虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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螺旋編 四章:螺旋の邂逅

不平等の死

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 ベルグリンド王国の農村が襲われ、その被害は甚大なモノとなる。
 それに遭遇し農村の住民達を助け出したエリク達と、ワーグナーが率いる後続の黒獣傭兵団が合流した。

 農村の惨状に合流した団員達は驚愕と動揺を見せたが、その中で最も動揺していたのはワーグナーだったのだろう。
 ワーグナーは避難途中で合流したマチスに指揮を託し、焦るようにある場所へ走り出した。

 まだ火が残る村の中を走り、田畑と牧場の広場が見える道へ入る。
 到着したのはマチルダとその家族が暮らしていた家であり、その家や近辺の納屋も燃えている光景を見ながら、ワーグナーは必死に周囲を見渡しながら走り回った。

 そしてワーグナーは、エリクが屈んでいる後ろ姿を見る。
 それに声を掛けようとした瞬間、その近くで横たわる者達の姿を見て目を見開き、足を止めて呆然とした表情を浮かべて呟いた。

「……おい、嘘だろ……」

 ワーグナーはそう呟きながらも恐る恐る足を動かし、エリクが居る場所に近付く。
 その足音に気付いたエリクは振り返り、それがワーグナーである事を確認して立ち上がった。

「――……ワーグナー」

「……なんでだよ。なんで、こんな……」

「……間に合わなかった。すまない」

 ワーグナーの表情を見たエリクは、表情を曇らせながら謝る。
 それを聞いているのかいないのか、ワーグナーはエリクの傍まで近付いて横たわるマチルダとその家族達を見た。

 マチルダ本人は身体の正面を深々と切り裂かれ、夫も腕や身体に斬られた傷が幾つもある。
 そして娘には剣で背中を貫かれ、その傷は身体の正面を突き破っていた。
 娘である姉に庇われていた十歳の弟は、貫かれた剣が心臓を貫き、息絶えている。

 昨日まで元気だったマチルダとその家族は、無残な姿となって死んでいた。

 それを見たワーグナーは膝を曲げて屈み、マチルダの頬に手を触れる。
 そして影が宿る表情で涙を流しながら、ワーグナーは目を開けて死んでいたマチルダの瞳を指で閉じさせた。

 他の家族達も同様に目を閉じさせると、ワーグナーは静かに立ち上がる。
 そしてマチルダとその家族に後ろ姿を見せ、怒りが籠る声でエリクに聞いた。

「……ここを襲った連中は?」

「盗賊だと思う。村にいる全ては、殺したはずだ」

「そうか。……俺の分も、残しといてくれよ」

「すまない」

「……いや。お前が殺ってくれたんなら、それでいいさ」

 そう言いながらワーグナーはその場を離れ、村の方へ歩み戻る。
 エリクは悲しみを宿した背中を見てから、後ろを振り返った。
 そしてマチルダとその家族達を見て心の中で謝り、ワーグナーの後ろを付いて行く。

 その後、黒獣傭兵団は救助した村人達の負傷を手持ちの荷物で応急処置を行い、更に少数を近隣の村や町に対して報告と注意を呼び掛けた。
 更に燃え続ける建物の火消しを行い、可能な限りで燃え広がりを防ごうとする。
 そしてエリクや団員達の手で、死んだ者達の遺体が村の広場で並べられた。

 畑が幾らか踏み荒らされてはいるが、農作物自体に被害は少ない。
 しかし人的被害は大きく、村人が八十名以上も殺され、更に暮らすべき家などが全て燃やされていた。
 その中には燃える建物に留まっていた者達もおり、焼死体となって発見された者達もいる。

 その状況に不自然さを感じてワーグナー達に報告したのは、ケイルだった。

「――……ここを襲った連中だが、見た目は貧相なのに食い物や金を強奪する様子が無かった。ただ女子供も見境なく殺してる事から見ても、殺人自体が目的だったように思える」

「……」

「それと襲った連中を何人か殺って分かったが、全員が正気とは思えなかった。どいつもこいつも虚ろな表情で、人を追い回して武器を振り回してやがったからな。アタシが奴等の首を飛ばしたのを見たのに、臆する事なく突っ込んで来やがった。アレは正気には思えん」

「麻薬か何かを、使ってたのか?」

「分からない。だが装備や見た目以上に、やたら動きが素早くて力が強かった。あんな刃毀れした鈍らの剣で人体を深く斬るなんて、普通は出来ないからな。普通は骨で止まる」

「……」

「それと、何人か捕らえて情報を聞き出そうとしたんだが。手足を筋を斬って動きを止めた後、捕まえた連中が死んだ」

「……自殺したって事か?」

「いきなり動かなくなって死んだんだ。ワケが分からねぇよ」

 状況を伝えるケイルの言葉に、全員が表情を困惑させる。

 そうした事を気にせず殺していたエリクも、盗賊と思しき集団が虚ろな表情を浮かべ、感情や意思を見せずに村人達を殺していた事には気付いていた。
 それを改めてケイルに説明され、一部分の言葉を理解しながらケイルに頷いて同意する。

 ケイルの証言を聞いてもワケが分からない団員達だったが、その中でマチスは声を出した。

「とりあえず、この事を近くの町に駐在してる兵士連中に事を伝えて、村人も保護してもらいましょうや。俺達の荷物と装備じゃ、村の復興どころか、薬や食事を行き渡らせる事も出来やせんよ」

「……そうだな」

「ワーグナーの旦那とエリクの旦那は、怪我の軽い村人を連れて近くの町まで救援を。俺達は重傷者を守りながら近隣を調べて、他の盗賊らしき集団なんかが居ないか索敵します。ケイル達は、他の村や町にこの事を伝えて警戒と救援を頼んでくれ」
 
「ああ」

「分かった」

「それが終わったら、王都で合流で。……それで良いっすか? ワーグナーの旦那」

「……ああ」

 マチスの意見に全員が耳を傾け、エリクとケイルは同意する。
 そして明らかに気を落とすワーグナーは、マチスの意見を聞いて団員達を行動させた。

 そして各三班に別れ、黒獣傭兵団は動く。
 ワーグナーとエリクは複数の団員と共に、動ける生存者達を守りながら数キロ先にある小規模な町に移動した。

 町に到着した時には夜になっており、多くの負傷者を携えた傭兵団の到着に町を警備していた兵士達は驚く。
 そしてワーグナーや村人達から証言を聞き、急ぎ周辺の村や町に早馬を走らせて異常事態が起きた事を伝えた。

 そして幾らかの事情聴取を受けている間に、朝を迎える。
 何とか負傷した村人達を町で保護してもらったワーグナーとエリク達は兵士達に事後処理を任せ、団員達と共に町を出て王都へ向かった。

 その間にもワーグナーは無気力な表情を浮かべ、途中の休憩中には空を見ながら涙を流す姿もエリクは見る。
 明らかに心身共に疲弊しているワーグナーに、エリクは声を掛けた。

「……ワーグナー。休め」

「ああ……」

「少しでも、寝た方がいい」

「……ああ」

 生返事しかしないワーグナーに、エリクは休む事を促す。
 そうして傍に居るエリクは更に休むよう促そうとした時に、ワーグナーから先に声が発せられた。

「……エリク」

「?」

「なんで、なんだろうな……」

「……?」

「俺みたいな人殺しが、まだ生きてて。人を殺してないマチルダが、死んじまうなんてよ……」

「……」

「なんで、なんだろうな……」

 そう呟きながら涙を零し、空を見上げるワーグナーは呟く。
 それに答えを返せないエリクは、ただワーグナーの隣にいるしかなかった。

 少しでも目を離せば、ワーグナーは手に持つ短剣で自分を自傷するのではと、そう思っていたから。
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