虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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逃亡編 三章:過去の仲間

緑の七大聖人 (閑話その九)

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 右手の服袖を素早く動かし、食器ナイフを三本も取り出したヴェルフェゴールが、ログウェルを狙って全てを放つ。
 それをログウェルが長剣で叩き落しつつ加速して近付くと、ヴェルフェゴールは両手の袖口から食器ナイフを取り出し、両手に持ってログウェルの長剣を迎撃した。

 長剣の素早い突きを食器ナイフの突きで迎撃し、目を見開くログウェルは鬼気とした笑みを浮かべた。

「ほぉ、ただのナイフではないのぉ!」

「御主人様から頂いた、特注品ですよ」

 長剣と食器ナイフが弾けると同時に、ヴェルフェゴールが飛び退きつつ、新たに出した食器ナイフを投げ放つ。
 ログウェルはそれを迎撃して撃ち落すと、飛び退いたヴェルフェゴールを追って長剣で薙いだ。
 それをまた食器ナイフで受け流して防いだヴェルフェゴールに、老人らしからぬ顔でログウェルが狂気の笑顔を晒した。

「お前さんのような者が帝国に居たとはのぉ!」

「お褒めの言葉、恐縮の至りです」

「ゲルガルドめ、人材は豊富なようじゃな」

「御主人様は人望がありますので」

「狸に人望とは、よく抜かすのぉ!!」

 長剣で突き薙ぐログウェルに、食器ナイフだけで対抗し続けるベルフェゴールは、思わぬ拮抗状態を見せていた。

 そうして数分間を戦う中で、周囲に人が集まりすぎた。
 競り合う中でベルフェゴールがそれに気付き、舌打ちをしつつ食器ナイフを投げ放ち、ログウェルが迎撃して立ち止まった瞬間に引いた。

「……今日はこの辺にしておきましょうか」

「逃がすと思うかい。お前さんを」

「ええ。貴方は私を見逃すしかない。――……今ですよ、皇子を連れていきなさい!」

「!?」

 突如として自分の後ろに意識と声を向けたヴェルフェゴールに、思わずログウェルは後ろを振り返った。
 しかし皇子の傍には誰も居なかった。

 ログウェルの意識が逸れた瞬間を待っていたヴェルフェゴールは微笑みながら、腕袖から取り出した小さな球形状の球を複数個を地面に投げ放つと、その場に凄まじい閃光が発生した。
 片目を塞ぎ閃光を防いだログウェルは、光によって閉ざされた視界の中でユグナリスを守る為に下がった。

「またお会いしましょう、ログウェル様」

「!!」

 その声が響いた数秒後。
 光が収まった風景の中にヴェルフェゴールは存在しなかった。
 逃げられたログウェルは憮然とした表情をしつつ、長剣を収めて周囲を見る。

 刺客達の死体はそのままながら、丁寧にも額を刺し抜いていた食器ナイフが全て抜き取られ、散らばっていた食器ナイフも全て無く、去ったヴェルフェゴールによって回収された事が窺える。
 そして閃光から視界を戻した人々の目には、凄惨な刺客達の亡骸が場に広がって見えていた。

 町を守る守備兵や傭兵達が駆けつける光景に、ログウェルは面倒臭さを感じた。

「……はぁ。やれやれ、後始末を儂にせいと言うか。厄介な男じゃ」

 守備兵と傭兵達に囲まれたログウェルは、それぞれに武器を向けられて溜息を吐き出す。
 そんな悪いタイミングで目を覚ましたのは、気絶していた皇子ユグナリスだった。

「……う……、ここは……」

「起きたか、ユグナリスよ」

「ジジイ……、俺は、負けて……」

「今は周囲を見てみぃ」

「……え?」

 起きたばかりのユグナリスは、守備兵や傭兵達に取り囲まれた光景を目にした。
 そして自分達の周囲で転がり殺されている覆面の男達。
 始めこそ呆然としつつも、次第に意識をはっきりさせたユグナリスは驚いた。

「な、なんだよ。なんだよこれ!?」

「ちと厄介事に巻き込まれてのぉ」

「厄介事!?」

「お前さんのせいじゃよ」

「俺のせい!?」

 理由も分からず自分のせいにされたユグナリスは、立ち上がってログウェルに理由を聞こうとしたが、その前に取り囲む守備兵や傭兵達の中から、代表するように二人の人物が立った。
 一人は守備兵と同じ武装を施した体格の良い兵士。
 そしてもう一人は傭兵ギルドのマスター、闇属性魔法の使い手のドルフだった。

「この町の守備隊長だ! お前達、武器を捨てろ!」

「……ログウェル=バリス=フォン=ガリウスかよ。こりゃあ、また随分と殺りやがったな」

 東港町の守備隊長が武器を捨てるように命じ、ドルフが周囲の光景を見ながら呟いた。
 刺客達の死体と周囲の観衆達の証言で、既にログウェルが十名近い人数を殺害する現場が目撃され、言い逃れが効かない状態だった。

「お、おい爺。どうするんだよ!?」

「ふむ。まぁ、任せなされ」

「お、おい!」

 任せろと告げたログウェルが、守備隊長の無造作に元に歩み寄る。
 守備兵達と守備隊長は武器を構え、帯剣したまま近付くログウェルに警告した。

「武器を捨てろと言っている!」

「まぁまぁ、落ち着きなされ。お若いの」

「こいつ!!」

 守備隊長が持つ槍が振り上げられ、ログウェルの頭上から振り下ろされる。
 それを片手で軽く受け止めたログウェルに、守備隊長は驚き槍を引こうとしたが、一歩も動かない。

 そのログウェルが口で左手の手袋を外して手の甲を見せると、そこには円と翼が描かれた緑の刺青が刻まれていた。
 それを守備隊長とドルフにログウェルは向けて見せた。

「これに免じて、許してくれんかのぉ」

「クッ、貴様! それがどうしたと――……」

「……お、おい。まさか、それって……!?」

 ログウェルが見せたモノを理解出来ない守備隊長に代わって、傭兵ギルドマスターのドルフが驚きの声を上げた。
 信じられないモノを見た様子のドルフは、ログウェルを見ながら零すように聞いた。

「……騎士ログウェル。アンタ、まさか……」

「な、なんだ。コイツのコレが、どうしたというのだ!?」

「聖紋だ」

「せいもん……?」

「人間大陸の国家間で取り決められた紋印サインだ。この紋を刻まれてる奴は、どの国も罪に問えない」

「な、なんだそれは!?」

「これは、何百年も前から続いてる取り決めだ。これを破った国は、人間大陸最大の四大国家に宣戦布告したも同然になるぞ」

「!?」

 ドルフが守備隊長にそう教えると、ログウェルは槍を手放して守備隊長を開放した。
 そして聖紋が刻まれた左手を手袋で再び隠す。
 そんなログウェルに、ドルフは聞いた。

「ログウェル。アンタが世界に七人しかいない、【七大聖人セブンスワン】の一人だったとはな」

「話が通じて助かるのぉ」

「俺はアンタの事をガキの頃から知ってる。……納得いったぜ。今のアンタの姿と、ガキの頃の記憶のアンタに」

「ほぉ、お前さんは帝国出身じゃったか」

「……アンタ、今は何歳だよ?」

「ほっほっほ。秘密じゃよ。お前さんも、絵本の嘘は秘密にしておいてほしいのぉ」

 そう小声で呟きドルフに微笑みながら、軽くログウェルは今回の事情を話した。
 納得し難い守備隊長と共に、ドルフはそれを聞いた。
 そしてドルフは周囲に倒れ死んだ覆面の男達を見ながら、考えつつ呟いた。

「……突然襲って来た覆面の男達か。確か、あいつ等が同じような事を……。なら、コイツ等はもしかして……」

「どうした、傭兵ギルドのマスター?」

「……守備隊長。この場は傭兵ギルドマスターである俺が預かる。とりあえず死体をこのままにしておけねぇから、片付けて検死だ。いいな?」

「なっ、勝手に……!!」

「ここの領事にも納得させる。守備隊長としては、とりあえず集まり過ぎた奴等を散らしてくれ。現場検証や死体の片付けも、検死も埋葬もこっちでやっとく。報告はちゃんとしてやるから、アンタは自分の仕事をやってくれればいい」

「……ッ」

 ドルフはそう守備隊長に告げて、守備隊長は苦虫を噛み潰したような表情で引き、守備兵達に命じて集まった人だかりを散らした。
 そしてドルフは呟きつつ、ログウェルに向けて言った。

「守備兵と傭兵との確執も、どうにかしねぇとなぁ。……アンタ達も、これ以上の厄介事は勘弁してくれよ?」

「ほっほっほ。そうじゃのぉ。少し休ませてもらうわい」

 ドルフは傭兵達に命じて周囲の片づけを行い、ログウェルはユーリが居る場所に戻って来た。

「これで大丈夫じゃよ」

「い、いったい何があったんだ?」

「それは後で話すとしよう。今日は宿に泊まり、明日には帝国領西側へ戻るぞい」

「ゲッ」

「まだお前さんの稽古は続いておるんじゃ。お前さんには強くなってもらうぞ。少なくとも、儂の攻撃を全て受けきれるくらいにはのぉ」

「無理に決まってるだろ!?」

「ほれ、宿を探すぞい。ほっほっほ」

「痛ッ、分かった。分かったから首を引っ張るなよ、クソ爺!!」

 そうしてログウェルはユーリを連れて、泊まれる宿を探した。
 こうして、ユグナリス皇子誘拐は未然に防がれ、ゲルガルドが計画する反乱はログウェルに阻止された。

 しかしこの事件は、これから起こる波乱の前触れに過ぎなかった。
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