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逃亡編 三章:過去の仲間
老騎士の稽古 (閑話その七)
しおりを挟む俺、ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュは、ログウェルと名乗るクソ爺に連れ出され、帝国領の西側に放り込まれた。
そこは魔物や魔獣の巣窟であり、常人では生き永らえない場所だった。
俺はそこで四ヶ月以上もの間、野獣と変わらぬ生活を強要された。
爺に放り込まれた場所は深い湿原地帯で、凶悪な魔物や魔獣が棲み付いていた。
「ゴルディオス様とクレア様には、お前さんが改心するまで戻らぬようにと言っておる。まずは、ここで一ヶ月間は自力で生き延びなされよ。ほっほっほ」
そう言って俺の前から消えたクソ爺は、俺の剣と防具に、水の入った皮袋以外は渡さず、本当に一ヶ月の間、姿を見せなった。
俺はその間に、様々な魔物や魔獣と遭遇した。
生き延びる為に初めて生き物を殺し、その肉を捌いて火属性魔法で焼いて食べた。
血抜きを知らない俺が食べた肉は不味く、今まで食べていた料理の味が至高に思えるくらいだった。
俺は料理を美味しく食べられるようにする、料理人の偉大さを初めて知った。
飲み水を探して彷徨い見つけた湧き水を飲んだら、その日から数日間、凄まじい下痢と嘔吐を起こした。
俺は光属性の魔法で回復と解毒を行ったが、それでも苦しみが持続する事が多かった。
俺は生水を飲めるようにする技術が、どれほど偉大なのかを知れた。
食糧難に苦しみながらも、俺は魔物や魔獣から対抗する為に動き続けて、太っていた体格が幾らか痩せた。
夜は魔物や魔獣が活発に動き出し、俺を狙うように動くのが怖かった。
自分が安全に寝られる場所を探した。
安全に寝られる家という場所が、どれほど偉大なのかを知った。
不味い魔物の肉に我慢できず、俺は植物を食料に選んだ。
茸や草、果物などを毟って採り、そして食べた。
案の定、俺は水の時と同じように腹を壊した。
何度かそうしている内に、食べられる物と食べられない物を知る事が出来た。
植物の知識の重要さを、俺は初めて知った。
そうして一ヶ月間生き延びた俺の前に、あのログウェルのクソ爺が現れた。
「ほっほっほ、無事生きておられるようで、何よりですじゃ」
「このクソ爺ッ!!」
俺は怒りのあまり、思わず剣で斬りかかった。
それを避けるどころか、剣を素手で受け止めた爺に驚き、更に蹴り飛ばされた俺は気絶した。
気絶から起きた時、クソ爺が告げた。
「さて。これからは儂とも戦ってもらうぞい」
「それは、どういう……」
「森で生き抜きながら、儂という敵も相手にするんじゃよ。頑張りなされ」
そう告げたログウェルは、また消えた。
そして次の日から、更なる地獄が待っていた。
狩りから戻った俺が見たのは、根城にしている洞窟が荒らされ、溜め込んでいた水と食料が消えた光景だった。
地面に描かれた文字で、犯人はすぐ分かった。
『水と食料、ありがたく頂戴しますぞ。ログウェルより』
そう書かれた文字を見て、俺は怒りのあまり文字を踏み付けた。
自分が大切にしていた寝床と食料が荒らされ、気がどうにかなってしまいそうだった。
それから何度も、食料を溜めてはログウェルが奪い、何度も警戒しても盗み出され、時には真正面から乗り込んできたログウェルが、俺を打ち倒して食料を奪っていった。
俺は自分の大切にしていた物が奪われ、踏み躙られる怒りと恐怖と悲しみを知った。
盗み出されないように食料の隠し場所を工夫し、乗り込まれても防衛できるように木を切り倒し、丸太を尖らせて蔦を絡ませて柵を作ったりなどした。
それでも乗り込んでくるログウェルに打倒され、何度も悔しさと怒りが込み上げた。
そして湿地帯に放り込まれて、三ヶ月が経過した。
俺は転々と寝床を変え、食料の保存庫を複数の場所に置き、囮とした一箇所が奪われても二箇所目・三箇所目を隠し通した。
ログウェルは俺が居る場所を真っ先に襲ってくる。
だったら別の場所に隠してしまえば良かったのだ。
そうした中で再び現れたログウェルが、微笑みながら告げた。
「さて、稽古はこれで十分ですかな」
「稽古、だと。……今まで俺の大事な食料や寝床を荒らしておいて、稽古!?」
「そうじゃよ。まだまだ序の口じゃて」
「あれで、まだ序の口……!?」
「さて、剣を取りなされ。――……儂と戦い、生き残りなされよ」
そして俺は、騎士ログウェルの本性を見た。
凄まじい剣気と殺気を放ちながら歩み寄る爺に、俺は恐怖しながら剣を取り、そして鞘の口を硬く紐で結んで外さない長剣でログウェルは俺に本気で打ち込んできた。
俺はそれを受ける事も避ける事もできず、そのまま地面へ体を倒れさせ、痛みで悶絶した。
「ほれ、お前さんは回復魔法も使えるじゃろ。さっさと回復して、立ちなされ」
「グ、ァ、ガッ……」
「立ちなされ」
容赦なく俺の頭を踏み付けるクソ爺に、俺は回復魔法を施して立ち上がった。
「グ、ゾォオオッ!!」
「ほっほっほ」
笑いながら俺の剣を避ける爺は、何度も何度も俺に鞘付きの剣を打ち当て倒し、何度も俺に回復魔法を自分で掛けさせた。
そして俺が魔法で精神力と体力を使い果たして気絶すると、起きるまで待ってまた戦わされた。
休息時間は食事の時間と、気絶している間だけ。
夜中には身体中が痛くて寝る事が出来なかった。
湿地帯に放り込まれてから六ヶ月が経つ頃。
俺はやっと爺の単調な攻撃を受けられるようになり、反撃できるところまで辿り着いた。
更に火属性魔法も駆使して剣に炎を纏わせつつ、攻撃と防御にも利用するようになった。
「ほっほっほ、良い剣筋をするようになった。炎の威力も上がりましたのぉ」
「嫌味か! 一度だって当たらないくせに、このクソ爺ッ!!」
「ほれ、脇腹がガラ空きじゃ」
「グアッ!!」
「まだまだ甘いのぉ。……おや?」
稽古という名の虐待を受けている最中に、爺が珍しく余所見をした。
しかし倒れて回復中の俺は追撃できなかった。
そして空を見ていた爺が左腕を上げ、空から白い鷹が降りてきて、その左腕に足を置いた。
「そ、いつは……」
「ふむ、珍しい。クラウス様の白鷹じゃな。……手紙を付けておる。儂宛じゃな」
「クラウス……叔父上?」
「なになに。……ほぉ、そのような事が……」
「なんと、書いてあるんだ?」
「ふむ。……ユグナリス殿下。儂はちょいと、出かけてくるぞい。戻ってくるのは、一ヶ月後かの」
「どこに、行くんだ?」
「アルトリア様……いや。今はアリアと名乗っておるのか。既に東港町に居るかもしれぬから、裏を通じて探してくれと言っておる。儂なら顔も広いからのぉ」
「アルトリアが!?」
「ちと行ってくるから、お前さんは待っておれ」
丁度この時期、アルトリアの父である叔父上が南に遠征して捜索網を広げつつあった頃。
ログウェルはそれの捜索に協力しようとした。
そうして爺が立ち去ろうとした時、俺は起き上がって言い放った。
「俺も、俺も行く!」
「お前さんがか?」
「アルトリアが、そこにいるんだろう! なら、俺も行く!」
「行って、どうするんじゃ?」
「アルトリアを連れ戻す!」
「ほぉほぉ……。で、連れ戻してどうするんじゃ?」
「父上と母上、そして叔父上の前に連れ戻して、謝罪させる!」
「ほぉ」
「アルトリアは、貴族としての責任から逃げた! 俺の父上や母上、そして自分の父親である叔父上の期待も裏切った! 俺は、それを果たさせる為に連れ戻す!」
「……なるほど、構わんよ。お前さんがアルトリア御嬢様の相手をしてくれるのなら、儂もあの男の相手が出来ようて」
「あの男?」
「儂が今、最も期待しておる男。傭兵のエリクという男じゃ。ほっほっほ」
そう言って歩み去っていく爺に、俺は付いて行った。
途中で走り出したログウェルに息も絶え絶えに走り付いて、俺は久し振りに帝国領西側から抜け出した。
ある領地の農村に寄ると、爺が交渉して馬を二頭買い、爺と俺は陸路で東港町までの十数日間の旅を続けた。
俺は帝都から出て初めて、旅をした。
俺が知ってる帝都の風景と馬車の中からの景色、そして稽古を受けた森の中とは違う世界を見た。
俺が今まで居た宮殿暮らしとは比べられないほど、生活が過酷な小さな町や村で、人々が必死に生きている姿を見た。
何故か俺はそれに感動し、同時に胸が苦しくなって涙が出た。
俺は今まで、どれほど恵まれているかを知った。
そして東港町に着いた日。
爺が白い鷹に加えられた手紙を再び受け取った。
今回は、二つの手紙が白い鷹に備えられていた。
「叔父上からか?」
「……ふむ。事態が深刻になってきたのぉ」
「なんだ、どういうことだ?」
「……クラウス様の方で、アルトリア嬢らしき者を見つけたようじゃ。傭兵ギルドに身を寄せ、南の国へ渡航するらしい」
「南の国、マシラか」
「しかしクラウス様は急遽、領地に戻らなければならぬようじゃ。……少々、急ぐぞい。あと三日後には、アルトリア様は南の国に向かってしまうわい」
「!」
「付いて来れるかね?」
「ああ!俺が絶対、アルトリアを連れ戻す!」
「ほっほっほ。若者とは、元気があってええことじゃ」
こうして俺とクソ爺ログウェルは、アルトリアを連れ戻す為に東港町ポートイーストまで馬で駆けた。
そして三日後。俺とアルトリアは、剣を交えて対峙した。
そして血塗れの大男、エリクという獣に殴り飛ばされた。
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