664 / 1,360
修羅編 二章:修羅の鍛錬
一夜の語り
しおりを挟む第二の故郷と言えるアズマ国に戻り幼少時に過ごした屋敷に赴いたケイルは、師匠である武玄と巴に再会を果たす。
そして夕食を終えた後、夜が訪れ虫の音色が聞こえる屋敷の客間にて改めて対面した武玄と巴は、傍に千代を控えさせた状態でケイルの話を聞いていた。
「――……以上が、アタシの体験した未来の話と、これから四年以内に起こるだろう出来事です」
「……」
「……突拍子も無い話をしている事は、重々に承知しております。……けれど事態は、今の自分には手に余ります。私自身の鍛錬も含め、師匠と頭領の知恵を御借りしたいです」
ケイルは自身の知る三十年後の出来事を話し、他の三人は瞼を閉じながら静かに聞いている。
更に四年後に起こるだろう【悪魔】が関わる出来事も話すと、ケイルは話を止めて改めて頭を下げた。
沈黙した場で先に口を開いたのは、着物姿の巴。
瞼を開けて頭を伏しているケイルを真っ直ぐと見据え、言葉を口にした。
「――……軽流。顔を上げなさい」
「……」
「話は理解しました。お前は未来の出来事を防ぐ為に、その起点となるだろう出来事を防ぎたい。その為に【悪魔】とやらを打倒するに足る力を得たい。そうだな?」
「はい」
「その話が嘘か真かという話は、隅に置こう。……しかし私が疑問を抱いたのは、何故それをお前自身が行う必要があるのかということだ」
「!」
「その【悪魔】とやらを倒すだけが目的ならば、私や親方様、そして東の陰陽師を派遣するだけでも十分な戦力となる。お前がその力を借りたいと言うのであれば、その交渉の場を用意してもいい」
「……」
「だがお前は、それ等の助力を望むより先に、己の力を高めることを求めた。……軽流。お前は更なる力を求め、その先に何を得たいと考えている?」
巴にそう尋ねられたケイルは、少し考えるように視線を落とす。
そして顎を上げて落とした視線を元の位置に戻し、巴と視線を交えながら答えた。
「……アタシは、三十年後の戦いを経て実感しました。アタシ自身の無力さを」
「……」
「自分ではどうしようもない状況に立たされた時、ただアタシは逃げ惑う事しか出来ず、挙句に己の弱さで膝と剣を落とし、窮地では向けた剣すら容易く退けられました。……アタシはあの戦いで、役立てたのかさえ疑問に思っています」
「……それで、更なる力を望むと?」
「安直な望みである事は、承知しています。【悪魔】を討つ最善を考えるのならば、師匠や頭領のような強者達に全てを委ねてしまうのが賢明だと頭では理解しているんです。……それでも、誰かに任せてしまうばかりではなく、私自身も戦える力を身に付けたい」
「……」
「再び惨事が起きた時、立ち向かう仲間達の隣に立つ際に恥じない力を身に付け、自身の力で戦いを乗り越えられることが、今のアタシが最も望むことです」
ケイルは真っ直ぐな視線を向けながら返答し、巴はそれを静かに聞き終える。
その後に小さな溜息を漏らした巴は、呆れた口調で言葉を繋げた。
「……馬鹿になったな」
「えっ」
「いや、元の性格に戻ったと言うべきか。……昔のお前なら、目的の為に手段を選ばず、最短で結果を得るよう動いたはず。感情を優先する事は無かった。少なくとも、そう考えるように私が鍛えた」
「……」
「ここに来た時の幼いお前は、感情の自制が出来ない子供だった。それを正す為に精神修行も多く施した。……しかし今のお前は、再び自分の感情を優先して動いているように見える。『忍者』の教えを受けた者としては、あまり褒められた事ではない」
「……ッ」
「……けれど、『人』として好ましくなった。男に恋でもしたか?」
「!!」
「図星か。力を望むのも、その男の為ということか。だから感情的になっている」
「……否定はしません」
「潔いな。……話を戻そう。お前がここに戻って来た理由は理解した。……結論から言おう。お前の望みは、私達では叶えられない」
「!?」
「今のお前を見た限り、恐らく戦闘経験以外のモノを私達では与えられない。教えられる事は、既に叩き込んでいるからな」
「……で、でも。頭領達みたいな影分身の忍術とか、別流派の技や奥義を学ぶとか……」
「忍術は、お前には無理だ」
「どうしてですか?」
「忍術は生まれながらに特殊な修練を施し、特殊な気術を用いて初めて使えるようになる。今のお前は忍者の体術を使えても、私や千代のような忍術を使う事は出来ない。出来たとしても、長く鍛練できねば粗悪なモノとして力にはならぬだろう」
「……ッ」
「そして技や奥義に関してだが、当理流は五つの流派に別れてはいる。しかし基本の『表』と『裏』に大きな差は無く、奥義についても知る限り気術の扱い方に大きな差は無い。端的に言えば、一つの流派に属した奥義を習得した者ならば別の奥義も応用で使える。それは多様性を生むだけで、更なる力とはならないだろう」
「そんな……」
「一長一短で力を得られる程、人の身は容易く作られていない。数多の経験と、長く続ける修練こそが、最も早く力の付ける方法だ」
断言して述べる巴の言葉に、ケイルは反論せずに口を噤む。
その言葉はケイル自身も辿り着いていた結論の一つであり、また訪れた際に千代にも指摘された言葉だった。
長年の修練こそが、己の力に実を結ぶ。
それを有言実行して来た者達だからこそ述べる言葉の厚みに反論できる程の経験を持たないケイルに、巴は慰めにも似た言葉を掛けようとした。
「……経験が必要ならば、私や親方様が施そう。それで場数を踏み、少しでも力を高めていけば――……」
「――……いるな。一人だけ」
「!」
「……え?」
巴の言葉を遮るように、隣に座る武玄が厳かな表情を浮かべながら言葉を零す。
それに驚きを浮かべた巴を他所に、ケイルは呆然とした声色で聞いた。
「……し、師匠?」
「一人だけ。お前の望みを叶えられる者がこの国に居る」
「!」
「……親方様、まさか……?」
「明日、その者が居る場所に案内しよう。……千代、軽流に寝床の用意をしてやれ」
「はい」
武玄の言葉を聞いた千代は立ち上がり、部屋の襖を開けてケイルの寝床を用意しようとする。
その言葉を聞いていたケイルは驚きを引けないまま呆然としていたが、武玄が改めてケイルを見ながら述べた。
「今日は休め。長旅で疲れたであろう」
「……あ、ありがとうございます。師匠!」
ケイルは顔を伏せながら頭を下げ、感謝を伝える。
そして立ち上がった後に丁寧な動作で部屋を出ると、千代を手伝う為に後を追った。
客間に残った二人の中で、巴が驚きの瞳を残したまま武玄に尋ねる。
「……親方様。まさか、あの方に……?」
「それ以外にあるまい」
「しかし、それは……」
「恐らく気力だけならば、今の軽流は儂等より上だ。数十年も戦の経験を積めば、儂さえ凌ぐ腕前となるだろう。その才を、お前も分かっているはずだ」
「……」
「儂等と同じ『仙人』に辿り着き、尚もその上を目指す。……となれば、それを目指した先人と見えることこそ、望むモノを掴むことも叶うであろう」
「……はたして、見えるだけで叶いましょうか?」
「叶わぬだろうな。……しかし、それもまた強さを目指す者の宿命。強者の剣と交えることこそ、最短の道となろう」
「……しかし、あの子にはまだ……」
「巴、お前は少し過保護が過ぎる。……軽流は既に、儂等の手から離れた。いつまでも手元に置き愛してしまうのは、子の為にならんだろう」
「……はい」
「……子を成せぬお前に、酷な事を申した。すまぬ」
「いいえ。……私も、感情的になっていました。忍者として失格でしょうか?」
「今は母の顔故、誰も咎めはせぬさ」
そう話す二人は肩を抱き合い、互いに微笑みを浮かべる。
こうして屋敷の一夜は終わり、ケイルは久し振りに故郷と呼べる地で安らかな眠りを行えた。
次の日。
千代が作った朝食を食べ終えた後、武玄はケイルを伴い屋敷を出る。
そして京の都がある方へ歩み続け、特に会話も無いまま昼になる前に都へ辿り着いた。
0
あなたにおすすめの小説
薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!
nineyu
ファンタジー
男は絶望していた。
使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。
しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!
リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、
そんな不幸な男の転機はそこから20年。
累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!
【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!
花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】
《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》
天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。
キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。
一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。
キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。
辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。
辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。
国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。
リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。
※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい
カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
異世界に移住することになったので、異世界のルールについて学ぶことになりました!
心太黒蜜きな粉味
ファンタジー
※完結しました。感想をいただけると、今後の励みになります。よろしくお願いします。
これは、今まで暮らしていた世界とはかなり異なる世界に移住することになった僕の話である。
ようやく再就職できた会社をクビになった僕は、不気味な影に取り憑かれ、異世界へと運ばれる。
気がつくと、空を飛んで、口から火を吐いていた!
これは?ドラゴン?
僕はドラゴンだったのか?!
自分がドラゴンの先祖返りであると知った僕は、超絶美少女の王様に「もうヒトではないからな!異世界に移住するしかない!」と告げられる。
しかも、この世界では衣食住が保障されていて、お金や結婚、戦争も無いというのだ。なんて良い世界なんだ!と思ったのに、大いなる呪いがあるって?
この世界のちょっと特殊なルールを学びながら、僕は呪いを解くため7つの国を巡ることになる。
※派手なバトルやグロい表現はありません。
※25話から1話2000文字程度で基本毎日更新しています。
※なろうでも公開しています。
現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~
はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。
病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。
これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。
別作品も掲載してます!よかったら応援してください。
おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる