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修羅編 閑話:裏舞台を表に
セルジアスの実力 (閑話その六十四)
しおりを挟むガルミッシュ帝国と交渉の席に着いていたパールは決闘騒ぎになり、強いと評される帝国騎士達を完膚無きまでに完勝を収める。
そして樹海の矜持を貶すような発言をした帝国官僚達に膝を着かせ、頭を伏せさせながら謝罪を受けた。
『――……ぶ、無礼な振る舞い、本当に申し訳ありませんでした……』
『……フンッ』
謝罪する官僚達を見下ろしながら、パールは憤りながらも満足した様子を見せる。
皇帝ゴルディオスは謝罪を確認すると、パールに顔を向けながら言葉を述べた。
『パール殿。これで遺恨無く、交渉の席に戻れそうかね?』
『ああ。……だが、一つ尋ねたい』
『?』
『この国で強い者と呼ばれるのは、本当に奴等なのか?』
『!』
『奴等は弱過ぎる。樹海の男達よりも弱いぞ』
『な……っ』
パールは不可解な表情を見せながら顔を逸らし、叩き伏せられ介抱される帝国騎士達を見ながらそう述べる。
その言葉に皇帝以外の官僚達の表情を歪める中で、パールは続けてゴルディオスに尋ねた。
『何故、あの男を出さなかった?』
『あの男?』
『ログウェルという男だ。奴こそ、この国で最も強い者だろう?』
『……確かに、ログウェルは強い。しかし彼は、この国に属する者ではない』
『国の者では無いから、選ばなかったのか?』
『それもあるが、元よりこの者達はログウェルに頼める程の繋がりは無い。故に強者を選べと言われれば、帝国騎士からしか選ばざるを得なかった』
『……その言い方、この国には奴等より強い者がいるように聞こえる』
『ああ、居るとも。君より強い者がね』
『!』
ゴルディオスは微笑みを浮かべて頷き、パールの言葉を肯定する。
周囲の者達がその言葉に驚きを浮かべる中で、パールは鋭い視線を向けながら再び尋ねた。
『それは誰だ?』
『もうそろそろ、来ると思うがね。……と、言っておる間に。どうやら準備が出来たようだ』
『!』
ゴルディオスはそう述べながら視線を逸らし、ある方向を見る。
それに釣られる形でパールも視線を向け、この場に現れた人物を目撃した。
訓練場の入り口を潜り通るのは、程良い長さの棒槍を持ち、胸当て以外の防具を身に付けない人物。
長い金色の髪を後ろに束ね、青い瞳を見せながら優雅にも見える面持ちで歩いて来る青年。
それは帝国宰相であり現ローゼン公爵家当主、セルジアス=ライン=フォン=ローゼンだった。
『宰相閣下……!?』
『……奴が?』
『そう。彼こそが、この帝国で最も強き者だ』
官僚達は槍を持ち現れたセルジアスを見て驚愕し、パールも目を見開く。
そしてゴルディオスはそう述べながら、近付いてくるセルジアスに声を向けた。
『セルジアス、出来るのかね?』
『はい』
『そうか。――……パール殿。どうするかね?』
『!』
『今回の試合は、君の勝利で誰も文句は言わぬだろう。交渉に関しても、君が述べる条件は取り入れようと思う。……だが余としては、本当の強者と試合わずに我が国を侮られたくはない』
『……いいだろう。本当の強者だと言うのであれば、奴と戦う』
ゴルディオスの挑戦にパールは乗り、セルジアスに視線を向ける。
余裕の表情で微笑むセルジアスと、それに鋭く睨むパールという構図が成り立ち、二人は訓練場の中心に歩き向かった。
立ち止まった二人は向かい合い、互いに構える。
パールは身を低くしながら右手に持つ槍を水平に保ち、対するセルジアスは整然とした立ち方で両手に槍を持った構えを見せていた。
突然の決闘で審判が離れていた為に、開始の合図を告げる者は居ない。
それ故に先に仕掛けたのは、まるで獣のように飛び出し槍を突いて来たパールだった。
『――……ガァッ!!』
凄まじい速さで飛び出す身体と鍛え抜かれた腕で突かれる槍は、周囲の者達では目ですら追えない。
そのパールの突きを、セルジアスは迷い無く槍を合わせる形で弾き防いだ。
『ッ!?』
『やはり、貴方は強い』
突きを弾かれたパールは態勢を僅かに崩すが、高い身体能力を駆使して地面に着いた左手と両足で横に飛び退く。
帝国騎士達と相対した時とは異なる獣のような動き方を見せるパールに、セルジアスは身体と視線を向けながら呟いた。
『……父上から、貴方の話は聞いていました』
『!』
『樹海で強い女性と戦ったと。貴方と初めて御会いした時、それが貴方だろうとは考えていました』
『……』
『父上は言っていましたよ。辛うじて魔法を使い勝てたが、力量は遥か上を行かれたと。あの父上にそう言わせる貴方の力量に、敬意を抱きます』
『……それで?』
『魔法を抜きにしても、私は父上より強いですよ?』
『ッ!!』
セルジアスはそう述べ、パールに挑発的な微笑みを向ける。
それを受けたパールは表情に怒りを宿し、再び凄まじい速さで突き込んだ。
セルジアスはパールの突きを再び弾きながらも、真っ直ぐとした姿勢を乱れさせない。
対するパールは縦横無尽の動きで槍を突き薙ぎ、幾数十回とセルジアスに向けて振り続けた。
目にも止まらぬパールの猛攻と、それを全て弾き防ぐセルジアスの防御に、観衆となっていた官僚達は驚愕しながら呟く。
『……な、なんだ……。あの動きは……!?』
『あ、あんな戦いがあるなんて……』
『こ、皇帝陛下!』
『む?』
『宰相閣下……ローゼン公セルジアス殿は、あれ程の技量を御持ちだったのですか!?』
官僚達が驚くのは、既に視たパールの技量よりも、今まで見た事が無かったセルジアスの実力。
今まで政務に就く姿ばかりを目にしていた彼等にとって、セルジアスが帝国騎士達を圧倒したパールと互角以上の技量を持つ事に驚いていた。
そんな者達に対して、ゴルディオスは然も当然のように語る。
『セルジアスは、我が弟クラウスが後継者として育てたのだ。政務は勿論、戦闘に関しても教育を受けていて当然であろう』
『し、しかし……。どうしてこれ程の力を、今まで隠していたのですか……!?』
『隠してはいなかった。ただ、それを見せる場に今まで無かっただけであろうな』
『!』
『それに、彼と試合える程の技量を持つのは帝国内だとクラウスだけだった。……パール殿の戦いを見て、久し振りに昂ったのだろうな。そういう所は、クラウスとよく似ている』
『……』
隠されていたセルジアスの実力をそう評するゴルディオスに、その場の全員が唖然とした表情を浮かべる。
ゴルディオスの言い方では、セルジアスが戦う姿を見たのすら初めてだったにも関わらず、帝国で最も強き者だと語りパールと戦わせたようにしか、周囲の者達には思えなかった。
実際にゴルディオスもクラウスから聞いていただけで、セルジアスの実力を直に見るのは今が初めてになる。
しかし信頼の厚い弟が自信を持って息子の事を語る姿で、セルジアスの力量に信頼を寄せる理由はゴルディオスにとって十分にあった。
そうした観衆達の動揺を意に介さず、パールとセルジアスは攻防を続けている。
パールの凄まじい猛攻は全てセルジアスの槍に防がれ、それを突破したとしても姿勢を崩さぬまま最小限の動きで易々と避けられていた。
そんな相手に対して、獣染みた動きをしながらセルジアスを翻弄しようと動きを加速させるパールは、徐々に肌に浮かべる汗を増やし始める。
一方のセルジアスも少量の汗を浮かべていたが、まだ余裕の表情を保ちながら口元を微笑ませていた。
その微笑みを見たパールは、目の前に居るセルジアスをある男と重ねる。
それは樹海に攻め込んで自分と相対した、彼の父親であるクラウスだった。
『ッ!!』
クラウスとセルジアスの姿を重ね見たパールは、顔を強張らせながら飛び退く。
攻め続けた攻防を停止し離れたパールに対して、不思議そうな表情を浮かべるセルジアスは尋ねた。
『……どうしました?』
『もし次の攻撃も防がれたら、私の負けでいい』
『では、その攻撃を防げば私の勝ちですか?』
『ああ。――……行くぞッ!!』
パールはそう述べ、今までより一層深く腰を下げ膝を曲げながら身を屈める。
それに呼応しセルジアスも構え直し、二人の周囲は静寂に包まれた。
次の瞬間、パールは低姿勢のまま飛び出す。
その速度は今までより速く、まるで矢の如く自身の身体と槍を突き放ったパールは、セルジアスの胸を直線的に狙った。
パールの狙いを正確に読み切ったセルジアスは避けず、槍の柄を使いパールの槍を弾こうとする。
しかし槍と一身となった身体に押し負け、セルジアスの槍は弾かれた。
『!』
『勝っ――ッ!!』
パールは勝利を確信し、躊躇せずセルジアスの胸に槍を突き込む。
しかし次の瞬間、パールは驚くべき状況に陥ってしまった。
槍が胸を突く前に、セルジアスが押し負けて逸らされた自身の槍を手放す。
そして左半身を下げて胸に突かれる槍を回避し、自由になった両手で瞬時にパールの槍を掴み止めると、両手に力を込めて槍を回転させた。
その僅かにも思える最小の動作が、パールの身体を浮かせる。
地面から離れたパールの身体は浮遊して足は空を向き、背中は地面に着く形で倒された。
パールは地面に仰向けで倒れ、空を見上げながら呆然となる。
自分に何が起こったか分からず、上体を起こして見下ろすセルジアスに顔を向けた。
『……な……な……っ!?』
『やはり、貴方は強い』
『な、何をした……!?』
『秘密です』
『っ!?』
『では、この勝負は私の勝ちという事で。それと明日の午前中に、議会の続きを行いますので、しっかり休んで下さい。では――……』
『……ま、待て! おいっ!』
セルジアスは微笑みながらそう述べ、手放した槍を拾いながらゴルディオスの下へ向かっていく。
形として敗北したパールは、その後を追いながら必死になって自分が何をされたか尋ね続けた。
こうした事が交渉の中で起きながらも、パールは無事に使者として樹海と帝国の盟約を条件と共に受け入れさせる。
しかし負かしたセルジアスに対しては、終始しつこい程に食い下がりながらあの勝負で行った事を尋ね続けていた。
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