虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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結社編 二章:神の研究

呼び起こされる血

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 魔人化した豹獣族バンデラスとエリクの戦いは、一方的な展開となった。

 バンデラスの手刀と足刀が、エリクの服と頑強な肉体を切り裂いて血を流させる。
 更に強力な蹴りを浴びせてエリクを吹き飛ばし、反撃の隙さえ与えずに戦いの中で蹂躙を繰り返す。
 圧倒的な優位を誇るバンデラスは、余裕ある声と表情で戦うエリクへの感想を述べた。

「頑丈だなぁ。俺が何発浴びせても、骨が折れないとは」

「……グ……ッ」

「傷の治癒具合も遅いとこを見ると、まだ魔力を体に巡らせて戦う使い方に慣れてないって感じか。魔力制御と魔力操作も甘いし、隙もデカいし、魔人としてはド素人ってとこか」

「……ハァ……ハァ……」

「馬鹿力は凄まじいが、宝の持ち腐れだな。……さっさと決めちまうか」

 エリクの戦い方を見て分析し、自分に勝利を疑う理由が無い事を察したバンデラスは、起き上がるエリクに歩み寄る。
 そして自身の両手に魔力を込めながら爪を伸ばすと、凄まじい速度でエリクへと迫った。

「じゃあな」

「……!!」

 エリクは迫るバンデラスに気付き、咄嗟に大剣を構えて防ごうとする。
 その動作すら遅いと一蹴するように、バンデラスはエリクの胸を刺し貫こうと右手で突いた。
 エリクは咄嗟に体を振り回し、左肩を跳ね上げバンデラスの爪を防ぐが、深々と突き刺さった爪がエリクに夥しい流血を起こさせる。

「グ……ッ!!」

「楽にしてやろうってのに、往生際の悪い男だ」

「!」

「おっと」

 突き刺した爪と共に腕を引いたバンデラスと、その腕を掴み掛かるエリクに再び距離が開く。
 バンデラスは腕を振りエリクの血を払うと、不敵の笑みを浮かべた。

「なるほど、刺させて掴み取るってのは良い案だ。掴めなきゃ意味は無いけどな」

「……ッ」

「俺は速度スピード重視なんでね。お宅と比べれば力は完全に負けちまう。……だから心臓を貫いて終いだ」

 再びバンデラスの姿が残像を残してブレた瞬間、エリクの左側へ移動し右手で顔に狙いを定める。
 エリクはそれを紙一重で回避しながらも左頬を切り裂かれ大量の血を流し、バンデラスは突いて伸ばした右腕の肘を曲げてエリクの左頬を殴り付けた。

「ッ!?」

「終わりだ」

 殴った右腕をそのまま引き、バンデラスはエリクの胸へ右手の爪を突き込む。
 間合いに入り回避も不可能な突きにバンデラスがエリクの死を確信したが、下から跳び上がるエリクの左膝がその突きを下から押し上げ、逸れた爪がエリクの左頬を再び切り裂いた。

「!?」

「ウ、ォオッ!!」

 深々と切り裂かれた左頬を意に介さず、エリクは右手で握る大剣でバンデラスを斬りつける。
 それを見たバンデラスは余裕を持って回避し離れながら身構え、訝しげな表情を浮かべた。

「……おかしいな」

 バンデラスが不可解に思ったのは、エリクの反応速度。
 つい先程まで自分の攻撃に反応しながらも防げず回避も出来ていなかったが、今のエリクは反応しながら迎撃さえしている。
 エリクの反応速度が徐々に上がっているのを感じたバンデラスは、血塗れのエリクを見ながら僅かに悪寒を感じた。
 その悪寒をバンデラスは先程にも感じている。
 ケイルを貶め勧誘した際に僅かに見せたエリクの視線に含まれる気配が、動物的な勘として警笛を鳴らし始めていた。

「……さっさとった方がいいな」

 これ以上の戦闘は危険だと判断し、バンデラスは余裕の笑みを消して集中力を高めながら全身の魔力を高めると、大きく跳躍して下がる。
 そして四足獣が走る際に取る姿で構えると、溜めた脚力でエリクに向かい駆け出した。
 速度を増しながら自身の肉体を魔力で高めて硬くし、銃の弾速すら超える速度でエリクの心臓を狙った。

「グッ!!」

「無駄だぜ」

 大剣を盾代わりしようとしたエリクだったが、凄まじい速度で突くバンデラスの爪に右手だけで持つ大剣を弾かれる。
 そしてエリクの腹部を防具ごとバンデラスの腕が貫き、加速し衝突した勢いでエリクが壁際まで吹き飛ばされながら大量の血を腹から流して吐血した。

「――……ガ、ハ……ッ」

「これで終いだな」

 バンデラスは吐血を浴びる前に腕を引き抜いて飛び退く。
 腹部を貫かれ血を垂れ流し更なる吐血を起こすエリクは壁を背に身体を沈め、大剣を手から離した。

「手こずらせちゃってくれたねぇ」

「……ゴホッ……」

「心臓から逸れたが、その負傷じゃもう戦えんだろう。どれだけ自己治癒力を高めても臓器関係は修復は不可能だし、回復魔術を使えなきゃ十分も経たずに死ぬぜ」

「……ま、て……」

「じゃあな、色男」

 トドメを刺さずに離れるバンデラスをエリクは止める。
 バンデラスは既にエリクの死を確信し、そのまま少女を置いてきた鉄箱コンテナまで歩み続けた。
 その際に右腕の血を払いながら脱いだ服と靴を左手で拾い上げ、バンデラスは愚痴を漏らす。

「まったく。運び屋が戦わされちゃ世話ないぜ。依頼人クライアントには追加料金を貰わなきゃ、割に――……!?」

 愚痴を零し人間の姿に戻ろうとした瞬間、バンデラスは背後から悪寒を感じる。
 咄嗟に振り向いたバンデラスが見たのは、血塗れで腹部からの出血を止められないエリクだけだった。

「……なんだ……?」

 バンデラスが感じる悪寒は、そのエリクから齎されたモノだと自覚する。
 血塗れで腹部を完全に貫かれ、臓器の幾つかを損傷して吐血し立ち上がる事さえ難しいエリクに感じる嫌な予感に、バンデラスの勘が警笛を鳴らす。
 エリクにトドメを刺すべきかをバンデラスが考えた瞬間、その悪寒が目に見える形で姿を現した。

「……!?」

 エリクの全身から赤い魔力が漏れ出し、バンデラスに可視できる状態となる。
 更に魔人の体内にある魔力を感知する器官が、その魔力から漂う重圧を否応無く感じさせられた。

「こりゃ……なんだ……?」

 バンデラスは持っていた服と靴を投げ出し、無意識に身構える。
 更にエリクを覆う赤い魔力が増大すると、それが及ぼしている影響にバンデラスは気付いた。

「……マジかよ。あの傷を……」 

 エリクが腹部の傷が塞がり、更に全身に負っていた爪痕の傷が塞がる。
 更に身体に纏う血が蒸散しながら赤い魔力と交わり、それが溶け込むようにエリクの肌色を赤く変色させていた。
 バンデラスの与えた傷が完治したエリクが顔を上げると、理性を無くした獣の目が姿を見せる。
 その視線と目が合ったバンデラスは全身の毛を逆立たせて、身を引きながら逃走に入った。

「ヤベェ、ありゃ完全にヤベェぞッ!!」

 バンデラスの野生の勘が最大レベルの警笛を鳴らし、少女を置いてきた場所まで駆け出す。
 そして鉄箱コンテナから降りられずに呆然とする少女に辿り着くと、必死の形相で出入り口の一つに駆け出した。

「は、離して……」

「いやいやいや。絶対にお嬢ちゃんも俺と逃げた方がいいって!」

「え……?」

「アレは駄目だ! 俺の手に負えねぇ!!」

 少女にそう説得しながらバンデラスは扉の前にある鉄箱コンテナを加速しながら蹴り飛ばし、なんとか出入り口の一つを開ける。
 それから扉も蹴破ろうとした瞬間、再び上空から鉄箱コンテナが投げ飛ばされてきた。

 しかも今度は大型の鉄箱コンテナ
 重量で言えば十トンから二十トンの巨大な鉄箱コンテナが降り注ぐ姿に、バンデラスと少女は顔面を蒼白とさせる。

「え……」

「お構い無しかよ!?」

 バンデラスはその場から俊足で離れると、巨大な鉄箱コンテナが出入り口を破壊しながら壁を突き破る。
 破壊された壁と押し寄せる鉄片や煙を浴びながらも、バンデラスは投げられて来た方向に顔を向けて苦笑を浮かべた。

「……おいおいおいおい、マジかよ。黒角に赤肌の鬼ってのは……あの伝説の……」 

「……戦鬼《バトルオーガ》……」

 バンデラスと少女が見たのは、原型を残しながらも変貌してしまったエリクの姿。
 三メートル近い体格となりながら服が所々に伸び膨れ、全身の肌は赤く変色し額から黒い角を二つ生やした大鬼族オーガ

 かつて牛鬼族ゴズヴァールを圧倒し化物とさえ称させた赤鬼あっきが、再びこの場で姿を現した。
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