしたことで、今日の目的を述べた。

「それじゃあ今日は、御昼を食べたら町へ旅に必要な物を買い出しに行くわ。それから夕方にマウル医師の所に行って報酬を貰う。良い?」

「ああ、分かった」

「それに昨日は忘れてたけど、買い出し中かマウル医師に定期船のことを聞かなきゃね。出来れば早く乗り込んで、南まで行きたいんだけど……」

「定期船……。そういえば昨日、定期船のことを聞いた。二日後に南までの船が出るらしい」

「えっ、いつ聞いたの?」

「昨日、君のメシを持ち帰った時に、食堂で聞いた」

「昨日ね。聞いた時に二日後なら、あと一日は余裕があるわけね。出航する時間は?」

「いや、聞いていない」

「そっか。どっちにしても一度は港に行かなきゃ。乗せてもらえるように頼まなきゃね」

 思わぬ形でエリクから定期船の話を聞き、アリアは驚きながらも冷静に必要な行動を決め、まだ時間的に余裕があるので更にエリクに文字を覚えさせた。
 アリアとその偽名であるアリスの名を、同じようにエリクは覚えた事で少し感心しつつ、丁度良い時刻にもなって来たことで、宿の食堂で昼食を済ませた。

 その際、昨日の老人男性がいないかを、エリクは目で追いつつ周囲を探したが、まだ昼頃より少し早い時刻の為か、老人男性はいなかった。

「どうしたの?」

「……いや。なんでもない」

 食堂の食事を食べつつ、周囲を見ているエリクの様子を、アリアは不思議に思い聞いたが、その時のエリクは何も言わずに食事を勧めた。
 エリク自身が老人男性に抱いた自身の危惧感を、言葉で言い表し伝える事が難しかった為に、話す事を諦めたのだろう。

 そして食事を終えたアリアとエリクは、宿の食堂を出て宿の鍵を宿の受付に預け、必要な用事を済ませる為に出かけたのだった。
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