虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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結社編 三章:神の兵士

女達の戦い②

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 再び現れたケイルを背後に抱え、アリアは動かず話し掛ける。
 その口調は皮肉を込めながらも、いつも話し掛ける際と変わらぬ声色だった。

「ケイル、久し振りね」

「……」

「何? しばらく会わない間に、仲間の顔も忘れちゃった?」

「……お前は仲間ではない」

「いいえ、貴方は私の仲間よ。前にも言ったでしょ? 勝手に辞めさせないわよ」

 腰に携えた剣を抜刀する準備を終えているケイルに対して、アリアは気圧されずに話し掛ける。
 僅かに歯軋りが聞こえる仮面の中から、ケイルが怒鳴るように唸った。

「……うるせぇよ。何も知らない御嬢様が……」

「貴方が【結社】の一員だったこと? それだったら、マシラに着く前から知ってたわよ」

「!?」

「前に言ったでしょ? 貴方が何かしらの教育を受けた人物で、何かを目的にして私達に同行して来た。そう思い至った時点で、貴方が結社に所属している構成員だと考えていた。マシラの時には、敢えてマシラ共和国の関係者だと言っておいたけど」

「……後からなら、どうとでも言えるな」

「あら、なら貴方が隠してるもう一つの事も言いましょうか? ……ベルグリンド王国で有名な黒獣ビスティア傭兵団。エリクが居た傭兵団の中に、何人か【結社】の構成員がいるでしょ?」

「……!」

「私が見た限りでは貴方ともう一人、エリクの仲間の中に不自然な人物が居たわ。……私達を東港町で見張っていた、マチスという男よ」

「……ッ」

「マチスという男が結社として貴方と繋がりがあるとすれば、色々と腑に落ちない部分の説明が出来るのよ。……貴方が先回りして私達と一緒にマシラへの渡航に同行できた理由もね」

「……」

「私がマシラへ渡航する事を初めて会ったマチスに話した後、彼は貴方にだけエリクがマシラへ渡る事を先に話したんでしょ? そしてギルドマスターのドルフに金でも掴ませてマシラまでの護衛仕事に加えるように取り計らせたってとこよね?」

「……」

「他にも色々と考えられる事はあるわよ。……例えば、私達を東港町で襲って来た覆面の男達。彼等はエリクの仲間だった他の傭兵達なんじゃない?」

「……ッ」

「私を優先して狙っていたのも、エリクと私を引き剥がす為。そしてエリクが傭兵団と合流した後、全員を【結社】へ勧誘する為。だからあの場面で襲って来た。違う?」
 
 アリアは淡々と自身の推論を並べていく。
 それにケイルは奥歯を噛み締め、沈黙を貫いた。

 アリアは始めから疑っていた。
 エリクが自身の傭兵団内部の人間に嵌められ、冤罪に陥れられた事を。
 そして襲って来た覆面の男達や、あの場で助けに入ったマチス、そして都合良くマシラまでの護衛を請け負っていたケイルを怪しんでいた。
 そもそも、アリアを襲った覆面男達が居る街にエリクの傭兵団も滞在していたという偶然がアリアには不可解であり、マチスを始めとした黒獣傭兵団の面々に警戒を抱いていたのだ。

 そして今まで頭の中に過ぎっていた考えをケイルに尋ねるが、返事は来ない。
 その態度がアリア自身の推論と事実に差異が無い事を確信させる。

「……大方、私を帝都から追い掛け回して王国側へ誘導してた覆面男達も、黒獣傭兵団の中に潜伏していた結社の構成員ってとこかしら? 時期的に、貴方達が王国から脱走した後と被るものね」

「……」

「彼等は何者かの依頼を受けて帝国から出て行くように私を仕向け、王国へ向かうように誘導した。魔法学園に在席していた時も、ベルグリンド王国の良い話ばかり私の耳に入ったのよね。エリクに聞くまで王国の悪評が私の耳に入らなかったもの。それは私が馬鹿皇子ユグナリスと茶番を演じた後に、王国へ亡命するよう促していたってところかしら?」

「……」

「貴方とマチス達はそれぞれ違う意図で結社に雇われ、仕事を請け負った。貴方はエリクを組織に勧誘する役割を。そしてマチス達は私を王国へ連れて行こうとした。……でも私が逃げ延びてエリクと合流した事を知った依頼者が、マチス側の仕事を中止にさせた。そんなとこ?」

「……」

「答えなさいよ、ケイル。……そうじゃなきゃ、話が出来ないじゃない」

 アリアの推論を、ケイルは肯定も否定もしない。
 代わりに背後に立つケイルが殺気を滾らせ、今にもアリアを斬りそうな気配だけが漂う。
 それを感じるアリアは殺気を背負いながらも、少し寂しそうな笑みを浮かべた。

「……私は初めから、貴方を結社の構成員だと知っていた。でも、仲間だと思っていたのも本当よ」

「!」

「貴方を仲間に誘った時、私は言ったわよね? 私とエリクだけだと何かが足りてないって。その埋められる何かが、貴方にはあるんだと思った。だから旅の仲間へ誘ったのよ」

「……」

「貴方がエリクに対して結社の仕事だけの関係じゃなく、特別な目で見ているのも分かっていた。……だから今回の騒動が終わった後、私は大人しく御爺様に捕まって貴方にエリクを託そうと思ってた」

「……なに……!?」

「結社絡みの騒動にエリクを巻き込みたくなくて、だからマギルスにも頼んで一芝居打ったっていうのに……。それなのに、マギルスは奴隷を盗むわ、他の結社が関わって来たせいで貴方が裏切って私を売るわ、エリクが今回の件に関わってるわ。もう本当に、何もかも最悪よッ!!」

「!?」

 全てを明かしたアリアと、その話を聞いたケイルが動揺した瞬間。
 アリアが手の内に隠して零した一つの白い魔石が床へ落ち、それに気付いたケイルが気を取られて目を向ける。
 そして次の瞬間、その魔石が薄暗い部屋に凄まじい閃光と破裂音を発した。
 ケイルは仮面越しに直接その光を直視し、耳鳴りを起こす程の破裂音に驚き思わず身を引く。

「ッ!?」

「うりゃぁ!!」

 ケイルが目を瞑り剣の柄から手を離した瞬間、アリアが振り返りケイルに飛び掛かる。
 硬直したケイルは回避も迎撃も出来ずに押し倒され、床へ頭を強く打ち付けた。
 その衝撃で仮面が外れ黒い外套のフードが頭から外れると、ケイルの顔と赤髪が晒される。

「クッ、この……ッ!!」

 咄嗟にケイルの腕を両膝で押さえ込んだアリアは馬乗りとなり、閃光と破裂音で目と耳を一時的に利かない状態にされたケイルは腕を封じられた事を察して身を捩じらせ膝をアリアの股下に割り込ませる。
 しかし膝で押し退けようとする前に、ケイルの顔面をアリアの右拳が殴り付けた。

「ッ!!」

「私はね、やられたら根に持つ方なのよッ!!」

 目を閉じて閃光を回避していたアリアだったが、破裂音は防げず耳鳴りが収まらぬ中で更に左拳を振り下ろす。
 ケイルは両腕と目と耳が利かない状態で顔面を殴られ続けながらも、割り込ませた膝を押し上げて殴った瞬間のアリアを前へ押し退けた。

「――……こ、の野郎ッ!!」

「!」 

 膝で押し退けられ前へ傾いたアリアは倒れ込み、ケイルの上から外される。 
 まだ目と耳が利かないケイルはよろめきながら立ち上がり腰の剣を抜こうとするが、今度はアリアの蹴り足がケイルの顔面へ跳んで直撃した。

「ァ……ッ!!」

「あの時のお返しよッ!!」

 蹴り上げられたケイルは柄を掴んだままの仰け反る衝撃で引き抜いてしまい、長剣を床へ落とす。
 そこにアリアが更に飛び掛かり、ケイルの腰に下げているもう一つの小剣を引き抜いて奪い取った。

 小剣の刃をケイルの首に押し当てたアリアは、ケイルを動けないようにする。
 倒れたケイルは小剣と自由を奪われた状態で押さえ込まれ、殴られた顔で息を乱しながら薄く目を開けた。

「ハァ……ハァ……ッ!!」 

「ハァ、ハァ……!!」

「……殺せ、殺せよ……!!」

「あぁ!? 何言ってるか、聞こえないわよ! どうせ殺せとか言ってるんでしょうけど!」

「何だよお前は……、何なんだよ……ッ!!」

「だから、聞こえないって言ってるでしょ!! ……そっちも聞こえないでしょうけどね!」

「偶然会っただけのお前が、どうしてエリクを……!!」

「……エリク? エリクって言ってるわね! 私を気に入らないとか言ってるのも、結局は惚れた男が違う女ばっかり気にしてるからでしょ!? 私に見苦しいとか言っといて、アンタは女々し過ぎるのよッ!!」

「お前さえ、お前さえ居なけりゃ、エリクはあんなに……!!」

「姉妹揃って、本当に面倒臭いわね……!! 惚れた男にくらい、素直に甘えろってのよッ!!」

 互いに耳が利かない状態で罵り合い、最後にアリアが右拳をケイルの額に叩き付ける。
 僅かに浮いていたケイルの頭がその衝撃で床へ衝突し、脳を揺らして意識を飛ばした。

 外で激しい戦いが繰り広げられる最中、アリアとケイル戦いに秘かに行われて決着する。
 ケイルは涙を溢れさせながら気を失い、アリアは朦朧とした意識と頭痛の中で女の戦いに勝利した。
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