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逃亡編 一章:帝国領脱出
老騎士の企画 (閑話その二)
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訪れた老騎士ログウェルの姿を見た瞬間、立ち上がって歩み寄ったのは、アリアの父親であるローゼン公爵だった。
「ログウェル! 久し振りだな」
「お久しゅうございますな、クラウス様。いや、ローゼン公爵閣下と申した方が宜しいかな」
「私とお前の間だ、クラウスで構わないさ。旅から戻って来たのか?」
「ええ。東へ行っておりましてな。近々、帝都へと戻ろうとは考えておりました。アルトリア様とユグナリス様の婚儀が執り行われる時期かと思いましてな」
「……それ、なんだが……」
ログウェルが訪ねた理由を知り、言い淀むローゼン公爵の表情を見つつ、円卓の椅子に鎮座する皇帝ゴルディオスにログウェルは礼をした。
「ゴルディオス皇帝陛下も、お久しゅうございます」
「うむ。此度の旅はどうだった?」
「愉快なモノでございましたよ。それにここに来る道中、何やら興味深い話を聞きましてな。土産話と共に、その事を直接クラウス様に伺いに参りました」
皇帝ゴルディオスに挨拶した後、ローゼン公爵に導かれてログウェルは円卓の椅子の一つに座り、皇帝ゴルディオスが尋ねてきた理由を聞いた。
「それでログウェル、クラウスに話とは?」
「クラウス様を経由し、各領地で年頃の令嬢を探しているとのこと。クラウス様が直々に捜索を指揮する程の娘ともなれば、御息女のアルトリア様の事では?」
「……ああ、その通りだ。一ヶ月程前に、アルトリアが帝都の魔法学園の自室からいなくなった。各領地に赴く手紙を出していたので、赴く可能性がある各所へ保護を頼み、各地にそれらしい娘を探すように伝達していた。無傷で保護する事を条件に賞金も出しているが、一向に何処からもそれらしい情報が届かない。どうしたものかと、兄上と悩んでいたところだ……」
「なるほど」
「ログウェル、何かそれらしい情報を持っていないか? 些細な事でも構わない」
「儂ですが。実は土産話の一つなのですが、ここに来る途中に、アルトリア様と思しき娘を見ましたわい」
「!?」
話を聞いたログウェルが納得し、頷きながら顔を上げた後に出した言葉に、ローゼン公爵と皇帝ゴルディオスが驚きの顔を浮かべた。
ログウェルに詰め寄ったローゼン公爵が、縋るように聞いた。
「ログウェル、アルトリアを見たのか!?」
「乳飲み子の頃に比べれば、大きゅうなられておりましたな。クラウス様の若く鋭気ある瞳が似ておりましたのでな」
「ログウェル、何処でアルトリア嬢を見たのだ?」
「アリスという偽名を名乗り、三日前に北港町の定期船に乗り、南へ向かう様子でしたのぉ」
「北港町の定期船で、南に!?」
「それともう一つ。……アルトリアお嬢様と共に、エリクと言う名の傭兵が雇われ、供をしておりました」
「!?」
ログウェルが話すアリアの情報を聞き、ローゼン公爵は嬉々とした表情を浮かべた瞬間、もう一つの情報に驚かされた。
それを確認する為に、ローゼン公爵が詳細を聞いた。
「エリクとは、あの王国で傭兵隊長を務めているエリクか。それとも同名の者か?」
「一概には断言できませぬが、身形と風貌、何より強さを鑑みれば、噂の王国傭兵隊長のエリクで、間違いはないかと思いますわい」
「何故、王国の傭兵エリクがアルトリアと一緒に……。……そういえば先月に、王国から傭兵だった犯罪者の逮捕に協力する通達が届いていたな……」
そう聞いたローゼン公爵は、扉に控える近衛兵に命じて、自室の資料を届けさせた。
その資料を円卓上に並べたローゼン公爵が、驚きを意識と声で表した。
「……王国側から届いている犯罪者資料の中に、あのエリクの名がある……」
「誠か、クラウス」
「ああ。数ヶ月前に王国で村人を虐殺した罪により処刑しようとしたが、傭兵仲間と共に脱走したそうだ。アリアの捜索に気を取られて、こちらを見落としていたな。……あの傭兵エリクが帝国内に身を潜めていたのか」
「しかし、その者が何故、アルトリア嬢と共に?」
「ログウェル。どういう事か、詳しく教えてくれ」
資料を見つめるローゼン公爵と皇帝ゴルディオスが、互いにアリアとエリクに関する詳しい話をログウェルに求めた。
ログウェルは自身が知り得た情報を教えつつ、遭遇した時の前後の状況を教えた。
「――……というわけで。賊を捕らえようと考えた時に、アルトリア様と思しき娘と傭兵エリクが、北港町で賊共に狙われ、そして返り討ちにしましてな。あの二名を探ろうと思い待ち構えておりましたら、定期船に乗られ、逃がしてしまいましたわい」
「……そうか。ログウェル、感謝する。急いで南港町と周辺領地の当主に魔道具で伝達し、アリスと名乗る少女と大男を連れた二人組を捕らえるように伝達しろ!!」
「ハッ!!」
「念を押すが、アルトリアと思しき少女は無傷で保護することを徹底させろ。もしそれを破れば、アルトリアを害したと疑いのある者共を拷問し、一族郎党を極刑に処すと、そう脅してでも徹底させるんだ!」
「ハ、ハッ!!」
「エリクと思しき大男の方は、戦力として中隊・大隊規模を用意して応戦しろ。可能であれば捕らえ、不可能であれば殺して構わん。……ログウェル、アルトリアが雇った傭兵が、あのエリクだと認識していない可能性は?」
「無いでしょうな。エリクという名を知っておる事を考えれば、身分を知りつつ雇ったのは、間違いないでしょう」
「そうか。アルトリア、どうやってあのエリクを……。――……兄上、私も直々に南へ向かう。後の事は息子に任せる故、何かあれば息子のセルジアスに伝えてくれ」
扉に控える近衛兵にローゼン公爵は命じ、南港町に向けて兵士を集結させる。
そうした命令が出される中で、ローゼン公爵が会議室から近衛兵と共に出た。
残された皇帝ゴルディオスとログウェルは、事情となる話を続けていた。
「――……そうですか。ユグナリス皇子がそのような……」
「申し開きは、何もできない。クラウスにも告げられた。あの息子に皇位を譲るべきではないと」
「ゴルディオス様は、どのようにお考えで?」
「……余も、今の息子に皇帝の地位を譲り渡すのは憚られる。だが、新たな後継者を産み育てるには、我等も老い過ぎた。そうなれば新たな皇帝後継者は、クラウスの息子であるセルジアスか、その妹アルトリアが候補となる……」
「ゴルディオス様は、その二人が皇位継承の争いに巻き込まれることを、御心配しているのですな」
「……余とクラウスがそうであったように。二人の後継者が立てば、その背後に立とうと各貴族派閥が際立つ。下手をすれば、幽閉する事となる皇子を巻き込み、各貴族が皇子を旗印に結束し、ローゼン家と対立する可能性もある。それを考えれば……」
「ゴルディオス様は、クラウス様の二人の子供が後継者となる場合。他の貴族派閥が現皇帝の実子である皇子ユグナリス様を擁し、ローゼン公爵家と皇位継承を賭けて争う、大規模な内乱を危惧しているのですな。そして、その内乱によって旗印となる皇子が、死ぬ事を懸念なされておられる」
「……その通りだ。クラウスも、それを考えてはいるはずだ。いや、クラウスであればむしろ皇子を利用し、穏分子を集結させる為に使うのも良しとさえ考えるかもしれぬ。ユグナリスの所業を、クラウスは嫌っておるからな。……ログウェル、余はどうすれば良いだろうか。意見を聞かせてくれ」
そう尋ねる皇帝ゴルディオスの弱々しい声に、ログウェルは少し悩むように目を伏せた後、唐突な提案を持ち掛けた。
「ゴルディオス様。儂に時間を頂けませんかな?」
「時間、とは?」
「そうですな。早ければ二年、遅ければ五年程の時間になりますが」
「何か、策があるのか?」
「なに、策と呼べるモノではありますまい。――……儂がユグナリス皇子を、皇帝に相応しい者として、心身共に鍛え直して差し上げましょう」
そう鬼気とした笑みを浮かべるログウェルに、皇帝ゴルディオスは戦慄しながら後ずさった。
その日から、皇子ユグナリスが謹慎していた自室から居なくなり、老騎士ログウェルと共に帝国領の西側である魔物と魔獣の領域に引き摺られて旅立ったという報告を、皇帝ゴルディオスと皇后クレアは受けた。
「陛下……」
「ログウェルに任せよう。……あのメヴィアを育て上げたログウェルだ。ユーリの性根を、叩き直してくれるかもしれぬ」
その報告を聞いた皇帝と皇后は、息子であるユーリの心配をしつつ、鬼気とした顔を浮かべるログウェルを思い出し、自身の息子が成長する事を期待した。
こうして、もう一組の旅人達が生まれた。
「ログウェル! 久し振りだな」
「お久しゅうございますな、クラウス様。いや、ローゼン公爵閣下と申した方が宜しいかな」
「私とお前の間だ、クラウスで構わないさ。旅から戻って来たのか?」
「ええ。東へ行っておりましてな。近々、帝都へと戻ろうとは考えておりました。アルトリア様とユグナリス様の婚儀が執り行われる時期かと思いましてな」
「……それ、なんだが……」
ログウェルが訪ねた理由を知り、言い淀むローゼン公爵の表情を見つつ、円卓の椅子に鎮座する皇帝ゴルディオスにログウェルは礼をした。
「ゴルディオス皇帝陛下も、お久しゅうございます」
「うむ。此度の旅はどうだった?」
「愉快なモノでございましたよ。それにここに来る道中、何やら興味深い話を聞きましてな。土産話と共に、その事を直接クラウス様に伺いに参りました」
皇帝ゴルディオスに挨拶した後、ローゼン公爵に導かれてログウェルは円卓の椅子の一つに座り、皇帝ゴルディオスが尋ねてきた理由を聞いた。
「それでログウェル、クラウスに話とは?」
「クラウス様を経由し、各領地で年頃の令嬢を探しているとのこと。クラウス様が直々に捜索を指揮する程の娘ともなれば、御息女のアルトリア様の事では?」
「……ああ、その通りだ。一ヶ月程前に、アルトリアが帝都の魔法学園の自室からいなくなった。各領地に赴く手紙を出していたので、赴く可能性がある各所へ保護を頼み、各地にそれらしい娘を探すように伝達していた。無傷で保護する事を条件に賞金も出しているが、一向に何処からもそれらしい情報が届かない。どうしたものかと、兄上と悩んでいたところだ……」
「なるほど」
「ログウェル、何かそれらしい情報を持っていないか? 些細な事でも構わない」
「儂ですが。実は土産話の一つなのですが、ここに来る途中に、アルトリア様と思しき娘を見ましたわい」
「!?」
話を聞いたログウェルが納得し、頷きながら顔を上げた後に出した言葉に、ローゼン公爵と皇帝ゴルディオスが驚きの顔を浮かべた。
ログウェルに詰め寄ったローゼン公爵が、縋るように聞いた。
「ログウェル、アルトリアを見たのか!?」
「乳飲み子の頃に比べれば、大きゅうなられておりましたな。クラウス様の若く鋭気ある瞳が似ておりましたのでな」
「ログウェル、何処でアルトリア嬢を見たのだ?」
「アリスという偽名を名乗り、三日前に北港町の定期船に乗り、南へ向かう様子でしたのぉ」
「北港町の定期船で、南に!?」
「それともう一つ。……アルトリアお嬢様と共に、エリクと言う名の傭兵が雇われ、供をしておりました」
「!?」
ログウェルが話すアリアの情報を聞き、ローゼン公爵は嬉々とした表情を浮かべた瞬間、もう一つの情報に驚かされた。
それを確認する為に、ローゼン公爵が詳細を聞いた。
「エリクとは、あの王国で傭兵隊長を務めているエリクか。それとも同名の者か?」
「一概には断言できませぬが、身形と風貌、何より強さを鑑みれば、噂の王国傭兵隊長のエリクで、間違いはないかと思いますわい」
「何故、王国の傭兵エリクがアルトリアと一緒に……。……そういえば先月に、王国から傭兵だった犯罪者の逮捕に協力する通達が届いていたな……」
そう聞いたローゼン公爵は、扉に控える近衛兵に命じて、自室の資料を届けさせた。
その資料を円卓上に並べたローゼン公爵が、驚きを意識と声で表した。
「……王国側から届いている犯罪者資料の中に、あのエリクの名がある……」
「誠か、クラウス」
「ああ。数ヶ月前に王国で村人を虐殺した罪により処刑しようとしたが、傭兵仲間と共に脱走したそうだ。アリアの捜索に気を取られて、こちらを見落としていたな。……あの傭兵エリクが帝国内に身を潜めていたのか」
「しかし、その者が何故、アルトリア嬢と共に?」
「ログウェル。どういう事か、詳しく教えてくれ」
資料を見つめるローゼン公爵と皇帝ゴルディオスが、互いにアリアとエリクに関する詳しい話をログウェルに求めた。
ログウェルは自身が知り得た情報を教えつつ、遭遇した時の前後の状況を教えた。
「――……というわけで。賊を捕らえようと考えた時に、アルトリア様と思しき娘と傭兵エリクが、北港町で賊共に狙われ、そして返り討ちにしましてな。あの二名を探ろうと思い待ち構えておりましたら、定期船に乗られ、逃がしてしまいましたわい」
「……そうか。ログウェル、感謝する。急いで南港町と周辺領地の当主に魔道具で伝達し、アリスと名乗る少女と大男を連れた二人組を捕らえるように伝達しろ!!」
「ハッ!!」
「念を押すが、アルトリアと思しき少女は無傷で保護することを徹底させろ。もしそれを破れば、アルトリアを害したと疑いのある者共を拷問し、一族郎党を極刑に処すと、そう脅してでも徹底させるんだ!」
「ハ、ハッ!!」
「エリクと思しき大男の方は、戦力として中隊・大隊規模を用意して応戦しろ。可能であれば捕らえ、不可能であれば殺して構わん。……ログウェル、アルトリアが雇った傭兵が、あのエリクだと認識していない可能性は?」
「無いでしょうな。エリクという名を知っておる事を考えれば、身分を知りつつ雇ったのは、間違いないでしょう」
「そうか。アルトリア、どうやってあのエリクを……。――……兄上、私も直々に南へ向かう。後の事は息子に任せる故、何かあれば息子のセルジアスに伝えてくれ」
扉に控える近衛兵にローゼン公爵は命じ、南港町に向けて兵士を集結させる。
そうした命令が出される中で、ローゼン公爵が会議室から近衛兵と共に出た。
残された皇帝ゴルディオスとログウェルは、事情となる話を続けていた。
「――……そうですか。ユグナリス皇子がそのような……」
「申し開きは、何もできない。クラウスにも告げられた。あの息子に皇位を譲るべきではないと」
「ゴルディオス様は、どのようにお考えで?」
「……余も、今の息子に皇帝の地位を譲り渡すのは憚られる。だが、新たな後継者を産み育てるには、我等も老い過ぎた。そうなれば新たな皇帝後継者は、クラウスの息子であるセルジアスか、その妹アルトリアが候補となる……」
「ゴルディオス様は、その二人が皇位継承の争いに巻き込まれることを、御心配しているのですな」
「……余とクラウスがそうであったように。二人の後継者が立てば、その背後に立とうと各貴族派閥が際立つ。下手をすれば、幽閉する事となる皇子を巻き込み、各貴族が皇子を旗印に結束し、ローゼン家と対立する可能性もある。それを考えれば……」
「ゴルディオス様は、クラウス様の二人の子供が後継者となる場合。他の貴族派閥が現皇帝の実子である皇子ユグナリス様を擁し、ローゼン公爵家と皇位継承を賭けて争う、大規模な内乱を危惧しているのですな。そして、その内乱によって旗印となる皇子が、死ぬ事を懸念なされておられる」
「……その通りだ。クラウスも、それを考えてはいるはずだ。いや、クラウスであればむしろ皇子を利用し、穏分子を集結させる為に使うのも良しとさえ考えるかもしれぬ。ユグナリスの所業を、クラウスは嫌っておるからな。……ログウェル、余はどうすれば良いだろうか。意見を聞かせてくれ」
そう尋ねる皇帝ゴルディオスの弱々しい声に、ログウェルは少し悩むように目を伏せた後、唐突な提案を持ち掛けた。
「ゴルディオス様。儂に時間を頂けませんかな?」
「時間、とは?」
「そうですな。早ければ二年、遅ければ五年程の時間になりますが」
「何か、策があるのか?」
「なに、策と呼べるモノではありますまい。――……儂がユグナリス皇子を、皇帝に相応しい者として、心身共に鍛え直して差し上げましょう」
そう鬼気とした笑みを浮かべるログウェルに、皇帝ゴルディオスは戦慄しながら後ずさった。
その日から、皇子ユグナリスが謹慎していた自室から居なくなり、老騎士ログウェルと共に帝国領の西側である魔物と魔獣の領域に引き摺られて旅立ったという報告を、皇帝ゴルディオスと皇后クレアは受けた。
「陛下……」
「ログウェルに任せよう。……あのメヴィアを育て上げたログウェルだ。ユーリの性根を、叩き直してくれるかもしれぬ」
その報告を聞いた皇帝と皇后は、息子であるユーリの心配をしつつ、鬼気とした顔を浮かべるログウェルを思い出し、自身の息子が成長する事を期待した。
こうして、もう一組の旅人達が生まれた。
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