虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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螺旋編 五章:螺旋の戦争

脱落者達

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 二機の箱舟ノアが死者の憎悪を宿した黒い人形達によって襲われ、ここまで生き残った者達に多くの犠牲が出始める。
 シルエスカが指揮していた二号機は対空迎撃が間に合わず多くの人形達の突入を各所から許し、既に乗務員や兵士達、更に増援で赴いた各国の強者達でさえ対応できない状態と化していた。

「――……ッ!!」

「親方様!」

「……小太刀も折れてしもうた。親父殿にどやされるな。……トモエ、そちらは?」

「こちらも、もう折れておりますよ。札も尽きました」

「そうか。……奴等、先程と動きが全く違うな。殺気はありながら、直線じかに殺そうとせん」

「はい。まるで、嬲り殺しにする事を目的にしているようです……」

 アズマ国のブゲンとトモエは閉鎖されようとする格納庫から生き残った兵士達と共に通路へ退避し、防火扉シャッターを降ろさせる。
 そして互いに握る刀が魔鋼マナメタルの硬度に負けて欠け折れてしまい、武器を失ってしまった。

 その状況にも関わらず、一メートル近い分厚い防火扉シャッターを複数の黒い剣が易々と貫き、切断しながら抉じ開けようとする音を二人は見る。

「……素手では、ちと限界がある。気力も少ない」

「ええ。……乗りかかった船から、逃れる気は?」

「無い。拙者達だけで逃げおおせたとて、意味は無かろう」

「そうですか。……最後までお供いたします」

「すまぬな。――……後は、弟子に任せるか」

「はい」

 ブゲンはそう述べ、付き従うトモエと共に立ちながら構える。
 そして十数秒後に、防火扉シャッターを突き破り切断した夥しい黒い人形達が通路に押し寄せ、二人に襲い掛かった。

 二人はそれにしばらく素手で大多数の黒い人形を跳ね除けていたが、悲鳴にも似た怨念の声と共に始めにブゲンの左腕に黒い剣が突き刺さる。
 それに僅かな意識を向けたトモエもまた、その右胸と左腹に黒い人形が放つ黒剣を突き刺された。

 それを跳ね除け押し留めたところで、異変に気付き先に通路へ逃げていた兵士達が銃を持って戻って来る。
 そして傷付き血を溢れさせる二人を見ながら、大声で伝えた。

「――……さ、下がってください! 私達もッ!!」

「ならん!」

「!?」

「お前達は、奥の者達を守れッ!!」

「し、しかしッ!!」

「邪魔だ、行けッ!!」

「……すいませんッ!!」

 若い兵士達は怒鳴るブゲンとトモエの言葉に圧され、涙を浮かべながら通路の奥へ走り戻る。
 二人はそれを背中で見送る二人は、血に塗れながら怨念の声によって掻き消される小声で呟いた。

「……なかなかどうして、世は暗きに染まりながら、人の輝きは眩しきことよな」

「……はい」

 二人はそう呟きながら微笑んだ後、目の前に迫り怨念達の叫びを聞きながら抵抗する。
 しかし一分程が経った後、シルエスカとほぼ同時刻にブゲンとトモエも通路にて惨殺されていた。

 更に同時刻、両翼に位置する通路でも侵入した黒い人形達との交戦が続いている。

 右翼側の通路にはフォウル国の干支衆である『虎』インドラが陣取り、侵入して来る人形達を斬撃で弾き飛ばしながら対抗していた。
 しかし赤いコアに大半の魔力と生命力を費やした斬撃を飛ばし、大きく疲弊する姿を見せている。
 更に狭い通路の為に柔然な対応が難しく、次々と迫り現れる黒い人形達に対応が遅れていた。

「――……ア、ォアアッ!!」

『キャハハアアッ!!』

「うるせぇなッ!!」

『アッハアッ!!』

「……グルルッ!!」

 左胴体部分を黒い剣で貫かれたインドラは痛みの声を漏らし、黒い人形が奇声を上げて喜びを見せる。
 その人形の頭を右手で掴んだインドラは、全力で壁に打ち付けながら黒い人形を投げ飛ばした。

 それと同時に黒い人形の頭部が鋭い刃と化し、インドラの右手をズタズタに斬り裂く。
 中指から小指を斬り飛ばされたインドラは右手を封じられ、鋭い牙を見せ喉を鳴らしながら唸る。

 そして怒りの頂点に達したインドラは、それを咆哮によって表した。

「――……ガァアアアアアッ!!」

 その時、インドラは魔人化した虎の出で立ちから更なる変化を遂げる。
 枯渇していた身体中の魔力を肉体の変化に費やし、上半身を屈めながら両手を床に付けた。

 そして全身の肉体が更に膨張し、全身の黄と黒が混じる毛色を更に伸ばす。
 モノの数秒にも満たない時間で、インドラの姿は人型の虎から大型の虎そのものへと変化して見せた。

「――……グルウゥ、ォオオッ!!」

 インドラは『魔獣化』して四足獣の大虎となり、唸り声を鳴らしながら前方の通路から迫る夥しい量の黒い人形に突っ込む。
 そして通路限界まで巨大化したその姿で人形達を押し飛ばし、凄まじい脚力と膂力で人形達を重ねるように押しながら通路の奥へ追い飛ばした。

 しかしそれを阻むように、インドラの身体に隣接している黒い人形達が腕の剣や身体を刃に変えてインドラを刺し貫く。
 それでも身を裂かれ貫かれながらも突撃するインドラは、奥にある突き当りの壁へ黒い人形達の群れを激突させた。

 その勢いは強く、障壁が既に張られていない船体の壁が突き崩される。
 インドラはそのままの勢いで黒い人形達を外へ押し飛ばし、大虎となった自身の身も中空に投げ出された。

「――……ケッ。ここまでか……」

 その時、インドラが見たのは周囲から飛翔し押し寄せ黒い人形達の群れ。
 それ等が両腕を黒い刃へ変化させ、自分に目掛けて鋭い突きを放つ姿を最後に見た。

 黒い人形達に大虎のインドラは全身を貫かれ、夥しい血を吐き出し流す。
 そして一体の黒い人形が腕を振り落として首を飛ばすと、『虎』のインドラの死体は都市に満ちる赤い霧状の瘴気の中に落下してしまった。

 そのインドラの死は、干支衆まじんである他二名に魔力感知で察せられる。

「――……インドラが!?」

「……インドラッ!!」

 別々の場所で黒い人形達との交戦を続ける『兎』ハナと『牛』バズディールは、同胞である『虎』インドラの死を確信する。
 そこで訪れた僅かな動揺が、二人の命運を迎えさせた。

 バズディールがインドラの死に気を取られた瞬間、床の地面が裂け砕きながら黒い人形と共に剣が飛び出す。
 それによって硬直したバズディールの両肺を貫くように、人形の両腕で形作られた黒い剣がその身体を貫いた。

「ぐ……っ!!」

『牛ノ串刺シィッ!!』

「……ウォオオオッ!!」

 口から血を溢れさせるバズディールは、自身の身体を貫いた人形の腕を両腕で掴み引き抜く。
 そして壁を砕き割るように破壊しながら、凄まじい速度で外へと投げ飛ばした。

 しかし両肺を貫かれ胸と口から夥しい血を吐き出すバズディールは、膝を落とし崩れた壁を掴みながら自身の巨体を辛うじて倒れないようしている。
 そんな状態だからこそ、憎悪を宿す黒い人形達はバズディールに向けて襲い掛かった。

『一緒ニ逝コオオオオオオヨオオオ!』

『寂シクナイヨォオオッ!!』

 二体の黒い人形がバズディールに迫り、両腕の黒い刃をその身体に突き立てる。
 心臓と腹部を貫かれたゴズヴァールは再び吐血したが、それでも突き込んだ二体の黒い人形を両腕で掴み取り、そのまま身体を傾けて穴の開いた船体の外へその身を放り出した。

 その時バズディールは、薄れる意識の中である場所を見ながら呟く。

「――……ゴズヴァール。お前は、お前の信じる道を――……」

 そう呟きながら絶命した『牛』のバズディールは、二体の人形を抱き止めながら瘴気の中へ落ちる。
 バズディールも死んだ事を感じ取った『兎』のハナは、普段の可愛らしい表情を激怒させながら迫る黒い人形達を蹴り飛ばした。

 しかし新たに迫る黒い人形達を冷やかな視線で見ながら、寂しそうに呟く。

「……インドラも、バズも。私より先に逝くんだもんなぁ……」

『――……女ノ子ダァア』

『一緒ニ、コッチニ逝コウヨ』

『遊ボウ……。遊ボウ……?』

「……お断りだね」

 ハナは自身の足元に一つの光球を作り出し、それを右足で正面に蹴り飛ばす。
 それが複数の小さな弾丸となって分裂し、黒い人形達を押し飛ばした。

 しかし魔鋼マナメタルの人形は割れ砕けず、更に四方を囲まれるように黒い人形達が迫る。
 それに蹴りで対応し続けたハナの両足は次第にその硬度に耐え切れずに血を溢れ出させ、攻防が間に合わずその身体に夥しい数の剣を突き立てられ絶命した。

 箱舟ノア二号機に乗り込んでいた各国の強者達が、それぞれ同時刻に絶命する。
 そして彼等が守り通そうとした各国の兵士達もまた、箱舟ノア中心部に備わる機関室に押し寄せ黒い人形達の侵攻を阻んでいた。

 その中には、聖人の子供達を引き連れた『青』とマシラ王アレクも含まれている。
 辛うじて逃げ延びた者達が『青』の張る重厚な結界に守られ、更に逃げ延びようと走る者達を救う為にアレクと闘士達が必死に応戦を続けていた。

「――……アレク様! 闘士長は……!?」

「まさか、もう……!?」

「……ゴズヴァールなら、きっと無事さ! 僕達は、このまま『あのひと』と協力して箱舟ふねを堕とさせないようにしないとッ!!」

「は、はい!」

 アレクは闘士達を鼓舞し、必死に黒い人形達を迎撃し続ける。

 その場には、あのゴズヴァールの姿が無い。
 そしてゴズヴァールの居場所を知る者は、この時には誰も居なくなっていた。
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