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螺旋編 四章:螺旋の邂逅
別れの真相
しおりを挟む時は、アリアとエリク達が崩壊する『螺旋の迷宮』から脱出する時に戻る。
エリクの動きを電撃で封じ『魂で成す六天使の翼』で飛翔しながら離れたアリアは、『魂の救済』も用いて怨嗟に巻き込もうとする死者の怨念を排除しようとしていた。
その一方で、離れた荷馬車はマギルスの青馬で崩壊する世界を中空で駆けながら怨念達から逃れようとしている。
世界が崩壊しきるまで耐えようと逃げ回っていたマギルス達だったが、逃げ込もうとした上空に突如として裂け目が出現し、その中から溢れ出た死者の怨念達を青馬は避け切れず、覆うように荷馬車を纏った結界に後部が怨念達が纏わり付いた。
「うわっ!?」
「ヒヒィン!!」
「ヤベェ、奴等に捕まった!!」
「!」
結界の外に怨念達が覆い始め、再び結界に亀裂が生み出され始める。
夥しい量の死者達が、まるで生者を恨むように怨嗟の叫びを巻き散らしていた。
「これは……!!」
「逃げられないよ!?」
「ブルルッ」
「グ……ッ」
ケイルが荷馬車の後方に目を向けながら結界の亀裂を確認し、マギルスが青馬の上で立ち上がりながら怨念に対して大鎌を構え向ける。
しかしエリクは電撃を浴びてからまだ立ち直れる状態ではなく、荷馬車の中で這いながら次の光景を目にした。
「――……!!」
「来るぞ!」
「これ、斬れるかな!?」
「とにかく、やるしかねぇ!!」
そう叫び合うケイルとマギルスの言葉が終わった瞬間、荷馬車を覆っていた結界に入った亀裂から、全てが崩壊する。
同時に流れ込んで来た怨念達に対して、マギルスとケイルは前後を守る形で武器を向けた。
しかし、対抗できた時間は極僅か。
流れ込んできたドス黒い死者の怨念が瞬く間に荷馬車を飲み込み、その時にマギルスは瞬時に青馬の手綱を手放して蹴り押した。
「逃げ――……ッ!!」
「ブル……!?」
マギルスの咄嗟の判断で荷馬車から離された青馬だけが、怨念の波を逃れる。
しかしマギルスとケイル、そしてエリクだけが怨念の中に完全に取り込まれてしまった。
青馬はそれを見ながらアリアがいる方角を見つめ、足元に魔力障壁を展開させながら中空を駆ける。
そして襲う怨念達を避けながら、対抗し続けていたアリアの傍に辿り着いた。
「ブルル!!」
「えっ!? ちょっと、なんでアンタがここに――……まさか!?」
傍に駆けて来た青馬に驚いたアリアが、瞬時に異常が起きた事を察する。
青馬が導くように走り、展開する六枚の翼を羽ばたかせたアリアがその後を追った。
そこでアリアが見たのは、死者達が集まるように囲む巨大なドス黒い塊。
凄まじい怨嗟の叫びと瘴気が発生し、その周囲にアリアと青馬は既に近付けなくなっていた。
「あの中に、三人が……!?」
「ブルル」
アリアは瘴気を発する怨念の集合体の中に、エリク達が残されている事を予想する。
それに頷いた様子の青馬に、アリアの予想は確信に変わった。
それから周囲の怨念達がその集合体に集まりつつある事を察し、アリアは数秒の思考を行う。
「……こうなったら、やるしかないわね」
「?」
「今から私が、あそこに集まってる死者を浄化する」
「!」
「そしてエリク達を助け出す。貴方は荷馬車が出たらそれを引いて。新しい結界を荷馬車に張るから、アンタもその中に入りなさい」
「……ブルル」
「心配なんて要らないわよ。私は、天才なんだから」
そう微笑みながら青馬から視線を外したアリアは、体中から光の紋様を浮かび上がらせる。
そして自身の左手親指の爪で弾くように右手親指で切り、そこから僅かな血が浮かび上がった。
「――……『我が魂に刻まれた誓約よ。その約定を解き、我が血で誓約を塗り潰す――……』」
詠唱したアリアは右手親指を額に付け、それを横一線に引く。
アリアの額に血の一文字が塗られると同時に、身体の紋様が紐解けるように光に溶け始めた。
十秒ほどで、手足と体の正面と背中に浮かび上がっていた四つの大きな紋様が消失し、残るは額の紋様だけになる。
身体の紋様が光の粒子となって消失し始める中で、アリアは血が垂れる右手を怨念の集合体に向けた。
「――……『我が血を代償に、我が光を捧げる。迷える死者に世界の救いを今開かん――……』」
血が滴る右手を翳し、古代言語でのアリアは詠唱を始める。
すると流れ出る血がアリアの周囲を囲むように漂い始め、その血が赤い発光を始めた。
「――……『輪廻の扉』!」
アリアは詠唱が完了し、周囲を漂う血が発光が更に赤い光を強める。
同時に少量だったはずの漂う血が突如としてアリアの背後に集まり、強まった光が別の形の物を作り出した。
それは、アリアの魂に内在していた意匠が施された巨大な大門。
アリアの魂とも言うべきモノが背後に現れ、その左右の扉が開き始めた。
そこから漏れ出る光が、死者の怨念に浴びせられる。
その光に触れた瞬間、瘴気に汚染されていた死者の魂がドス黒い色合いから白い光を帯びて浄化を始めた。
『グ、ォォォオオオ……ッ!!』
「生者は生者の世界へ、死者は死者の世界へ帰りなさい!」
死者の魂が光を浴びて浄化され、瘴気を失った霊魂がアリアの扉へ吸い寄せられるように入る。
孤立していた死者達は特にその浄化速度は早く、瞬く間に周辺の死者達が浄化されて消失していった。
その影響は、エリク達がいる荷馬車を飲み込んだ死者の集合体にも届く。
瘴気を帯びた怨念を晴らすように、光を浴びた死者達は色合いを変えて白い光の魂へ戻っていた。
しかし覆っている死者の量が多く、荷馬車の中にまでその光が届かない。
それと同時にアリアの全身に刻まれた光の紋様が完全に消失していくのに、本人は焦りを宿らせていた。
「あと一分くらい……。耐えてよ……!!」
紋様の消失具合に焦るアリアは、完全に開放された大門から放出される光を更に強める。
そして送られ続ける死者の量が増加し、荷馬車の一部分がついに露出し始めた。
「今よ!」
「ブルル!」
大門から離れるように控えていた青馬に視線を向けたアリアは、短く大きな声で命じる。
それに答えた青馬は露出し始めた荷馬車に迂回しながら近付き、それに合わせるようにアリアは手を翳しながら大門を閉じ始めた。
荷馬車の先頭部分が完全に露出し、迂回した青馬が生み出した魔力の手綱と固定具を自身に纏い出現させる。
そして光に怯む死者達を掻い潜り、自身の固定具を荷馬車に接続させ、一気に引きずり出した。
「ブルッ!!」
「よし!」
荷馬車を引きずり出した事を確認したアリアは、再び扉を開け始める。
死者と同様に魂魄だけで現世に留まる青馬が仮にアリアの扉から放たれる光を受ければ、死者と同様に浄化された。
それを防ぐ為に荷馬車を引きずり出せる状況を作り出し、それをアリアと青馬は息を合わせて成功させる。
そして光を再び放出し始めたアリアは、背中の翼を羽ばたかせて荷馬車へ向けて飛んだ。
「――……皆は!?」
「ブルル……」
アリアは荷馬車の後部部分から乗り込み、中にいる三人を見る。
それぞれに意識を失った状態で中で倒れており、青馬は中の様子を見て若干ながら心配した瞳を向けていた。
乗り込んだアリアは三人に近付き、顔を軽く叩きながら呼び掛けた。
「ケイル!」
「……」
「マギルス!」
「……」
「エリク!」
「……」
アリアは三人を起こそうとするが、全く反応が無い。
逆にアリアの青い瞳は、三人に起こっていた異常を見定めていた。
「……まずい。三人とも、あの死者達の瘴気を諸に受けてる。このままじゃ、魂が瘴気に犯されて意味消失する……!!」
三人の魂が怨念の瘴気に毒され、魂の意味消失を起こしている事に気付く。
魂の意味消失とは、魂の情報そのものが内部で破壊され、人格や記憶を含めた魂そのものが消失する現象。
それは肉体の死とは全く異なり、肉体は生きながらも魂が消失してしまえば、それは抜け殻になるに等しい。
このまま放置すれば、三人は魂が消失する。
それを防ぐ為に思考するアリアは、最後に残る額の紋様に血が流れる右手の親指を触れさせた。
「……死者ならともかく、生者の魂から強引に瘴気を取り除けば、魂を傷を付けてしまう。そうなったら三人の人格や記憶が欠落し、欠落部分を補えずに魂そのものの意味消失を招きかねない」
「ブル……ッ」
「魂の意味消失を招かず瘴気を完全に浄化するには、私でも長い時間が必要になる。……でも三人を同時に、しかもこの状況じゃ……」
アリアは外の様子を見て、状況が予想通りである事を察する。
開いたアリアの大門から溢れ出る光が弱まり始め、死者の浄化が少し前より遅くなり始めた。
更に怨念と瘴気を撒き散らす死者が更に世界の亀裂から溢れ出し始め、その数は百万以上の数に及ぶ様子が見えた。
しかし大門が再び、左右の扉を閉め始める。
それはアリアの意思ではなく、魔法の効果時間が途切れようとしている合図だった。
「……最後の手段を、やるしかないわね」
アリアは額に浮かぶ光の紋様に塗った一文字の血に、十字文字になるように指から流れる血を這わせる。
そこから指を離すと、アリアは三人の顔を見ながら微笑みを浮かべて詠唱を開始した。
「――……『我が魂に刻まれた誓約よ。最後の約定を解き、我が血で誓約を塗り潰す――……』」
そう唱えた時、アリアの額に浮かぶ光の紋様が粒子となって消失していく。
同時に荷馬車を囲むように結界が敷かれ、その結界にはアリアに施されていた紋様が浮かび上がった。、
「……この結界内にいれば、魂に入り込んだ瘴気の浄化が行える。でも、かなりの時間が掛かる」
「ブルル……」
「貴方は心配しなくてもいいわ。これは魂の浄化じゃなくて、瘴気の浄化だけを行うから」
「……」
「私は、今から全力でこの世界と空間を破壊する。それに貴方達が巻き込まれないように、時空間に穴を作ってそこに入れるわ」
「ブル……」
「大丈夫。私が全力で張った結界だし、エリクの魂にいる膨大な魔力を結界に循環させて維持できるはずよ」
「……」
「それと時空間内部は、現世と時間の流れが異なるはず。外では何十年と経つかもしれないけど、貴方達は時空間に入れば時の流れは緩やかかもね。……多分だけど」
「ブルル……」
「私が言うんだから、絶対に大丈夫。……外に出るまで、貴方が三人を守ってね」
そう青馬に託して告げたアリアは、荷馬車を出ようと立ち上がる。
そして額に浮かんでいた光の紋様が消失し、微かにエリクとアリアに繋がっていた光を帯びた線が粒子となって消失した。
アリアを見送る青馬は、再び六枚の翼が羽ばたく光景を目にする。
そして荷馬車の外に出たアリアが、両手を翳すと同時に荷馬車の周囲に黒い空間を生み出した。
「――……クロエ。私の初めての時空間魔法、見て欲しかったわ」
アリアは微笑みながら翳した両手を閉じるように合わせ、開いた時空間の穴を閉める。
その中に収まった荷馬車と青馬は、一本の黒い線となってアリアの前から姿を消した。
こうして、アリアは怨嗟が蠢く『螺旋の迷宮』から三人と青馬を逃がす。
それから一ヶ月後に、アリアは瀕死の状態で砂漠入り口で発見され、誓約を外した反動で記憶を失っていた。
更に時空間内部で瘴気の浄化を行わせていた三人と、それを見守り続けていた青馬は、三十年後の外へと脱出する。
そしてエリクの魂の中で映し出される、アリアの分身体が見せる『螺旋の迷宮』の脱出劇の真相。
エリクは再びアリアの救いによって、自分が命を長らえている事を知ってしまった。
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