虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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逃亡編 ニ章:樹海の部族

樹海の戦闘

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 東港町ポートイーストに向かう為に、エリクとアリアは迂回ルートを選び、広大な森林地帯が大地を覆う樹海へ辿り着いた。
 樹海へと入った二人は周囲を警戒しつつ移動しながら、樹海の根が浮き彫りになる地面を歩いていた。

「この森は、樹木の根が太いな」

「木が伐採されていないせいで、木の根が密集し過ぎてるのよ。そのせいで地面の中を押し退けあって、大きく育った木の根が地面から飛び出ているのね」

「そ、そうか」

「はいはい、分かってないわね。……エリク。言葉っていうのは、要はニュアンスよ、ニュアンス」

「ニュアンス?」

「言葉はね、聴覚から聞き取れる情報体であると同時に、イメージを連想できる音波なの。怒鳴る声を聞けば相手が怒っているというのが分かるし、物悲しい声なら悲しいんだと理解できる。言葉はイメージ記録として脳で覚えつつ、日常生活で扱える言葉としての文化にまで人間は発展させたのよ」

「……よくは、分からんな」

「要はね、貴方がそうやって手足を動かすのと同じように、私達が口に出してる言葉も、考えずに口から発声できる簡単なモノなの。そして私や貴方の耳は、その声を聞き取ることが出来る。難しいけど簡単な機能の一つ。貴方の口や耳は、貴方の手足と同じように働いてくれるわ」

「……口や耳が、手足と一緒、か」

「エリクは知らない事は多いけど、身体能力は人一倍高いんだから、何を言ってるかよく分からなくても、私が何を言ってるかは、頭の中で補完して理解出来てるのよ。それを口から出す言葉という文化として、よく学んでいないだけ。エリク、貴方はまだまだ成長できるわ」

「俺が、成長?」

「人間は生きてる限り、常に変化し続けてるの。エリク、貴方はどんどん成長する。私だって、まだ十六歳なんだから成長するわ。二人で成長しながら、必ず逃げ切りましょう」

 木の根を飛び越えつつ話すアリアに、エリクは横並びに歩きながら聞いた。
 意味の分からない部分は多く有りながらも、それでもアリアが自分に向ける言葉が、決して嫌味なモノではなく、自分を信じているのだとエリクは理解できた。
 そうして樹海を歩く数時間後、夜も更けてきた中でエリクが立ち止まり、それと同調してアリアが立ち止まった。

「――……見られているな」

「魔物?」

「ああ。数は、六匹……いや、七匹だな」

 エリクは背中の大剣を抜き放ち、両手に構えながら暗闇に覆われる森の中を見た。アリアもそれに合わせて懐に収めた短杖を抜き取り、右手に持って構えて見せる。
 周囲の茂みや木々から生き物の移動音が鳴り、木の葉や草の葉を擦れさせる音が響き渡ると、五箇所から同時に鋭い音が重なった。

「伏せろ!」

「!」

 エリクの短い声が響くと同時に、そう言われたアリアは身を屈めた。
 その瞬間にアリアの頭上を強風が吹き抜け、エリクが持つ黒い大剣が中空を大振りに斬った。

 その瞬間に、二・三匹の魔物の悲鳴が低く呻き、地面へ落下する声が聞こえる。
 残りの魔物は回避したのか、あるいはエリクの大剣の振りで生じた風に圧されたのか、アリアとエリクを囲むように着地し、低い唸り声を上げながら威圧していた。

ワイルドウルフ雑種狼だな。まだ若い群れだ」

「エリク、この暗さで見えるの?」

「ああ。こういう暗闇は、慣れている」

「流石、【黒獣】エリクね。夜戦で絶対遭遇したくない相手だと言われるはずだわ」

 樹海の暗闇を苦もなく持ち前の視力で補い、エリクは襲い掛かってきた魔物の正体を見破った。
 アリアは咄嗟に光魔法で光球をその場に浮べ、自身を中心に十数メートルの距離を明るくした。
 そこに居たのは、黒と茶色の毛並を持つ、全長一メートル前後の狼が三匹。エリクの大剣に直撃して地面に倒れている、二匹の狼も合わせれば合計で五匹だ。

「ワイルドウルフ、ね。魔物で分類されている中では『下位ロー』の魔物だけど、群れで生活する魔物だから、討伐難易度は『中位ミドル』に属されてる。基本的に各地を渡りながら、どんな環境にも適応できる狼の魔物、ね」

「そうなのか」

「一匹一匹は弱いけど、集団で、しかも暗闇で視界が悪い中で襲ってくるなんて、意外と狡猾ね」

「あれは、肉が硬くスジが噛み切れないが、長く煮込んでスープに浸すと柔らかくなる」

 ワイルドウルフの事を思い出して話すアリアと、その肉に対する事を思い出して話すエリクに、二人を囲むように広がるワイルドウルフ。
 襲った獲物が手強いと判断し、ワイルドウルフ達が萎縮した様子が見える中で、咄嗟に狼達の怯みを判断したエリクが、その巨体に似合わない素早さで狼の一匹に襲い掛かった。

「フンッ!!」

 走り様に薙ぐように大剣を横這いさせ、避けようと動くワイルドウルフの一匹に直撃させ、そのまま吹き飛んだワイルドウルフが樹木に激突し、命が切れるように落下した。
 そのあまりの素早い攻撃に、アリアも狼達も反応しきれない。

「やっぱり、強いわよね。エリクって」

「そうか?」

「そんな重そうな大剣を持って、あんなに早く動ける時点でね」

 アリアから軽い称賛を受けつつ、流すように次の狼に目を向けたエリクに、残ったワイルドウルフが怯み、身を引こうとする。
 しかし残ったワイルドウルフの後方の茂みから飛び出すように現れたのは、その狼よりも更に大きな全長二メートル弱程のワイルドウルフ。
 それを見たアリアが、驚いた視線を向けつつ呟いた。

「……アレは多分、下級魔獣《レッサー》に進化してるワイルドウルフ……。群れのボスね」

 目の前に現れた茶色と白混じりの大きな狼を、下級魔獣だと判断したアリアは、右手に握る魔石が嵌め込まれた短杖を構えた。

「アリア?」

「エリクは残った狼達を。群れのボスくらいは私に任せて」

「大丈夫か?」

「言ったでしょ。私は成績トップだったってね」

 そう話すアリアを見て頷き、エリクは群れのボス狼の横を駆け抜けながら、後方の狼達を襲った。
 駆け抜けるエリクに注意を向けたボス狼が、咄嗟に正面から威圧を感じて逃げるように飛び退く。
 そこを一筋の魔法の光が通過し、地面に光の矢が突き刺さると、ボス狼はその魔法を放ったアリアに警戒を向けた。

「貴方の相手は、私よ」

「グルル……ッ」

 アリアに警戒を向けるボス狼は、低く唸ると身を屈め、その瞬間に素早く駆け抜けながらアリアに迫る。
 その素早さは四足獣特有の移動で速く、ものの一秒でアリアに辿り着き、アリアの体に喰らい飛び掛かろうとした。
 しかしそれは、アリアが張った見えない防壁に遮られた。

「!!」

「――……『物理障壁シールド』」

 魔法で生み出した物理障壁はアリアの身を守り、ボス狼の牙と爪を完全に防いだ瞬間、アリアが右手に持つ短杖がボス狼に向けられ、その胴体を貫くように光の矢が放たれた。

「――……『聖なる光ホーリーレイ』」

「ガゥ――……」

 正確にボス狼の心臓を貫いた光の矢は、そのまま樹海の木へ突き刺さり消失する。
 そして貫かれたボス狼は、完全に意識が途絶えて命が停止した。
 物理障壁から剥がれるように落下し、地面に体を落としたボス狼の死骸を見つつ、アリアは微妙な面持ちをしながら呟いた。

「……初めて、魔法で生き物を殺しちゃった……」

 初めて自身の魔法を使い、魔物や魔獣と呼ばれる生き物を殺した感覚に、アリアは鈍い感情を宿しながらも、残った狼達とエリクが戦う場所へ視線を向けた。
 既に、エリクと群れの狼達の戦いは終わり、最後の一匹が僅かに息を残しながら苦しむ中で、エリクが大剣を躊躇も無く振り上げ、ワイルドウルフの頭を潰して息の根を止めた。

「――……そっちも終わったか」

「ええ。そっちも?」

「ああ。群れは恐らく、これで全部だ」

「そう。……私達が森に入らなければ、この狼達も死にはしなかったのかしら」

「どうだろうな。まだ若い群れだ。もっと強い魔獣に遭遇し、喰われていただろう」

「……そっか。そうよね……」

 エリクの淡々とした問いの答えに、何処か安心感を持つアリアは呟きつつ、短杖を懐に戻した。
 そのアリアの様子を見たエリクが、疑問を感じるように聞いた。

「アリア。震えているぞ」

「え……」

「大丈夫か?」

「……私、怪我人の治療は、実習でも何度かしたことあるの。でも、こうして生き物を自分で殺すっていうのは、初めて経験したから……」

「そうか。少しずつ、慣れていくだろう」

「エリクは、どうだったの?魔物を初めて、殺した時……」

「……俺が初めて魔物を殺したのは、十にもならない歳だった。この顎の傷は、その時に付けられたモノだ」

「!」

「錆びた剣で叩きながら、必死に魔物を殴り続けた。動かなくなった魔物を見て、安心した。……それだけだったな」

「……そっか」

 そうした会話を行う二人は、ワイルドウルフの死骸をどうするか考え、放置する事を選んだ。
 魔石や素材を剥ぎ取るにしても既に夜更けであり、素材を持ち運べるほどに荷物の容量は空いていない。
 魔石の類も補充は十分してあるので、下級魔獣の魔石も今は必要が無い。
 しかし下級魔獣を解体して素材を持ち帰れば、丈夫な毛皮や牙をそれなりの金額で売る事が出来るが、現状で持っていく事より売る事が難しいと考えるアリアは、そのままエリクを伴い樹海を進む事を選んだ。

 その際に浮かない表情を見せるエリクに、アリアは不思議そうに聞いた。

「どうしたの、エリク?」

「……さっきの狼。それらしい気配を周囲から七匹、感じた。だが、実際の狼は六匹だった」

「数え間違えたとか、じゃない?計算できないんでしょ。エリクって」

「物を数えるのが計算という意味か。なら、指の数くらいまでならできる」

「そうなの。じゃあ、きのせいだったとか?」

「……そうかもしれないな」

 気にする様子を見せるエリクだったが、それを止めて移動に意識を戻した。

 こうしてアリアとエリクは、樹海の中で初めて戦闘と呼べるモノを行った。
 微妙な感覚と感情を残すアリアと、既にそういう感覚に慣れたエリクは、森の中を進み続ける。
 そのエリクとアリアの二名から離れつつも、追跡している人物の影に気付かずに。
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