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南国編 一章:マシラ共和国
勧誘
しおりを挟む幾つかの町や村に寄って物を売り、逆に他の物を買い付ける商人リックハルトに同乗し、護衛の傭兵達と同じようにエリクとアリアは物を揃えた。
そうしてエリクとアリアを乗せた商団は一ヶ月程の時間、合計で十以上の市町村を巡りつつ、南の国マシラを目指す。
その際に立ち寄った市町村で、魔物被害や流行り病で苦しむ者達を手助けする為に、エリクの武力とアリアの回復魔法が活躍を見せる。
そんな旅路の夜。
リックハルトが傭兵達を集めて直々に伝えた。
「明日、マシラへ直通している樹林を通ります。魔物や魔獣の類もいるそうです」
その言葉を聞いていた七人の傭兵達と、赤髪のケイルが意識を落ち着かせ、エリクとアリアもリックハルトが伝えたい意味を理解した。
ここまでの道中、特に目立つ盗賊の類とは遭遇せず、魔物や魔獣も際立つほどに危険な種類とは遭遇していない。
最後の通り道となるその樹林地帯で気を抜かないようにしろという意味で、リックハルトが改めて伝えた事を傭兵達は察した。
そうした傭兵達が気を緩めず意識を研ぎ澄ませた事を確認し、リックハルトはふくよかに微笑みつつ話した。
「分かっていると思いますが、よろしくお願いしますね。明日の夕刻前には、マシラ共和国内の首都マシラへ到着します。くれぐれも御用心を。それと、傭兵ギルドからの伝言があります」
「伝言?」
「ここまで辿り着いた時に予め伝えるようにと、ドルフ氏に頼まれていましてね。……その樹林地帯に、予め首都マシラの傭兵ギルドに応援を頼んで、出迎えを用意しているそうです」
「!」
「ドルフ氏なりに、私達の身を案じてくれていたのでしょう。日程通りに進んでいる今であれば、ドルフ氏が呼び掛けているマシラの傭兵達と合流できます。あと少しですので、頑張って下さいね」
そうしてリックハルトは話を切り上げ、傭兵達はいつも通り、全員が野営の準備を始めた。
この場の傭兵達は全員、【二等級】から【三等級】のランクを与えられた傭兵達であり、ケイル・エリク・アリアを除いた傭兵達の七名の中で、三名と四名は元々同じパーティを組んでいたらしい。
現状、ケイルはエリクとアリアに話が通じ易い立場の為、その三人での組み合わせに嵌め込まれ、他のチームは護衛としての仕事に専念していた。
エリクが大荷物を運ぼうとする商人達を手伝う中、そんな七名の傭兵達を見ながら、アリアとケイルは野営を整えつつ話し合っていた。
「あの人達、良いチームよね」
「そうだな。斥候と前衛が機能してるし、お嬢ちゃんには劣るとはいえ、ちゃんとした魔法師もいる。武具の整備が出来る奴もいて、長旅をし慣れてる。結構、長いこと組んでるんじゃねぇかな」
「少し、羨ましいな」
「羨ましいのか?」
「私とエリクは、なんだかんだで専門家だけど、連携して一緒に戦ったりはしてないのよね。弱い相手だと、逆に互いが互いの邪魔になっちゃうから。逆に相手が強すぎると、ログウェルの時みたいになっちゃうし」
「それは嫌味か何かか?」
「違うわ。でも、ああして互いの欠点を補って庇い合う事が出来るチームって、少しだけ憧れちゃう」
「お前とエリクだって、そういうもんだろ?」
「全然。私もエリクも、お互いに信用して信頼し合えてると思える時はある。でも、それでも何かが足りないって思える時があるの」
「何かが、足りない?」
「ああいうチームを見ていると、その足りない何かが、ああいう中にあるんじゃないかって。そう思うんだ」
そう言いながら傭兵達に目を向けていたアリアは、不意に口を突いてケイルに言葉を向けた。
「ねぇ、ケイルさん」
「ん?」
「マシラに着いたら、どうするの?」
「どうするって、傭兵稼業に決まってるだろ」
「私達もとりあえずは、住める拠点を探しつつ仕事も探すつもりなの」
「そうかよ」
「だから一緒に、私達と組まない?」
「……は?」
そう伝えたアリアの言葉にケイルは驚き、アリアは続けるように聞いた。
「私達は【二等級】の傭兵で、ケイルさんは【三等級】。二等級の依頼や、内容次第では一等級の依頼だって私達は受ける事が出来る。仕事を探すなら、上の依頼を引き受けられるメンバーは欲しいでしょ?」
「……確かに、こっちからしたら有り難い話ではあるさ。で、何が狙いだい?」
「そうね。……一言で言えば、信用できる人は出来るだけ手元に置いておきたい、ってとこ」
「アタシが、信頼できる?」
「貴方はエリクの元傭兵仲間だし、身のこなしも軽やかで良い。何より、私を庇って守ってくれた。だからもし私達も仲間を増やすなら、貴方みたいに信頼できる人が欲しいの。ケイルさん」
「……」
「それに、このままエリクを連れて行こうと画策されるくらいなら、いっそ加え入れちゃう方が良いと思ってね」
「!!」
「マシラに着いたらエリクを引き抜こうって考えたでしょ。ケイルさん」
そう尋ねて微笑むアリアの様子に、ケイルは渋い顔をしつつ首を振った。
「……確かに、東港町から出航する前は、そんな事を考えてたさ」
「やっぱりね」
「でも、途中で諦めた。……エリクの奴が本気でお嬢ちゃんを守る為に、付いて行く気満々だって分かったからな」
「そう、エリクは私に付いて行くわ。だから貴方が誘っても、エリクは付いて来ない。もうエリクは、私に雇われてるんですからね」
「……喧嘩売ってんのか、なぁ?」
「でも私が貴方を誘ったのは、雇う為じゃない。私達の仲間になって欲しいから誘ってるの」
「!」
「エリクから聞いてるわ。ケイルさんは前衛も斥候も器用にこなす人で、サバイバル知識や技術も傭兵仲間達の中で器用に立ち回れるくらい、高かったって」
「……まぁ、そうだけど」
「エリクは視線や気配を先読みして相手を察知するのは素早いけど、数が多いと流石のエリクでも全てに対応できない。私の魔法も、殺傷性が高いモノは迂闊に人前やエリクが立つ場所に放てない。私とエリクの二人だけでは、協力して戦う事が難しいのよ」
「……アタシが入ったところで、戦力的に変化は無いだろ?」
「いいえ。もし貴方が加わってくれたら。前衛のエリクと後衛の私に合わせて動ける人がいて、助けてくれるとしたら。私達の戦い方は、凄く幅が広がると思うんだ」
「……」
「答えはマシラに着いてからでも良いわ。少し考えてみて?」
そう告げたアリアは野営の準備に戻ろうとした。
その背中を見送るまいと、ケイルは声を掛けた。
「なんで、アタシなんだ?」
「?」
「言ったろ。アタシは嬢ちゃんが気に入らないって。そんなアタシを、どうして誘う?」
「……そうね。私、夢見がちな御嬢様なんて誤解されてるけど。結構な現実主義者、リアリストなのよ」
「リアリスト?」
「多くの実益が入るなら、多少の不利益を被る覚悟はしているわ。貴方に嫌われてると分かっても、目の前にある優良な傭兵をそのまま手放すくらいなら、嫌われてても傍に置いておきたいと思ったの。それに、好きな男性の傍なら、一緒に来てくれるかもしれないからね」
「!」
「返事は、またマシラに着いてから聞かせて。それじゃあね」
そう言って去っていくアリアを見ながらケイルはその場で立ち尽くしつつ、困惑と共に悩む様子の中で、軽い食事を取って監視の交代まで就寝した。
次の日の朝。
起床して馬車を引いた商団は、首都マシラへと続く樹林地帯へと足を向けた。
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