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螺旋編 五章:螺旋の戦争
謎の塔
しおりを挟むエリクがクロエの試練から戻り、魔導国侵攻作戦が開始される少し前。
一時的にエリクを休息させる為に用意された部屋へ押し込んだ後、クロエはマギルスとケイルにこんな話をしていた。
『――……この侵攻作戦で、エリクさんは死ぬかもしれない』
『!』
『なんだと……!?』
『今のエリクさんを視てしまうと、その可能性が高そうだ』
クロエはエリクの死を予知し、二人にその話を伝える。
マギルスは驚きはしたものの声を上げる事は無かったが、ケイルは過剰に反応してクロエに問い質した。
『……エリクが死ぬ原因は、アリアか?』
『分からない。今の私は、今のアリアさんを見た事が無いからね。……でもエリクさんの事を考えると、その可能性は高いと思うよ』
『……ッ』
『エリクさんはどんな状況でも、アリアさんを助けるつもりだろうからね』
『……ならエリクにそれを教えて、作戦から外せば……!』
『彼はそれを聞いて、素直に待つと思うかい?』
『……ッ』
『私が視た事を教えても、エリクさんは必ずこの作戦に参加する。それは変えられようのない運命だ』
『……どうすれば、エリクは死なない……?』
ケイルは表情を強張らせながら、クロエにそう尋ねる。
そしてクロエは数秒ほど思考し、右手を軽く上げて人差し指を見せながらこう語った。
『私が視たその未来は、エリクさんが一人になる状況だと思う』
『!』
『彼は一人になった後、死の運命に導かれてしまうようだった。……それは同時に、この作戦が失敗する事にも繋がるらしい』
『!?』
『エリクさんが死んだ後に、ケイルさんやマギルス、そして作戦に参加予定の兵士達、更に残るはずのダニアスを含めた人員も死ぬ運命が視えた。……推測だけど、彼はこの作戦の中でとても重要な役目を担う事になるんだと思う』
『……じゃあ、エリクを一人にしなければ……?』
『確かに、それが彼を死なせない条件の一つだと思う。……けど、だからと言ってケイルさんがエリクさんに付いていくと、箱舟が破壊されて作戦に参加する兵士は半数以上が確実に死ぬだろうね』
『!?』
『エリクさんを生かす為に、脱出手段である箱舟と兵士達全員の見捨てるか。それとも二百名を生かして、エリクさんを死なせる可能性を高めるか。それはケイルさんの選択に任せるよ』
『……チッ』
クロエが指し示す選択にケイルは眉を顰め、舌打ちを鳴らしながら顔を背ける。
そんなケイルに微笑みを浮かべるクロエに、マギルスは首を傾げながら聞いた。
『ねぇねぇ』
『ん?』
『僕がおじさんと一緒に行くと、どうなるの?』
『んー……。多分、マギルスは途中まで一緒に行くと思う。でも、やっぱりエリクさんとは別れちゃうだろうね』
『そっかぁ。じゃあ、おじさん死んじゃうのかな?』
『どうだろうね。……少なくとも私が視たエリクさんの未来は、死の可能性が大きい。それを変えられるとすれば……ケイルさん、そしてマギルス。二人が作戦の成功に必要な条件を満たせば、それを回避できるかもしれない』
『!』
『!!』
『二人が担う役目を終わらせてエリクさんと早く合流できれば、その死を防ぐ事が出来るかもしれない。……私が二人に言えるのは、ここまでかな』
『……』
『うーん。エリクおじさん、いつも僕と遊んでくれたし。死んでほしくないなぁ』
『マギルスが頑張ったら、エリクさんは死なないかもね』
『そっかぁ。じゃあ、ちょっと頑張ろうかな!』
クロエは微笑みながら、二人に対してそう話す。
その後、それぞれに覚悟を決めた三人はアリアに対する自分自身の意思を持って作戦に参加する事を選んだ。
そしてクロエの予言通り、三人は三箇所の目標に対して各部隊に別れて配置される事となる。
ケイルとマギルスは互いに予言でそれを聞いていた事で、自分が参加する作戦を終え次第、エリクの下に向かう事を考えていた。
それを思い出しながら歩くマギルスは、シルエスカが率いる部隊と共に都市中央部に到着する。
無骨な金属製の高い高層建築物が立ち並ぶ風景を、兵士達は見上げながら表情を強張らせた。
シルエスカもそうした建物を横切りながら周囲を見渡し、魔導人形に警戒して気配を探る。
しかし魔導人形は姿を見せず、人の気配も無いまま道を進み続けた。
「――……あまりに無防備過ぎる……。敵の罠か?」
「知らなーい。でも、変な感じはどんどん近付いてるね」
「地下の魔導反応か? 分かるのか?」
「うん。魔獣とか魔人とかの魔力の感じ方と、全然違う大きいのがあるよ」
「……なるほど。魔力を感じ取れる魔人ならではの索敵だな」
「へへぇ」
シルエスカは隣を歩くマギルスを褒めながら、周囲の警戒を怠らない。
そして自慢気な様子のマギルスもまた、徐々に大きくなる地下の魔力を感じ取っていた。
それからも進行を続ける同盟国軍は、数十分後に都市中央の最奥に位置する中心部に辿り着く。
そこには巨大で無骨な黒い金属で出来上がった高層建築物が空高くまで聳え立ち、兵士達はその巨大さを驚きながら呟いた。
「――……で、でかい……」
「何メートルあるんだ……?」
「箱舟から見た感じ、外壁と同じくらいの高さだったと思うが……」
『――……各部隊、周囲を索敵。建物内に入れる入り口を探せ』
「ハッ!」
そんな話をしている兵士達を他所に、先頭に立つシルエスカは入り口の無い建物を見て各部隊の隊長達に指示を送る。
兵士達は建物の周囲に散らばり、地下や建物に入れそうな入り口を探し始めた。
そして三十分近い捜索の末、各部隊からこうした報告が通信機に届けられる。
『――……こちら第六部隊。建物内に繋がる入り口を、発見できません』
『第七部隊、同じく発見できませんでした。コレと似た周囲の建物も同様です』
『第八部隊。索敵機を使っていますが、それらしい機構を備えた機械や魔導器は付近に存在しません』
『こちら、第九部隊です。地下に通じそうな入り口、発見できません』
『第十部隊です。同じく入り口を見つけられませんでした。……戦車の砲撃で、建物を破壊してみては?』
『それは危険です。塔の存在自体が罠で、衝撃を与えると敵が押し寄せて来る仕掛けかもしれません』
「……確かに、その通りだが……」
各部隊の隊長は通信機で状況を知らせ、その中の一人が戦車の砲撃で入り口を作る提案を行う。
それに対してシルエスカが思い悩む中で、マギルスがコンクリートの地面を軽く踏み叩く様子を見た。
「マギルス、何をやっている?」
「だって、入り口が見つからないんでしょ? だったら僕、先に行ってるね!」
「!」
マギルスはそう言いながら折り畳んで背負う大鎌を鞘から引き抜き、振り上げながら展開する。
そして魔力を帯びた大鎌の刃で素早く地面を斬り裂き、分厚いコンクリートの道路に四角い穴を生み出した。
地面の厚さは二十メートル以上あり、その先に広い空洞にも似た地下空間が広がっている。
マギルスの唐突な行動に全員が驚く中で、シルエスカは呼び止めようとした。
「ま、待て! マギルス!」
「だって、早く終わらせた方がいいんでしょ? 先に行って、それっぽいのを適当に壊してるね!」
マギルスはそう言いながら穴に飛び込み、シルエスカはそれを見送る形で穴を覗き込む。
穴の深さはシルエスカが思う以上に深く、瓦礫やマギルスの着地音すら響かない底無しの穴に表情を強張らせた。
「……この穴から部隊を降ろすのは、無理だな……」
『元帥、何かあったのですか?』
「……いや。各部隊は索敵を続行しろ、建物を破壊するのは最終手段だ。何が起こるか分からないからな」
『了解しました』
『――……こちら、第十四号戦車です。元帥、お伝えしたい情報があります』
「どうした?」
『超音波索敵で地下を確認したのですが、どうやらこの黒い建物は地下にも伸びているようです』
「地下にも……?」
『恐らくこの建物は地上で建築されたモノではなく、地下で建築され地上にも突き出していると言った方が、正しいのかもしれません』
「……なるほど。ならばこの建物の入り口は、地下か」
シルエスカは各部隊の報告を聞き、建物の状態を知る。
巨大に思える黒い金属の建物は、地上に建てられたわけではない。
地下で建築され、それが地上の都市を貫通するように空へ伸びているという、目に見えるよりとてつもない高さの建築物だと判明した。
そしてその話と状況を推察し、建物の入り口は地下にあるのだとシルエスカは結論付ける。
それは同時に地下へ入る必要があるという事で、地下施設を爆破する為にシルエスカは兵士達を降ろす方法を考えなければならなかった。
その方法を考えている最中、シルエスカの後ろからエリクが近付いて来る。
その足音に気付いたシルエスカは後ろを振り返り、エリクを見て尋ねた。
「どうした?」
「俺も行く」
「!」
「地下が入り口なら、この塔を登る為にも入るしかない」
「……分かった。お前とマギルスは先に行ってくれ。我々も降りられそうな場所を探して、後を追う」
「ああ」
「分かっていると思うが、注意してくれ。何かあれば、その情報を耳の通信機で知らせてくれ」
「分かった」
そうした条件で降りる事を承諾したシルエスカは、エリクに道を譲る。
マギルスが開けた穴を覗き込んだエリクは、躊躇せずその穴に飛び込んだ。
その後、シルエスカも各部隊に降りられる高さの地下空間があるかを探させ、各部隊で地下施設への降下作戦を考え、箱舟にも伝える。
こうしてマギルスとエリクは先に地下へ降り、敵施設へ侵入を開始した。
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