虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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螺旋編 四章:螺旋の邂逅

ケイルの難関

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 傭兵ギルドから十数人の傭兵を勧誘し、マチスは王都へ連れ帰る。
 ワーグナーはそれ等の人員の面接と同時に実力の確認を行う為に、主力団員の何人かと模擬戦を行わせた。
 それ等の傭兵達は確かな実力を持ち、模擬戦で対面した団員達に勝利し、あるいは惜敗する者達もいる。

 その中で圧倒的だったのは、一人だけ女性である傭兵。
 ケイティルという名でマチスに紹介されたワーグナーは、始めこそ女傭兵である事に不安感を持った。

 ベルグリンド王国内には、女傭兵がいない。
 傭兵団に所属する女性はいても、彼女達は家事や留守詰めを預かるだけの留守番要員となる場合がほとんどで、戦場で活躍する機会も無ければ、活躍する話も一切ない。
 それには女性としての身体的特徴や生理的現象も原因しており、どれだけ腕があっても傭兵として仕事をする上で女性は不向きであるという認識もあった。

 故にワーグナーは始め、ケイティルを連れて来たマチスに問い質した。

「――……おいおい、女の傭兵かよ。しかも若過ぎないか?」

「そうっすね。でも、傭兵としての腕前は凄いみたいっすよ」

「ほぉ、お前よりか?」

「そりゃあ、やってみなきゃ分からないっすけどね」

「じゃあ、マチス。お前が連れて来たんだ、お前がそいつとの模擬戦、やってみろ」

「えぇ……。しょうがないなぁ、分かりましたよ」

「確か、ケイティルだったが? お前さんも、それでいいか?」

「ああ」

 ワーグナーはそう指示し、マチスとケイティルに模擬戦を行わせる。

 マチスの身軽さと体の使い方はエリクより上手く、高所から低所までの移動や跳躍力、また障害物などを利用した移動技術が卓越していた。
 斥候としても気配の消し方に長けており、暗闇での奇襲では相手に気取られる事も無いまま背後から襲い、相手の首を短剣で掻き斬る事が出来る。

 黒獣傭兵団の主力団員の中でも三十歳と若いマチスに対して、更に若い二十歳前後のケイティルが渡された木剣を握り、詰め所の広場でワーグナーや他数人の団員と外部傭兵達を観客として模擬戦が開始された。 

「――……!」

「……トーリ流術、『またたき』」

 対峙した二人の中で先に動いたケイティルが、緩やかに歩みながら左腰に木剣を携え構える。
 そして次の瞬間、一瞬で身を屈めて抜刀を模した形で木剣を素早く振り抜いたケイティルは、マチスの胴体に木剣を薙がせた。

 マチスはその抜刀の速さに驚きながら後ろへ飛び、木剣を回避する。
 そしてすぐに態勢を立て直しながら木製の短剣を両手で構え持ち、口元に僅かな笑みを浮かべさせた。

「へっ、速いな」

「……」

 ケイティルは薙ぎ振った剣を静かに左腰へ戻し、再び腰を軽く落としながら歩み寄る。
 それに応じるようにマチスも歩み寄り、剣の射程に入ると再びケイティルが抜刀した木剣で狙った。

 しかし今度は、襲い迫る木剣をマチスが両手に握る二本の短剣で受け止める。
 それにケイティルは驚きの目を向け、ニヤけた笑みを浮かべたマチスは剣を右足を軸とした左足の前蹴りをケイルに浴びせた。

「よっとッ!!」

「!」

 上体を前屈みにしていたケイティルの顎先へ、マチスの蹴り足が下側から飛び出る。
 それを紙一重で見切ったケイティルは下がり、振った剣を戻しながらマチスとの間合いを外れた。

 互いに再び見つめ合い、マチスの方は口元に笑みが浮かぶ。
 ケイティルの抜刀も、そしてマチスの前蹴りも、どちらも二人でなければ防御も回避も不可能だった。

 そう思わせる高い実力の二人に、周囲の観客である傭兵達は驚きを隠せず口を半開きにさせる。
 特に驚いているのはケイティルの実力であり、また見た事も無い剣技を使う様子を見て王国の傭兵達は物珍しい目を向けていた。

「へぇ。流石は、一等傭兵って奴だな」 

「……貴方も、相当な手練れですね。……その体術を、何処で?」

「それは秘密さ」

 そう言いながらケイティルの質問を受け流し、マチスは両手の短剣を回し掴みながら一気に間合いを詰める。
 目の前に迫り左右から短剣を薙がせたマチスに、ケイティルは避けるように飛び退いてから一気に間合いを詰めて剣を抜き放つ。
  それを右手の短剣で受け流し逸らしたマチスは、同時に左足を跳躍させて回転蹴りをケイティルに見舞わせた。
 
 ケイティルは左手でその蹴り足を受け止め、右手に持つ剣を戻しながらマチスを薙ぐように刃先を向ける。
 それに対応するマチスは叩き込んだ左足をすぐに回し退けながら身体を捻り、軸足である右足で地面を蹴りながらケイティルが戻した剣を回避して見せた。

 そして互いに態勢を戻し、再び武器を構えて見合う。
 黒獣傭兵団の面々はマチスと対等に戦えている女傭兵ケイティルの姿に瞠目し、ワーグナーは口元に笑みを浮かべながら手を叩いた。

「――……二人とも、そこまでだ」

「!」

「えっ、もういいんっすか?」

「ああ、実力は分かった。……ケイティルだったか?」

「はい」 

「お前さんは確かに強い。だが正直、それだけの腕前なら他の国でもっと良い条件で雇ってくれる所もあったはずだろう?」

「……」

「なんでわざわざこの国の、しかも平民ばかりの俺達みたいな傭兵団に所になんか来たんだ?」

 ケイティルの腕前を見たからこそ、ワーグナーは疑問に思い質問をする。
 それにケイティルは少し考え、軽く息を吐いて平常時の体勢へ戻してから答えた。

「……出来れば、人払いを」

「聞かれたくない話か?」

「ええ」

「そうか。……んじゃ、中でいいか?」

 マチスは要望に応え、詰め所内の一室にケイティルを招く。
 そして改めて対面すると、ケイティルは質問に答えた。

「……とあるモノを探し、私は傭兵をしながら各国を巡っています」

「探しモノってのは、なんだい?」

「家族です」

「!」

「私の家族は、故郷を追われ奴隷として囚われた。その家族の行方を、私は探しています」

「……この国に、その奴隷になった家族がいると?」

「分かりません。それを探す為に、国を渡り歩いているので」

「……そうか」

 ワーグナーはその話を聞き、深く息を吐き出しながら考え込む。
 そして悩むように考えていると、ケイティル自身からこう告げられた。

「家族探しに、貴方達を付き合わせようとは思わない。……ただ、この国に滞留できる理由となれる拠り所を借り受けたい」

「……なるほどな。つまり俺達の傭兵団を隠れ蓑にして、家族を探したいってことか」

「ええ」

「……なら、俺からも要望だ」

「何でしょうか?」

「俺も、その家族探しってのに協力させてもらおう」

「!」

「もし仮に、この王国内で奴隷なんてのが秘かに取引されてるとしたら。それは王国の法と照らし合わせても立派な犯罪だ。もしそれに貴族が関わってるようだったら、悪辣な王国貴族共を法的に糾弾できるかもしれん」

「……」

「俺は、この王国の貴族共が大嫌いだ。そいつ等を表立って裁ける機会を、ずっと探してた」

「……貴方は王国の貴族に雇われる傭兵団にも拘わらず、その貴族達に叛意できる機会が欲しいと?」

「別に反乱を起こしたいわけじゃない。だがこの王国の貴族共は、どいつもこいつも腐ってやがる。そんな奴等にこの国を、そしてこの国で暮らしてる奴等の生活を、無茶苦茶にさせたくない」

「……」

「仮にお前さんの家族がこの国にいるなら、取り戻すのに協力する。そして故郷に戻るなり、なんなら俺の方で家族ごと暮らせそうな場所や仕事を探す事も出来る。……どうする?」

 ワーグナーの提案にケイティルは考えるように表情を俯かせ、十数秒程の時間を悩む。 
 そして顔を上げると、ケイティルは頷いて答えた。

「……分かりました。捜索に協力してくれると言うのであれば、こちらも助かります」

「情報なんかはマチスの班で受け持ってるから、聞きたい情報があれば聞くなりするといい。マチスには、俺から言っておく」

「分かりました。……それと、もう一つ聞きたい事が」

「?」

「貴方が、この傭兵団で団長をしているエリクですか?」

「ん? ああ、そうか。俺は副団長ワーグナーだ。そっちの紹介ばっかで、言ってなかったか」

「副団長……。なら、団長のエリクは?」

「エリクの奴なら、朝から居ないな。どっかほっつき歩いてるんだろ」

「……?」

「あいつはあいつで、顔が広いからな」

 そう言いながら思い出すように笑いを含めた表情を見せるワーグナーに、ケイティルは疑問の表情を浮かべる。
 そしてその日、夕暮れ時になってエリクが巨大な熊を抱えて現れると、ワーグナーに紹介されながら新たに加わった傭兵達と顔合わせをした。

「これが、ウチの団長をやってるエリクだ」

「よろしく」

「ところでお前、森の方に行ってたのかよ?」

「ああ」

「今日の試験はお前も見ろよって、昨日の内に言ったろうがよ」

「そうだったか?」

「また忘れやがって。まったくよぉ」

「すまん」

 そうワーグナーと話しながら詰め所の入り口から広場へ向かおうとするエリクは、新しく入った者達の顔を見ながら少し考え、抱えている熊を軽く揺らしながら首を動かして聞いた。

「お前達も、食うか?」

「あっ、はい……」

 新しく入った傭兵達や訓練を受けていた新人達が、三百キロ以上はあるだろう熊を平然と抱えてるエリクを呆然と返答すると、広場のど真ん中で解体作業を始めるエリクに更に驚かされる。
 それに呆れるワーグナーはマチスを呼び、血抜きを済ませていた熊肉を使い、広場の真ん中で薪を使用した焚火を団員達と共に作り始めた。

 新人達はその光景を見て戸惑い、その中にいるケイティルも不可解な表情を浮かべる。
 そして焼いた肉を焚火で焼きながら、その内の一本をワーグナーが新人達に向けた。

「おう、お前達も食えよ。団長がお前達の為に獲って来た、肉だぜ」

「え……?」

「歓迎してるのさ。エリクの奴、その為に獲って来たんだろうな」

 そう言いながらワーグナーは肉の串焼きを新人の一人に渡し、他の団員達も新人達に渡していく。
 それを手にして戸惑いながらも食し、団員達と新人達は酒を交えながら交流する。
 その中でエリクも厚く焼いた肉を木製の更に載せてナイフで刺しながら齧り、新人達と団員達が交流する場を静かに見ていた。

 その時、ケイティルが食べているエリクの横へ歩み寄る。
 それを視線だけで横見したエリクは、肉を噛みながら首を傾げた。

「……?」

「貴方が、団長のエリクさんですか?」

「ああ」

「私はケイティル。今日、正式に黒獣傭兵団へ入団しました」

「そうか」

「少し貴方に、話したい事があります。時間を頂いても?」

「俺は、そういうことはしない」

「え?」

「俺は、戦うだけだ。そういう事は、ワーグナーやマチスがしている」

「いえ、貴方個人に話があるだけで……」

「俺は交渉するなと、ワーグナーに言われている」

「い、いや。あの、私は話をしたいだけで……」

「話は、ワーグナーにしてくれ」

「えっ、ちょっと――……!」

 エリクは肉を齧りながら立ち上がり、話をしたいと告げるケイティルから離れていく。
 全く相手にされないケイティルは困惑染みた表情を浮かべ、その場に取り残されてしまった。

 後日、ケイティルはエリクに関する話を傭兵団の団員達に聞く。

 曰く、エリクは文字が読めず、また言葉も聞きなれた言葉しか理解できない。
 更に人の名前も覚えられず、付き合いの長いワーグナーやマチス以外の名を口にした事は無く、長過ぎる名前や名称のモノはほとんど覚えられないという。
 ほとんどの団員達はそうしたエリクに諦め慣れており、顔だけでも覚えてくれるように努めているらしい。

 それを聞いたケイティルは顔を引き攣らせ、大きく溜息を吐き出しながら赤髪を掻く。

 それから一ヵ月もしない内にケイティルという名を改め、略称であるケイルという名で傭兵団内で名乗るようになった。
 更に言葉も丁寧な口調を止め、傭兵団に溶け込み易い荒げた口調となり、男勝りな様子になっていく。
 
 しかし何度かエリクに話をしようとするも受け流され、ケイルは頭を悩ませる様子を見せていた。
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