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螺旋編 閑話:舞台裏の変化
託された意思 (閑話その五十九)
しおりを挟むマシラ共和国に赴いた『青』の七大聖人と名乗る青髪の青年ミューラー=ユージニアスは、マシラ王ウルクルスと息子アレクサンデルと謁見の場を設けられる。
そして自身の名乗りを述べた右手の甲に刻まれた青の聖紋を見せる『青』に対して、王であるウルクルスもまた名乗りを述べた。
「――……マシラ共和国、第二代マシラ王。ウルクルス=ガランド=マシラである。……貴殿は『青』を名乗られここに赴いたようだが、それは誠のようだな」
「そうだ。……やはり、血族は似るものだな」
「?」
「先年、こちらに赴いた際には顔を見れなかったからな。……マシラ血族にこうして会うのは、数百年と久しい」
「……何を言っているのだ……?」
『青』が懐かしいように述べる言葉に、ウルクルスは疑問の表情を浮かべる。
それを隣で聞いていたゴズヴァールは、ある事を思い出してウルクルスに述べた。
「……確かウルクルス様が伏せていた先年に、政府側でホルツヴァーグ魔導国に呼び掛け、『青』の七大聖人を招きウルクルス様の状態を確認させようと訪れていました」
「では、彼は以前にもここに……?」
「いいえ、その時に訪れたのは『青』のガンダルフと名乗っていました。……お前では無いはずだ、ミューラーとやら」
ゴズヴァールはウルクルスに説明し、更にミューラーに対して睨みを向ける。
不審な言葉を向け警戒度を高めるゴズヴァールに対して、『青』は視線を合わせながら告げた。
「以前に訪れた『青』も、私なのだよ。フォウル国の戦士よ」
「……なんだと?」
「代々の『青』は、私が自らの肉体を作り、魂を憑依させている。今の私もまた、ガンダルフと同じ『青』なのだ」
「……!!」
「なるほど。鬼の巫女姫も、末端の戦士には伝えておらぬようだな」
ゴズヴァールの様子を確認した『青』はそう述べ、視線をウルクルスの方へ戻す。
そして流すように傍で座る王子アレクの方へ目を向け、視線を交わしながら『青』は口を開いた。
「やはり、お主だったか。マシラの子孫よ」
「……貴方は、やはりあの時の……?」
「アレク……?」
「父上。やはりあの人は、僕と悪夢の中で会っています」
「!」
アレクの言葉にウルクルスは驚きを見せ、『青』に視線を向ける。
そして両者が何かを通じ合うように頷かせると、『青』はウルクルスに対して述べ伝えた。
「その様子であれば、既にその子供から話は聞いているのだな。『悪夢』について」
「……!」
「五年後に、ガルミッシュ帝国とベルグリンド王国に変事が起こる。それに付随する憎悪の連鎖が、世界を滅ぼさんとしている。――……それを防ぐ為に、助力を願おう。マシラの一族よ」
「貴殿も、アレクと同じことを……。何故、貴殿とアレクは悪夢を覚えているのだ? それは、本当に起こる未来の話なのか?」
「『悪夢』とは、未来で実際に起きた出来事。『黒』の七大聖人によって紡がれた世界は戻り、人々は記憶を失くしている。しかし魂には、その出来事で刻み付けられた『感情』が残っている」
「!」
「『悪夢』の正体は、未来を体験した者達の魂に残った残滓が視せたモノ。……そしてその子供と私は、紡いだ時間を戻した『黒』に選ばれた者なのだ」
「……貴方の言う『黒』とは、七大聖人の一人のことか?」
「如何にも」
「その者の能力によって、我が息子は悪夢の内容を……未来の出来事を覚えていると、そう言うのだな?」
「如何にも」
「……信じ難い話だ。しかしアレクの様子を見ても、また七大聖人の一人たる貴殿がそれを述べるのであれば、信じてもいいのかもしれない」
『青』の話にウルクルスは神妙な面持ちを抱きながらも、幾らか信用する方向へ思考が傾き始める。
そして僅かに沈黙を浮かべた後、ウルクルスは『青』に問い質した。
「――……して、『青』よ。貴殿は我々に助力を求めてここに赴いた。そう言ったな?」
「その通り」
「貴殿の話を真実であると進めた上で、話をさせてもらおう。――……貴殿は我々の何の助力を求め、ここに赴いたのだ?」
「私が求めるのは二つ。……まず一つは、貴殿等が捕らえ扱う魔法師テクラノスの奴隷紋を解除すること」
「!」
「二つ目は、テクラノスを私に引き渡すこと。それ以上の助力を、私は求めない」
「……なんだと……!!」
『青』の要求を聞いた全員が、驚きの声と表情を見せる。
十数年前まで各国から指名手配の犯罪者として追われ、ゴズヴァールの手で捕らえられた魔法師テクラノス。
それに奴隷紋を施し扱う許可を得ていたマシラ共和国は、テクラノスを奴隷として扱える所有権を有していた。
そのテクラノスを解放し、指名手配にしていたホルツヴァーグ魔導国に所属する『青』が今更になって所有権を求める事は、一種の異常事態とも言える。
しかしその返答を待つ間も無く、『青』は窓から日の光が差し込む左壁側に視線を向けながら口を開いた。
「――……テクラノス、久しいな」
「!」
「――……お久し振りです。師父よ」
差し込まれる光の中から声が発せられ、更に足跡が鳴り響く。
そして光が差していない影の部分に足音が届いた時、テクラノスの足から頭の先までが姿を見せた。
光の屈折を利用した偽装魔法によって姿を消していたテクラノスが隠れている事に気付いていた『青』は、懐かしむように語り述べる。
「息災……というわけでは、無さそうだな」
「……」
「アルトリアに挑み、敗北したそうだな」
「!」
「あの娘もまた、この世界では特異点の一つ。例え貴様でも、負けは必至だったであろう」
「……師父よ。何故、今更になって我を求めるのだ?」
「お前の知恵を借りたい」
「知恵……? 知識において比類無き貴方が、我の知識を必要とするはずがない」
「私が求めるのは、知識ではなく知恵。私はお前の脳から浮かぶ『発想』を求めている」
「発想……」
「私は昔から、発想力が乏しいのでな。故に叡智を蓄えていたが、自分一人で考え事を成すのは難しい」
「……」
「テクラノス。貴様は昔から好奇心が強く、向上心も高く、弟子の中で誰よりも優秀であった。……故に、古代魔法を知り求めようとした」
「……そうだ。我はそれを求めようとし、貴方に破門された」
「古代魔法とは、世界の理に干渉する秘術。それを扱い世界の理を乱す者は、世界の管理者によって淘汰される。それを防ぐ為には、お前を引き離す以外になかった」
「……管理者とは、到達者達のことですか?」
「そうだ」
「……あの娘、アルトリア。あの娘もまた、我と同じように禁忌を踏み入ったのか?」
「違うな。あの娘そのものが、禁忌の一族なのだよ」
「……やはりあの娘は、『白』の一族なのですね?」
「気付いていたか」
「何故、『白』の血族が……? あの血脈は、五百年前に絶えたと……」
「実質的な血は、確かに絶えた。しかし、その意思は……魂の血脈は、生き永らえていたということだ」
「魂の、血脈……?」
テクラノスは疑問の表情を浮かべたが、それを諫めるように『青』は首を横に振る。
そして話題を切り替えながら、『青』はテクラノスに問い掛けた。
「テクラノスよ。お前の意思も、まだ生き永らえているか?」
「!」
「お前は魔法技術を発展させ、魔法を文化とした人々の生活を充実させる未来を見ていたな。……しかしこの先の未来は、その魔法が人々を滅ぼしていく結果となる」
「……」
「『魔法』とは本来、人間を生かす為に作られた技術なのだ。……我と共に来い。お前の知恵が、人々を生かす為の意思が、未来に必要となった」
「……」
『青』はそう述べ、テクラノスは戻るよう伝える。
テクラノスはそれに答えずにゴズヴァールの方を見て、その返答を主たるウルクルスに求めた。
話を聞いていたウルクルスは悩む様子を見せていたが、隣に座るアレクは隣に座る父親の腕に触れた。
「アレク……?」
「父上、テクラノス老師を行かせてあげてください」
「!」
「老師の知恵が、父上やアリアお姉さんを、そして世界を救う為に必要なら。……あの人に、託すべきだと思います」
「……」
アレクの述べる言葉を聞いて、ウルクルスは表情を強張らせながら考える。
それを周囲の者達は見守ると、数十秒後にウルクルスはその口を開き答えを述べた。
「――……テクラノスを、四年間だけ貴殿に貸し与える」
「……貸し与える、か」
「私は、貴殿やアレクが述べている事を完全に理解できているわけではない。本当に、貴殿達の言う悪夢のような未来が訪れるかも分からない。……その上で出来る、最大限の譲歩と考えて欲しい」
「……承知した、マシラの一族よ。テクラノスを借り受ける」
マシラ王ウルクルスの決断により、『青』にテクラノスが貸し与えられる。
その話が行われた後、契約書を用いてテクラノスに施された奴隷紋を通して命令権に『青』が加えられた。
その命令権も、三年間で消えるよう明記される。
ウルクルスの決断に促される形で『青』に借りられるテクラノスは、神妙な面持ちを残していた。
そして『青』がテクラノスを連れて謁見の間から退場しようとする時、ウルクルスが声を掛ける。
「――……テクラノス」
「……何ですかな?」
「もし、アレクの言う『悪夢』を防ぐ事に貴方が貢献した時には。改めて貴方の身に施された奴隷契約を、解かせてもらおう事を約束する」
「!」
「貴方を捕えてから十数年以上、このマシラで多くの貢献をしてくれた。そしてレミディアの件も調べ、私の芝居に協力してくれた事に感謝している」
「……」
「奴隷契約を解いた時には、改めて貴方をマシラ共和国の王宮魔法師として雇わせてもらいたい。……考えておいてほしい」
ウルクルスの言葉にテクラノスは目を見開き、無言のまま振り返り『青』と共に謁見の間を出る。
そして扉が閉められた後、席に座っていたアレクの変化にゴズヴァールが気付いた。
「――……アレクサンデル様ッ!?」
「!」
「アレク……!?」
ゴズヴァールの声に気付いた周囲の者達も顔を向け、アレクの様子に驚きを浮かべる。
五歳の幼いアレクの身体がはっきりと見えたまま、それに重なる形で半透明の青年アレクがその場の全員に見えているのだ。
そして半透明の青年アレクは立ち上がり、幼い自分と向かい合う形で微笑みを浮かべる。
それを幼いアレクは微笑んで向かい合い、互いに頷きながら話し始めた。
『――……ありがとう。どうやらこれで、僕の役目は果たされたようだ』
「……いっちゃうの?」
『うん。……この先の未来を、頼んだよ』
「……ボクも、つよくなれるかな……?」
『なれるさ、絶対に。――……父上、ゴズヴァール』
「アレク……なのかい……?」
「アレクサンデル様……?」
『未来の事を、お願いします。……二人とも、末永く元気で――……』
「……!」
青年アレクは笑いながらそう伝えると、半透明の体が完全に消え失せる。
金色の粒子がその周囲で僅かに四散し、青年アレクの声は途切れてしまった。
それを見届けたアレクは、眠るように椅子に背を預ける。
それを見ていた人々は、何が起こったのか分からない。
そして日を跨いで目を覚ましたアレクは、年相応の口調と様子に戻っていた。
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