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螺旋編 五章:螺旋の戦争
満たす聖杯
しおりを挟む死者の魂を吸収した赤い核が都市の上空高くに備えられ、そこから赤い霧が膨大に漏れ流れ始める。
それは生ける生命を腐り枯らせる瘴気であり、中央から都市全体に広がるように押し寄せ始めた。
そして箱舟の乗務員達はその光景が画面越しや自身の瞳で直に確認し、更にシルエスカが伝えた情報を元にすぐに対応し始める。
「――……箱舟二号機、離陸を開始させる! 秒読み!」
「外に居る者達をすぐに戻し、格納庫を閉じさせます!」
「グラド将軍、二号機まで戻って下さい!」
『――……今から二号機に戻っても間に合わん! 先に飛んでろ!』
「しかし!」
『もうすぐ操縦桿の修理が終わる! こっちはこっちで飛ぶ!』
「……了解!」
「格納庫、閉じました! 外の人員も回収!」
「――……箱舟二号機、浮上しろ! 浮遊高度は最低限に!」
「ハッ!!」
離陸準備を整えていた箱舟二号機は、艦長の指示で浮上を開始する。
しかし高く飛ばず十数メートルの浮遊に留まり、搭乗する各乗務員達は、まだ飛翔しない修理中の三号機と、赤い核から流れ出る赤い霧の状況を確認した。
そして『神』に最も近い中央付近に居た干支衆やブゲンとトモエも、赤い霧に直撃しない高い建物に避難して状況を探る。
それと同じ行動をしようとしていたシルエスカは、ある場所に視線を向けて苦々しい表情を浮かべながらも、その場所へ駆け跳んで向かった。
そこは、手足を失った『青』が倒れている場所。
シルエスカはその近くに着地すると、有無を言わさずに『青』の襟首の服を左手で掴み背負い抱え、高い建物を目指して駆け跳んだ。
そして目を閉じていた『青』は瞳を開けると、自分を背負い走るシルエスカに疑問の声を漏らす。
「――……シルエスカか。何故、儂を……?」
「貴様を助けるわけではない! お前が講じた兵器の、止め方を聞く為だ!」
「……そうであろうな。……アレを起動させたか」
「やはり、お前が言っていた『瘴気の魔砲』というのは、アレの事だな!?」
「そうだ」
『青』は横目で赤い核が掲げられた黒い塔を見上げ、更に流れ出る赤い霧が地面へ着地し広がる光景を目にする。
そしてシルエスカも数十メートル程の高い建物の屋上へ跳び乗り、『青』を塀の壁に荒々しく投げ置きながら聞いた。
「――……ッ!」
「教えろ! あの流れ出る瘴気は、どの程度で止まる!?」
「……恐らく、人間大陸の全てを覆う程、流れ出るであろう」
「!?」
「この都市は、あの瘴気を注ぐ為の器。この十五年間で奴は大量の人間を殺め魂を回収し、魂が瘴気を帯びる期間まで熟成させている。何千万、あるいは億という人間のな……」
「……!!」
「それを都市から溢れさせ地上に降り注ぐ事で、陸の生命と海に生ける生命を枯れ腐らせ、更に海を越えて他の大陸にも広がり続ける……。……奴はこの都市そのものが、地上を浄化する『聖杯』だと宣っていた」
「聖杯だと……!? この世の生命を全て滅ぼすモノが、聖杯などであってたまるかッ!!」
「……」
「どうやったら止められる!? 核を破壊すればいいのか!?」
「……止める事は、恐らく不可能だ」
「なに!?」
「あの赤い核そのものに、大量の瘴気が含まれている。アレを破壊したとしても、瘴気が瞬く間に世界へ溢れ出てしまう。結果が遅いか早いかの、違いだけだ」
「なら、アルトリアを殺せばッ!?」
「仮に殺せたとしても、瘴気を放つアレは既に起動されている。……アルトリアが自身で止めぬ限り、あの核から瘴気が全て放出するまで流れ続ける……」
「……クッ!!」
『青』の話を聞いたシルエスカは、瘴気を放つ赤い核を止める手段が無い事に焦りを含んだ憤りの感情を露にする。
既にシルエスカ達が居る区画の地面は仄かに赤く光る霧に飲まれ、下は赤い景色へと変わっていた。
干支衆やブゲンとトモエが居る場所も同じであり、都市全体に赤い霧が広がり続けている。
押し寄せる速度は遅いが、それでも膨大な量の為にすぐに都市の地表は赤い霧で覆われるだろう。
そして数十分にも満たぬ時間で、自分達が登った建築物の上にも赤い霧が満たされ届く。
そうなった時、例え強者である聖人や魔人であっても、瘴気に触れれば魂と肉体は腐り死に飲まれてしまう。
しかも被害はそれに留まらず、その瘴気がこの都市という器から漏れ、人間大陸の全てを覆い尽くす。
そうなれば人間だけではなく海の生物や地上の動物達や魔物達すら死に絶え、人間大陸の全てが死の大地へと変わってしまう。
それをどうしても回避する為には、やはり赤い核を停止させなければいけない。
だからこそ、シルエスカは敢えて再び『青』に怒鳴り聞いた。
「本当に、止める手段は無いのか!? 貴様が『青』ならば、お前の叡智で人の世を救ってみせろ!!」
「……瘴気を絶つ方法自体は、ある」
「!?」
「瘴気の発生源は、赤い核に封じられた死者の魂だ。……その入れ物を破壊し、更に死者の魂を浄化し輪廻に導けば、あるい瘴気を断てるかもしれぬ……」
「なら……!!」
「……誰が出来るというのだ?」
「!」
「数千万……いや、億にも届くだろう瘴気に侵された死者の魂。それを完全に浄化し輪廻に戻せる者など、この世に居ると思うのか?」
「……お前には出来ないのか……!?」
「儂は、ただの魔力を扱う魔導師に過ぎぬ。……魂の浄化は、まさに『神』の奇跡で成せる所業。……今この場で出来る者がいるとすれば、ただ一人……」
「……!」
そう話す青の視線は、流れるように上空に向く。
それを目で追うシルエスカは、『青』が視た人物を見た。
それは、この状況を引き起こした者。
過去にランヴァルディアに装着された『神兵』の心臓を浄化し、、『螺旋の迷宮』で数百万という死者の魂を浄化し輪廻に導きながらも、その代償に記憶を失った人物。
現在では六枚の黒い翼を羽ばたかせながら高見の見物を行う、『神』と称する者だった。
「……アルトリア……!?」
「数万という魂が取り込まれた神兵の心臓を浄化し、ランヴァルディアを人間に戻したアルトリアならば、あるいは可能だろう」
「馬鹿な……! 奴がこの状況の元凶なんだぞ!?」
「だからこそ、この策は不可能なのだ。……奴が心変わりでもせねば、止められぬ」
「……クソ……ッ!!」
『青』が述べる状況打開の手段が、現実的にとても不可能なモノである事をシルエスカもまた同意し悪態を吐く。
人間を滅ぼしたがっている今の『神』が躊躇無く実行した、秘策とも言うべき『聖杯』。
それを止められる手段がどれも『神』に帰結しているこの状況では、誰も瘴気を止める手立てが無い。
そんな『神』は上空に飛翔し留まり、赤い霧が満たされていく都市と、それを避ける者達をただ傍観していた。
「――……聖杯の盃《さかずき》は、すぐに満たされる。……注がれた酒に小蠅共が沈む姿が、楽しみだわ。……問題があるとすれば……」
そう言いながら都市の状況を見下ろす『神』は、何かを目で追うように探している。
強化された視覚で赤い霧に沈む都市の情景を拡大して見ていると、『神』はある場所を見て鋭い瞳を宿した。
「――……見つけた」
そう呟いた後、『神』は翼を羽ばたかせながらその地点へ降下していく。
そこには平たい建物の屋上へ避難していたクロエと、傍にはケイルとマギルスが寝かされていた。
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