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修羅編 二章:修羅の鍛錬

虚構の依頼

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 鬼の巫女姫レイとエリク以外の人物達が退室し、やしろが設けられている洞窟内部で二人は向かい合う形で座っている。
 僅かに耳に鳴る空洞音が聞こえる静寂の中で、瞼を閉じたままのレイはエリクに軟らかく話し掛けた。

「――……三十七年前。貴方が生まれた瞬間を、私は感じ取りました」

「!」

「ここから、人間大陸の中で北東の地方。貴方はそこで生まれた。そうですね?」

「……何故、そんな事が分かる?」

「分かる者には分かります。特に『鬼神』を知る魔大陸の強者達であれば、魔大陸からでも貴方の事を察知しているかもしれません」

「……!!」

「それだけ、貴方の生まれた……いいえ。貴方が産声うぶごえを上げた瞬間に放たれた魂の波動なみが、この世界に広まったのですよ」

「……俺の、産声が……?」

 レイの言葉にエリクは訝し気な表情を浮かべ、その自覚が無いことを口調で示す。
 それを初めから察しているのか、レイはある出来事を話し始めた。

「……しかし、貴方の魂から放たれる波動なみは弱々しいモノへ変わり、他の生命達と区別が出来なくなりました。そこで『青』を通じて【結社《そしき》】に依頼し、その魂の持ち主を探すよう私から御願いをしたのです」

「!」

「その際、捜索される中で候補となる者達が幾人か挙げられました。その一人に、貴方が含まれていたのです。エリクさん」

「……そんな昔から、俺の事を探していたのか……?」

「はい。……そして、貴方が生れ落ちてから十五年後。再び貴方の魂から波動ちからが放たれ、それが間違いなく『鬼神そふ』のモノであると感じました。……その時に貴方は候補者ではなく、『黒』が予言した『鬼神』フォウルの生まれ変わりなのだと確信しました」

 エリクはその話を聞き、自身の過去を思い出しながら話されている内容を理解する。

 十五歳の時、エリクは黒獣傭兵団として山猫の群れを討伐する仕事を請け負った。
 その時には、団長ガルドや兄貴分ワーグナー、そして弟分マチスを含めた十五名程の団員達で山猫討伐に向かう。

 しかし事態は急変し、上級魔獣に指定される山虎が率いる群れに奇襲され、複数の団員と団長ガルドが死亡する。
 更にエリク自身も瀕死の重傷を負い、山虎に殺される一歩手前まで陥ってしまった。

 その時、エリクのなかから『鬼神フォウル』との回線パスが繋がり、鬼神の力を扱えるようになる。
 しかし得られた力を御しきれずに暴走させ、意識と記憶を失いながらも山虎とその群れを退ける事に成功した。

 その時、エリクが使った『鬼神』の力をレイは感じ取る。
 辻褄が合う事を理解したエリクは、伏せていた目線を上げてレイに問い掛けた。

「……お前の言い方だと、俺を見張っている者が近くにいたのか?」

「はい」

「……それは、マチスか?」

「マチス? ああ、マーティスのことですね」

「マーティス?」

「『子』に属する戦士の一人です。彼が貴方の出身国であるベルグリンド王国に赴き、【結社そしき】に属する者と通じ、貴方の様子を確認させていました。マチスという名は、マーティスの略称として名乗っていたのでしょう」

「……そうか。やはりマチスなのか……」

「気付いていたのですか?」

「……いいや。アリアから聞いて、初めてそうなんじゃないかと考えるようになった」

「そうですか」

「もう一つ、聞きたい。……マチスと通じていたという、【結社そしき】の者が誰かは聞いているか?」

「確か、貴方達が属していたという傭兵団の長だと伺っていました」

 レイの口からその事が述べられた時、エリクは目を見開く。
 しかし驚いた様子ではなく、納得したような落ち着きを見せて僅かに項垂れ視線と顎を下げた。

「ガルドが……。……だからガルドは、俺を傭兵団に入れたんだな……」

「【結社そしき】で候補者を集めるように指示があったのでしょう。貴方がその傭兵団に入ったのも、そうした経緯があるのかもしれません」

「……そうか」 

 エリクはその時、十五歳の時に山猫討伐に出立した夜の日を思い出す。

 その際にガルドは一人で夜更けの森に入り、誰かと話している様子だった。
 しかしエリクが訪れて声を掛けると、話していたと思われる人物は気配を隠し、ガルドはそれを誤魔化したように見える。
 その時に話していた人物こそ、共に山猫討伐に同行していたマチスとエリクは納得した。

 そうして二人の関係に対して納得するエリクに、レイは話の続きを述べる。

「マーティスはその人物と連絡を取り合い、貴方の様子を確認していました。早い段階で、貴方が魔人の可能性があることを報告してくれています」

「……マチスは、容姿の年齢も誤魔化せるのか?」

「いいえ、彼は年相応の若者です。この里で生まれた『子』の戦士でしたが、貴方と生まれた歳も近く潜入に最適であると抜擢され、役目を与えられたと聞いています」

「そうなのか」

「……ただ、その若さ故に思う事もあったのでしょう」

「?」

「彼は二年ほど前から、『子』に対する連絡が途絶えています」

「!?」

「彼は【結社そしき】の用意した新たな者と内通し、報告を届けて来てくれていました。しかし連絡が途絶えた後に『子』がマーティスについて調べると、不可解な動きを行っている事が分かったのです」

「不可解?」

「私や『子』が命じていた貴方への監視を中断し、別の人物に命じられる事を優先して動いているようです。しかもそれに連動し、人間の国に赴いていた幾人かの戦士達も同じ状況になっていると報告が届いています」

「……マチスは今、俺が入っていた黒獣傭兵団と共に行動しているはずだ」

「いいえ。彼は既に、その傭兵団から姿を消しています」

「!」

「【結社そしき】でも動向を追えないようで、彼等をを逃がし匿える程の組織と関わっているのではという報告を伝え聞いています」

「……【結社】以外の、いや……。それ以上の組織があるのか?」

「分かりません。そこは『青』や『子』に任せるしかないのが、私から伝えられる現状です」

「そうか。……マチス、お前は……」

 エリクはこの時、三十年後みらいで輪廻の世界に赴いた時の出来事を思い出す。

 その時に死者であるガルドと出会った後、ワーグナーを含めた黒獣傭兵団の団員達が共に居た。
 その中にはマチスも佇み、エリクの背中を押しながらこう伝えている。

『――……エリクの旦那、アンタは好きに生きてくれよ。……俺みたいに、縛られずにさ』

 そう述べながら申し訳なさそうに笑うマチスの表情を、エリクは覚えている。

 この言葉の意味を勘繰るのならば、今のマチスが何かに縛られ、自分の意思で動けない状況にあるのかもしれない。
 そうした考えを巡らせていた中で、エリクは今までの話を思い返し、レイが述べた言葉で信じられないモノがあったことを察した。

「――……待て。お前はさっき、マチスに俺を監視するよう命じていたと言ったか?」

「はい」

「だがお前は、【結社そしき】を利用して俺をここに来させるように依頼していたんだろう? それなら、マチスの命令は取り消されているんじゃないのか?」

「……いいえ?」

「なに……? 俺の仲間には、【結社そしき】に入っていたケイルがいた。お前はそのケイルに、俺を王国から出してここに向かわせるようにという依頼を――……」

「私は、そんな依頼を『青』や【結社そしき】にした覚えはありません」

「……どういうことだ……!? ここに来た時、お前は俺達を待っていたと……」

「それは、貴方から流れる波動ちからを感じ取り、ここに向かっている事を知っていたからです。……私は、貴方は自分の意思でここに来たとばかり思っていました」

「……!!」

 レイの口から述べられる話を聞いたエリクは、今度こそ目を見開きながら驚きの表情を強張らせる。

 【結社そしき】を通じて仲介人から依頼を出されたとされる、ケイルへの依頼。
 ベルグリンド王国からエリクを連れ出しフォウル国に赴かせ、【結社そしき】へ勧誘させるという内容。

 その依頼がフォウル国の巫女姫レイから出されたモノではなく、別の人物から出された依頼モノだったことを、エリクは初めて知ることになった。
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