虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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結社編 二章:神の研究

隠された涙

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 バンデラスを殺した後、ケイルは振り返り倒れているエリクに視線を向ける。
 エリクを仮面越しに見るケイルは、次に倒れているもう一人の少女の方にも顔を向けた。

 そしてエリクがいる場所には行かず、少女の方に足を進める。
 その場所へ辿り着くと、少女を抱えて開いている出入り口の方へと進んだ。

 その時、後ろから物音がするのにケイルは気付く。
 振り返ったケイルが見たのは、意識を取り戻して身体を起こすエリクだった。

「――……ケイル、か?」

「!」

「……やはり、ケイルなんだな? ……お前が、その男を?」

 エリクはよろめきながらも立ち上がり、首の無いバンデラスの遺体を見て状況を察する。
 それに反応するケイルは僅かに戸惑う動きを見せながら、足を引いてエリクと距離を取ろうとした。
 自分から離れようとするケイルに、エリクは頭を振り意識を覚醒させながら話し掛け続けた。

「ケイル、ずっと探していた」

「……ッ」

「ここにも、アリアが捕まっているはずだ……。俺と一緒に、探してくれ」

 そう求めるエリクの声に、ケイルは何も答えようとしない。
 ただひたすら身を引き、エリクと距離を取り続けた。
 そんな様子のケイルに、初めて疑問を持ったエリクは不思議そうな表情で聞いた。

「ケイル、どうしたんだ……?」

「……」

「ケイル……?」

「……全部、聞いただろ?」

「……?」

「バンデラスから、アタシがお前やアリアにやったこと。全部、聞いただろ?」

「あれは奴の嘘だ。そうだろう?」

「……」

「ケイル?」

「……お前、やっぱり馬鹿だな」

 震えた声で呟くケイルは少女の背を瓦礫に預けるように座らせ、自身の腕を自由にした後、顔を隠す仮面に手を伸ばす。
 そして仮面の下に隠れた表情を見たエリクは、僅かに驚き意識を硬直させてしまった。
 エリクはケイルのそんな表情を、初めて見た。

「全部、本当だよ。アタシがアリアを襲って、奴等に渡した」

「……ケイル? 何を言って……」

「それに王国では、冤罪になったお前を国から出す為に傭兵団の連中に脱走を勧めた」

「!?」

「お前が追われる事になったのも、アリアがここに捕まったのも、全部アタシの仕業なんだよ」

 そう自白するケイルの言葉に、エリクは隠しきれない動揺を表情で見せる。
 バンデラスの話した事が全て事実だったとケイルの口から明かされた事で、エリクの中で揺らぐ事の無かったケイルへの信頼が揺らぎ始めた。

「……何故だ?」

「……」

「何故、そんな事をした?」

「それも、言ってただろ?」

「……俺を結社に入れる為か?」

「ああ」

「どうして……?」

「そういう依頼を受けた」

「依頼……? 誰からだ?」

「……」

「誰に、俺を結社に入れろと言われた?」

 そう問い質すエリクの言葉に、ケイルは答えようとしない。
 しかしエリクは揺らぐ心と共に目に見えるケイルの表情を見て、困惑しながらも問い質した。

「ケイル」

「……ウォーリス=フォン=ベルグリンド。それが依頼主だ」

「……フォン=ベルグリンド……? ……王国の王子か?」

「ああ」

「何故、王子がケイルに……?」

「……奴は組織の情報網を通じて、王国内に潜伏していたアタシに依頼を寄越してきた。奴も組織を利用して何かやっていたのは、間違いない」

「王国の王子が結社を利用していた……? しかし、どうして俺を……?」

「奴は英雄として名の広まるお前が邪魔になったのさ。それでアタシに依頼を出して、お前に冤罪を着せて名声を貶め国内に居られない状態にした。そして行き場を無くしたお前を組織に引き渡して、何かに利用する為に依頼をして来たんだろうさ」

「……」

 ケイルの依頼主が王国の王子であり、その理由を聞いたエリクは思考を回す。
 その中で辿り着いた一つの結論に、エリクはいつもの無愛想な表情に戻りケイルに訊ねた。

「……ケイル。お前は俺を国から出して、組織に入れようとした。それでいいのか?」

「ああ」

「つまり、俺に冤罪を着せたのは王子か。……なら、気にしなくていい」

「!?」

「お前は、俺を牢獄から逃がしただけだ。だから気にしなくていい」

「……ッ」

「だから、泣かなくてもいい」

 そう話すエリクは、ケイルの顔を見て口を僅かに微笑ませる。

 ケイルは仮面を外した時から、ずっと涙を流し続けていた。
 その顔と震える声で自身の行った事を告げ、その理由を察したエリクは気にしていない事を教えると、ケイルに手を差し伸べた。

「ケイル。お前がどうして結社に入っているのか、俺は知らない。……だが、望まずにそれをやらされているのなら、そんなモノは止めてしまえばいい」

「……」

「俺は生きる為に王国で傭兵になり、魔物や魔獣、そして人間を殺してきた。……だが、今は王国から出られて良かったと思っている」

「……」

「アリアに会い、俺が知る必要は無いと思っていた事を、知らない事を色々と知れた。……そして、俺が本当はどういう生き方をしたいのかを、自分で考えられるようになった」

「……」

「俺は、俺が生きる為だけに力を振るい、何かを殺め続けるのが、本当は嫌だった。……アリアやあの医者のように、何かを生かす為に俺の持つ力を振るいたいと、そう思えるようになった」

「……ッ」

「ケイル、お前は俺達の仲間だ。アリアの事も、何か訳があったんだろう? アリアは嫌味を言うだろうが、きっと本心では気にしない。だから――……」

「――……せぇよ」

「……?」

「うるせぇんだよッ!!」

 エリクが言葉と共に差し伸べる手と言葉を、ケイルは怒声と共に跳ね除ける。
 それに驚くエリクに対して、ケイルは拳を握り締めながら怒鳴り続けた。

「いつもアイツだ! いつもお前は、アイツの……!!」

「……?」

「お前を逃がした時、意地でもお前に付いて行けばよかったんだ!! そうすれば……ッ!!」

「ケイル……?」

「……エリク。お前は、アタシと同じだと思ってた」

「同じ……?」

「お前の事は、ワーグナーや傭兵団の連中から聞いてた。子供の頃に貧民街に捨てられて、生きる為に戦い続けて来た。……アタシと似てると、そう思った」

「……」

「アタシと出会った時のお前は、何に対しても揺らがない強さがあった。それはアタシに足りないもので、お前みたいな在り方に憧れていた」

「……?」

「それなのに……。お前はアイツと出会って、アタシと再会した時には、もう別人みたいになっちまってた!!」

「……アリアのことか?」

「そうだよ! お前がアタシ等と一緒に逃げてれば、予定通り傭兵団の全員を組織に加え入れようと思ってた!! なのにアリアがお前と会っちまったせいで、アタシの予定は狂いっぱなしだ!!」

「……」

「全部、あの御嬢様のせいで台無しだよ!! クソがッ!!」

 そう怒鳴るケイルの言葉に、エリクはどう返せばいいのか困惑する。 

 自分エリクとアリアが出会った事で、ケイルに不都合が生じた。
 組織に入れようとしていたエリクが黒獣傭兵団と別の帝国方面へ逃げてしまい、そこでアリアと偶然の出会いを果たしてしまう。
 そしてアリアに雇われたエリクは半年近い時間を共に過ごし、アリアを通じて様々な感情を芽吹かせた。

 東港街でケイルが再会した時、エリクは共に居続けた傭兵団の目から見ても気質が変化しているのを感じ取れた。
 特にアリアに対するエリクの感情は今まで見せた事が無いものであり、それに驚くワーグナー達はエリクにとって良い変化だと察した。

 しかし、ケイルはそう思わなかった。
 アリアと出会った事で変化してしまったエリクにケイルは何かを思い、それに苛立ちを感じ続けた。
 それがアリアに対する反発と嫌悪としてケイルの態度に出続けていた。

「……ケイル――……!?」

「!?」 

 エリクがケイルに歩み寄ろうとした時。
 今まで続いていた微細な振動が巨大なモノへと変化し、エリクとケイルが居る場所を大きく揺らす。
 そしてエリク自身が荒らし損傷させた床が裂け始め、同時に天井が崩れ出し瓦礫が落ちてくると、ケイルとエリクの間を妨げるように塞ぎ、亀裂は更に広がった。

「なっ!?」

 エリクはケイルに近付こうと動くが、赤鬼と化した影響で身体に力が入らずその場に膝を着いてしまう。
 そして床の裂け目が拡大し、エリクのいる床が崩れて地下への落下を始めた。

「ぐっ、――……ケイル!!」

「……ごめんな、エリク。さよならだ」

 崩れる床と共に更に地下へと落下するエリクと、少女を抱え直したケイルは別れた。
 その時、外では山の中腹から飛び出るランヴァルディアとアリアの光球が外から確認されている。
 この二人の戦いが研究施設の内部を深刻な崩落へと導いていた。

 皮肉にもエリクとケイルが言葉の交わりを遮断したのは、アリアの戦いが原因だった。
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