虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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螺旋編 四章:螺旋の邂逅

誓約の反動

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 自身の力が全て与えられたモノであるという真実に屈したエリクは、フォウルの言葉に反論できずに膝を着く。
 しかしその瞬間、フォウルに巻き付く光の鎖から妖精の姿を模したようなアリアが現れた。

 それに驚いたエリクは思わず腰を上げ、膝を立たせる。
 一方で、姿を見せたアリアに訝し気に視線を向けたフォウルは、大きく溜息を吐き出した。

『――……やっぱり、また出て来やがったか。お嬢ちゃん』

『あら、随分と邪険にしてくれるじゃない』

『当たり前だ。この鎖のせいで、俺は自由に動けねぇんだからな』

『それこそ当たり前よ。エリクのなかで、アンタの好き勝手にはさせないわ』

 そう口論を交え始める二人に対し、エリクはゆっくりと歩みながら近付く。
 それに気付いたフォウルは左手を動かし、曲げた小指に親指を重ねながら力を込めた。

 まるでデコピンを行うように左手を整えると、エリクに対して照準を合わせようとする。
 しかし左手に巻き付いた鎖が大きくなり、フォウルの左腕を封じるように下へ向けた。

『チッ』

 しかし左手首を器用に動かしたフォウルが、掌を正面に向けた状態にする。
 そして距離が離れたエリクに対してデコピンを放った瞬間、エリクの頬を霞めるように凄まじい威力の何かが通り過ぎた。

「!?」

『ちょっと!』

『ウルセェな。……おい、こっちに近付くなよ。次は当てるぞ』

「……ッ」

『もっと拘束力を強める必要が、あるみたいね!』

 フォウルの反抗にアリアは苛立ちを秘めた表情を見せ、手と手を重ねる。
 するとフォウルを拘束している光の鎖が更に太くなり、両の手足を締め上げるように巻き付いた。

 そしてそれが重いのか、フォウルは両手を下に下げる。
 更に体中を雁字搦めにするように鎖が巻き付き、フォウルの動きを完全に封じた。

『……チッ』

『言ったはずよ。アンタの好き勝手にはさせないって』

『俺がアイツに何をしようが、俺の勝手だろうが』

『アンタにエリクを好き勝手する権利なんて、まったくこれっぽっちも無いわよ!』

『テメェにだって無いだろうが』

『あるわ。エリクは私が雇ったんだから、何をしようと私の勝手よ!』

『うわっ、こういうタイプの女かよ。クッソ面倒くせぇ……』

 そう口論し合うアリアとフォウルの姿を見て、エリクは不可解な表情を浮かべる。
 先程まで凄まじい重圧を放っていたフォウルに、妖精姿のアリアは一切の気後れを抱かずに接していた。

 そのやり取りはまるで、アリアがマギルスやケイルに接している時と同じように見える。
 そうした様子を見せるアリアに、エリクは近付かずに声を掛けた。

「……君は、アリアなのか?」

『ん?』

「俺の知るアリアと似てはいるが、姿が……。それに、なんで君が俺のなかに……?」

『私はアリアよ。ただ、現実にいる私と同じ存在ではないわ』

「え……?」

『私はこの鎖でこの鬼神を縛る為に、アリアの本体から分かたれた制約ルールそのもの。人格や姿は術者自身を基本ベースにしてるけど、本人ではないわ』

「……そ、そうか。凄いな」

『あ、分かってないわね? 要するに、私はアルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンの分身なの』

「……本物ではないのか」

 現れたアリアが本人ではなく、制約の鎖を媒介としたアリアの分身体である事をエリクは知る。
 それは少なからず落胆を与えたが、それでもエリクはアリアの分身に聞いた。

「……アリア。現実の君がどうなっているか、分かるか?」

『分かるわよ。でも、今の私の事は分からないわ』

「どういうことだ?」

螺旋の迷宮スパイラルラビリンス。あの空間から脱出しようとした時、本体の私が分身である私を切り離したの。そして分身の私は、この鬼神を封じる為の制約くさりとして残り続けてる』

「切り離した?」

『ええ。本体の私は、自分に課してる制約を全て外したのよ』

「……制約を、全て外した?」

 アリアの分身が述べる言葉を、エリクは理解できずに首を傾げる。
 そうした様子を察したアリアは、エリクでも理解できる言葉で説明した。

『……実は私の本体は、幾つもの誓約と制約を自分に課していたの』

「いくつも?」

『数で言ったら、五つは課してたわね』

「!?」

『一つ目は、海の中では魔法が使えない制約。その分、地上でなら負担を大きく軽減した状態で魔法が使えるの。私が普通の魔法師より魔法を多く使えてたのは、それが理由よ』

「そうなのか」

『二つ目に、攻撃魔法の威力上限。さっき言った通り多く魔法を使用できるけど、攻撃魔法を発動させた際に制約で定めた威力以上の魔法を使い対象者に攻撃を与えた場合、その反動として自分自身に制約を超えた分の苦痛を与えるというもの』

「!」

『三つ目は、回復魔法の効力上限。制約で定めた負傷以上の傷を回復魔法で治した場合、その反動として効力上限を超えた分の苦痛を自分に与えるの』

「……!!」

『四つ目が、秘術魔法の制限。自身の血筋と異なる秘術魔法を使用した場合、その反動として秘術相応の危険度リスクに応じて自分の肉体に苦痛を与える。――……私の本体は貴方と出会うまで、その四つの誓約と制約を幼い頃に自分の魂に刻んだわ』

「……そして、五つ目が……」

『そう、それがこの鬼を縛ってる制約くさり。貴方に橋渡しする鬼の魔力を制御し、暴走状態を抑制すること。その反動が、貴方が負った苦痛を私にも共有するというものだった』

「……君は、そんな制約を、幾つも自分に?」

『こうでもしないと、幼い頃の私は自分自身の能力を制御する事が出来なかったからね』

「……そうなのか」

 エリクはアリアの五つの制約を聞き、今までのアリアが見せていた状態を察する。

 樹海で瀕死のブルズを治した時、アリアは気絶して丸一日は昏倒し続けた。
 攻撃魔法の威力に関しても、神兵となったランヴァルディアに対して凄まじい威力の魔法を繰り出した後、一ヶ月近い昏倒を引き起こしている。
 秘術魔法に関してエリクは知らなかったが、魔人ゴズヴァールと戦闘した際や、『魂で成す六天使の翼アリアンデルス』を使用した時、そしてマシラ共和国でマシラ一族の秘術を模倣した際に、アリアはそれ相応の消耗を『反動』と呟いていた。

 アリアはその四つの制約と、後にエリクの魂に施した五つの制約を自分自身に課したまま、あの過酷な旅と戦いで身を置いている。
 改めてそれを知ったエリクは、アリアという少女に抱いていた能力と評価を見直す必要性さえ感じた。

「……そして君は、その五つの制約を全て外した?」

『そうしなければ、あの状況だと全滅しかねなかったから』

「全滅……?」

『エリク。貴方は螺旋の迷宮を脱出しようとした時、本体の私と離れたわよね?』

「……ああ。君に、動けなくさせられた」

『その後、逃げていた馬車ごと貴方達は怨霊達に捕まったの』

「!」

『捕らわれた貴方達を救いあの空間から脱出する為に、本体わたしは自分自身に課している全ての制約を外した。……そしてその後に、制約を全て外した反動を受けた』

「反動……。……まさか……!?」

『そう。現実の私が記憶を失っていたのは、制約を全て外したから。……誓約の反故。私はそれを行う時、自分アリアという人間を形成した記憶全てを消す事を代償にしていたのよ』

「!!」

『……』

 アリアの分身体はそう述べ、本体の身に何が起こったのかを話す。
 それはエリク達を救い出す為に、アリアが記憶を犠牲に奮闘した結果だった。
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