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結社編 二章:神の研究
暗躍せし者
しおりを挟む天使が地に落ちる十数分前。
赤鬼から元の姿へ戻ったエリクが意識を途絶えさせる中で、意識を取り戻した者が居た。
豹獣族バンデラス。
赤鬼に敗北し殺される寸前で生き延びた男が目覚めた時、人間の姿で血塗れとなり意識を朦朧とさせながら目を開けた。
「――……ゥ……、ギッ……」
バンデラスは目を開けた後、しばらく天井を見ながら身を起こそうと手を動かす。
しかし粉砕された両手は酷い損傷状態で痛み以外の感覚は無く、身体に魔力を巡らし治癒を試みても完全に回復できない。
両手の治癒を諦めたバンデラスは上半身だけを起こし、両手を垂れながら足と膝を使って起き上がった。
「……!?」
そんなバンデラスの視界に映ったのは、元の姿に戻った状態で倒れたエリクであり、服が破けボロボロの姿ながらも体の傷は癒えている状態だった。
それを見たバンデラスはトドメを刺すべきか考えながらも、すぐにそれを諦めて顔を背ける。
「……ハッ、冗談じゃない。これ以上、こんな化物の相手なんかしてられっか……」
エリクを避けて逃げるように体を動かすバンデラスは、身体中に響く激痛に耐えながらよろけた足で進み、周囲を見渡して何かを探す。
そして視界に捉えたのは、大量の麻袋の上で倒れる黒髪の少女だった。
「……この腕じゃ、運べんな……。……こうなったら、逃げちまうか。こんな割に合わねぇ依頼、糞食らえだっての……」
ただ少女を運ぶだけの依頼がこのような形になる事を予期しておらず、これほどの重傷となる事を想定していなかったバンデラスは悪態を吐く。
少女から目を逸らしたバンデラスは、出入り口に刺さる鉄箱がいつの間にか傾き倒れ、出入り口の一部が人間一人分ほどの通り道となっているのに気付くと、その場所へ歩き出した。
もう少しで出入り口を通過する事が出来る。
バンデラスがそう考え期待と安堵を漏らした瞬間、それは背後から聞こえる声に阻まれた。
「――……動くな」
「!?」
「今から一歩でも動けば、斬る」
バンデラスは突如として聞こえる背後の声に驚く。
その声に聞き覚えのあるバンデラスは、振り返らずに訊ねた。
「……何のつもりだい? ケイティルさんよ」
「……」
「俺達は同業だろ。……なんで邪魔をするんだ?」
バンデラスの背後に立っていたのは、腰に下げた長剣の柄に手を掛けたケイル。
しかも顔にはマシラ共和国の闘士として身に着けていた仮面を纏い、表情が見えずバンデラスの問いにも返答をしない。
沈黙するケイルに、バンデラスは罵りにも近い愚痴を返した。
「前に言ったろ? あの男が邪魔するようだったら、俺の方で勝手に排除するってな」
「……」
「お宅の狙いはあの男の勧誘だろ。こんな場所まで乗り込んできたのは、お宅のミスだろうに」
「……」
「……なんとか言えよ」
そう問い質すバンデラスの言葉に、ケイルは何も反応を返さない。
怪訝に思うバンデラスだったが、始めの脅し以外に初めてケイルが口を開いた。
「現傭兵ギルドマスターである、貴様に訊ねる」
「……なんだよ?」
「二十年程前。この大陸の南端に住む遊牧民が野盗となり、犯罪奴隷として皇国軍に囚われた。……その大部分が何者かに買い取られ、何処かに移送されたが、貴様はそれを知っているか?」
「二十年前? 知らねぇよ。俺がここの大陸に来たのは二年前で、それ以前の事は何も知らないさ」
「ならば、その頃に勤めていたギルドマスターは誰だ?」
「前のギルマス? それだったら多分、ここの連中が合成魔人のモルモットとして使ったはずだ」
「なんだと……?」
「俺も詳しくは知らんが、そいつが前任者で組織の仕事に携わってたらしい。んで、何かヘマをやらかしたんだとさ。それで処分しようって話になった時に、元特級傭兵だから研究に使えるだろって事で、ここの連中に引き渡された。んで、組織は代わりとして俺を派遣したんだよ」
「……」
唐突な質問にバンデラスは怪訝に問い返す。
それに対して何等の反応を見せず、少しの間だけ沈黙していたケイルが再び口を開いた。
「……もう一つ、貴様に訊ねる」
「なんだよ?」
「アリアとあの少女をここへ運ぶよう依頼したのは、誰だ?」
「……」
「答えろ」
それを訊ねた瞬間、飄々としていたはずのバンデラスの空気が変わる。
表情が険しくなり、脚に力を込めたバンデラスは、最後にこう言い放った。
「――……残念ながら、俺はこれでも契約は守る主義でね。依頼人を売る気は無ぇ……よッ!!」
バンデラスは上半身を傾け左足を後ろに蹴り放ち、ケイルに攻撃を加える。
その蹴りがケイルの胴体に直撃して後退りを見せた瞬間、バンデラスは走り出そうとした時に自身の体に異変が起こった事に気付いた。
バンデラスが蹴りを放った左足が斬り跳び、前に踏み出そうとした瞬間に体が倒れる。
自身の左足が一瞬の内にケイルの抜刀した長剣で切り裂かれた事を知ったバンデラスは、滲み広がる左足の痛みで絶叫した。
「……ゥ、ァ……グ、ァァアアアアアアッ!? 俺の、俺の足ィイイ!?」
「……言ったはず。一歩でも動けば斬ると」
「ア、ァァア……ッ、グゥ……!! ば、馬鹿な……!? 俺が、剣が見えなかった……!?」
「……トーリ流術、裏の型。『隠刺之』」
両手は粉砕され、左足を失ったバンデラスは倒れ伏して立ち上がる事すら困難な姿となる。
苦しみの声と共に大量の血液を左足から流すバンデラスに、ケイルは長剣を突き付けた。
「ァ、グァ……グッ!!」
「もう一度、訊ねる。……アリアとあの少女をこの場所に連れて来るように依頼したのは、誰だ?」
「……ガ、ァ……」
「答えろ」
そう脅すケイルに、バンデラスは痛みを我慢して憤怒を宿らせる。
そして憎々しさを含んだ怒声で返事をした。
「……誰が言うかよ、糞女が……!!」
「そうか。……なら、貴様にもう用は無い」
「……!?」
悪態を吐いて答える事を拒否したバンデラスに、ケイルは冷たい視線と共に長剣を鞘に収める。
その音を聞いた時、一瞬だけ見逃されるかと思ったバンデラスだったが、凄まじい剣気を感じて違うと察した。
「ま、待っ――……」
命乞いの声を待たず、ケイルが目にすら止まらぬ速さで抜刀してバンデラスの首を跳ね飛ばす。
胴と切り離された首は中空を舞い、そのまま地面へ落下して転がった。
最後にバンデラスの目に映ったのは、赤い仮面に黒い外套を羽織ったケイルの姿。
そして仮面の紋様を見たバンデラスは、僅かに残る息で搾り出すように声を発した。
「……それは、アズマの……シノビ……面……」
「……」
「……そうか。テメェは……二重……スパ……イ……」
そう言い残し、バンデラスの瞳から生気が失われる。
ケイルは血を払った後に剣を鞘に収めながら、バンデラスに対して合掌し黙祷を捧げた。
こうして、魔人であり豹獣族バンデラスの命は幕を閉じた。
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