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螺旋編 五章:螺旋の戦争
守る者の戦い
しおりを挟む『化物』と呼ばれていた少女が変わった事件を聞きながら、エリクは何処までも続く螺旋の階段を登り続ける。
その出来事が少女の人格的成長を促し、戒めとして自身の力を制限してまで『化物』から『人間』へ変わろうとした結果、エリクの知る元公爵令嬢アリアが形成された事を知った。
エリクはその話を数段の階段を跳び越えながら聞き、頭に浮かんだ疑問を制約のアリアに聞く。
「――……その友達になったという子供は、どうなったんだ?」
『分からないわ』
「分からない?」
『その事件の後に、私はローゼン公爵家の領地にある屋敷で幽閉されてたし、魔法学園に入る十三歳までまともな自由は無かった。私自身が外出する必要がある場合でも、周囲には常にお父様の部下や執事達が常に監視してたし。まぁ、少し本気でやれば監視網を潜り抜けるのは簡単だったけど』
「その友達とは、何処かで会えなかったのか?」
『会えなかったわ。私が行くパーティーに参列してる様子も無いし、何処の貴族家の令嬢かも分からない。覚えてるのは、私より少し年上で、黒髪で、病弱そうで、裁縫が得意だってことくらい。名前も知らないから、友達と思ってたのは私だけかもね』
「……」
『私が本気を出せば、それだけの情報でも調べられたんじゃないかって言いたいの?』
「ああ」
『仮に調べてあの子の素性を特定したとして、どうするって言うの?』
「……」
『あの時に傷付けた事を謝罪する? それとも、あの時は守ってあげたんだから感謝しなさいとでも言って恩を押し売りする? それとも、あの子にも化物として恐れられる?』
「……会うのが、怖いんだな」
『そういう気持ちがある事も否定しない。だから私は、本気であの子の事を調べようとは思わなかった。私と関係が無い場所で、あの子が幸せになってくれてたらいい。そう思ってたわ』
「そうか……」
アリアの人格的成長に関わる友達との話は、簡素に淡々と語られ終わる。
事件の後にアリアは少女と会わず、また会う意思も無いまま長い時間を閉鎖的に過ごした。
その間にガンダルフから現代魔法を習い、自身の力を制約で抑え込み、更に帝国貴族としての英才教育を受ける。
そうして作り演じた『アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン』という人間として十年以上を過ごし、アリアは誰からも認められる公爵令嬢へ成長した。
しかし自分自身の力と同時に感情すら抑え込み、ついにそれが従兄であり婚約者でもある皇子ユグナリスとの決裂によって破綻する。
我慢の限界を超えたアリアは生まれ故郷である帝国から逃げ、家や立場から逃げ出した。
その行動によってエリクと出会い、自分が安寧に過ごせる場所を求めて旅を行う。
あるいはアリアが幼い頃に出会った友達の少女こそ、その出会いを結び付けたのではとエリクは秘かに考えた。
そのエリクに反して、制約のアリアは今の自分に話の話題を戻す。
『仮に昔の私がそうした事件を起こさずに、人格的成長をしてなければ。誰に対しても無関心なのに感情的で高圧的、気に入らない相手には歩み寄ろうとはしないし、嫌いな相手には何をしても何とも思わない、そんな我儘で滅茶苦茶な奴になってたでしょうね』
「……そ、そうか」
『言いたいことがあるなら、はっきり言っていいのよ? どうせ私は制約なんだから』
「いや。……記憶を失った君は『化物』のままだから、故郷の帝国も、そして他の国でも馴染めなかったのか」
『でしょうね。……ただ、制約の無い私の力や知識は絶大でもある。取り込んで利用できるなら利用したいと思うのは、誰もが考えそうな事だったでしょうね』
「……だから、この浮かんだ都市か」
『多分ね』
制約のアリアが述べる言葉に、エリクは再び階段を跳び越えながら目を細めて螺旋階段を見上げる。
エリクは何度も残されていた三冊の本に隠された真意を読み返し、記憶を失い一人だけ帰還したアリアの状態を制約の方と話し合った。
その結果、今のアリアが浮遊都市を浮かべた理由が導き出される。
実際にそれを導き出したエリク自身も、まだ半信半疑の状態ではあったが。
「――……!」
『……見えたわね』
螺旋階段を登り続けていたエリクは、上を見上げて僅かに目を見開く。
それに呼応するように魂にいる制約のアリアも同調し、エリクが見たモノを認識した。
それは、永遠に続くと錯覚させられそうだった螺旋階段の終わり。
白い金属に塞がれた天井と、階段の先にある開けられた出入り口だった。
「……行こう」
『ええ』
エリクはそう呟き、階段を登る速度を速める。
そして十数分後には螺旋階段の終わりに辿り着き、段差を跳び越えるように天井の出入り口に突入した。
しかしまだ続く分厚い天井内の階段を、エリクは更に跳び越えて登る。
それで階段が終わり、エリクは勢いのまま跳び階段の先にある白い金属の床へ足を着けた。
「――……ここは……?」
エリクは周囲を見渡し、呆然としながら呟く。
そこはまるでエリクが居た魂の世界のように、四方が真っ白い空間だった。
その白さは周囲の空間が無限に広がっているかのように錯覚させ、エリクは遠近感覚を自身で整える。
そして周囲を見て正面に視線を戻した時、先に見える小さなモノを発見した。
「……あれは、また階段か……?」
真っ白な空間に染まっている為に見え難い、白い階段。
それが再び高い天井に続いている事を確認したエリクは、階段の方へ歩み出した。
今まで階段を登り続けた足を歩く事で休め、同時に体内で生み出される生命力を練り直す。
その時にエリクは階段の麓を見ると、何かに気付き目を細めた。
『……エリク』
「ああ、分かっている」
制約のアリアもそれに気付き、エリクに注意を促す。
それを承知しているエリクは歩みを止めず、その階段の前まで進んだ。
白い階段は遠目から見れば小さかったが、近くで見れば螺旋階段以上の幅を持つ巨大な作りをされている。
そして天井を見上げれば白い天井に僅かな影が生まれ、そこに穴が開いている事が近付いてようやく判明した。
天井から視線を戻したエリクは、階段の麓に視線を向ける。
そして鋭い視線を宿した表情で、口を開いた。
「……姿を見せろ」
そう述べるエリクは、真正面の空間を見ながらそう呼び掛ける。
しかし次の瞬間、何も無い空間に突如として黒い魔力の光が発生し、それが粒子状に紐解かれながらあるモノが姿を見せた。
「……これは、魔導人形か?」
『――……』
エリクの前に姿を見せたのは、黒い外套と黒い金属で出来た鎧を纏った騎士風の魔導人形。
しかし他の魔導人形と違い、人に近い顔と両目が作られ、その背にはエリクの持つほぼ同じ大きさの大剣を背負い、背丈や横幅も縮む前のエリクと似た二メートル程の体格だった。
それを見た制約のアリアは、エリクに再び忠告する。
『エリク、気を付けて。あの魔導人形の鎧と骨格、魔鋼で作られてる』
「そうか」
目の前の魔導人形が今までの魔導人形と違う作りをされている事に制約のアリアは教え、エリクもそれを受け取る。
そしてエリクが一歩だけ踏み出した瞬間、黒騎士の魔導人形は顔を上げ、背にある大剣を僅かな時間と動作で引き抜き、剣の先を白い床に付けて両手の腹を柄に付けた。
「!」
『あの大剣も、魔鋼ね』
「……俺の剣に似ているな」
黒騎士の魔導人形が持っていた大剣の刃も鎧や骨格同様に黒く、それが魔鋼だと制約のアリアは見抜く。
そしてエリクはそれに合わせるように背負う大剣を右手で引き抜き、互いに大剣の姿を晒した。
柄や鞘の形状は異なりながらも、互いの大剣は似た形状をしている。
それに気付き大剣を構えたエリクに合わせるように、黒騎士の魔導人形も同時に構えた。
「!」
『エリクと、同じ構え……? まさか……』
二人は独特な黒騎士の構え方で、何かに気付く。
その答えを確認するかのように、エリクは大剣を振り翳しながら生命力を身体から滾らせ、目にも止まらぬ速さで黒騎士の魔導人形に斬り掛かった。
しかし同様に、エリクの動きに合わせて魔導人形《ゴーレム》も動き出す。
そして互いに目で追えない速さで激突し、互いに持つ大剣の刃を衝突させた。
「……やはり、そうか」
『――……』
「お前は、俺を真似ているのか」
『――……彼女ハ、俺ガ守ル』
「!」
刃と刃を押し込めながら力比べをしていた中で、黒騎士の魔導人形が機械的な声を発する。
それを聞いたエリクが目を見開き驚きを見せた瞬間、黒騎士の魔導人形は全身から黒い魔力を滾らせエリクの大剣ごと身体を弾き飛ばした。
「ッ!!」
弾き飛ばしたエリクを追い、黒騎士は大剣を振り翳しながら追撃する。
振り下ろされた大剣をエリクは大剣の刃で受け止めながら受け流し、黒騎士の顔面に目掛けて大剣の振った。
しかしそれを紙一重で避けられ、更に黒騎士が右脚を振りエリクの左横腹を蹴り飛ばす。
それで僅かに息を吐き出したエリクは弾き飛ばされ、着地しながら互いに態勢を整えた。
「……ッ」
『――……ココハ、誰モ通サナイ』
「……そうか。お前は……」
『俺ハ彼女ヲ、主人ヲ守ル』
黒騎士の機械的な声を聞き、エリクは脳裏に浮かんだ疑問の答えを得る。
それと同時に黒騎士は再び構え、エリクと刃を交えた。
こうして黒獣と黒騎士は、互いに広大に見える白い空間で戦闘を開始する。
それは互いが、互いに同じ人物を守ろうとする故に起きた戦闘だった。
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