虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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修羅編 二章:修羅の鍛錬

死線の先へ

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 昆虫型と植物型の魔獣が蔓延る魔大陸の大地で、過酷な生活サバイバルをマギルスが行っている頃。
 フォウル国の里が存在するガイストウォール山脈の地下洞窟内部で、鬼の巫女姫レイとエリクは向かい合う形で座っていた。

 洞窟内は暗闇に閉ざされ、瞳を閉じたまま不可避の圧を発しているレイは、静かな声でエリクに話し掛ける。

「――……そのまま息を止め続け、意識を奥へ。自身の生命たる根源の奥へ、意識を向かわせてください」

「……ッ」

 レイの言葉にエリクは耳を傾けているが、その表情は苦々しく厳しいモノとなっている。
 そしてせきを切るように息を吐き出したエリクは、瞼を開けて口を開いた。

「……駄目だ。出来ない」

「これが出来なければ、次の修練は行えません。さぁ、続けてください」

「……もう、何ヵ月以上もこの繰り返しだ。……自分の意思で、魂の中に入る方法。そんな事が本当に出来るのか?」

「出来なければ、今後の修練も行えません」

「……『クロエ』が前に、俺を黒い穴に入れた事がある。それで俺のなかには行けた。アレに近い方法で行くのは、駄目なのか?」

「『アレ』のやり方は、本人の意思に関わらず意識を逆流させ魂の中に送り込んでしまいます。わばそれは、己の門を他者が無断で抉じ開けるようなもの。貴方自身が魂の門を開けなければ、意味を成しません」

「……そうか」

 レイに諭されるエリクは、再び瞼を閉じて意識を自分の奥へ向けていく。

 エリクが今やろうとしているのは、三十年後《みらい》で試み失敗した鬼神フォウルの力を得る為に必要な修練。
 その初歩段階として、自分自身の意思で魂の世界に赴くという難題を、エリクは課せれていた。

 しかし、今まで第三者クロエの行い介入や死後の復活で魂の世界に訪れていたエリクにとって、この課題にかなりの苦戦を強いられている。
 『自分のなかに入る』という無茶な事を出来ない時点で、エリクの修練は巨大な壁に阻まれているような状態だった。

 そうして数ヶ月に渡る瞑想を強いられ、エリクはこの修練に本当に意味があるのか疑問にすら思っている。
 それでも今の自分が短期間で【悪魔】と対峙できるだけの力を身に付け、アリアを守る為にはこの方法を行い続けるしかなかった。

 しかし修練を施すレイは、そうしたエリクの焦りすら暗闇の中で見破る。

「――……焦っていますね」

「!」

「貴方はこの修練に、本当に意味があるのか疑い続けている」

「……ああ、そうだ」

「エリク。貴方は己の魂を、どのように考えていますか?」

「魂を? ……分からない」

「そうですか。……まず、そこから考えましょう。貴方の魂とは、どのように在るのかを」

「……魂の、在り方?」

「そうです。……貴方の魂は、何処にあると思いますか?」

「……俺の、身体の中か?」

「その通りです。しかし、それは違うとも言えます」

「違う?」

「貴方の肉体に宿る魂とは、言わば指先の部分。魂の根幹となれ大元は、まったく別の所に存在します」

「別の……? それは、何処なんだ?」

輪廻りんね。俗に言う、死者の世界と呼ばれる場所です」

「!?」

「輪廻には数多の魂が存在します。その魂は輪廻の世界で、魂に刻まれた感情や記憶を癒すように修復させ、次の宿主となる生命へ宿るとされています。……しかし、それは事実と異なります」

「……?」

「輪廻の世界とは、世界の記憶そのもの。魂達は死後にその場に赴き、刻まれた記憶や感情をちからへ還元することで、輪廻の世界を維持しているのです」

「……言っていることが、よく分からない。簡単に言ってくれ」

「人が物を食べ、それを力と変えるように。輪廻もまた、魂に宿るの記憶や感情を得て、己の力としているということです」

「!」

 輪廻の世界、俗に呼ばれる死者の世界の仕組みをレイから語り聞かされたエリクは、驚きの表情を浮かべる。
 そして淡々とレイの語りは続き、その部分を起点とした部分を語った。

「この事実は、極一部の者達にしか知り得ません。……五百年前の天変地異を経験し生き残った、到達者エンドレスしか」

「……どういうことだ?」

「五百年前の天変地異。アレこそまさに、その輪廻が不調だった為に起きた出来事でした」

「!」

「輪廻はそれ以前より、死者の魂を吸収し、その魂に刻まれた記憶や感情を取り込む機能を果たしていました。……しかし輪廻そのものが不調を起こし、記憶や感情を吸収せず、逆に輪廻の魂達にそれ等が逆流してしまっていた」

「……逆流?」

「今まで輪廻が蓄え集積していた記憶や感情などが、輪廻に漂う魂達に流れ込んだ。……その魂達が生まれ変わると、その宿主となった者達は生前となる記憶を覚えていたのです。しかも、更に過去の時代となる記憶すらも有していました」

「!」

「そうした者達を、私達は『転生者』と呼びました。そんな彼等が起こした出来事が、世界を荒れさせる原因となったこともあります。……第一次人魔大戦、第二次人魔大戦のように」

「……人魔大戦は、その転生者が起こしたのか?」

「はい。……彼等の発想と技術力は、この世界を変えてしまう程だった。しかもそれ等の者達を擁し、戦力や技術力として取り入れる勢力まで発生してしまった。……あの時代は、まさに転生者達の存在で混迷としていました」

 暗闇の中で目を凝らすエリクは、僅かにレイの表情を捉える。
 その口調や声色からも想像できるように、レイは僅かに口や目をしかめて苦々しい面持ちを見せていた。

 そんなレイは語りを止めず、話を続ける。

「その事態を解決する為に、『黒』はある人物と手を組み『創造神おのれ』の肉体を委ね、『創造神オリジン』を復活させ輪廻の不調を直そうとした。けれど不足の事態を懸念した私達や『青』はそれを阻もうとしましたが、失敗しました。……結果としてそれが災いとなり、世界は滅びの危機となる天変地異に見舞われた」

「……なら、その輪廻は不調のままなのか?」

「いいえ。『黒』と組んだ人物の手によって『創造神オリジン』は再び封じられ、輪廻の不調は正された。今現在、輪廻は正常に機能しているはずです」

「そうなのか。……つまり、どういうことなんだ? それと今の俺に、何が関係ある?」

「鬼神フォウル。私の祖父は、輪廻の不調が正される前に死にました。……本来ならば、祖父の魂に存在する記憶や感情、そして力も輪廻に還元されていたはずです」

「!」

「ですが、貴方の魂には『鬼神そふ』の力が宿っている。あまつさえ、人の身でありながら魔人と同じように肉体を変貌させることも出来ている。しかも到達者エンドレスだった鬼神そふと同じように、その魂に高い魔力を宿し発しながら」

「……それは、俺も『転生者』だと言っているのか?」

「いいえ。それならば、貴方自身が『鬼神』フォウルの人格と記憶を有しているはず。……恐らく鬼神そふの魂は、不調となっていた輪廻の影響を受け続けている。到達者エンドレスの魂であるが故に、それが続いているのかもしれません」

「……つまり、どういうことだ?」

鬼神あなたの魂には、今も輪廻から力が逆流している。だから貴方は、魂を通して鬼神そふの力を使用できてしまう」

「!?」

「これは貴方だけに起こっている現象なのか、それとも他の到達者エンドレス達の生まれ変わりにも起こっているのかは分かりません。それがいつ止まるのかも分からず、貴方が死ぬまで続く可能性もあります」

「………」

「少し、話が逸れてしまいましたね。……貴方の魂と発せられる力の根幹こそ、輪廻から与えられているモノ。貴方は魂の大元となる『輪廻りんね』と、向かい合わなければならない。その意味が分かりますか?」

「輪廻と……。……つまり、『死』と向かい合えということか……?」 

 レイの話を聞いていたエリクは、その答えを発する。
 それは無意識に出た言葉ではなく、今まで『鬼神』と呼ばれる人物の力を使っていた状況が、まさに『死』と隣り合わせの出来事に遭ったからだと察したのだ。

 エリクが『鬼神』の力を使用する時は、常に瀕死の時のみ。
 あるいは自分エリクの死を自覚した際に、エリクは『鬼神』の力を扱っていた。

 『死』が近くなることでエリクは魂の中に赴き、『鬼神』と触れ合い力を得ている。
 その結論に自分自身で至ると、レイは口元を微笑ませながら言葉を発した。

「では、修練を続けましょう。何をすれば、分かりますね?」

「……俺自身の『死』に、近付くのか?」

「はい」

「……つまり、俺は死ぬのか?」

「そこまでは言いません。……貴方は幾度も『死』の体験をしているはず。それを思い出し深く意識すれば、貴方の魂は『死』の境界へ辿り着く。生者と死者の堺となる、魂の世界へ」

「……!」

「まずはそこへ、自力で辿り着けるようになりましょう。……でなければ、鬼神《そふ》は貴方を本当の意味で対等とは認めてくれないでしょうから」

「……分かった。やってみる」

 エリクは自分が至れた結論に納得し、その上でレイの言葉に従う。
 今まで言われるがまま行っていた瞑想も結論を得た事で集中力が増し、エリクは数々の死線を思い出しながら意識を『死』へ辿り着かせようとした。
 そんなエリクを、レイは微笑みを浮かべながら見守る。

 こうしてエリクは、自分のなかへ赴くべき修練を本格的に行い始めた。
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