461 / 1,360
螺旋編 四章:螺旋の邂逅
傍に居た者
しおりを挟む今まで使っていた黒い大剣から放たれる光に、持ち主のエリクは包まれる。
そしてエリクは、ある光景を脳裏に思い出していた。
それは捨てられた幼子のエリクが、あの老人に拾われてからの日々。
拾われたエリクは老人が住む狭い家に運ばれ、そこで乳児でも食べられそうな程に潰した豆粥を与えられた。
味は感じられないエリクだったが、それを木製の食器を使いながら老人に食べさせられる。
餓死寸前だった幼児のエリクは老人に救われ、その日から老人の傍で過ごすようになった。
「おい」
「うん」
「行くぞ」
「うん」
老人は必要が無い時には喋らず、言葉遣いも短いモノが多い。
それを真似るように成長するエリクも口数が少なくなり、二人は同じ家の部屋にいても用がある時以外は口を開かなかった。
しかし、老人は歩けるようになったエリクをいつも伴って行動している。
老人は金銭を得る為に、物が入った麻袋を荷馬車から倉庫に運ぶ仕事をしていた。
数キロの重さでも運ぶのに苦労する老人を見た二歳頃のエリクは、それを真似て麻袋を共に運ぶようになる。
老人はそれに驚く目を宿していたが、自分を真似るエリクの行動に対して何も言わずに仕事を一緒にさせた。
それで給金が増えるわけでもなく、ただエリクは老人の行動を真似るばかりしていた。
時々、老人は仕事が無い日に教会の近くにある墓地を訪れる。
そしてある墓標の近くにある雑草を引き抜き、それを納屋にまで運ぶ。
そうした老人の行動もエリクは真似て、雑草を引き抜いて運んだ。
老人はやはり何も言わず、一緒に墓地の清掃を行う。
それが終わると、老人はある墓に手を重ねるように合わせながら目を閉じた。
エリクはそれも真似て、墓に向かって手を合わせながら目を閉じる。
そうして数分程が経つと、老人は立ち上がり墓地から離れ、エリクもそれに付いて行った。
貧民街の人々は、その日を暮らすだけでも苦しい生活を余儀なくされている。
王都に住むだけでも高い税を取られる中で彼等が王都に住み続けられたのは、言わば安い賃金で下働きを行える使い捨ての人員を王都の民が確保する為だった。
しかし表通りに面した王都の民は小汚い貧民を嫌悪する様子を見せており、決して貧民街には寄り付かない。
時にそうした貧民を虐げる事を目的とした行動をする者もいたが、それを止められる貧民街の住人はいなかった。
その日、五歳になったエリクはその光景を目にする。
しかもその被害に遭っていたのは自分を育ててくれた老人であり、虐げていたのは仕事を課していた雇い主である商人の息子だった。
「――……おい、お前! 大事な商品だぞ! 落とすな!」
その日は商人の息子が父親の代わりに、荷物が運ばれる倉庫の管理をしている。
そして老人が運び積もうとした麻袋を落とした光景を目にし、それを責めるように怒鳴った。
しかし老人が目も向けずに無言で抱え直してその場を立ち去ろうとし、その態度が気に食わなかった商人の息子は老人の胸倉を掴みながら押し込むように地面に投げ倒した。
「貴様、ボクを無視するな!」
「……」
「なんだ、その目は?」
「……?」
「この、老いぼれが!!」
商人の息子はそう怒鳴りながら、老人を蹴り上げる。
それによって老人は殴られ、身体を地面に倒れ込んだ。
それから何度も、老人は商人の息子に足蹴にされる。
他の雇われた貧民街の者達はその光景を見て恐れていたが、倉庫内に三つの麻袋を抱えて運んでいたエリクがその出来事に気付いた。
エリクは三つの麻袋を抱えたまま助走し、数キロある麻袋を全て商人の息子に投げる。
商人の息子は麻袋が直撃し、横倒しになって麻袋の下敷きになった。
そしてエリクは蹴られて傷を負った老人に駆け寄り、その様子を窺った。
その騒ぎを聞き付けた商家の使用人の者達が、倉庫の中に駆け込む。
そして麻袋の下敷きになっている御子息の姿と、打撲痕から血を流して倒れる老人とその近くにいるエリクの姿を見た。
「これは……!?」
「は、早くこれを除けろ!!」
商人の息子は麻袋を除け切れずに使用人達の助けを得て、ようやく立ち上がる。
そして麻袋を投げつけたエリクを睨み、近くに置いてあった長い棒を持ってエリクに迫った。
「この、ガキめ!!」
棒を振り降ろされた瞬間、エリクは棒を右手で掴み止める。
意図も容易く掴み止められた事実に商人の息子は驚き、更にエリクが掴む棒の握りを強くして棒を握り折った。
そしてその時のエリクは、商人の息子を鋭い目で睨んでいる。
普通の子供とは違うエリクの様子に、商人の息子は怯えながら後ずさりした。
「ヒ、ヒィ……!?」
「坊ちゃん、落ち着いてください!」
恐怖した商人の息子を宥めた使用人達は、この状況を周囲にいた者達に聞く。
怪我を負った老人が御子息の喋りを無視した為に起こったのが発端と分かると、使用人は動揺している商人の息子に伝えた。
「坊ちゃん、貴方が注意したというあの男ですが……」
「そ、そうだ! あの老いぼれがボクを無視するから――……」
「声が聞こえていないのです」
「……え?」
「あの男、聴力が衰えているのです。耳元で喋らなければ気付きもしませんし、いつも目を向けさせてから、口の動きを見させて指示をしています」
「な、なんでそんな者を雇い続けているんだ!?」
「それは、旦那様の御指示で……」
「もっと使える奴を雇えばいいだろ!? ボクの指示も聞けないような使えん男も、それ反抗的なガキも、今日で解雇しろ!!」
「そのような事を勝手にされては……」
「うるさい! ボクは商家の跡取りだ! ボクの命令に従えないなら、お前も、お前も……!!」
そう取り乱した商人の息子に、使用人達が抑えるように抱えて倉庫から運び出す。
そして使用人の一人がエリクと老人に近付き、口の動きを見せながらこう言い渡した。
「――……今日は帰れ。それと、しばらく仕事に来なくていい」
「……」
「旦那様はしばらく、王都に戻れない。すまないが、取り乱しておられる坊ちゃんがいる今、ここで仕事を続けるのは危険だろう」
そう伝える使用人の男性に対して、傷付いた老人は考えながらも頷いて答える。
そして起き上がろうとする老人に肩を貸したエリクは、一緒に家に帰った。
それから日数が経ち、怪我を負った老人は酷く衰弱した様子を見せる。
怪我をした患部から病原菌が入り、老人は苦しむように咳をする事が増えた。
医者に掛かれる程の金銭も無く、薬を買う金も無い。
そして傍に居たのがエリクだけであり、そうした事態にどう対応すべきか分からないまま老人が衰弱していく様子を見ているしかなかった。
「――……がはっ、ごほ……っ」
「……」
「……水……」
「うん」
エリクは老人が求めた言葉を聞き、それに従い老人が必要とする物を持って来るしかない。
老人が衰弱してからは料理は作られず、家に置いてある干し肉や豆を齧る日々を二人は過ごしていた。
しかし、老人はある日から水以外を口にしようとはしなくなる。
日に日に容体は悪化し、眠る時間が増えた老人をただエリクは見ているしかなかった。
そうなってから十数日後、老人は珍しく目を開ける。
それに気付いたエリクは老人に近付き、何かを呟くように口を動かす老人を見た。
「……エリク……」
「うん」
「すまんな……」
「?」
「儂は何も、お前に与えてやれなかった……。それに、残せる物もない……」
「……?」
「……エリク……」
「うん」
「……生きろ」
「?」
「自分が、生きたいように……。自分の人生を、生きろ……」
「……?」
「きっと、辛いことや、悲しいことが、たくさんある。……それでも、お前が望むものが、きっと……」
「……なに、いってるか、わからない」
「……」
「……じいさん?」
「……」
「じいさん……?」
老人は静かに目を閉じ、それから二度と目を開ける事は無かった。
エリクは老人がまた寝ただけだと考え、それから定期的に老人の口に水を注ぎ与える。
人の死を理解できていなかったエリクは、そうして死体になっていた老人と一週間前後を家で過ごしていた。
しかし家から腐臭が漂い始め、近隣の貧民達が異常に気付く。
それは貧民街では珍しい光景ではなく、いつものように死体がある事を兵士に伝え、そこで初めてエリクは運び出されようとする老人が死んだ事を理解した。
老人の死臭が漂う家で、エリクは何をすべきか分からなくなる。
そして家にある食べ物が底を尽く事を理解し、何か食べなければ死ぬ事を理解して貧民街を彷徨った。
そこで貧民街から出られる門の近くにある森で食べられる草や実がある事を知り、家にあった錆びた剣を持って出掛ける。
ずっと家に置いてあった錆びた剣には、赤い装飾玉が柄の部分に取り付けられていた。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします
タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。
悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー
芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。
42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。
下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。
約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。
それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。
一話当たりは短いです。
通勤通学の合間などにどうぞ。
あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。
完結しました。
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる