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修羅編 二章:修羅の鍛錬
一夜の語り
しおりを挟む第二の故郷と言えるアズマ国に戻り幼少時に過ごした屋敷に赴いたケイルは、師匠である武玄と巴に再会を果たす。
そして夕食を終えた後、夜が訪れ虫の音色が聞こえる屋敷の客間にて改めて対面した武玄と巴は、傍に千代を控えさせた状態でケイルの話を聞いていた。
「――……以上が、アタシの体験した未来の話と、これから四年以内に起こるだろう出来事です」
「……」
「……突拍子も無い話をしている事は、重々に承知しております。……けれど事態は、今の自分には手に余ります。私自身の鍛錬も含め、師匠と頭領の知恵を御借りしたいです」
ケイルは自身の知る三十年後の出来事を話し、他の三人は瞼を閉じながら静かに聞いている。
更に四年後に起こるだろう【悪魔】が関わる出来事も話すと、ケイルは話を止めて改めて頭を下げた。
沈黙した場で先に口を開いたのは、着物姿の巴。
瞼を開けて頭を伏しているケイルを真っ直ぐと見据え、言葉を口にした。
「――……軽流。顔を上げなさい」
「……」
「話は理解しました。お前は未来の出来事を防ぐ為に、その起点となるだろう出来事を防ぎたい。その為に【悪魔】とやらを打倒するに足る力を得たい。そうだな?」
「はい」
「その話が嘘か真かという話は、隅に置こう。……しかし私が疑問を抱いたのは、何故それをお前自身が行う必要があるのかということだ」
「!」
「その【悪魔】とやらを倒すだけが目的ならば、私や親方様、そして東の陰陽師を派遣するだけでも十分な戦力となる。お前がその力を借りたいと言うのであれば、その交渉の場を用意してもいい」
「……」
「だがお前は、それ等の助力を望むより先に、己の力を高めることを求めた。……軽流。お前は更なる力を求め、その先に何を得たいと考えている?」
巴にそう尋ねられたケイルは、少し考えるように視線を落とす。
そして顎を上げて落とした視線を元の位置に戻し、巴と視線を交えながら答えた。
「……アタシは、三十年後の戦いを経て実感しました。アタシ自身の無力さを」
「……」
「自分ではどうしようもない状況に立たされた時、ただアタシは逃げ惑う事しか出来ず、挙句に己の弱さで膝と剣を落とし、窮地では向けた剣すら容易く退けられました。……アタシはあの戦いで、役立てたのかさえ疑問に思っています」
「……それで、更なる力を望むと?」
「安直な望みである事は、承知しています。【悪魔】を討つ最善を考えるのならば、師匠や頭領のような強者達に全てを委ねてしまうのが賢明だと頭では理解しているんです。……それでも、誰かに任せてしまうばかりではなく、私自身も戦える力を身に付けたい」
「……」
「再び惨事が起きた時、立ち向かう仲間達の隣に立つ際に恥じない力を身に付け、自身の力で戦いを乗り越えられることが、今のアタシが最も望むことです」
ケイルは真っ直ぐな視線を向けながら返答し、巴はそれを静かに聞き終える。
その後に小さな溜息を漏らした巴は、呆れた口調で言葉を繋げた。
「……馬鹿になったな」
「えっ」
「いや、元の性格に戻ったと言うべきか。……昔のお前なら、目的の為に手段を選ばず、最短で結果を得るよう動いたはず。感情を優先する事は無かった。少なくとも、そう考えるように私が鍛えた」
「……」
「ここに来た時の幼いお前は、感情の自制が出来ない子供だった。それを正す為に精神修行も多く施した。……しかし今のお前は、再び自分の感情を優先して動いているように見える。『忍者』の教えを受けた者としては、あまり褒められた事ではない」
「……ッ」
「……けれど、『人』として好ましくなった。男に恋でもしたか?」
「!!」
「図星か。力を望むのも、その男の為ということか。だから感情的になっている」
「……否定はしません」
「潔いな。……話を戻そう。お前がここに戻って来た理由は理解した。……結論から言おう。お前の望みは、私達では叶えられない」
「!?」
「今のお前を見た限り、恐らく戦闘経験以外のモノを私達では与えられない。教えられる事は、既に叩き込んでいるからな」
「……で、でも。頭領達みたいな影分身の忍術とか、別流派の技や奥義を学ぶとか……」
「忍術は、お前には無理だ」
「どうしてですか?」
「忍術は生まれながらに特殊な修練を施し、特殊な気術を用いて初めて使えるようになる。今のお前は忍者の体術を使えても、私や千代のような忍術を使う事は出来ない。出来たとしても、長く鍛練できねば粗悪なモノとして力にはならぬだろう」
「……ッ」
「そして技や奥義に関してだが、当理流は五つの流派に別れてはいる。しかし基本の『表』と『裏』に大きな差は無く、奥義についても知る限り気術の扱い方に大きな差は無い。端的に言えば、一つの流派に属した奥義を習得した者ならば別の奥義も応用で使える。それは多様性を生むだけで、更なる力とはならないだろう」
「そんな……」
「一長一短で力を得られる程、人の身は容易く作られていない。数多の経験と、長く続ける修練こそが、最も早く力の付ける方法だ」
断言して述べる巴の言葉に、ケイルは反論せずに口を噤む。
その言葉はケイル自身も辿り着いていた結論の一つであり、また訪れた際に千代にも指摘された言葉だった。
長年の修練こそが、己の力に実を結ぶ。
それを有言実行して来た者達だからこそ述べる言葉の厚みに反論できる程の経験を持たないケイルに、巴は慰めにも似た言葉を掛けようとした。
「……経験が必要ならば、私や親方様が施そう。それで場数を踏み、少しでも力を高めていけば――……」
「――……いるな。一人だけ」
「!」
「……え?」
巴の言葉を遮るように、隣に座る武玄が厳かな表情を浮かべながら言葉を零す。
それに驚きを浮かべた巴を他所に、ケイルは呆然とした声色で聞いた。
「……し、師匠?」
「一人だけ。お前の望みを叶えられる者がこの国に居る」
「!」
「……親方様、まさか……?」
「明日、その者が居る場所に案内しよう。……千代、軽流に寝床の用意をしてやれ」
「はい」
武玄の言葉を聞いた千代は立ち上がり、部屋の襖を開けてケイルの寝床を用意しようとする。
その言葉を聞いていたケイルは驚きを引けないまま呆然としていたが、武玄が改めてケイルを見ながら述べた。
「今日は休め。長旅で疲れたであろう」
「……あ、ありがとうございます。師匠!」
ケイルは顔を伏せながら頭を下げ、感謝を伝える。
そして立ち上がった後に丁寧な動作で部屋を出ると、千代を手伝う為に後を追った。
客間に残った二人の中で、巴が驚きの瞳を残したまま武玄に尋ねる。
「……親方様。まさか、あの方に……?」
「それ以外にあるまい」
「しかし、それは……」
「恐らく気力だけならば、今の軽流は儂等より上だ。数十年も戦の経験を積めば、儂さえ凌ぐ腕前となるだろう。その才を、お前も分かっているはずだ」
「……」
「儂等と同じ『仙人』に辿り着き、尚もその上を目指す。……となれば、それを目指した先人と見えることこそ、望むモノを掴むことも叶うであろう」
「……はたして、見えるだけで叶いましょうか?」
「叶わぬだろうな。……しかし、それもまた強さを目指す者の宿命。強者の剣と交えることこそ、最短の道となろう」
「……しかし、あの子にはまだ……」
「巴、お前は少し過保護が過ぎる。……軽流は既に、儂等の手から離れた。いつまでも手元に置き愛してしまうのは、子の為にならんだろう」
「……はい」
「……子を成せぬお前に、酷な事を申した。すまぬ」
「いいえ。……私も、感情的になっていました。忍者として失格でしょうか?」
「今は母の顔故、誰も咎めはせぬさ」
そう話す二人は肩を抱き合い、互いに微笑みを浮かべる。
こうして屋敷の一夜は終わり、ケイルは久し振りに故郷と呼べる地で安らかな眠りを行えた。
次の日。
千代が作った朝食を食べ終えた後、武玄はケイルを伴い屋敷を出る。
そして京の都がある方へ歩み続け、特に会話も無いまま昼になる前に都へ辿り着いた。
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