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修羅編 二章:修羅の鍛錬
未来の変動
しおりを挟むエリクとマギルス、そして『赤』の七大聖人となったケイルがそれぞれ別れ、各地で【悪魔】と対峙する為の修練に身を費やしている頃。
ルクソード皇国で戴冠の儀を正式に済ませシルエスカ=リーゼット=フォン=ルクソードを第二十二代皇王とし、宰相ダニアス=フォン=ハルバニカを中心とした政治体制が整えられつつあった。
同時に二人は有力となる皇国貴族達に呼び掛け、ルクソード一族の血を必要としない共和制の根幹となる政策方針を定めながら新たな国作りを行おうとしている。
シルエスカが皇王に就いたことでその改革が順調に進むかに見える中で、ある一つの話がシルエスカとダニアスの頭を悩ませていた。
「――……その必要は無い。我は聖人だぞ?」
「言いたい事は分かりますが、そういう声が方々から述べられている理由も察してください」
「要は、再びナルヴァニアの二の舞となるのが嫌なだけだろう? その方々とやらは」
「その通りです。だからこそ、貴方の抑え役となる存在を彼等は求めているんです」
「そんなモノは必要ない。諦めさせろ」
「シルエスカ……。現在こそ我々ハルバニカ公爵家が皇国の政策を行っていますが、それは各方面の基盤があってこそです。一つや二つの反意であれば退け対処する事も可能ですが、その数が多くなると話が変わってきます」
「……」
「少し前までは、貴方が七大聖人だからこそ皇国内の抑え役となっていました。しかし今の貴方は七大聖人ではないし、新たな七大聖人となったケイルは不在です。本当は彼女に抑え役となって欲しかったのですが、彼女には彼女の目的がある。強制してしまえば、彼女も皇国から離反しかねなかった」
「……ッ」
「七大聖人の不在を除いても、皇国の財政と我々ハルバニカ公爵家の資本が復興作業で低下している現在。下手をすれば、我々の政策に反対する各勢力が結託し謀反を起こす可能性もある。そうならない為にも、彼等の言葉に耳を傾けることも必要なんですよ」
「……で、私に奴等の求めに応じろと? そう命じるつもりか。お前が?」
「命じてはいません。ただ納得し、受け入れて欲しいだけです」
「……だから皇位に就くのは嫌だったのか。……私に結婚しろだと? ふざけた事を言うのも大概にしろ」
皇王室内で行われる二人の言い争いは、今までになく険悪で刺々しい雰囲気を漂わせている。
シルエスカは嫌悪と憤怒に満ちた表情を見せながら睨み、説得しているダニアスは嫌々な様子で言葉を続けていた。
皇王となったシルエスカに対して、各方面が結託したように真っ先に飛び込んだ要求。
それは以前に跳ね除けた事のある、シルエスカの結婚と世継ぎに関する話だった。
現在、皇国内部では新たな政策として進めている共和制の取り入れに対して、支持派と反対派が大きく二分している。
ハルバニカ公爵家を筆頭とした有力貴族達の大部分は支持側に傾いている中、一部の有力貴族達と末端貴族達の中にも反対派が多い。
戦力や財力から言えば、ハルバニカ公爵家を中心とした支持派が圧倒的に優位に見える。
しかし人数だけで言えば、末端貴族を吸収している反対派の方が圧倒的に多い。
そうした反対派を説得し、新たな共和制の政策推進に取り入れ協力を仰いでいるダニアスだったが、ここで反対派の大部分が述べる要求に苦戦を強いられていた。
反対派の大部分は、有力貴族達のように豊かな財力や領地の資本となるモノが少ない。
それでも経済的に孤立していないのは、隣接する皇国貴族達との約定や盟約の繋がりが存在し、それ等が領地の資本を物資し領民達の生活を維持している。
それ等の繋がりを維持しているモノこそ、まさに血の繋がり。
『皇国貴族』の立場と血を持って相続し繋がりを保ってきた各貴族家が、貴族の位を剥奪する共和制の政策に異議を唱え反対を示した。
ハルバニカ公爵家を始めとした有力貴族とその傘下貴族達もまた、それと無関係ではない。
しかし豊かな財力と人・物資・技術などの財産が豊富な勢力は、貴族の位が無くなったとしてもそれ等の繋がりで共生を続けられる。
『血』の繋がりでどうにか皇国内で生き永らえる者達と、『血』ではなく『力』で繋がりを持つ者達。
それ等が相反する形となって反対派と支持派に別れ、秘かに皇国内部は剣呑な状況に陥っていた。
しかし一つだけ、反対派と支持派が同意し認めた事もある。
それがシルエスカの戴冠であり、ルクソードという『血』の繋がりを保ち国を維持する新たな存在は、誰もが望むことであった。
しかし、それに付随し望まれてしまったのがシルエスカの結婚。
支持派の大部分は聖人のシルエスカの結婚を強要するような事はなく、共和制までの繋ぎである皇王就任だと察している。
しかし反対派や支持派の一部では、シルエスカが結婚し世継ぎとなる子供を生む事や、ナルヴァニアのような専横を許さぬ為にも抑え役となる伴侶が必要だと要求していた。
それに最も悩まされたのはダニアスであり、それを当人に教え説得するという苦労を担ってしまっている。
聖人として生まれたシルエスカが頑なに結婚を嫌悪している理由を、誰よりも知っていたのが同じ聖人であるダニアスだった。
「――……シルエスカ。貴方が結婚したくない理由は、容姿だけの話ではないですよね?」
「……」
「私も聖人だから分かります。……聖人は、普通の人間と生きる時間が違う。貴方が結婚し子供を持ったとしても、先に逝くのは貴方の周りだ。貴方はそれを嫌っている」
「……そうだ」
「私も、過去に父ゾルフシスに見合いを勧められ、私の事情を明かした上である女性と結婚しました。……しかし、私はこの通り若い姿のまま、彼女が先に老いて死んでしまった」
「……」
「貴方の嫌悪する気持ちを、私も理解しているつもりです。……そこで一つ、我々の政策を進める為の時間稼ぎとして、私の妥協案に協力してほしい」
「……妥協案?」
「貴方と婿候補ですが、私がハルバニカ公爵家当主を退き、その役目を務めます」
「……はぁっ!?」
ダニアスの唐突な提案に、シルエスカは目を見開きながら驚愕した様子を見せる。
それに対して、ダニアスは淡々と話を続けた。
「そもそも、貴方の結婚相手となる男を見つけるのは難しい。各貴族達がこぞって候補者を出すでしょうが、はっきり言って貴方を相手に夫が務まる男など誰も居ないでしょう」
「……お、おい。ダニアス!?」
「ならば同じ聖人であり、旧知の仲である我々が夫婦となるのが自然です。形としてはシルエスカが女皇として座に就き政務を行いながら、私は陰ながらそれを補佐する。そして私の子供にハルバニカ公爵家を継がせ政策を進めていけば、問題は無いはずです」
「……ま、待て。お前、子供がいたのか!?」
「いますよ。知らなかったですか?」
「お前が結婚していたという話の時点で、初耳だったぞ!?」
「そういえば、話していませんでしたか。私の子なら領地にいますよ? 領地を治めながら結婚し、二四歳と十五歳になる二人の孫もいます」
「はぁああ!?」
「安心して下さい。息子がこちらに来ても、父上や彼に領地を任せればいい。それに私と貴方は、形だけの結婚で構いません。本当に跡継ぎを作る必要もありませんし、貴方が私を選んだという形を見せるだけでも、周囲の行動と口を抑えられます」
「……色々と言いたい事はあるが……。……お前はやはり、ゾルフシスの息子というわけか……」
「誉め言葉として、受け取らせて頂いても?」
「これは悪口だ。……だが、お前と私の結婚を奴等に認めるか?」
「その為の、ハルバニカ公爵家です。仮に反対する者が居たとして、私以上に貴方の夫に相応しい男が皇国内にいますか?」
「……我は、年上で強い男が好ましいのだがな」
「私も、年下で愛らしい女性が好みなんですがね」
「……ふっ」
ダニアスは笑みを浮かべながらそう述べ、互いに含んだ笑いを込めながら黒い笑みを浮かべる。
互いに好みが真逆ながらも、こうした裏の事情もあってシルエスカはダニアスを婿候補として選んだことが一ヶ月後に発表された。
婿候補として選ばれたダニアスは、復興作業を完了させた後に時期を見計らってハルバニカ公爵家当主の座を退き、息子を新たな当主と宰相職に就かせる事を各方面に伝える。
そのダニアスの予想通り、シルエスカの婿候補を出そうと考えていた支持派と反対派の各貴族達は先手を打たれ、それ以上の候補者だと述べれる程の男を身内から選出できず、苦々しい面持ちを見せながらもこの一件から手を引いた。
こうして本来の未来とは異なる事象が皇国に見られる中で、ある国でも変化が起こる。
それを些細な事と捉える国も多い中で、その国に注目していた者達だけは変事の内容を聞き目を見開いた。
曰く、ベルグリンド王国が四大国家の盟約から外れる。
そして親国と呼べるフラムブルグ宗教国家からの完全独立を宣言し、専制君主制から共和制に切り替え、ベルグリンド王国から名称を変更し『オラクル共和王国』という名の新生国を立ち上げた。
更に旧ベルグリンド王国の国王だったウォーリス=フォン=ベルグリンドは、その姓を改め共和国王『ウォーリス=フォン=オラクル』と名乗る。
更に国王である自身から政治権力を分散して十数人の大臣を中心とした政治体制で行う事を明かし、オラクル王の腹心と評される『アルフレッド=リスタル』を筆頭として国務大臣を務め、旧王国軍から再編された共和王国軍の軍事指導者者という立場に就いた事が告げられた。
それに伴い、オラクル王の名で傭兵ギルドを通じてある内容が各大陸に伝えられる。
『――……オラクル共和王国は、どのような人種・血筋・立場・種族も拒まず。有能かつ優秀な人材を求めている。己に自信を持つ者は共和国王の下に集え。その能力に見合う立場と報酬を用意しよう』
新たな共和王国の設立と、それに伴う人材の募集。
当然ながらその言葉が各国に伝え広まると、燻るように過ごす者達は立ち上がり、オラクル共和王国を目指して足を進めていた。
そこには傭兵ギルドに属する傭兵達も多く存在し、中には【特級】の等級を得ている傭兵達も含まれている。
図らずもエリク達一行の行動によって、ベルグリンド王国もまた本来の未来から大きな変化を起こす。
その変化が何を齎すかを知る者は、まだこの世には誰も居なかった。
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