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螺旋編 四章:螺旋の邂逅
自分の弱さ
しおりを挟む魂の中でアリアの制約を破った鬼神フォウルが、エリクに襲い掛かった。
その凄まじい速さはエリクの視界で捉えられず、ほぼ反射に近い態勢で大剣の腹を盾にするように構える。
それに対してフォウルは回り込もうとする意思すら見せず、真正面から右腕を振りエリクに攻撃を加えた。
『オラァ!』
「グッ、ァアッ!!」
フォウルは敢えて盾にしている大剣に拳を打ち当て、凄まじい腕力で衝撃と打撃を加える。
その攻撃で大剣は破壊されていなかったが、エリクの巨体を数十メートル以上も後方へ吹き飛ばされた。
エリクは転がりながらも足と手で踏ん張るように止まり、素早く起き上がろうとする。
しかしその真横には、既にフォウルが左拳を握りながら構えていた。
『遅ぇな』
「!?」
『弾けろ』
エリクが視線を向けた瞬間、フォウルは左拳を下から打ち放つ。
確実にエリクの顔面を捉えて放たれた拳速で、エリクは脳裏に死を予感させた。
しかし、その拳が目と鼻の先で止まる。
突如として止まった拳を目の前にして、エリクは目を見開きながら呆然としていた。
「……?」
『チッ、またテメェか』
『――……エリクを、やらせはしないわ』
その時、エリクは拳を外して視線を流す。
すると二人から少し離れた位置で、妖精姿のアリアが腕を突き出すように構えながら身体から光の粒子を放っていた。
その粒子がフォウルの方へ向かい、エリクを撃とうとした左手に纏いながら鎖の形となっている。
再びエリクに対するフォウルの攻撃を防いだのは、アリアの制約だった。
そして再びフォウルに制約を纏わせようと、アリアは鎖を更に具現化させようとする。
しかしフォウルは舌打ちしながら態勢を整え、左手に巻き付いた光の鎖を右手で握り潰しながら引き裂いた。
引き裂いた鎖が再び光の粒子に戻る様子を見ながら、フォウルは苛立ちを含んだ表情と声をアリアに向ける。
『邪魔すんなよ』
『私の役目は、鬼神を止めることよ』
『俺とコイツの問題だ。部外者が割って入るんじゃねぇよ』
『私はエリクの相棒よ。部外者じゃないわ』
『チッ、そうかそうか。……なら、まずはお嬢ちゃんからだな』
「……!!」
溜息を吐き出したフォウルは、苛立った様子から冷静な表情に戻る。
そして冷たい視線をアリアに向け、そちらの方向へ歩み出した。
フォウルの様子を見て何をするかを察したエリクは、立ち上がりながら大剣を構える。
そして背後から飛び掛かり、大剣を振りながら襲い掛かった。
「ォアアッ!!」
『うるせぇ』
「ガッ!?」
大剣が直撃する寸前に、フォウルが赤い魔力を全身から放つ。
その風圧が大剣の刃を阻み、更に魔力で発生した風圧だけでエリクを吹き飛ばした。
再び転がり止まるエリクだったが、それでも態勢を整え直してフォウルに向かう。
その度にエリクの大剣はフォウルに届かず、無造作に放たれる魔力の風圧や拳に振り払われた。
「ァ……グッ……!!」
『この嬢ちゃんが終わったら、嫌ってほど相手してやる』
「や、やめろ……!!」
『お前みてぇな軟弱野郎は、そうやって這い蹲ってろ』
「グ、ゥ……ッ」
再びエリクは立ち上がろうとしながら、離していた大剣の柄を握ろうとする。
そうしたエリクの様子を背中越しに感じていたフォウルは、舌打ちをしながら立ち止まった。
『ケッ。お前はいつも、そうやって何も出来ん情けない野郎だな』
「……!」
『ガルドって傭兵が死んだ時も、お嬢ちゃんが死んだ時も、あの赤毛の女が死んだ時も。いつも肝心な時に、お前は何も出来ない』
「……ッ」
『自分が守ると言いながら、結局は俺の力に縋り、お嬢ちゃん達の知恵と力に頼る。本当に、情けない馬鹿野郎だ』
「……俺は……ッ」
『お前は何も守れない。……自分の弱さから目を逸らすような奴が、在りもしない夢ばかり見るんじゃねぇよ』
そう突き放した物言いをするフォウルは、止めていた足を再び歩ませる。
それに対してエリクは何も反論できず、起き上がろうとする姿勢を止めて握っていた大剣の柄を手離した。
お前は何も守れない。
その言葉はエリクの心に深く突き刺さり、過去の出来事を思い出させる。
ガルドが山虎に殺された時、アリアがゴズヴァールに殺された時、そしてケイルが『青』のガンダルフに殺された時。
更にグラドの家族を助けようとした時、三十年後の港で軍艦に乗った軍人達の事も思い出される。
エリクはそれ等を守ろうとしながらも、何も出来ずに死に行く姿を見ているしかなかった。
結局は何も出来ないまま他の人々によって事態は良い方向へ進み、自分はそれに流されながら安堵していただけ。
それが終わってから自分の力の無さを焦り、新たな力を得ようと試行錯誤し強くなる方法を探した。
しかし結局は、自分が守りたいと思ったモノを何も守れなかった。
逆に守られる立場ばかりに陥り、そして今再び目の前にいるアリアの分身に危害を加えようとするフォウルを止める事すら出来ない。
「……クソ……ッ」
フォウルの言葉に何一つ反論できず、またそれを認めてしまったエリクは、悔しさを浮かべた表情で白い地面を叩いた。
そしてその悔しさはエリクに涙を浮かばせ、それを堪える事すら出来ずに涙を地面に落としていく。
そうしている間に、フォウルはアリアの前に歩み寄り終えていた。
『それ、捕まえたぞ』
『う……ッ!!』
フォウルは右手を広げながら右腕を振り、逃げようとするアリアを掴んで捕らえる。
捕らえられたアリアは逃れようとしながらも、フォウルの握力から逃れられない。
そして掴む右手に赤い魔力を集め始めたフォウルは、完全にアリアの制約を滅しようとした。
『さよならだ、お嬢ちゃん』
『ぅ、あぁ……!!』
それをフォウルの背中越しに見ていたエリクは、ただ涙を流しながら歯を食い縛る。
アリアの分身すら救えない自分の弱さを認めながらも憎み、エリクの心は完全に折れていた。
その時に顔を伏せた時、エリクの目から流れた涙が黒い大剣に落ちる。
数滴が大剣の刃に零れ、柄の部分に嵌め込まれた赤い装飾玉にも涙が注がれた。
「――……!!」
『ぬ?』
『!!』
その瞬間、大剣に備わる赤い装飾玉が凄まじい光を放ち始める。
それを間近に浴びたエリクと、発光に気付いたフォウルとアリアがそちらに目を向けた。
『……この光は、まさか……』
『魂の、光……?』
フォウルはその光を見て、何かに気付く。
そして握られているアリアも、その光を見て小さく呟いた。
次第に放たれる光が強まり、完全にエリクを覆う。
視界を光で完全に奪われたエリクだったが、その中で小さな声を聞いた。
『――……思い出して。貴方が求めた強さを』
「!」
『思い出して。貴方と出会った人達のことを』
「この、声は……?」
『思い出して。出会った人達が、貴方に伝えた言葉を』
「……!」
『思い出して。貴方が戦い続けて来た、その理由を――……』
「!!」
少年や少女にも似たその声は、エリクに何かを伝えようとする。
その光は暖かなモノをエリクに感じさせ、その脳裏にある映像を浮かび上がらせた。
それは、エリクがエリクという人間になった時の話。
自分を拾った老人と過ごし、その最後を見届けた時の記憶だった。
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