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螺旋編 三章:螺旋の未来
英雄の登場
しおりを挟む元ルクソード皇国、現在ではアスラント同盟国となっている大陸の西側。
大陸の多くの市町村が空襲を受けた中で唯一、港としての機能を残していた都市が存在していた。
そこは三十年前にエリク達が砂漠の大陸へ向かった港都市でもあったが、今まさに魔導国の襲撃を受けてしまっている。
襲撃が始まったのは、エリク達が港都市を視界に捉える三十分前。
突如として港上空から十数個の直径三メートルの鋼色の鉄球が降下し、港都市を覆っていた結界に接触した。
十数秒ながらも結界は持ち堪えたが、降り注ぐ鉄球の数が増すにつれて結界が突き破られ、港都市内に鉄球が降り注がれてしまう。
幾多の建築物を圧し潰しながら降下する鉄球に、港都市にいた者達は逃れるように離れて逃げる。
その影響で崩れた瓦礫などで犠牲者が幾人か生まれたにも拘わらず、その鉄球が更なる被害を生み出した。
「――……こ、これが……魔導国の魔導人形か……!?」
駆けつけた兵士達が犠牲者の救助をしようとした時、降り注ぎ停止した鉄球が突如として動き出す。
まるで卵のように、鉄球の殻を割られると手足が姿を現し、更に胴と頭が備わる姿を成したのだ。
直径三メートル前後の鉄球が直立し、五メートル強の魔導人形へと変貌する。
それは現在、ホルツヴァーグ魔導国が生産し生み出している主戦力の兵器であり、同時に兵士でもあった。
「だ、第二部隊から第五部隊は敵魔導人形を制圧! 第六部隊と第七部隊は民間人の救出と脱出を援護せよ! 第一部隊は、基地施設の防衛に当たれ!!」
「ハッ!!」
「首都へ連絡! 敵魔導国が来襲、救援を請うと!!」
港都市の同盟国兵士達はその事態に対し、適切に対応して見せた。
主力部隊が敵魔導人形を引き付けている間に、予備兵力を民間人の救出と脱出に割り当てる。
そして軍港を預かる司令官を主軸にした部隊が基地を防衛し、アスラント同盟首都へ襲撃の知らせを伝えた。
しかし、魔導国の魔導人形は彼等の予想を裏切る形で性能を披露する。
短銃から長銃を持って迎え撃つ同盟国の兵士達の攻撃は、魔導人形の装甲を貫く事が出来ない。
それを察した部隊長の指示により、鞄ほどの大きさに包まれた爆薬が使用され、導火線に火が付いた状態で魔導人形の傍に投げ込まれる。
そして爆弾が爆発し、周囲に立ち込める土煙と埃の中から魔導人形が何の損傷も無く立っている姿は、兵士達の表情を渋くさせた。
「あの魔導人形は……!!」
「報告にあった、例の新型か……!?」
「全部隊に連絡しろ! 敵魔導人形は報告の新型だ!! 歩兵の装備では装甲を貫けない!!」
「胴体の核を破壊するには、大砲で打ち抜くしかない……!!」
目の前に姿を現した魔導人形が旧型ではなく、新型だと兵士達は察する。
魔導国が使用していた旧型魔導人形は、石や土塊を基礎構造として形を成しており、耐久力はあるが瞬間火力を誇る攻撃力で蹴散らせるモノだった。
しかし今の魔導国は新型の魔導人形を開発し、それを兵器として運用している。
その表面を覆う材質は銃弾や爆弾程度の火力では損傷すら与えられず、驚異の防御力を誇っていた。
しかしその反面、重量が増した為に動き自体は遅い。
それを察した兵士達は新型魔導人形の弱点を突くように、周囲に散らばりながら銃撃して注意を引き付けた。
『――……』
そうした兵士達の対応を静かに見ていた魔導人形は、単眼の目を赤く光らせる。
それと同時に魔導人形の両腕が更に形を変化させ、握り拳のようだった両手が五本の指を成して拡がった。
それを確認していた兵士達は、僅かに目を見開く。
そして緩やかな動作で両手を左右に向けた新型魔導人形が、穴の開いた指先を物影に隠れる兵士達に向けた。
「あれは――……」
「……全員、物影に隠れろ!!」
魔導人形の不自然な動作に危機感を察した部隊長が、大声で兵士達に命ずる。
そしてその勘は、悪い意味で的中した。
魔導人形の指先から突如、光弾が放たれる。
それが指先に向けられた複数の兵士達の胴体や手足を貫き、更に分厚い建築物の壁さえ貫通した。
「グ、アァッ――……!!」
「ァ……グォ……」
「ま、魔法の銃弾か……!!」
新型魔導人形から放たれた魔力で生み出された銃弾で、幾人かの兵士達が絶命し、辛うじて生き永らえた兵士達も負傷して蹲る。
旧型の魔導人形は巨大な体躯に似合う腕力頼みの攻撃が主体だった。
故に距離さえ離れていれば、その攻撃を受ける事は無い。
しかし新型は超重量である欠点を補う為に、中距離での射撃戦を行えるように改良されていた。
その情報が行き届いていなかった部隊は半壊し、更に十数個以上の鉄球が降り注ぐ。
兵士の数では同盟国が上回りながらも、新型魔導人形による制圧力はそれを凌駕し、数十分の内に港都市はその機能と兵力をほとんどを失った。
港都市が襲撃を受けてから、僅か一時間程で陥落する。
今現在、生き残った僅かな兵力と予備兵力が敵魔導人形を何とか引き付け、港都市を放棄して民間人を都市外に避難させている。
しかし港都市の防衛力は七割以上が喪失し、基地司令官と主だった部隊長達は戦死した。
残る兵士達のほとんどは訓練を受けていた若者達とそれを率いる訓練教官達のみ。
港都市にいる二千名近い民間人達を全て無事に逃がす為の戦力としては、心許ない人員だった。
それでも避難は進められ、陸路と海路の二つで女子供が優先して逃がされる。
更に老人や男達はそれぞれに武器を持ち、若い兵士達に加わり撤退戦に参加していた。
今現在は要所となる各通路を家具や廃材などで築いた防波堤を盾に、効果の薄い銃や爆弾を用いて侵攻を阻んでいる。
「――……救援は、首都からの救援はまだ来ないのか!?」
「何とか持ち堪えさせろ!!」
「正面、敵魔導人形が三体!!」
「左右からも来ています!」
「避難状況は!?」
「まだ、二百名程が西区画からで逃げ遅れていると……!!」
「第八班と第十班を向かわせろ!!」
「我々だけでは、ここを維持できませんよ!?」
「クソ、どうすれば……!!」
銃弾と爆弾の残数は少なく、新型魔導人形に打撃を与えられずに侵攻をほとんど止められない。
絶望的な状況で指揮する教官達の苦悶の表情と声は訓練兵達にも伝わり、絶望の雰囲気が周囲を漂った。
それに追い打ちをかけるように、正面の防波堤が魔導人形によって薙ぎ払われる。
そして隙間から見える兵士達を捉えた瞬間、両手の指を向けて魔弾を連射し始めた。
それと同時に左右から迫る魔導人形も魔弾を放ち、防波堤を削り吹き飛ばしていく。
その凄まじい銃撃音と破壊されていく防壁に、若い訓練兵達は絶叫を上げながら蹲った。
「ウ、ワァアアッ!!」
「も、もうダメだぁ……」
「俺達、死ぬんだ……」
「諦めるな!!」
絶望的な状況に屈する訓練兵達に、それでも一人の教官は叱咤する。
銃撃にも勝るその声に、訓練兵達が顔を上げてその教官を見た。
「ヒュ、ヒューイ教官……」
「絶対に、生きて帰るって気持ちが大事なんだ! そう俺が教えた事を、もう忘れたのか!?」
「で、でも……」
「顔を上げて、敵を見ろ! 最後まで生きるのを、諦めるな!!」
「……ッ!!」
絶望する訓練兵達を叱咤し、ヒューイと呼ばれる黒髪中年の教官はそう怒鳴り伝える。
そう言われて顔を上げた訓練兵達は、再び銃を持ち構え直した。
そして魔導人形からの銃撃が止み、ヒューイが手持ち爆弾の一つを魔導人形がいる場所へ投げる。
それが爆発する同時に、訓練兵達に命じながら銃を構え、壁に隠れながら魔導人形へ攻撃した。
「撃て!! 撃って、時間を稼げ!!」
「は、はい!!」
そう銃撃を浴びせる教官達と訓練兵達は、正面と左右の魔導人形へ攻撃を加える。
しかも魔導人形は止まらず、再び手を広げて指を訓練兵達に向けた。
「……!?」
そして今まで弾として打ち出されていた魔力の光弾が、圧縮した塊となり放出される。
それで防波堤と通路の壁が破壊され、教官を含めた訓練兵達が身体を吹き飛ばされた。
「ぐ、あぁ……」
「ぅ……」
「い、てぇ……」
「ぁ……ぎ……」
吹き飛ばされた全員が呻き声を漏らしながら、横に倒れて苦しむ。
その中で痛みを我慢したヒューイは顔を上げて身体を起こし、銃を手に取った。
「く……っ!?」
『――……』
その時、通路を突破して倒れているヒューイと訓練兵達を魔導人形が発見する。
そして魔導人形は物言わぬ姿で指をヒューイと訓練兵達に向け、光弾で殺そうと構えた。
全員が負傷し苦しむ中で、ヒューイはそれでも銃を構える。
そして光弾より先に銃の引き金を引こうとした時、突如として黒い大剣が魔導人形を潰し裂くように頭を貫いた。
「!?」
その光景にヒューイは驚き、上空を見る。
そして上空から一つの大きな黒い影が降り立ち、更に別の魔導人形の頭部を踏み潰すように降り立った。
ヒューイ達の前に降り立ったのは、黒い外套を纏った黒髪の大男。
その大男は瞬く間に圧倒的装甲を誇る魔導人形を二体も破壊し、更に突き刺さる黒い大剣を引き抜いて別の魔導人形へ襲い掛かった。
「――……ガァッ!!」
『!!』
黒い大剣に纏った赤い魔力が飛び、左右に離れた魔導人形達を切り裂いて破壊する。
それを見ていたヒューイと教官達、そして訓練生達は目の前の光景に信じられずに呆然としながら、黒い大男を見た。
そして教官達が、その男を見てこう呟く。
「黒い、大剣……。黒髪の、大男……」
「まさか……」
その教官達の声を聴き、ヒューイも思い出したように表情に驚きを浮かべる。
そして痛みを堪えながら立ち上がり、魔導人形を破壊し終わった大男に声を掛けた。
「貴方は、まさか……」
「……ここに残っているのは、お前達だけか?」
「は、はい。……しかし西地区に、避難が遅れた者達が取り残されて……」
「そうか。……お前達も避難しろ」
「し、しかし……」
「お前達は、十分に守った。後は、俺達で守る」
「!!」
そう告げて大男は大剣を持ちながら軽く屈んで跳躍し、建物の屋根を伝いながら移動する。
それと同時に周囲から凄まじい斬撃音が鳴り響くと、ヒューイは呆然としながらも思い出していた。
三十年前、ヒューイはあの大男と出会っている。
その時のヒューイはまだ幼く、皇都が襲撃された際に母親が重傷を負い、何も出来ずに姉と共に助けを呼ぶしかなかった。
そんな彼と姉を助け、母親と父親の大怪我を治せる天使を連れて来てくれたのが、あの大男だった。
「……おじさん。また、助けに来てくれたんですね……」
ヒューイは目に涙を浮かべながら、それを腕で拭う。
そして倒れている者達を引き起こし、避難の指揮を請け負った。
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