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修羅編 二章:修羅の鍛錬

不介入の理由

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 鬼の巫女姫レイによって語られる過去の出来事によって、『黒』の七大聖人セブンスワンの予言とそれに対応する人間大陸の状勢が明かされる。

 『黒』が述べる世界の滅亡を回避する為に『青』と協力関係となったレイは、人間大陸の監視役となる【結社そしき】の設立を支援した。
 更に五百年前の天変地異と同様に、滅亡の原因となる可能性が高い『創造神オリジン』の肉体で転生する『黒』を殺め続け、滅亡の事態を防ごうとする。

 各地で問題を起こしている【結社そしき】の裏側が有ることを知ったエリクとマギルスは、互いに神妙な面持ちで思考していた。
 そんな二人に対して、レイは口以外の表情すらも身動き一つしない状態で言葉を続ける。

「――……私から説明できる事情は、以上になります。何か御質問はありますか?」

「……ならば、聞かせてもらう」

「どうぞ」

 レイの言葉に応じるように、エリクが口を開く。
 そして自分の内に留めていた疑問の一つを、レイに対して問い掛けた。

「お前が『黒』に滅亡の予言を聞き、その身体《そんざい》が危険だから【結社そしき】を使い攫い殺している理由は分かった。……だが、俺達に賞金を懸けてまで各国に追わせた理由はなんだ?」

「それは、私とは関わりの無いモノです」

「なに……?」

「賞金というモノに関しては、『青』個人の判断で行ったのでしょう。彼は臆病で用心深く、あらゆる策を講じる事に長けていますので」

「……だがお前達フォウル国の魔人が、傭兵ギルドや【結社そしき】を通じて動いているという話を聞いた」

「それも、『』の指示で動いている戦士達でしょう。私が知る限り、十二支士の戦士達が百名ほど人間の国々に分散して活動しています。彼等は『黒』と思しき少女の存在情報の収集と、『青』の【結社そしき】に対する協力を御願いしています」

「……」

「そしてもう一つ。『黒』が予言した、世界を滅亡に導く者を探させていました」

「!」

「『青』は『子』を通して、世界を滅亡に導く者の候補者を報告しています。――……その一人が、貴方達と同行していた『アリア』という少女です」

「アリアを……」

三十年後みらいの出来事を考えても、『青』の推測は正しいかったのでしょう。……アリアという少女こそ、『黒』の予言した世界を滅亡へ導く者です」

「……ッ」

 エリクはそれを聞き、反論が出来ずに言葉を詰まらせる。

 実際にアリアが行った三十年後みらいの出来事は、世界そのものを滅ぼしかねない行為だった。
 そして『クロエ』が原因でアリアが世界を滅亡させるという話にも、砂漠の出来事を思い出せば心当たりが上がってしまう。

 『黒』が百五十年前に行った予言は、見事に的中してしまっている。
 それを理解しながらも、エリクは苦々しい面持ちを見せながら口を開いた。

「……やはり、お前達はアリアを殺すのか?」

「必要があれば」

「……そんな事は、俺がさせない」

 レイの口からその言葉が出た時、エリクは身体中に纏わせる生命力オーラの光を更に強める。
 そして前に一歩だけ足を踏み込ませ、腰にある大剣の柄に左手を翳した。

 それを見て前に控えていた『牛』バズディールと『戌』タマモが視線を鋭くさせ、腰を上げようとする。
 それを制止させたのは、レイの言葉だった。

「二人とも、そのまま控えてください」

「……ハッ」

「少し、誤解をさせる物言いでしたね。……始めに提案したように、私は『必要』があればアリアという少女を殺めると述べているだけです」

「……必要あれば、か?」

「そうです。その必要が無いのなら、その少女を殺す程の理由を私は持ちません」

「……だがアリアは、『クロエ』が予言した世界を滅亡に導く者なのだろう?」

「それは正しいでしょう。しかし、結果が異なったことは証明されています」

「なに……?」

「その少女は三十年後、貴方達によって打倒された。そして世界は滅亡に陥れる程の危機には晒さなかった」

「!」

「『黒』が予言した世界の滅亡は、三十年後みらいで回避されました。ならば、アリアという少女をそのままにしておいても問題は無いと、私は考えています」

「……人間の行いは、人間に正させる。さっきの話か?」

「そうです。破滅に向かう少女の行く末は、人間が是正するべきでしょう。それに関して私は助力する事を考えても、直接的に関与するつもりはありません」

「……そうか」

 レイから改めてアリアに対する手出しを行わない事を聞き、エリクは腰を据えながら前に踏み出した右足を下げる。
 そして大剣の柄に翳していた左手を退け、通常の姿勢に戻った。

 それを聞いていたマギルスもまた、レイに疑問を投げ掛ける。

「――……その話だったら、もう生まれ変わる『クロエ』も殺す必要は無いよね?」

「いいえ。そういうことには出来ません」

「!」

「『黒』の肉体が『創造神オリジン』の身体である以上、今の時期にそれを止めてしまうのは、新たな滅亡の未来を出現させかねませんから」

「……どういうこと? アリアお姉さんが世界を滅亡させる予言の人なら、それをどうにかすればいいい話でしょ?」

「アリアという少女は、ただ世界を滅亡させる『候補者』でしかありません。……他にも候補者が居た場合、『黒』の肉体を成人に達するまで放置するのは危険だと、私は考えています」

「アリアお姉さん以外に、世界を滅ぼそうとする候補者ひと……。それって、エリクおじさんの言ってた……?」

「……奴だろうな」

 マギルスの問いにレイは答えると、それを聞いていたエリクが別の候補者に関してすぐに思い至る。

 ベルグリンド王国、ウォーリス王の傍に仕える黒髪蒼瞳の男。
 【悪魔】となった三十年後のアリアと近しい気配を漂わせていた、アルフレッドと名乗る人物。

 彼もまた死んだアリアに死霊術を用いて操り、帝国ガルミッシュ王国ベルグリンドを滅亡させている。
 更に別の悪魔も従え、アリアに『悪魔の種』というモノを植え付けて悪魔化させた。

 被害の規模では間違いなくアリアの方が上だったが、潜在的な危惧で言えばアルフレッドと呼ばれている男の方は得体が知れない。
 そう考えるエリクは、レイに対してこう話した。

「――……人間の国に、悪魔がいる。しかも、多くて二人だ」

「未来で報告を聞きました。アリアという少女に死霊術を施し、国を滅ぼさせたと悪魔ですね」

「恐らく、その一人がベルグリンド王国という国に居る。……そいつを何とかすれば、あの三十年後みらいも起きず、アリアも世界を滅ぼそうとしないはずだ」

「その悪魔の討伐を、私達も手伝えという話でしょうか?」

「ああ」

「それは出来ません」

「……何故だ?」

「悪魔とは本来、誓約を用いて契約者の魂をかてとする精神体アストラルです。悪魔が人に憑いて何かを行っているのならば、それはその人間側が望んだ契約こととなるでしょう」

「……それも、人間だけで正せと。そういう話か?」

「その通りです。……私達が行うのは、滅亡の原因となる『黒』を殺めることだけ。それ以上の事で、人間ひとの出来事に加わるつもりはありません」

 レイは改めてその言葉を口にし、人間の国々で起こる事態に関わることを拒否する。

 三十年後に悪魔化したアリアも、その強さは桁違いだった。
 悪魔が強力な存在ならば、王国ベルグリンドにいる悪魔アルフレッドも強力な存在である可能性が高い。
 悪魔アルフレッドともう一人の悪魔を討伐する為に、干支衆と巫女姫レイは有力な戦力となるだろう。

 しかし頑なに拒絶するレイに、それ以上の要望を行うことがエリクには叶わない。
 そんなレイに対して、マギルスは再び疑問を口にした。

「……ねぇ、どうしてそんなに人間と関わりたくないの? 三十年後みらいでもそうだったけど、世界が滅びそうな時くらいはもっと何かしてくれてもいいんじゃない?」

「……年月が経つ毎に、そう述べる者も多くなります。……だからこそ、私や『黒』のような長命の者が事の成り行きを伝える役目を担うのでしょう」

「……?」

 レイは表情や仕草を何一つとして変えてはいなかったが、声色が呆れに似た憤りを秘めたモノになった事を二人は察する。
 そしてその口から、頑なに人間と関わろうとしない理由が教えられた。

「第一次人魔大戦と呼ばれた時代を、貴方達は御存知ですか?」

「……聞いた事はある。どういう事があったかは、よく知らない」

「その頃、当時の人間大陸には人間ひとの『到達者エンドレス』が誕生しました。その人間が国を築き、人間大陸の国々を全て掌握し、人類を統べる皇帝……『帝王』と呼ばれるようになりました」

「帝王……」

「彼は『人間』という種族にとって、まさに『希望』と呼ぶべき事を成し遂げ続けました。機科学を始めとした様々な学問を発展させ、それ等を応用した技術で人類を苦しめていた数多の災害や疫病を失くしました。そして国や人種、更に宗教的な差別を理由にした人々の争いすらも失くしたのです。……代わりに人々は、彼こそを『神』と崇め、絶対的な存在として付き従いました」

「……」

「彼は本当に、人間の『希望』でした。……しかし魔族にとって、彼は『絶望』となってしまった」

「……絶望?」

「彼は人間大陸のみならず、魔族が棲む魔大陸に人間の生存圏を広げようとしました。……それが三千年前に行われた、『第一次人魔大戦』の始まりです」

「!」

「彼の主導により大陸規模の前線基地が両大陸の間に築かれ、魔大陸の自然を奪い、そこに暮らす魔族達は捕らえていきました。……そして『奴隷』という身分を作り、捕らえた魔族を奴隷に堕としました」

「奴隷……」

「奴隷となった魔族は老若男女を問わず、様々な事に利用されました。……勿論、魔族との戦争にも」

「!」

「魔族には、魔力を生み出し操る器官が存在します。それを意図的に暴走させ、死に至るまで狂暴化させる装置モノを付け、魔族との戦いに用いたのです。……そうした争いでは、血の繋がる魔族が狂暴化した者と殺し合ってしまうことも多かったと聞いています」

「……ッ」

「そして戦うのに向かない者達……主に女子供の魔族は、罠に使われました。爆弾を取り付け囮にし、それを救おうする魔族達と共に爆発させるという手段も用いていたこともあるようです」

「……爆弾を……」

「他にも機械や化学の技術を用いて、屈強を誇る魔族達を屠る手段を幾多も実行したそうです。中には毒や疫病となるモノを撒き散らし、魔大陸の自然を汚染させ、強靭な魔族達を絶滅の危機にまで追い詰めています。勿論、絶滅した種族も多くいました」

「……」

「魔族達は、『人間』という存在を恐れました。自分達とは異なる技術ちからを使い、悪辣な手段を用いて自分達を捕らえ殺しに来る侵略者を」

「人間が、侵略者……」

「……ここまでの話を聞き、『魔人』という存在が両種族にとってどのような立ち位置なのか。分かりますか?」

「……それは……」

「人間は、『魔人』を同じ人間と認識していません。どれ程の月日が経とうと、その認識を改めることは出来ないでしょう。……魔族もまた、『魔人』を魔族とは認めません。それどころか、侵略者の血が混じる忌むべき者と認識し、憎悪する魔族さえいます」

「……魔人は、人間からも魔族からも、しいたげられているのか……?」

「『人間』でも『魔族』でも無い者達。この里に移り住んだ者達は、そうして居場所を失くし平穏を求めてこの地に根付きました。そして今を生きる里の者達は、そうした者達の子孫なのです」

「……」

魔人かれらの中には、流れる血に従い人間や魔族の土地へ旅立つ者も居ます。中には別の目的を持つ者もいるでしょうが、私はそれを止めようとは思いません。……しかし、『魔人』の到達者エンドレスである私がどちらかに強く傾き動けば、本当の意味で『魔人』は故郷となれる居場所を失くしてしまう。……それが、こうした出来事に深く介入しない理由です」

 そこまで語り終えたレイは、一つの小さな息を漏らす。
 それを聞いていたエリクとマギルスは、思考の映像イメージに語られる出来事が想像できた。 

 レイはこうして、過去に『人間』という種族が『魔族』という存在に行った戦争の詳細を伝える。

 そこで述べられたのは、強大だと語られ続けた『魔族』という存在が『人間』に侵略され滅ぼされかけたという、予想外の歴史。
 それを理由として両方の種族から虐げられた『魔人』という存在の居場所を守る為に、レイは『人間』にも『魔族』にも介入しない事を信条としている事が告げられる。

 『人間』と『魔族』という異種族の間で生まれた者達にとって、それは切実な理由だった。
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