虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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螺旋編 五章:螺旋の戦争

夢の跡

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 戦いに勝利し目標を達しながらも、アリアを失った喪失感に苛まれたエリクは絶望にも似た虚脱感に襲われていた。
 そして自身の本音を語り思い留まらせようとするケイルだが、その思いはエリクに届かない。

 口論の果てにエリクの胸を強く叩くケイルだったが、そこから少し離れた場所で高い場所で周囲を見ていたマギルスが二人に向けて声を発した。

「――……ねー! あそこ!」

「……!」

「あそこ、箱舟ふねが落ちてるよ!」

「……ッ」

 マギルスの言葉に二人は反応し、互いに一度だけ顔を見合わせる。
 そして顔を逸らしたケイルは振り向き、服袖で涙を拭いながら無言でその場から跳び進んだ。

 エリクはケイルに何も言えず、少し遅れてその場から跳び進む。
 そして二人がマギルスと同じ瓦礫の上に立った時、その先に光景に箱舟ノアの姿を確認した。

 箱舟ノアは瓦礫の上に落ち崩れ、船底が完全に潰れてしまっている。
 両翼も折れ砕け、船体自体に爆発跡と思しき大小様々な穴が開いていた。

 その箱舟ノアを見たエリクは、その視力と記憶を用いて口を開く。

「……アレは、グラドが乗っていた箱舟ノアだ」

「えーっと、皆から将軍って呼ばれてた人だっけ?」

「ああ。……行こう」

 マギルスの問いにエリクは答え、その場から跳び進み落下した箱舟《ノア》三号機に向かう。
 それを青馬に乗ったマギルスも追い、表情を曇らせたケイルも少し躊躇してから二人を追った。

 そして箱舟ノアに辿り着いたエリクは、船体の上部を見上げる。
 高さ六十メートル程だった箱舟ノアは船底が潰れほぼ下部が潰れた状態であり、その高さは半分程になっていた。

「……生命いのちの気配がしない。……グラド……」

 エリクは瞳を閉じて船内の生命けはいを探ったが、それらしい気配を探れない。
 グラドが自身の生命力を完全に隠せる程の技量が無い事を知っていたエリクは、何かを察して顔を僅かに伏せて呟いた。
 そこから少し離れた位置でケイルも立ち、エリクを一瞥した後に周囲を探り始める。

 マギルスは青馬で駆けながら崩れる箱舟ノアの外壁を伝い、船体の上へ駆け登った。
 そして箱舟ノアから見える周囲を、目を凝らして見渡した。

 そして太陽が昇り始めている位置を見ながら目を見開き、大きな声を下に居る二人に向ける。

「――……あっ! いたよっ!」

「!」

「もう一個の、箱舟《ふね》!」

「!!」

 二人はその声を聞き、マギルスが右手を動かして向ける位置に向かい走る。
 そして瓦礫を伝いながら跳び進み、エリクとケイルも別々の位置でマギルスが確認したもう一隻の箱舟ノア二号機を遠目で発見した。
 かなり距離が離れており、三人はそれぞれに走り跳びながら箱舟ノア二号機を目指す。

 数分ほど経った後、三人は箱舟ノア二号機の全景が視認できる位置まで辿り着いた。
 そこで見た光景を、それぞれが口に出す。

「――……!」

「人だ! いっぱい居る!」

二号機こっちは、無事だったんだな……」

 箱舟ノア二号機の周囲に多くの人々が集まり、更に大小の穴が開き破損した場所からロープを使い降りて来る人々の姿が見える。
 怨念を宿した黒い人形達に襲われながらも、最後まで生存者達は戦い抜き、箱舟ふねを着陸させるまで持ち堪えたようだ。

 しかしその着陸も、荒々しかった様子も確認できる。
 三人が居る方角に箱舟ノアの横幅と同じだけの溝道が瓦礫と砂地の中に存在し、船底も同じように三号機あちらと同じように潰れていた。

 大きな出入り口である格納庫もそれによって潰れてしまい、船体の穴から外に降りるしかない。
 それを実行している生存者達を確認した三人は、互いに箱舟ふねの溝道を伝うように歩き向かった。

「――……ゆっくり、一人ずつ降りて!」

「こっちの通路は潰れてる! 迂回するか、別の場所から降りるんだ!」

「切断機、こっちにも回してくれ!」

「こっちに人を! 瓦礫をどかして、通路を開ける!」

「動けない負傷者は、応急処置をした後に降下用のロープで固定した担架に乗せて!」

「降りたら広がるように! 瓦礫が崩れない位置で待機を!」

「通信機の復旧を最優先に! 軍港と連絡を取り、救助要請を!」

「敵の浮遊都市を破壊した事も、伝えるんだ!」

 箱舟ノア二号機の生存者達はそれぞれに声を掛け合い、不時着した箱舟ノアから脱出する支援を行う。
 主に救助活動を行っていたのはアスラント同盟国の若い兵士達であり、それを熟練兵であるヒューイを含めた隊長達や艦長が現場を指揮していた。
 それを闘士達も助け、その身体能力を駆使して船体内の瓦礫を押し退けて生存者達を救出している。

 不時着時に負傷した者も多いようで、苦しむ声を漏らす者達も多い。
 それでも戦いに生き残った彼等は、互いを助け合うように必死に救助活動を続けていた。

 そうした中で、夜を明けて太陽が昇った朝となっていく。
 そして夜の闇より視界が開けた中で、船体を降りる者達が溝道がある方向を見て何かに気付いた。

「――……あれ……?」

「どうした?」

「あっち、あそこ。……誰か、歩いて来てる……」

「!」

 一人の兵士が溝道に視線を向けて言葉を漏らし、その傍に居た兵士も顔を向けて確認する。
 そして腰に備わる小型の望遠鏡を掴み持つと、片目で歩いて来る人物達を視認した。

「――……アレは……!」

「誰が、来てるんだ?」

「……英雄だ……!」

「!」

「本の、英雄達だ!」

 そう告げる兵士の声が、他の兵士達にも伝わっていく。
 その情報は伝染するように生存者達に伝わり、下に降りた者達にも伝わった。

 全員が溝道の方角に視線を釘付けにする。
 そして昇る日の光を浴びる三人の人影が見えた時、特にアスラント同盟国の兵士達が歓声を上げた。

「――……やっぱり、英雄達だ!」

「あの三人が、やってくれた……!」

「この戦いを、終わらせてくれたんだ……!」

「おーい!」

「こっちだー!」

「……元帥。彼等が、やってくれました……」

「父さん、おじさんがやってくれたよ。……これで、一緒に帰れるんだ……」

 
 エリク達が歩み来る姿を見た同盟国軍の兵士達は、歓声を向けてそれを迎える。
 その中には感涙を漏らす者や、それぞれに思う者達の声も含まれていた。

 歓声を向けられる三人の中で、マギルスは青馬に乗ったまま笑って手を振って見せる。
 しかしエリクとケイルだけは手を振らず、表情を曇らせながら歩み進めていた。

「――……!」

「!?」

「え……!?」

 その時、三人は目を見開きながら何かを感じ取り、同じ場所に向けて顔を振り向かせる。
 それは瓦礫が密集した溝道の外側であり、三人が振り向いたと同時に凄まじい轟音が周囲に鳴り響いた。

 夥しい瓦礫が上空へ吹き飛び、凄まじい勢いで溝道に降り注がれる。
 それに箱舟ノアの生存者達も気付き歓声の声が止むと、瓦礫が吹き飛んだ方角に全員が注視した。

「な、なんだ!?」

「爆発……!?」

「俺達が捨てた、爆弾か……!?」

「――……ただの爆発じゃない。アレは……!」

 兵士達が瓦礫が吹き飛んだ原因を爆弾だと思う中で、船体外で救助活動に参加していたマシラ王である聖人アレクサンデルはそれが違う事を察する。
 それは溝道に居た三人も同様であり、その中で特にエリクは目を見開きながら驚愕していた。

「……まさか、これは……ッ!!」

「――……よくも、私の居場所ゆめを崩してくれたわね。……ゴミ共……!」

「ッ!!」

「!?」

 この時、三人の目にはある光景が目に映る。

 吹き飛んだ瓦礫に紛れた中空に浮かび上がり、三人と生存者達を見下ろす者。
 頭・胸・腹部・右腕・右足・左足に赤い聖痕を植え込まれて人の姿に戻りながらも、左目の眼球は黒く染まったまま、黒い片翼を左背から生やし、左手だけが黒く染まった存在。

 『悪魔』アルトリアが、影を宿す表情で衰えない憎悪に満ちた姿を現した。
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