虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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逃亡編 一章:帝国領脱出

望まぬ待ち人

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 朝を迎えたアリアとエリクは、宿屋の食堂で朝食を済ませて昨夜の内に準備していた荷物を抱えた。
 宿屋の受付と話して、今までの宿泊料金を払い終わり、二人は港の方角へ向かった。

「あれ。なんか町の入り口の方が騒がしくない?」

「そうだな」

「まさか、もう追っ手が来たのかしら……」

 そんな不安を抱えたアリアだったが、通りすがりに行き往く町の人々の声で、その不安を払拭できた。
 代わりに、違う疑問が浮かぶ会話だった。

「おい、聞いたかよ。この町にいた盗賊組織が捕まったってよ」

「マジかよ。どういうことだ?」

「兵士の詰め所の前で、盗賊共が山積みにされてたんだと。牛耳ってたボスが特にボコボコだったらしいぜ。顔の骨が砕けて、ひでぇモンだってさ」

「へぇ、誰かが捕まえたってことか。凄いな、誰がやったんだ?」

「それがさ、夜中に大男が一人で盗賊連中全員を引き摺って連れてったのを見たって噂で――……」

 そんな会話を町の住民達が呟き、それがアリアの耳にも入ると、追っ手ではなかったという安心感と共に、隣に居るエリクに話し掛けた。

「ねぇ、エリク」

「なんだ?」

「何かした?」

「何のことだ?」

「……まあ、違うならいいわ。港に行きましょ」

「ああ」

 疑いを一瞬持ちながらも、アリアはそのまま気にせず進み、エリクは少し口元を微笑ませながらアリアの後ろを歩いて港へ向かった

 港へ着いたアリアとエリクは、定期船が停泊する場所へ向かった。
 そして目印となる白と青の混じる旗の船が見え、船へ乗る為の船橋に二人が視線を向けた時。

 その場所に佇む一人の老人男性をエリクは凝視し、アリアは気にせずに進もうとした。
 しかし二人の進路を阻むように、白と黒色が混じるの髪の老人男性は動いた為に、アリアとエリクは立ち止まった。
 立ち止まった理由は、その老人の左腰に一本の長剣が携えられていたからだ。
 そしてアリアが何かを言う前に、エリクが歩み出てアリアを庇うように身体を前に出した。

「待っておりましたぞ。傭兵の戦士エリク……と、似た人よ」

「この前は、世話になった」

「……ちょっと、まさか知り合いなの?」

 老人男性からエリクに声を掛け、それにエリクは返すように礼を述べる。
 そうして向かい合う二人の様子に、アリアは小声でエリクに聞いた。

「二日前に食堂で会った。定期船の出航日も、この老人に聞いた」

「そ、そうなの。じゃあ、昔からの知り合いじゃ……ないのよね?」

「ああ。二日前に会ったばかりだ」

「そう……」

 老人男性との事情を説明したエリクに、アリアは安堵の声を漏らした。
 そんな二人の小声の会話を他所に、老人男性が歩み寄りながら近付く。
 それに反応したエリクは身構えるように腰を落とすと、老人男性は笑いながら話し掛けた。

「そう身構えなさるな。お前さんに、少しだけ聞きたい事があるだけじゃ。お前さんが定期船に乗りたがっているのは、二日前に聞いていたからの。待たせてもらった」

「……なんだ?」

「実は儂はな。旅をしつつ困っておる者の話を聞いて、解決する仕事を生業にしておる」

「……お前も、傭兵か?」

「似たようなものじゃな。それでな、この港町で町長から依頼を幾つか受けておったのじゃ」

「依頼?」

「この町には、どうやら輸入品や輸出品を攫い、旅行客を襲い金品を奪う輩が組織単位で動いておってな。南と北の港町にそれぞれ組織として構えていた。儂はその盗人達を捕らえるか、無理であれば殺す事も良しと言われておった」

「……」

「そうしたわけで、儂は旅行者のフリをして、盗人達にわざと狙われようと思ったんじゃが。どうやら狙いの組織は、羽振りの良い別の旅行者を付け狙っていたらしい」

「……」

「そう。お前さんとその傍に居る娘が、盗人の組織に狙われていた。急ぎとはいえ、一日であれだけ買い物をして多額の金銭を持ち歩く姿を見せ、更に腰に下げる杖と魔石の価値を喋っておれば、そうもなろう。旅をする者から見れば、不用意で感心できぬな」

 エリクと会話をしつつも、後ろのアリアに視線を向けた老人男性は、微笑みながら忠告の言葉を投げた。
 アリアは老人男性の言う不用意な旅行者とは、自分だという自覚させられた。
 買い物中にエリクは金貨の入る袋を外で見せ、更には上級魔獣の魔石を着けた杖の話を人前でした。

 金貨数万以上の価値ある物を持つ美少女と、白髪混じりの老人男性の旅行者。
 狙うなら前者を狙った方が遥かに美味しいのは、盗賊組織から見れば明らかだったのだろう。
 今更になって悔やむアリアだったが、そんな中でも老人男性の話は続いた。

「それでな。お前さん達が今日の定期船に乗り、今日にでも出発するという情報を掴んだ盗賊組織が、昨晩に宿を襲い、そこの娘と荷物を攫う計画を立てておったようじゃな」

「だからアイツ等は、俺達の宿の前に集まっていたのか」

「……やっぱり、さっきの話に出てた盗賊達は、貴方が……?」

 老人男性の話に反応し、エリクが納得した言葉を漏らすと、それに驚くアリアは呟いて聞いた。
 それにエリクは答えるように、事情を話した。

「すまない。昨日から何者かが見ている視線は感じていた。追っ手かと思い、先に仕掛けてみた。他に仲間が居ないか聞き出したが、ただの盗人集団だった。殺すと騒ぎになりそうだったから、捕まえて兵士の詰め所に捨ててきた」

「……そういう事は、ちゃんと私にも教えてよ」

「追っ手とは関係が無かったから、言う必要が無いと思った」

「関係なくても、今度からそういう事は私にも教えて。いい?」

「ああ、分かった」

 エリクが黙ってこの港町の盗賊組織を、たった一晩で壊滅させた事を知ったアリアは、頭を抱えつつ命じるように頼んだ。
 エリクはそれに素直に頷いたが、再び老人男性が話を開始したので、二人の視線は老人男性の姿に向いた。

「と、いうわけじゃ。お前さんが盗賊組織を壊滅してくれたおかげで、儂の仕事は無くなったわけじゃよ」

「……つまり、俺はお前の仕事を邪魔してしまったわけか。その仕返しに来たのか?」

「落ち着きなされ、それに邪魔とは言わぬよ。逆に助かったくらいじゃて。帝国を憂う者としては、お前さんがやった事は、礼こそすれば咎めようとは思わぬ」

「そうか」

「儂がここに居るのは、お前さんにその礼を述べておこうと思ったんじゃよ。ありがとう、罪人共を捕らえてくれたことに、この町の者達を代表して感謝させてもらおう」

 そうして老人男性は紳士らしく、右手を胸に運びつつ頭と腰を下げて、丁寧に礼を述べた。
 その礼の仕方にアリアは既視感を覚え、訝しげな表情を浮かべた。
 アリアはこの時に初めて、目の前の老人男性の姿を見ながら、薄く記憶に残る人物を、思い出そうとしていた。
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